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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 落の章 】

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037 前を向く

 桂さんの背中が小さくなるにつれ、反対からは土方さんが走って来た。


「お前、なんでそんなに足速ぇんだよ! たまたま屯所を出て行くのが見えたから追いかけたはいいが、途中で見失っちまったじゃねぇか」

「……土方さん」

「ったく、日が暮れる前に見つかったから良かったものの、こんなところまで越させやがって」


 私を見下ろしたまま文句を言う土方さんの息は、かなり乱れている。ずっと追いかけて、見失っても探し続けてくれたのだろう。言いつけも破って、一人で勝手に逃げ出したというのに。


「ごめん、なさい……」


 止まっていたはずの涙が再び溢れ出た。

 思わず俯く私の前で、土方さんがしゃがみ込む。


「お前が知っていたとはいえ、背負わせた俺の責任だ。悪かった。……だから、お前は自分を責めるんじゃねぇ」

「っ! 土方さんのせいじゃないです! こうなると知っていたのに、変えることができなかった私のせいなんです! 私のせいで芹沢さんたちは――」

「琴月! 芹沢さんたちが死んだのは、お前のせいじゃねぇ。言っただろう? 命令だったんだ。それにな、手を下したのは俺たちだ。お前じゃない」

「でもっ――!」


 そう口にしたところで、土方さんは懐から取り出した手拭いで、私の顔をごしごしと荒っぽく拭き始めた。


「いっ、いひゃいです!」

「うるせぇ。だったら、これ以上口答えすんな」


 何それ……。一人で屯所を出たことも、芹沢さんたちが亡くなったことも、それを土方さんたちにさせてしまったことも、全部私が責められるべきことなのに。


「優しすぎ……」


 手拭いの隙間からぽつりとこぼせば、さらにごしごしと強く擦られた。


「あ? んじゃもっと強く拭いてやる」

「い、いひゃいですってば!」


 慌ててその手を掴めば、土方さんは手を止め静かに話し出した。


「俺が何を言おうが、どうせお前は自分を責めるんだろう? なら、それでも構わねぇさ。お前、一度言い出したらきかなそうだからな。だがな、そのあとは必ず前を向け」


 土方さんは手拭いを私に預けるようにして手を離すと、じっと私の目を見ながら、けれどもどこか、自分にも言い聞かせるようにしながら言葉を続けた。


「いつまでも引きずるわけにはいかねぇだろ。このまま立ち止まって前へ進まなかったら、あの人の死も意味のねぇもんになっちまう。自分らで殺っておいて、手前勝手な言い分だってのはわかってるけどな。それでも俺たちは、ここで立ち止まるわけにはいかねぇんだよ」


 ――俺は武士だ。だから死ぬのが怖いとは思わん。ただ、その死は意味のあるものでありたいと思う――


 芹沢さんがそう言っていたのを思い出した。

 土方さんは、芹沢さんの死を無駄にしないようにと、ちゃんと逃げずに向き合って、前へ進むと決めたんだ。

 それなら……と涙を拭った手拭いを膝の上に置き、ぎゅっと強く握りしめた。

 目を閉じて小さく深呼吸をして、あの日のことを丁寧に思い出しながら、真っすぐに土方さんを見る。


「芹沢さんが言っていました。新選組を、近藤さんと土方さんに託す、と。最後くらい、新選組のためにその命を使うのも悪くない……と」

「っ!? 何、言ってんだ……。それじゃまるで、自分が死ぬとわかってたみたいな言い方じゃねぇか!!」


 声を荒らげる土方さんに向かって、一度だけ目を伏せ続きを口にする。


「……わかっていたんです。私が言わなくても、芹沢さんは。土方さんたちが来ることも全部……わかっていたんです。そのうえで覚悟を決めたんです。だから私は、その覚悟を邪魔してはいけないのだと思って……でも、本当にそれでよかったのかなって。今さらどうにもならないのはわかってるんですけど、割り切れなくて……」


 いつのまにか落ちていた視線を上げれば、土方さんの顔は酷く苦しそうだった。


「琴月……」


 苦しいくせに、気遣わしげに私の名前を呼ぶ土方さんは、すぐに怒るし、役者顔負けの整った顔で睨まれたら凄く怖い。

 けれど、本当は面倒見が良くて、不器用だけれど優しい人だと思う。

 そんな人に伝えるべきか正直迷うけれど、そんな土方さんだからこそきっと大丈夫、そんな気がしたんだ。


「これからの新選組には、鬼が必要だと言っていました。土方さんならわかるだろうって」


 私の言葉を聞き終えた土方さんは、眉根に皺を寄せたまま少し沈黙したけれど、一つだけ小さなため息をついてから口の端を吊り上げて笑った。


「鬼……かよ。はっ、とんでもねぇ置き土産して行きやがったな。いいぜ、上等だ。その鬼とやらになってやろうじゃねぇか。芹沢さんの残していった新選組を、どこまでも押し上げてやろうじゃねぇか」


