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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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251 命の選択

 部屋へ入ると土方さんが驚いた様子で訊いてきた。


「どうした? 会えなかったのか?」

「……いえ、ちゃんと会えました」


 それを証明するように、懐から預かったばかりの文を取り出した。


「そうか。今日は随分早かったな」

「……はい」


 促されるまま差し出すも、一瞬、手を離すのを躊躇ってしまった。途端に険しくなるその表情は、重要な事が書いてあると察したみたいだった。


「何が書いてあるか、知ってるんだな?」

「……はい。先に聞かせてもらいました」


 今度こそちゃんと手渡せば、土方さんは黙ったまま目を通し始める。読み終える頃には、すでに寄っていた眉間の皺はさらに深くなっていた。


「やはりそうなったか……」


 ……やはり?


「まさか、こうなるってわかってたんですか?」

「わかってたも何もねぇだろ。分離なんてしようが、相手からしてみりゃ散々仲間を斬ってきた敵に変わりはねぇんだからよ」


 確かにそうだけれど……。

 でも、どんな言葉をどれだけ並べられても、そう簡単に敵を信用する事なんて出来ないのは当然だ。だからこそ、言葉以上の行動を起こそうとするのかもしれない……。


「……どうするつもりですか?」


 その目を見てじっと待てば、少しの間黙った土方さんは、荒っぽく文を畳んで同じようにじっと見つめ返してきた。


「お前はこの件にかかわるな。事が済むまで総司の面倒でもみてろ」

「事がって……ちょっと待ってください! まさか本当に衛士を――」

「いいか、伊東が抑えようが暴走する奴は勝手にする。そうなったら近藤さんはどうなる? 下手すりゃ死ぬかもしれねぇんだぞ!? それじゃ遅ぇだろうがっ!」

「それはわかってますっ! だからって――」

「わかってんならわかんだろ!? こうなっちまったらもう、向こうが動き出す前に潰すしかねぇんだよ! だいたい何のために斎藤を送り込んでいたのかをよく考えろ! こういう時のためだろうが!」


 斎藤さんも同じような事を言っていた。私だって二人の言い分がわからないわけじゃない。

 円満に見えてもお互いに間者を放っていたという事実があり、それはつまり、最初から双方信じ切れていなかったという事。そこに生まれた明らかな敵意は、どんなに小さくても露呈した瞬間から大きくなり疑心暗鬼となる……。

 そうなったらもう、どんな些細なすれ違いでさえ波紋を呼び、血が流れようものなら報復に報復を重ね泥沼と化す……。


 ……わかっている。

 だけど、たとえそうだとしてもまだ他にやりようがあるかもしれない。

 いまだに伊東さんの本心は私もわからないけれど、それでも今は企てを止めようとしてくれているのだから。

 それに衛士には……。


「……藤堂さんもいるんですよ」


 “伊東さんが亡くなったすぐそのあとに藤堂さんも亡くなる”……それしか知らなかった役に立たない私の記憶も、今ならわかる。どう考えても今回の件だと。


「あいつだってもう餓鬼じゃねぇんだ。それぐらい覚悟のうえで新選組を出て行ってるはずだ」

「なっ……それ、本気で言ってるんですか!?」


 土方さんは黙ったまま何も答えないけれど、たとえ勢いで言ってしまった言葉だったとしても、そんなのは聞きたくなんかない。

 いくら呼んでも返事がなくて、それはそれで腹が立って今よりも距離を詰めた。


「土方さんっ!」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! じゃあどうしろってんだ! この期に及んで対話でどうにかなると思ってんじゃねぇだろうな!?」

「やってみなけりゃわからないじゃ――」

「馬鹿か。こっちからその話を振ればどこから知ったんだとなる。斎藤が間者だったと明かさずとも、同時期にいなくなったあいつが真っ先に疑われるだろうよ。見つかったらあいつもただじゃ済まねぇはずだ。だいたいな、元から微妙な関係だったんだ。そこに疑念が生じた時点で今と状況は変わらねぇんだよ」


 ……疑心暗鬼。

 この件で何か行動を起こそうとしても、結局はそこに行きつくしかないの……?

