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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 落の章 】

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045 大坂の岩城升屋にて

 岩城升屋につくと、店内には不逞浪士が数名いて、案の定、攘夷だ何だと騒ぎながらお店の人たちに金を出せと要求していた。

 いつも思うのだけれど、攘夷と叫べばお金が出てくるとでも思っているのだろうか。


「新選組だ! 大人しくしろ! 手向かいする者は斬る!」


 いつの間に抜いたのか、刀を突きつける土方さんの低く迫力のある声が響く。

 気がつけば、山南さんも他の隊士たちも手には刀が握られていて、すでに臨戦態勢だった。

 ついに……私も抜刀しなければいけない時が来た!


 心臓が一度大きく跳ねれば、鼓動は一気に早さを増す。恐る恐る左の腰へと伸ばす手は、微かに震えてもいるけれど。

 それでも右手で柄を握った、その時だった。

 大人しく捕縛されてくれればいいものを、浪士の一人が刀を抜いた。それを見た土方さんが舌打ちをすれば、まるでそれが合図とでもいうように、他の浪士たちも抜刀し斬りかかって来た。


 突然始まった本物の斬り合いは、お芝居の殺陣のように華麗なものなんかじゃなく、殺るか殺られるかの殺し合いそのものだった。

 命をかけた雄叫びも、刀と刀のぶつかる音も、頭の中ではうるさいほど鳴り響いているのに、どこかで現実と認識することを拒絶している。

 だって、息をするのもはばかられるようなこんな恐ろしい光景、見たことがないもの……。


 身体は鉛のように重たくて動けないのに、意識はふわふわと漂い薄れていて、いっそこのまま手放してしまいたい。

 けれど、私の名前を呼ぶ大きな声がそれを許さなかった。


「琴月! お前は店の人たちを外へ連れ出せっ!」


 声のした方を見れば、斬り合い真っただ中の土方さんだった。

 慌てて店内を見渡せば、ほとんどの人が自力で外へと逃げるなか、私と同じように動けなくなり、腰を抜かしてしまった人や店の隅でうずくまっている人がいる。


 あのままでは危ない、助けなきゃ! そう思ったら身体が動いた。

 怖くてたまらないはずなのに、この人たちに私の不安を伝えては余計に不安にさせてしまう……と、どこから沸いたのかもわからないような使命感で、無理やり勇気を奮い立たせた。