 土方さんの表情はどこか吹っ切れたように晴れやかで、覚悟を決めた精悍な顔つきだった。

 そして、真っ赤な夕焼けに照らされたその顔は、同時に、息を呑んでしまうほど美しくて、そんな美しい鬼に魅せられたように、静かに、だけどはっきりと告げた。


「土方さん、私、芹沢さんにも言われたんです。私がこの時代に留まる間、芹沢さんの代わりに新選組を見届けて欲しいって。勝手に逃げ出しておいて、何、我が儘言ってるんだって思います。それでもやっぱり、ここにいたいです。だから……お願いします! もう一度、私を新選組に置いて下さい!」


 額に砂利がつくほど土下座した。

 今度こそ決めたから。たとえ辛いことがあったとしても、もう逃げないと。良いことも悪いことも全部ひっくるめて、受け止めると。

 それがきっと、芹沢さんに託された願いを叶えることにも繋がるから。

 けれど、ひれ伏したままの私に降り注ぐ声は、冷たく厳しい声だった。


「もう一度? 何、勝手なこと言ってやがる。俺は――」

「勝手なのは百も承知です! 必ず新選組の役に立てるよう、稽古も今以上に頑張って強くなります! だから、どうかお願いします!」


 俺は認めない、とそう言われる気がして慌てて土方さんの言葉を遮った。引き下がるつもりなんてないから。


「顔を上げろ」


 土方さんの、有無も言わさぬ声が聞こえた。

 恐る恐る顔を上げれば、目の前に迫った指が私のおでこを思いきり弾く。


「いっ……ッタイ!! 何するんですか!?」


 わけもわからずデコピンされたおでこを摩りながら睨みつければ、怖い顔で怒鳴られた。


「うるせぇ、馬鹿! お前は人の話を最後までちゃんと聞け! 一人で突っ走るんじゃねぇ! いいか? もう一度も何も、俺はお前を追い出した覚えはねぇんだよ!」

「……へ?」


 それってつまり……。私はまだ、新選組にいてもいいってことだろうか。

 すっと立ち上がる土方さんを見上げて訊ねようとしたけれど、私の目の前に差し出された、土方さんの手が答えだった。


「ほら、いつまでも座ってねぇで早く立て。帰るぞ」

「……はいっ!」


 その大きな手を掴めばぐいっと力強く引き上げられて、私が囚われていたところからも救い出されたような、そんな気持ちになった。


「土方さん。ありがとうございます!」


 嬉しくて笑顔で告げたはずなのに、なぜか涙が溢れてきた。


「泣くか笑うかどっちかにしろ」


 そう言って、土方さんは笑っていた。




 夕焼けの下を並んで屯所へと戻る途中、そういえば、と一緒にいた男は誰だと訊かれた。

 事の経緯とともにその名を伝えたら、また怒鳴られた。


「は? 桂小五郎だと!? お前、何で捕まえとかねぇんだよ! 俺たちが追ってる奴じゃねぇか、馬鹿野郎!」


 やっぱりか! ……と思うも時すでに遅し。

 京を離れるとも言っていたし、そもそも捕まえておくとか無理だったし! 何なら私が捕まりかねない雰囲気だったし!


「土方さんの鬼!」

「おう、上等だ! 新選組、鬼の副長様だ!」






 数日後、お梅さんのご遺体は壬生寺で無縁仏として葬られた。

 引き取るよう交渉していた菱屋さんには、暇を出したの一点張りで相手にしてもらえず、見兼ねた八木さんが手を尽くしてくれたのだった。


 ここ壬生寺には、芹沢さんと平山さんのお墓もある。同じお墓に……とはいかなかったけれど、二人は今も寄り添い一緒にいると信じたい。

 それぞれのお墓で手を合わせてから、思いっきり空を見上げた。


 ――悲しい時はいっぱい泣いたらええ。気が済むまで泣いて、泣いて、そしたらまた笑って歩けばええ――


 お梅さんが私に言ってくれた言葉。今ならあの言葉も少しだけ理解できるような気がして、天に向かって語りかけた。


「まだ気持ちの整理が完全についたわけでもないですけど、それでも、私も前を向いて歩いて行こうと思います。だから……芹沢さん、お梅さん、どうか見守っていてください」


 天高く澄み渡る空は、まさに、秋晴れと呼ぶに相応しかった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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