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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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241 斎藤さんの任務

 七月も中旬を過ぎた頃。

 ここのところ忙しくしている山崎さんの仕事の一部を、私が引き継ぐことになった。

 土方さん曰く、芸妓に扮してある人物から文を受け取ってくればいいらしい。

 ……で。


「ある人物って誰ですか?」

「行けばわかる」


 まぁ、そういう言い方をするということは、おそらく私も知っている人なのだろう。大した情報もなしに重要な任務につかせるとは思えないしね。

 問題はそこではなく……。


「何でわざわざ芸妓の格好なんですか?」

「いや、正直何でもいいんだが、お前もどうせなら着飾りたいだろう?」

「……いえ、特には」


 信じられないと言いたげな目で見てくるけれど、こっちの方が動きやすいし……って、どうせなけなしの女らしさなんてとっくに消え失せましたよーだっ!

 ふいっと視線を外せば苦笑された。


「まぁ、何だ。あいつには厄介な役を押しつけちまったからな。悪いが、芸妓の格好で行ってやってくれ」


 あいつ……? 厄介な役……?


「話が全く見えませんが、要は文を預かるついでに、その人を接待してこいってことですか?」

「ん……まぁそうなんだが……酌までだぞ。明るくなってから帰ってくるのは構わねぇが、(ねんご)ろになんかなったら承知しねぇからな!」

「……ねんごろ?」

「あぁ、懇ろも知らねぇ餓鬼にあえて言う必要もなかったか。あれだ、まぐわうなって言ってんだ」

「ま、まぐ……あるわけないじゃないですかっ!」


 たとえ頼まれようと、そんなことまでできるかー!




 場所は祇園で、日暮れに指定された店に到着するといつも着付けから全て仕上げてくれる年配の女性がいた。

 ……って、ここは角屋じゃないのだけれど?

 いったいどういう根回しをしているのか不思議で仕方がないけれど、今後もお世話になるかもしれないのであえて突っ込むのはやめておいた。


 支度を終え案内された部屋へ行けば、そこにいたのはなんと斎藤さんと篠原さんだった。

 仲良さそうに杯を交わしているけれど、二人とも伊東さんについていったので今は御陵衛士。呆気にとられていると、斎藤さんが私に向かって声をかけた。


「待っていたぞ、()。堅苦しい挨拶はいいから早くこっちへきて、()()()()()()()酌をしてくれないか」


 藤……?

 その名前を使ったことは一度もない。にもかかわらず、まるで何度もこうしているかのようなその物言い。

 何か事情がありそう。


「はい……」


 一先ず返事をして斎藤さんの側へ行けば、突然ぐいっと腰を引かれその胸に派手に飛び込んだ。

 すぐに離れようとするも、片手で首の後ろを押さえ強く抱きしめてくるから抜け出せない。あげく、そのまま首筋に顔を埋められ、くすぐったさに思わず上げた小さな悲鳴に被せるように、斎藤さんが耳元で囁いた。


「話を合わせろ」


 な、何……? いまいち状況がわからないけれど、そもそも斎藤さんはともかく篠原さんは私が女であることを知らない。

 ここでバレると色々面倒なことになりそうなのと、早く解放して欲しい一心で小さく首を縦に振った。それなのに、斎藤さんは解放するどころかさらに強く抱きしめてきた。

 同意してしまった以上押し返すこともできずされるがままになっていると、篠原さんの呆れたような大きなため息が聞こえた。


「ったく、見せつけてくれるねぇ。まさに、()()()()()()()か?」

「ああ。俺はこの藤に心底惚れている」


 ほ、惚れ……!?

 あいらぶきゆうって、まさかアイラブユー!?

 だとしたらますます意味不明なうえに、首筋に顔を埋めたまましゃべられるとくすぐったいから!

 襟足が無駄に大きく開いているせいで、吐息が直接かかって本当にくすぐったい!

 思わずこぼれそうになる悲鳴を堪えるべく、咄嗟に斎藤さんにしがみついてしまったせいか、篠原さんのさらに冷やかすような声が続く。


「時々、忍ぶように一人でどこかへ行っているかと思えば。何てことはない、これだったわけか。いやはや納得した。無理言ってついてきて悪かったな。斎藤が惚れた女とあらば少しくらい顔を拝みたいところだが……あまり野暮なことをすると、武田のようにバッサリ斬られかねんのでやめておこう」

