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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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082 山南さんと甘味屋へ

 四月に入った。

 現代に直したら、五月くらいなのかな。

 晴れた日の日中は暖かくて、随分と過ごしやすい日が増えた。


 そのせい……というわけではないだろうけれど、またしても新選組の名を騙り金策をする不届き者が現れた。すぐに捕まえたとは聞いたけれど、なんと五人もいたらしい。

 現代にもその名を残した新選組は、決して悪いイメージで残ったわけではないと思うのに。ここではいまだ強請集団とでも思われているのかと思うと、本当にやるせない。


 けれど、いい出来事もあった。会津公が、京都守護職に復帰することになったのだ。

 特に何が変わるわけでもないけれど、元の鞘に収まり、なんとなくみんなホッとしているように思えた。




 お昼過ぎ。

 炊事当番の仕事を終えて一旦部屋へ戻って来ると、暖かそうな日差しの誘惑には抗えず、縁側に腰かけた。

 夕餉の支度までの時間は稽古場へ行くつもりだったけれど、もう少しだけ……と一度下ろした腰をなかなか上げられずにいたら、山南さんがやって来た。


「琴月君、よかったら一緒に甘味でも食べに行かないかい?」

「っ! 行きます! 行きたいですっ!」


 稽古はそのあとからでも大丈夫っ!

 すっと立ち上がりさっそく支度を始めれば、文机に向かう土方さんが、どこか拗ねた子供のように呟いた。


「俺は誘ってくれねぇのかよ」

「歳は仕事があるだろう?」


 すかさずそう返す山南さんの顔は、珍しくどこか悪戯っ子のような笑みを浮かべている。


「手伝ってくれてもいいんだが?」

「帰って来たら、もちろん手伝うさ」

「そうかよ」


 悪態をつくような言葉とは裏腹に、土方さんの顔はどこか嬉しそうだった。


 山南さんはあの日以来、体調のいい日は屯所の敷地内を散歩したりするようになった。そして今日は、こうして外へ出ようと誘ってくれたわけで、こんなに嬉しいことはない。

 急いで支度を終わらせてから、随分と見慣れた大きな背中に声をかける。


「行ってきます!」

「おう。気をつけて行って来い」


 その声音は、やっぱりどこか嬉しそうだった。




 ゆっくりとした歩みながらも、甘味屋へつくと外の縁台に並んで腰掛けた。

 山南さんがさっそくお団子を注文すれば、私たちに気づいた店主が奥から出て来て嬉しそうに笑顔を見せる。


「山南はん、えらい久しぶりちゃうか!? 元気にしとったか?」

「長いこと来られなくて申し訳ない。実は怪我をしてしまってね……。情けないことに、ずっと臥せっていたんだよ」

「井上はんから聞いたわ。もう大丈夫なんか? 無理したらあかんよ。壬生狼や言うても、親切な山南はんは別やさかいね」


 どうやら山南さんの優しくて親切な人柄は、町の人たちに対しても変わらないらしい。

 自分のことのように何だか嬉しくなってしまい、思わず笑みをこぼしながら二人のやり取りを眺めていた。


「ほな、景気付けにおまけしとくかね」


 そう言って、お店に戻った店主が再び戻って来れば、その手に持ったお皿の上には大量の串団子が乗っていた。

 あまりの多さに山南さんがすかさず遠慮するも、私と山南さんの間にドサッと置き、豪快に笑いながら店の中へと戻っていく……。

 私たちの間にドンと鎮座する、大量の串団子に次いで山南さんを見つめれば、目が合うなり同時に吹き出した。


「凄いですね……」

「いくら琴月君でも、さすがにこの量は厳しいんじゃないかい?」

「いいえ! 食べようと思えば食べれます! でも……さすがに自重しておきます……」


 こんなに平らげた日には、翌日体重計に乗るのが恐ろしい。いや、体重計なんてものはないのだけれど。

 和服は帯や紐で締めるから、ウエストが入らないとかボタンが弾け飛ぶという心配もないけれど。それでも一応女子の私としては、ためらわれるくらいの量がある。


「残ったら包んでもらって、お土産にしようか」

「そうですね!」


 はい、と手渡された串団子を受け取りさっそく頬張れば、しばらくして、山南さんがこちらを見ていることに気がついた。


「すまなかったね。一緒に甘味屋へ行こうと誘ってから、半年もかかってしまった」

「え? あっ……」


 思い出した。山南さんが怪我を負ってしまったあの日も、甘味屋へ行こうと誘ってくれたんだった……。

 色々な記憶や感情がよみがえり、つい俯きかけると、山南さんのどこか冗談めいた声が降ってくる。


「歳みたいな顔になってるよ」


 慌てて顔を上げれば、山南さんは優しい笑みを浮かべながら、自分の眉間を人指し指でトントンと叩いていた。


「そんな顔をしないで。私はもう大丈夫だから。それより……君の顔に痕が残らなくて、本当によかった」

「あ……あれくらいへっちゃらですよ! 子供の頃から怪我には慣れてますから!」


 肩を落とす山南さんを元気づければ、おかしそうにふっと吹き出しながら、優しい顔で微笑まれた。


「琴月君は、昔からおてんばさんだったのかい?」

「はい! それはもう……って、何だかまるで、今もおてんばって言われてる気がするんですが……」

「ははは。そうかい?」


 つられて一緒に笑えば、山南さんは何かに納得したように、うんうんと頷いた。


「やっぱり、琴月君には笑った顔がよく似合う」

「そう、ですか……?」

「ああ。だから君には、いつも笑っていて欲しいと思う。そのためには、私もいつまでも臥せっているわけにはいかないね」


 そう言って再び微笑む山南さんは、少しずつ前へ進もうとしているようで嬉しかった。


 残ったお団子を包んでもらいながら、また来る、と店主に挨拶をする山南さんと一緒に店をあとにする。

 ゆっくりと屯所へ向かって歩きながら、山南さんがぽつりとこぼした。


「今年は花見に行けなかったな……」

「……少し、寄ってみますか?」


 巡察でも通る場所なので、もうとっくに花は散ってしまい、青々としていることは知っている。

 しばらく外へ出ていなかった山南さんも、本当は気がついていたと思う。

 それでも、二人で寄り道をした。




「見事な葉桜だね」

「……ですね」


 桜の木は、新緑の若葉で満開だった。

 桜の花が咲き誇るのは、一年のうちでもほんの一瞬だけ。その一瞬を終えたら跡形もなく散ってしまい、花をつけていなければ、パッと見ただけでは桜の木だとも気づきにくい。

 それでも、次の年にはまた咲き誇るから……。


「来年は、一緒に満開の桜を見に行きましょう」

「そうだね。楽しみにしておくよ」


 そう言って、山南さんは微笑むのだった。




 屯所へ戻ると、土方さんにお茶と一緒に二本の串団子を渡して、残りは広間に置いておくことにした。

 きっと見つけた人から食べていき、すぐになくなると思う。


 山南さんは、約束通り土方さんのお仕事を手伝うため、紙の束をもらい受けていた。私も当初の予定通り、稽古場へ行くため山南さんと一緒に部屋を出た。

 山南さんの部屋と稽古場への別れ道で、山南さんに向かって頭を下げた。


「今日は誘っていただき、ありがとうございました!」

「こちらこそ、つき合ってくれてありがとう。また行こう」

「はい! ぜひっ!」


 美味しいお団子に山南さんとの外出。

 嬉しいこと尽くしで、稽古場へと向かう足取りも、自然と軽快になるのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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