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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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084 見送り

 攘夷と言えば、長州や過激な思想の志士たちを思い浮かべるけれど、どうやらこの時代、外国を打ち払おうという攘夷を望んでいる人は多いらしい。

 そして、国民全員が天皇を敬うという尊王思想を持っていて、これは、将軍に仕えている幕府側の人間であっても例外ではないらしい。

 ただし、朝廷と幕府が手を取り合っていこうという、公武合体を元に攘夷をなそうというのが幕府側。会津藩や薩摩藩、そして近藤さんや土方さんらの立場ならば、ペリー来航で開国をしたうえに、天皇の勅許もなしに日米修好通商条約を締結した弱腰な幕府には任せられない、天皇を主体として攘夷をし、国をも動かそうというのが長州藩ら尊王攘夷派の考えらしい。


 日米修好通商条約……不平等条約ということしか記憶になかった私に、土方さんが補足してくれる。

 外国人が日本で罪を犯しても日本の法律で裁くことができず、輸入される品物にかける関税の税率も、日本が決めることはできない。つまり、治外法権と関税自主権の放棄という不平等条約らしい。


 当然、国民の生活にも影響が出るし、尊王の観点から見れば、勅許もなしに勝手に締結するなんて天皇を蔑ろにしているのと同じこと、と幕府に対する不満もどんどん膨れ上がる。

 そして、天皇の住まうここ京では、過激な尊王攘夷派による天誅と称したテロ……幕府の要人や幕府側に味方をする人間の暗殺が横行している。

 新選組の前身である浪士組の結成も、元はといえば将軍上洛に伴う治安維持のためだった。


 “攘夷だ! 倒幕だ!”という流れになるのも理解できなくはないけれど、だからといって人を殺していい理由にはならない。排除することで解決しようだなんて、強引にもほどがある。

 今の孝明天皇も異国の人が嫌いらしく、幕府には攘夷を迫っているみたいだけれど……だからといって、長州のような過激な手段はやはり容認できるものではなく、それが去年の政変、長州を京から追い出すということにも繋がったらしい。


 ただ一言で攘夷と言っても、異国を徹底的に排除するという文字通りの鎖国攘夷派と、異国から吸収できるものは吸収して、国力をつけてから攘夷をなそうという開国攘夷派にもわかれるらしい。

 つまり、目指すは同じ攘夷と言えどその中身ややり方は様々で、誰を中心にとかどうやってとか、そういう違いが相容れられずに今のこの混沌とした世の中を生んでいるのだと思う。


 攘夷なんて言葉もよく知らなかった私からしたら、異国を相手にするのなら、こんな小さな国の中でいがみ合っていないで手を取り合えばいいのにとか、そもそも攘夷なんてしなくても……何て思うけれど、このぶつかり合いの末にやって来る明治維新がもたらす文明開化がなければ、私のいた時代の日本も、私が知っているものとは全く違うものになっていたかもしれないわけで……。

 そして、新選組を助けようとしている私は、そんな歴史を変えてしまうかもしれないわけで……。


 だからと言って、散り行く命を見捨てるなんてできないから、私は私の信じた道を突き進む。きっとこの時代を駆け抜けた人たちも、それぞれが自分の信じた道を突き進んでいたのだと思う。

 後の時代の人間から見れば、どれが正解でどれが間違っているか、いくらでも好き勝手に言えるけれど。

 まだ見ぬ未来を目指す幕末の志士たちは、己の理想とする未来に向けて、今、この瞬間を精一杯生きている。




 気がつけば、触れていただけの刀の柄を握りしめていた。それでも視線は落ちることなく、西日差す道の先を真っ直ぐに見つめている。


「屯所に帰ったら稽古場でも行くか」

「土方さんが見てくれるんですか?」

「たまにはな。どれくらい上達したか見てやる。無性に竹刀を振りてぇ気分なんだよ」


 それはどういう意味だ……?

 沖田さんみたいに荒っぽくないとはいえ、本気を出されたらひとたまりもない。


「あのー……私、無事で済みますか……?」

「総司の稽古に食らいつく根性があんだ。大丈夫だろ」


 どんな理屈!