 それでも何か……と返す言葉を探していれば、くるりと反転する背中が、文を強く握りしめながらぽつりとこぼした。


「円満解決出来る方法があんなら、俺が知りてぇよ……」


 どうしてこうなっちゃったんだろう……。

 分離を許さなければよかったとか、伊東さんを入隊させなければよかったとか……分岐点はきっといくつかあったんだと思う。

 でも今さら過ぎた事をいっても何も変わらない。だから考えなくちゃいけないのはこれから先のこと……なのに、私の足りない頭じゃ何も浮かばない……。

 何の言葉も出てこないくせに余計なものだけあふれそうで、唇を噛んで堪えていたら土方さんが振り返った。


「俺は……たとえお前に恨まれようが近藤さんを守る。どんな手を使ってでもだ」


 今から近藤さんのところへ行ってくる、と動き出した土方さんが、襖へと向かう途中私の真横で足を止めた。


「さっきも言ったが、お前はこの件にかかわるな」

「何でですか……」

「選ぶしかねぇからだよ。近藤さんか衛士……いや、伊東かをな。お前には無理――」

「勝手に決めつけないでください」

「……何?」


 降ってきたのはあからさまに不機嫌な声だった。

 隣を見上げれば、これでもかと眉間に皺を寄せた怖い顔がある。


「餓鬼みてぇな意地はってんじゃねぇ。お前には無理だ」

「だから、勝手に決めつけないでください」

「意味わかってて言ってんのか? 俺は、命を選べって言ってんだぞ」

「……わかってます」


 チッと舌打ちが聞こえたかと思えば、一瞬のうちに胸ぐらを掴まれていた。


「だったら選べよ。はっきり言葉に出来んのか」


 ……言葉に。

 薄々わかっていた。たぶん土方さんは、私の中にすでに答えがあることに気づいていて、それを口にさせないようにしているのだと。言葉にしてしまえば、朧げな輪郭もはっきりと形になってしまうから。


 もちろん簡単に選べるものじゃないし、選んでいいものでもない。

 だけどもう、綺麗事では収まらないところまできてしまった……。

 

 どうせ変えられないし変わらない。いつだって大きな流れの前ではそんな諦めもちらつくけれど。

 きっと変えられるし変えてみせる。という希望まで捨てたことは一度もない……。

 けれど今は、その希望が少し怖い。

 私の知っている近藤さんはここで死んだりしないはずだけれど……伊東さんを助けることによって、その歴史まで変わってしまうかもしれないから。


 選んだつもりはなくても、これはもう選んだと同じこと。

 たとえ言葉にしなくても、心にあるならそれも同じこと。


 目を閉じて耳を塞いで……また変えられなかったと部屋の隅でうずくまっていれば、傷は今より浅く済むかもしれない。

 でもそれをしたら、きっと私は私じゃいられなくなる。芹沢さんとの約束だって果たせない。


 私が睨んでいるから土方さんもそうなのか、どっちが先かなんてわからないけれど。私を見下ろす鋭い視線に向かってゆっくりと口を開いた。


「……私は、近藤さんに、死んでほしくないです……」


 堪えきれず涙がこぼれ落ちる瞬間、土方さんの胸元にグッと頭を引き寄せられた。


「馬鹿野郎……」

「……はい」


 本当に、どうしようもないほど大バカだ……。

 泣く資格なんてないのに情けないほど嗚咽を堪えるのに精一杯で、震える手を隠すように目の前の着物に縋りつけば、いつか私がしたみたいに優しく背中をとんとんと叩かれた。


「……すまねぇ」

「どうして、土方さんが謝るんですか……」


 これは私が決めたこと。土方さんが気にする必要なんてない。

 それに……。


「こんな風に自分の意志で誰かの死を受け入れるのは、初めてじゃないですから」


 芹沢さんの時だってそうだった。その意思と覚悟を尊重したとはいえ、受け入れたのだから……。

 そしてこれもまた、私が背負っていかなければいけない罪――


「お前……」


 背中の手まで止まり、何か気に障ることでも言ってしまったかと思わず見上げれば、酷く苦しそうな顔と目が合った。


「……土方さん?」

「いや。……こんな小さな背中に、また背負わせちまったと思ってな」

「そんなこと――」


 また強制的に顔を埋められてしまい、それ以上の言葉を続けることは出来なかった。

 それから少しの間、土方さんは私の心臓の音に合わせるように、優しく背中を叩いてくれるのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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