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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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244 うわさ

 九月になった。新暦に直せばおそらく十月くらい。

 朝晩は随分と涼しいけれど、今日みたいによく晴れた日の午後は、まだまだ日向ぼっこが気持ちいい。


 次の隊務まではまだ時間があるから、日当たりのいい文机の側に出来るだけ気配を消して寝転がり、青く澄んだ空を見上げる。

 穏やかな時間が流れること数秒。やっぱり気配を消しきれていなかったのか、案の定呆れたようなため息が聞こえた。


「お前、わざとか?」

「な、何がですか?」


 質問に質問で返してしまい視線が鋭さを増すけれど、隊務の間の休憩くらいどう過ごそうか私の自由だと思う!

 そりゃあね、忙しくしている人の側でだらだらするのはちょっと申し訳ない気もするけれど。そもそもそんなに気になるなら、私にも一人部屋を――……という考えは、まるで総司だな、という呟きに遮られた。

 だって、そこまで酷くはないはずっ!

 訂正を求めようと起き上がるも、見事にスルーで話題まで変えられた。


「薩摩の連中がな、江戸で幕府にちょっかいかけてるらしい」

「……ちょっかい?」


 訊けばこの夏くらいから、江戸の薩摩藩邸に討幕を目論む輩が集結し、放火や強盗など、まるで幕府を挑発するかのように悪さをしているらしい。


「そんなの、片っ端から捕まえればいいじゃないですか」

「そりゃ、やっちゃいるだろうがな」

「……?」


 煮え切らない返事に思わず首を傾げるも、薩摩藩邸に集結しているならそこを押さえればいいだけでは? そもそも倒幕したいからってなぜ放火? そんな迷惑な事しないで幕府に直接言えばいいのに。

 そりゃあ、はいそうですかって、素直に倒されたりはしないだろうけども。


「相変わらず、そのころころ変わる顔は見てて飽きねぇな」

「なっ……」

「あのな、安易にそんな挑発なんかのってみろ。倒幕を目論む連中に大義名分を与えかねねぇだろうが」


 藩邸に乗り込み犠牲が出れば、それを口実に武力も辞さず討幕を一気に推し進めるかもしれない。

 そうさせないためにも、今は慎重にならざるを得ないのだと。


「もどかしいですね……」

「そうだな」


 好き勝手しながら虎視眈々と大義名分を得ようだなんて。

 でも言い換えれば、それくらいしないと討幕なんて出来ないって事なのかな?


「もどかしいといや、慶喜(よしのぶ)公が政権を朝廷に返上するんじゃねぇかって噂がある」

「政権を……返上?」


 それって確か、大政奉還(たいせいほうかん)だっけ……?

 ふと目が合うと、わかりやすい奴だな、と苦笑しながらおでこを軽く弾かれた。


「ッ……何するんですか!」

「何でもねぇよ」


 何でもないのに笑いながらデコピンしてくるとか……鬼か!

 無駄と知りながら抗議の眼差しを向けるも、気になる事が一つ。


「もし……もしですけど、大政奉還……幕府が政権を返上したら、私たちどうなるんですか?」

「さぁな。ただ、家康公からここまでおよそ二百六十年。その間の政を担ってきたのは徳川幕府だ。朝廷だって、今更返上されても何も出来ねぇだろ」

「確かに……」


 十年や二十年じゃない。二百年以上というブランクはいくらなんでも大きすぎる。


「たとえ政権を返したところで結局は幕府が、慶喜公がいなきゃ回らねぇだろうから、要職に就くのは間違いねぇだろうな」


 それはつまり、今までとあまり変わらないということ?


「ま、お前と違って強かな慶喜公のことだ。そこまで考えてるだろうよ」

「なるほど……」


 ……って、そこで私と比較する必要あった!?

 途端に土方さんが吹き出せば、鉄之助くんがお茶とお茶菓子を持ってやって来た。

 今日はお団子らしく、私の表情を見るなり目の前までお皿ごと差し出してくれる。相変わらず、なんて気の利くいい子なんだろう。


「ありがとう、鉄之助くん!」


 少し年の離れた弟がいたらこんな気持ちなのかな?

 そんな事を思いながら、串を取ると同時に反対の手を伸ばし、その見た目と年齢にそぐわない謙遜の言葉を返そうとする頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。

 目をまん丸にして耳まで真っ赤にしたその姿は、私より八つも年下とはいえ十四だし、頭を撫でられるのは恥ずかしかったのかもしれない。


 でもね……いつもの真面目に仕事をこなす姿と違ってなんだかちょっとかわいくて……もしかしなくても鉄之助くんの新たな一面を引き出せたかもしれない!?

