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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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073 拐われる①

 湯治に出掛けていた近藤さんが、予定よりも早く帰って来た。

 会津公こと松平容保(かたもり)公が京都守護職から他の役職に変わってしまい、のんびり温泉に浸かっている場合ではなくなってしまったらしい。


 次の京都守護職には、福井藩藩主の松平春嶽(しゅんがく)公が就任することになったけれど、近藤さんや土方さんを始め、新選組の多くがこれを拒否した。

 上司が変わったからといって新選組の仕事内容が変わるわけではないけれど、引き続き会津公の配下で働きたいと、幕府に嘆願するつもりらしい。

 そんな感じで、屯所内はちょっとばかりざわついているけれど、京の町で悪さをする輩にそんなことは関係がないので、巡察はいつも通り行われる。




 そしてこの日は、昨年の冬に入隊し、つい最近副長助勤に昇格した武田(たけだ)観柳斎(かんりゅうさい)さんと一緒だった。

 背が高く坊主頭で、年はおそらく土方さんと同じか少し上くらい。とにかく口達者な人で、自分よりも立場が上の人へは巧みな弁舌で媚びへつらうので、隊士たちの多くから毛嫌いされている。

 それでも、甲州流軍学に明るいうえに剣術の腕も相当で、近藤さんにとても頼りにされている、らしい。

 ……らしいというのは、たった今、本人がそう言っていたから。


「琴月君、私は君より遅い入隊だったがもう副長助勤だ。わかるかい? それだけ近藤局長に頼りにされているということだ」

「凄いですね」

「何を言ってるんだい? これは当然の結果だよ。いずれは副長、いや、一気に局長ということもあり得るかもしれんな」


 その話はもう何度目? 言葉を変え言い方を変え、結局は同じ内容を延々と聞かされるこっちの身にもなって欲しい。

 いくら他の隊士たちが嫌っているからとはいえ、あまり話したこともない人をいきなり邪険に扱うことなんてできず、しばらく話を聞いていた結果がこれ……。


「君は私の話を熱心に聞いているからな。その時は、私が琴月君を取り立ててやろう」

「あ、ありがとうございます……」


 ぶっちゃけ右から左で全く聞いていない。いったい、他の人はどれだけ適当にあしらっているのか。


「だからな、琴月君。いつまでも土方副長の側にいないで、早々に私についた方が賢明かもしれんぞ」

「はぁ……」


 私は別に平隊士のままでいい。何だか、変に気に入られたような気がして困る……。

 他の隊士たちがあからさまに距離を取って歩くなか、今さら離れることもできず、武田さんの隣で適当に相槌を打ちながら歩いていた。

 私が言えた立場じゃないけれど、ちょっとは黙って仕事しませんかねっ!




 話し半分に歩いていると、道の先にコソコソと不審な動きをしている人がいた。

 私たちに気づいた途端、慌てたように近くの脇道へと姿を消すけれど、この浅葱色の羽織を見るなり逃げ出すとか、捕まえてくださいと言っているようなもの……。


「今の不審者を追えっ!」


 武田さんが叫ぶように指示を出せば、全員で一斉に走り出す。もちろん私と武田さんもあとを追うけれど、ここはまだ大通りで人通りも多い。

 私は一つ手前の脇道から出て来た通行人に気づかずぶつかってしまい、ぶつかった人がヨロヨロと出て来た道へと戻り、壁に背をつけながらズルズルとしゃがみこんだ。


「す、すみません! 大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄るも、すぐに振り返った武田さんが眉を寄せ吐き捨てるように言い放つ。


「琴月君、何をしている! 私はあの不審者を追えと言ったんだ! 私の指揮の下、取り逃がすなどありえんよ!」

「すみません、私の不注意なんです! 放っておくわけにはいきません!」

「副長助勤のこの私に逆らうつもりか!?」


 この人は何を言っているの? 不注意で人を怪我させてしまったかもしれないのに、放置して不審者を追えというの!?


「琴月君!」


 ああ、もう!


「お言葉ですが、治安維持のために不審者を捕まえるのは大事なことだと思います。だけど、そのために町の人を放っておくなんておかしいです。矛盾してます! それとも、そんなに手柄が欲しいんですか!?」

「貴様……副長助勤であるこの私を愚弄するか! このことは全て局長に報告するぞ!」

「報告でも何でもすればいいじゃないですか! 私は間違ったことをしているとは思っていませんから!」


 一歩も引く気はないのだと、真っ直ぐに武田さんを見た。


「ふん、まぁいい。終わり次第合流しろ」

「……わかりました。あとから追いかけます」


 一人の不審者に対し、追うこちらの数は多い。私一人いなくても、たいして支障はないと思う。

 それよりも、突然トーンダウンした武田さんが妙に怖いのだけれど……まさか、お得意の弁舌で私を副長助勤の命令に背いた罪にでもして、腹いせに切腹させるつもり……とか?