 急いで動けなくなってしまった人たちに駆け寄ると、大丈夫ですよ、と声をかけながら店の外へと誘導する。

 土方さんと山南さんが、店の出入口への導線を確保するように戦ってくれていたおかげで、最後の一人も無事に外へと連れ出すことができた。


「ほんまおおきに。助かったで」

「いえ。危ないのでまだ中には入らないで下さい」


 そう言い置いてすぐさま店内へ戻る。取り残されている人がいたらいけないと、改めて広い店内をぐるりと見渡せば、まだ一人、部屋の隅でうずくまっている人影が見えた。

 よく見るとそれは、店の人でも客でもなく、山南さんだった。


「……山南さん? どうしたんで――っ!?」


 壁に背を預けるようにして座る山南さんの羽織は、腕の辺りを斬られていて、押さえている左腕からは血が流れている。

 慌てて駆け寄るも、私より先に浪士が一人、刀を持ったまま飛び出してきた。その視線は、さも当然のように動けない山南さんを捉えている。


「……ダ、ダメェー!!」


 叫ぶと同時に、近くにあった反物を浪士に投げつけていた。見事命中し、その身体がわずかにぐらつく。

 そして、声もなくこちらへと向けられたその目は、とても正気とは思えず、殺らなければ殺られる、生か死の二択を迫られたような、恐怖と絶望を宿した目だった。


 背筋を冷たい汗が伝い、渇いた喉がごくりと鳴った。

 一気に距離を詰めるように、高い衣擦れの音を響かせ真っ直ぐに私へ向かって来る浪士は、その間合いに入るや否や、銀色に輝く刃をためらうことなく振り上げた。

 刹那。




 ――――世界が、揺れた――――




 久しぶりの感覚に、私の身体もわずかに揺れる。

 一歩踏み出すようにして堪えれば、ゆっくりと迫る刀身を見据え、後ろへ下がるようにして避けた。


 一度は空を斬った刃が再び迫れば、世界は揺れ、音を失い、同時に速度を失った。

 そうして二度、三度と避けてみせれば、驚きに見開かれたその目は動揺したように瞳を揺らし、私を捉えて離さない。

 たぶん、もう私しか見えていない。


 このまま私に注意を引きつけておかなければと、挑発的な眼差しで見つめながら、ただひたすら避けた。動けない山南さんから引き離すこと、それしか頭になかった。

 何度目かの刀を避けた直後、不意に、振り絞るような山南さんの声が聞こえた。


「琴月君! 刀を、抜くんだ!」


 そうか、刀……。

 前に山南さんが教えてくれた、斬って命を奪うためじゃなく、戦意を喪失させるための剣。


 峰で相手の手を打ち、刀を落とそう。ゆっくりとしたこの世界の中でなら、私にもできるはず! 

 動けない山南さんに再び向かわれてしまったら、それこそ何もできなくなってしまう!


 迷っている暇なんてどこにもなくて、勢いだけで腰にある刀に手を伸ばした。左手で鞘を掴み、汗ばむ右手で柄を握りしめる。

 もう、刀を抜くことに迷いなんてなかった。

 なかったはずなのに……。




 ――――抜けない。




 緊張で力が入らない?

 手が震えて握れない?

 異常な手汗ですべる?


 迫る刀身を避けながら、何度も刀を抜こうとするけれど、どうしてか全然抜けない。

 まさか、この期に及んでまだ覚悟が足りないの……!?


 柄を握りしめたまま避けていれば、土方さんが横から入って来て、顔だけをわずかに振り向かせて怒鳴った。


「馬鹿野郎! 刀の抜き方も知らねぇのか! ここはいいから、早く山南さんをみてやれ!」

「……は、はい!」


 悔しかった。他の隊士たちと同じように扱って欲しいと自ら願い出たのに、山南さんに教えてもらった方法なら私でも刀が振るえると、そう思っていたのに!

 いざ目の当たりにしたら、何もできないなんて!


 けれど今は、落ち込んでいる暇なんてない。一度だけ唇を噛んで堪えると、山南さんに駆け寄り傷の具合をみた。

 斬られた左腕からはいまだ血が流れていて、とにかく止血が先決だった。

 幸いなことにここは呉服屋だから、布ならいくらでもある。患部を圧迫するように、近くにあった布をあてがい強く押さえた。


 すぐに戦闘を終えたらしい土方さんも来た。

 着物が血で汚れているけれど、おそらく土方さんの血ではないのだろう。視界の端に、先ほどの浪士が斬られて倒れているのが映ったから。その姿は、明らかに絶命していたから……。


「……っ。ひ、土方さん! そこの布を腕に巻きたいので細く裂いて下さい!」


 血の気が引くような感覚を振り払うように、傍らで山南さんに声をかける土方さんに指示を飛ばす。


 出血のせいで山南さんの顔色はだいぶ青白い。

 患部を圧迫しながら何度も何度も呼びかければ、痛みに顔を歪めながらもちゃんと反応を返してくれるので、幸いにも意識ははっきりとしているみたいだった。


「琴月、これでいいか?」

「はい。ありがとうございます」


 手際よく布を裂いていく土方さんから受け取ると、山南さんの腕にきつく巻いていく。


 不思議な感覚だった。

 頭の中は異常なまでに冴えて冷静な意識と、非現実的過ぎる悲惨な光景から、逃げ出すようにふわふわと漂う意識。

 どちらも私のものなのに、私のものじゃないみたいだった。




 そこからの記憶はほとんどない。

 それでもはっきりと覚えているのは、必死に山南さんの止血をしながら、もう誰の血も見たくないと思ったことだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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