 とはいえ、竹刀を振りたい気分には何となく同意なので、屯所へつくなり二人で稽古場へ向かった。

 少しは上達したと誉めつつも、軽い軽い、とまるで子供のようにあしらう土方さんに反撃を試みるも、当然のごとくこてんぱんに打ち負かされたのは言うまでもない……。






 そして、富澤さんを見送る日。

 空には少しだけ雲がかかり快晴とはいかなかったけれど、雨の心配はなさそうだった。


 朝から土方さんや井上さんと一緒に富澤さんのいる宿へ迎えに行ってから、みんなで伏見へと向かった。

 途中、観光したりお茶屋に立ち寄ったりと、その歩みはとてもゆっくりとしていた。言葉にはしなくても、みんな別れを惜しんでいるというのがひしひしと伝わってくる。


 富澤さんは、会ってまだ間もない私のことまで気にかけよくしてくれて、それが凄くありがたいし嬉しかった。

 この時代には、私を知っている人がほとんどいないから……。

 私を知る人が……存在を認めてくれる人が増えるというのは素直に嬉しかった。


 “一期一会”

 電話もSNSも車も電車もない。会いたい時にすぐ会えるわけでも、言葉を交わしたい時にすぐ交わせるわけでもない。

 だからこそ、出会いを大切にしたい。ここへ来て、強く思うようになった気がする。


 つき合いの短い私ですら別れはこんなにも寂しいのだから、きっと、土方さんたちにとってはそれ以上のものがあるのだと思う。

 こんな時世だし、いつ今生の別れになってしまうかもわからないから……。




 ゆっくり歩いて来たけれど、それでもお昼には伏見についてしまった。このままさよならというのも寂しくて、みんなでお昼を一緒に食べることにした。

 三人がお酒を酌み交わす横で、申し訳ないと思いながらも一人お茶を啜っていると、富澤さんが私に向き直り微笑んだ。


「新選組は好きかい?」

「はい、好きです!」


 ……って、即答した自分に驚いた。ここへ来る前は、新選組のことなんて全く興味もなかったのに!

 富澤さんは、目を瞬かせる私にもう一度微笑むと、肩に手を乗せ頷いた。


「新選組を、みんなのことをよろしく頼むよ」

「はいっ!」

「俺じゃなくこいつに頼むのかよ」


 土方さんがそんな不満げな声を漏らせば、途端に穏やかな笑いに包まれるのだった。




 それでも、別れの時はやって来てしまう。店を出てからゆっくりゆっくりと歩いて到着した見送り地点で、土方さんは手にしていた荷物を富澤さんに預けた。

 去年の政変時に着用した鉢金や日記、義兄や実兄に宛てた文などらしい。


「いつ死ぬかもわからないからな……」

「確かに預かった」

「みんなに、よろしく伝えてください」


 そう言って、土方さんは丁寧に頭を下げた。

 私が知っている結末通りなら、土方さんは京で死ぬことはない。

 それでもきっと、覚悟は常に持っているのだと思う。

 更に寂しくなってしまった空気を変えたのは、井上さんの明るい声だった。


「なぁに、しんみりしてんだ。また会えるさ」


 みんなハッとしたように笑顔を浮かべると、うんうんと頷き合う。僅かに瞳を潤ませる富澤さんは、私たちの顔をゆっくりと見渡してから、最後に一つ大きく頷いた。


「すぐは無理だろうが、こっちに来る時は顔を見せに来てくれ」


 再会を願って笑顔で別れを済ませると、富澤さんは東へと向かって歩き始めた。

 どんどん小さくなるその背中を三人並んで見つめていれば、とうとう見えなくなってから、最初に口を開いたのは土方さんだった。


「行っちまったな……」

「どうした、歳。帰りたくなったか?」

「……いや。そんな生半可な気持ちでここまで来たわけじゃねぇさ」


 土方さんは組んでいた腕を下ろし、屯所に向かって歩き始めた。

 それに続くように、私と井上さんも歩き出す。


「そういえば、今回もまた恋文を持たせたんですか?」

「気になるか?」


 首だけを振り向かせる土方さんの顔はやけにニヤついていて、なんだか無性に腹が立つ。

 モテるからって、何をしても許されるわけじゃないからね!?


「いえ、別に」


 ふいと顔を逸らせば、笑顔の井上さんに頭をポンポンと撫でられた。


「やっぱり外であの噂を流そうか」

「そうですね! これ以上被害女性を増やすわけにはいかないですしね!」

「いや、春……そういうつもりで言ったんじゃないんだが……」


 ん? どういうこと?

 盛大に首を傾げる私に向かって、井上さんは土方さんと私を交互に見て苦笑した。


「源さん?」

「井上さん?」


 土方さんとほぼ同時に同じ人の名を口にすれば、何がそんなに面白いのか、目の前の人は堪えきれないとばかりに吹き出した。


「いや、何でもない。よし、甘味でも食べて帰るか」

「さっき昼飯食ったばっかだろう……」

「何言ってるんですか、土方さん。甘いものは別腹ですよ!」


 そうして歩きだす私たちの歩みは、来る時はあんなにも遅かったのに、帰りの今はもういつも通りなのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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