 そもそもそんな法度あったっけ? 士道不覚悟?

 ……って、今はそんなことよりこの人のことが先だ。武田さんの背中を見送ると、俯いたままの男性の横に私もしゃがみこんだ。


「すみません、大丈夫ですか? どこか痛みますか?」


 けれども私の問いに対する返事はなく、男性は俯いたまま、逆に質問を返してきた。


「新選組の琴月……。なぁ、アンタもしかして、琴月春か?」

「えっ、そ、そうですけど、それが何、か――」


 バッと勢いよく顔を上げた男と目が合った。その顔は楽しげに口の端をつり上げていて、本能が瞬く間に警笛を鳴らす。

 反射的に立ち上がり距離を取るも、目の前の男の方が早かった。

 首の後ろに痛みが走ると同時に身体の力は抜け、意思に反して男に向かってゆっくりと倒れ込む。

 私の意識はそこで途絶えた――






 * * * * *






 つい最近、近藤さんの推薦もあって副長助勤に昇格させた武田が、巡察終わりの報告をしに部屋へやって来た。

 近藤さんは随分と武田を重用しているようだが、俺はこいつがあまり好きじゃない。甲州流軍学だか何だか知らねぇが、それがどうした。戦は教本通りになんざ進まねぇよ。


 何より、俺や近藤さんに取り入ろうって魂胆が気に入らねぇ。あげく、俺がちっともなびかねぇと踏むや無駄に頭を下げなくなった。

 近頃は近藤さんにべったりで、へこへこと媚びへつらってやがる。

 近藤さんもどこまで本気で相手にしてんだか知らねぇが、いや、俺と違って人を疑うことをしねぇからな……あの人は。案外、本気で信じてたりしてな。


「不審者を一名捕縛。町民の物取りゆえ奉行所へ引き渡したのだが」

「そうか、ご苦労だった」

「ところで、琴月君のことで局長に報告しようと思っていることが一つ。しかしその前に、副長のお耳に入れておいた方が良いかと……」

「何だ?」


 その物言い。俺に何か恩でも売るつもりか?


「琴月君が、巡察の途中に離脱したまま戻らいのだが」

「……あ?」


 詳しく訊けば、どうやら自らの不注意で転倒させた相手を介抱するため、不審者を追尾中にも関わらず隊を離脱したのだと。


 副長助勤に取り立てられて間もない武田は、自分の命に背いたあいつに腹を立てているのだろう。

 刻限を決め、それまでに戻らなければ脱走と見なし、然るべき処罰を下すのが妥当だと主張した。追っ手を放ち連れ戻し、法度にのっとり切腹が妥当だと。

 相変わらず、頭も口もよく回る奴だと感心するが、あいつらしい行動に不覚にも吹き出せば、明らかに武田が気を悪くした。


「琴月君の言動は、些か目に余るものがあるかと。副長は彼を、少々甘やかし過ぎでは?」

「そうか?」

「副長ともあろう方が、ただの平隊士である琴月君と相部屋……。他の隊士よりも可愛がっているのは明白。それゆえ、脱走など認めたくないのだろうが……」


 ああ、面倒くせぇ。よりによって、あいつも面倒な奴を敵に回しやがって。


「明日の日暮れだ。それまで琴月のことは公言するな」

「近藤局長にも、一切の報告はするなと?」

「ああ。お前には借りを作っちまうな」


 案の定、借りという言葉を耳にした途端、武田の表情が変わった。

 お前の目的は、端からあいつを貶めることなんかじゃねぇ。脱走と決めつけるには、いくらなんでも早すぎることくらいわかって言ってるだろうからな。

 よくもまぁぬけぬけと……とはいえ、この俺に臆せずそこまでやった根性は、たとえ歪んでいようとも認めてやろうじゃねぇか。


 武田は俺への借りで満足したのか、あいつのことなどもうどうでもいい様子で部屋を出て行った。

 襖が閉じると同時に腕を組み、状況を整理する。


 あいつが巡察隊から離脱した経緯はわかった。あいつに限って脱走はねぇだろう。

 なら、どこへ行きやがった?

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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