256 ―藤堂平助―
頭隠して尻隠さず。
……って、さすがにそれは言い過ぎか。一応、他の人は気づいてなかったみたいだしね。
衛士の中で近藤さんの暗殺話が出てきたから、今は接触を避けた方がいい、そう思っていたのにさ。いつ伊東さんにまで根回しをしたのか、今年も春と紅葉勝負をすることになった。
で、やっぱり春も知っているらしく、やたらとここから離れるよう勧めてくる。だからって、この状況で旅に出ろはないでしょ。相変わらずホント面白い。
でもさ、オレは最初から逃げるつもりなんてなかったんだ。
……そりゃあ、春を泣かせたことに動揺して少し気持ちが揺らいだのは本当だけど、それでも、やっぱりオレは逃げないよ。
春や伊東さんみたいな人にはずっとそのままでいて欲しいし、何より、逃げるなんてやっぱりオレらしくないでしょ。
「ちょ……春? どうした――」
「このままじゃ本当、にッ――カハッ……」
「春っ!?」
必死にオレを説得しようとしていた春が、突然目の前で苦しそうにしながら倒れた。
全然反応がなくて焦ったけど、全く起きないまま数日眠り込んだことは前にもあったから、このまま背負って屯所まで運ぶことにした。
もちろん、オレは屯所の中へ入るわけにはいかないから、近くで新八さんか左之さん辺りが出てくるのを期待してたんだけど……相変わらず勘が鋭いというか鼻が利くというか、やって来たのは土方さんだった。
オレの背中で眠る春を見るなり、少し驚いた顔で腕を伸ばしてくるから……どうしてか思わず身体を捩った。そうしたら、土方さんの眉間に少しだけ皺が寄った。
「もしかしてさ、土方さんが春をオレのとこへ寄こしたの?」
「俺が何を言おうが、こいつはお前の元へ向かったさ」
「そっか」
そういうとこ、春らしいよね。
今度はちゃんと引き渡せば、土方さんは眠る春を軽々と横抱きにした。
「ねぇ土方さん」
「ん?」
「春のこと、オレの分も頼んだよ」
「平助、お前……」
そんな悲しそうな顔してたら、“鬼の副長”の二つ名が泣くよ?
オレが新選組を出て行ったあの日、こうなるかもしれないっていう覚悟はお互いしてたはずでしょ?
「なぁ平助。こいつの想いを無駄にすんじゃ――」
「魁先生。……誰が言い出したか知らないけど、気に入ってるんだ。オレらしいでしょ?」
「……ああ。そうだな」
オレの気持ちを汲んでくれたのか、それ以上は何も言って来なかった。だから、今度はオレから切り出した。
「あのさ、一つだけお願いしてもいい?」
「何だ?」
「春を来させないで欲しい。……泣くだろうから」
「……わかった」
「ありがと」
じゃあね、と二人に告げて、足早に来た道を戻った。
新選組に頼んでいた資金を受け取りに行くという伊東さんは、こんな時だっていうのにあえて護衛は少なくすると言い出した。
その意図するところは理解出来るけど、それならオレが、と名乗り出るも他の人と行ってしまった。
それから時間が経って、伊東さんが討たれたという報せが入って……。やっぱり無理を通してでもオレが行くべきだったと後悔しながらも、もしかしたら、あえてオレを選ばなかったんじゃないのかな……なんて思ったんだ。
当然だけど、新選組が待ち伏せしているのはみんなわかってた。
だから、装備を万全に整えるべきとか色んな意見が飛び交ったけど、結局は多勢に無勢。オレたちはそのまま油小路へ向かった。
伊東さんの亡骸はこの寒空の下に晒されていて、少しでも早く暖かいところへ……と、凍りそうなほど冷たくなった身体を駕籠に乗せていたところで、乾いた銃声が鳴った。
そこからはもう無我夢中で、気づけばオレは新八さんと鍔迫り合っていた。
「平助ッ! このまま逃げろ!」
「新八さんまで、こんな状況で何言って――」
「こんな状況だからだよ!」
これも土方さんの差し金? それとも新八さんの独断?
どっちにしても……。
「オレは逃げないよ」
「平助っ!」
素早さなら新八さんにも負けないけどさ、この状態は若干分が悪い。それをわかってる新八さんは、馬鹿みたいな力でオレを端へ端へと追いやろうとする。
「ちょ……、新八さんッ!」
「いいから早く引けっ! ……って、おいっ。平助後ろっ! 避けろッ!!」
そう新八さんが叫ぶのとほぼ同時、背後に気配を感じて振り向いた。
煌めく刀、迫る刃、衝撃――
遠ざかるオレの名を呼ぶ声の中に、春の声を見つけた。
「……あれ、春? 何で来ちゃったの……」
でもさ、会えたら会えたでやっぱり嬉しいと思うのは、何でだろ。
正直あんまり時間はないだろうけど……ゆっくり話がしたくなったから、焦る春を落ち着かせた。
不思議と今は、痛みも恐怖もないんだ。
そういえば……と、お守り袋の中から春にもらった幸せのお裾分けを取り出して、やっぱり来年は勝負出来そうにないことを告げた。
そうしたら、勝ち逃げはダメなんて無茶なこと言ってくるから、仕方なく種明かしした。
あんな簡単な手に騙されるなんてさ、春らしいよね。
でも……。
「罰が当たった、かな……」
泣かせたくなんかないのにより一層涙をこぼすから、指でその涙を拭った。あんまり感覚がなくて、力加減が難しいけど……。
……やっぱりさ、オレって嫌なヤツなのかな。
この間もあんなに泣いてたのに、今もまたオレのために泣いてくれることが嬉しいとか……オレのせいで泣きじゃくる姿が愛おしいとか……って……あれ……。
……ああ、……そっか。そういうこと……。
「ねぇ、春……やっぱりオレの勝ち」
「……さっき、ズルしたって言ったじゃないですか」
そっちじゃなくてさ。
「オレはさ、春のこと……」
……いや。きっといつか、春にもわかる日が来るか。
だけど、その時オレは側にいられないのは悔しいから、今は教えてあげない。いつかまたどこかで会えたら、その時は教えてあげてもいいけどね。
「藤堂さん?」
「何でもない、こっちの話」
でも今は、今だけは、全部オレに向いている。オレだけに向けられている。それは嬉しいと同時に、これで最後だと思うとやっぱり悲しいや。
何より、自分の気持ちに気づいたら気づいたで、やっぱり春には泣いて欲しくない、なんて我が儘だよね。
それでもさ……。
「笑って……」
だいぶ視界もぼやけてきたけど、春は一生懸命笑ってくれた。
指先の感覚なんてとうにないんだけど、触れているその手も涙も、全部温かい。
「泣きながら、笑うなんて……、アンタってホント……面白い……」
オレのせいなのに、こんな憎まれ口しかきけなくてさ……。
「ごめん……」
こんな別れになっちゃったけど、オレは春に出会えて良かった。じゃなきゃ、オレは今も知らないままだった。
だから……。
「ありがと、春……」
「勝負しようか。どっちが先に恋を知るか」
覚えてる?
あの勝負、オレの勝ちだよ。
だってオレは、この感情の正体に気づくことが出来たから。
――オレはさ、春のこと……、好きだったんだ――