 にやけそうになる頬を押さえれば、土方さんも小さく吹き出した。


「そういえば鉄、総司の稽古はどうだ?」

「え? ……あっ、えっと……た、楽しいです!」


 慌てて居住まいを正すその姿に、いつもの鉄之助くんに戻った気がして私も訊いてみる。


「無理しなくていいんだよ? やっぱり辞めたいとか、先生を変えて欲しいとか。本当のこと言って大丈夫だよ?」


 事が荒立つのを嫌う鉄之助くんが、そう簡単に本音を言ってくれるとは思わないけれど。

 不意に、土方さんが私の頭をぽんぽんと叩いた。


「キツイなら、こいつに教えてもらえばいい」

「え!? あ……うん、鉄之助くんさえよければ? あ、そうそう。怪我とか痣とか出来てない? 手当てしとく?」


 そんな私たちの心配をよそに、鉄之助くんは何のこと? と言わんばかりにきょとんとしている。

 確かに沖田さん本人も、何だかんだと理由をつけては教え方を変えている、と言っていたけれど……。

 ふと、目の前の瞳がキラキラと輝いているのに気がついた。


「俺……あ、私も……もっと上達して、沖田先生に本気の稽古をつけてもらいたいです」


 ……ん? もしかして勘違いしている?

 沖田さんは手を抜いているわけじゃないよ、と教えてあげたいけれど、言葉を選んでいるうちに稽古場へと行ってしまった。


 それから少しして、丁度お茶もお団子も食べ終わった頃。

 今日の剣術指南役は沖田さんだった事を思いだし、土方さんと二人で稽古場へ向かう事にした。


 いつの間にか“()”なんて呼んでいるくらいだし、土方さんも鉄之助くんのことは放っておけないのだろう。

 私ですら弟みたいな感じがするし、土方さんも……いや、二人の年齢差を考えると兄というより面倒見のいいお父さ――。

 ……何となく鋭い視線を感じ、それ以上の思考を停止した。




 稽古場へつくと、邪魔をしないようこっそり中を覗き込んだ。

 鉄之助くんを含む大勢の隊士たちと、防具はつけず口頭のみで指南にあたる沖田さんがいて、無理はしていないのだと安心する半面、時折出る咳に不安が過る。

 相変わらず何でもお見通しなのか、隣に立つ土方さんの手が私の頭上にぽんと乗っかった。

 しばらくその場で様子を見ていれば、この間鉄之助くんを囲んでいた隊士たちが話し出した。


「沖田先生の指南はかなりキツかったと聞きましたが、もうやらないのですか?」

「そういや鉄之助。お前時々先生に稽古つけてもらってるんだろ? お願いしてみろよ」


 そういって鉄之助くんを無理やり前へ押し出したくせに、ああ、茶しか運べねえから相手にされねえか、なんて言って笑っている。

 おずおずと見上げる鉄之助くんを、沖田さんが笑顔で見つめ返した。


「勘違いしないでください。鉄之助くんが弱いからやらないわけではないですよ?」

「……はい」


 けれど、明確な理由を提示しないからすんなり収まるわけもなく、どうしても鉄之助くんを貶めたい彼らがしつこく食い下がる。

 そんな声を沖田さんがのらりくらりといなす中、そういや……と誰かが呟いた。


「沖田先生の風邪、長くないか?」


 空気が変わるのがわかった。

 それなりに長く在籍する隊士ほど、そういえばそうだな、と同意しあう。


「ここんとこずっと体調が悪いから、あのめちゃくちゃな教え方じゃなくなったのか?」

「毎度死にかけた俺としては、今の方がいいけどな」


 そんな笑いすら起こる中、誰かが言った。


「そういや、病気って噂も――」


 はぁぁぁ……と、沖田さんの大げさともいえる盛大なため息が響き渡った。

 しんと静まり返る中、沖田さんが面倒くさそうに吐き捨てる。


「僕の稽古中だっていうのに、随分余裕ですね~? ……それで、何で今までと違うかって? そんなの、僕のやり方にまともについてこられる人が少ないからですよ。すぐに倒れてたんじゃ時間の無駄ですしね。それに、僕のせいで脱走者が増えたりしたら、土方さん怒りますもんね~?」


 最後は声も視線も私たちの方を向いていた。


「揃って覗き見なんて趣味が悪いですよ~? 春くん?」


 こっそり覗いていたつもりがやっぱりバレていた……。

 仕方なく姿をさらせば、丁度いいので二人も見ていてください、と笑顔で招かれ沖田さんの近くへ行く。


「まだ今じゃない……」


 そんな呟きが聞こえた気がして沖田さんを見上げるも、さっきの声音とは反対に、その横顔は怖いぐらいに笑顔だった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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