「賢明な判断だな」

「では邪魔者は退散するゆえ、そのまま仲良くやってくれ」

「ああ、そうさせてもらう」

「まぁ、ほどほどにしとけよ。金は湯水のように湧くわけじゃないからな」


 笑いながらそんな言葉を残し、部屋を出ていった。

 遠ざかる足音が完全に聞こえなくなると、ようやく私も解放された。


「さ、斎藤さんっ! いきなり何するんですか!」

「悪いな。篠原がついてきたのは想定外だった。だが、お前のお陰で今後は動きやすくなりそうだ」

「そ、そうなんですか? それはよかっ……いやその前に! 何が何だかわからないので説明してください!」


 こうして久しぶりに元気な姿を見られたのは嬉しいけれど、私が文を預かってくる()()()()とは、斎藤さんのことなのか。

 そうだとして、なぜ御陵衛士となった斎藤さんからなのか。

 不意に、斎藤さんの少しひんやりとした手が私の頬に触れた。


「わけがわからない、といった表情だな」

「も、もう、さっぱりです!」


 ただでさえパンクしかけていた頭が真っ白になり、咄嗟に片手で振りほどけばくくっと笑われた。

 その表情、どうやら斎藤さんは全て知っているらしい。


「順を追って話す。だからそう不貞腐れるな」


 そう言って、呑気に杯を差し出してきた。

 斎藤さんのお酒の強さは知っているし、少しくらい飲んでもちゃんと説明はしてくれるはず。

 土方さんも接待してこいと言っていたし、お膳から徳利を取って注げば、杯の中で波打つ水面を見つめながら斎藤さんが訊いてきた。


「俺が衛士へ行ったこと、お前はどう思っている?」

「えっ」


 つい傾けすぎてしまって、僅かにあふれたお酒が斎藤さんの手にかかってしまった。すぐに謝るも、特に気にする様子もなく杯の中身を空にして、じっと私を見つめながら濡れた手も色っぽく舐めて見せた。


「その慌てぶり。俺が衛士へ行ったのがそんなに寂しかったか」

「なっ……どうしてそうなるんですか!?」

「何だ、違うのか?」

「ち、違わないですけど、それは藤堂さんに対してもですっ!」


 八木邸にいた頃からずっと一緒に暮らしてきたんだもの。新しい屯所でその姿が見られないこと、二人の部屋が存在しないことは、ふと思い出した時にやっぱり寂しいと感じてしまう。

 それに……試衛館からのつき合いだと聞いていたし、伊東さんをきっかけにバラバラになってしまったみたいで、部外者の私ですら何だか悲しい気持ちになるから……。


 再び差し出された杯を満たしながら改めて説明を求めれば、斎藤さんは一気に飲み干し真っすぐに私を見た。


「俺が衛士に身を置いているのは間者としてだ」

「……えっ。……間者?」

「ああ」


 斎藤さん曰く、伊東さんがやって来た当初から側にいることが多かったのも、伊東さんの真意を探るため土方さんの指示だったのだと。

 そしていよいよ分離となった頃、すでに伊東さんの信頼も得ていたことから、近藤さんと土方さんの密命で間者として御陵衛士へついて行ったのだと。


「それじゃあ斎藤さんは、本当は今でも新選組……ですか?」

「ああ」


 その顔は真剣そのもので、嘘なんかじゃないとわかる。

 一気に身体の力が抜けるのを感じれば、腰のあたりを片手でぐいっと引き寄せられた。伸びてきたもう一方の手は頬に添えられ慌てて上向けば、間近から見下ろすにやりとした顔と目が合った。


「新選組にはお前がいるからな。お前を置いて心まで衛士へ行ったつもりはない」

「さ、さっ、斎藤さんっ!」


 すぐにそうやってからかおうとする!

 案の定くくっという笑い声が聞こえ身動ぎするも、いつまでからかうつもりなのか思うように抜け出せず、ふと浮かんだことを口にした。


「そ、そういえば! 藤堂さんも間者としてですか?」


 それ以上力を込めずとも、ゆっくり身体ごと解放されたのが答えだった。


「藤堂は自らの意思だ」

「……そうですか」


 予想通りの答えとはいえ、改めてはっきり言われるとやっぱり少しショックだった。

 けれど、藤堂さんが自ら決めたことなのだから責めることはできない。


 それからも、斎藤さんの杯を満たしながら色々な話を聞いた。

 斎藤さんはあくまでも間者であり、裏でされている双方の情報のやり取りには関わっていないこと。

 今回たまたま篠原さんがついてきてしまったけれど、図らずも芸妓に入れあげていると思わせることができたので、今後も疑われず動きやすくなったこと。


 それから、先月守護職屋敷にて自刃した茨木さんたちは、実は伊東さんが新選組へ残していった間者であり、あんな結果になってしまい伊東さんは酷く落胆しているという。

 裏では繋がっているはずの分離なのに、伊藤さんが()()を残していたということが驚きだけれど、実は斎藤さんも間者だというし、双方信じているようで信じきれていないことの表れだとしたら……この先の未来はあまり想像したくない。

 今思えば、茨木さんたちが衛士へ行ったことやその後の足取りがすぐにわかったのも、斎藤さんが間者として衛士側にいたからなのだろう。




 気づけば夜も更けていて、明るくなってから帰ることにした。

 そもそもせっかく女といると思わせることに成功したのに、今から帰っては怪しまれてしまうかもしれない。万が一間者であることがバレたら、いくら斎藤さんといえど命の保証はどこにもないわけで。

 それに……夜道を一人で歩いて帰る勇気もないしね……。


 再び飲み始める斎藤さんにお酒を注ぎながら、話も再開した。


「そういえば、篠原さんが言っていた武田さんって、武田観柳斎さんのことですか?」

「ああ」


 篠原さんの話し方は、斎藤さんが斬ったとも取れる言い方だったけれど……。


「お前はどう思っている?」

「えっ?」


 ……って、どうしてすぐ心を読むのか!

 また顔に書いてあるとか言われそうで頬を押さえて俯くも、斎藤さんは特に動かなかった。


()新選組の副長助勤という肩書がありながら、衛士からも拒絶されたからと薩摩へ行けば、保身と引き換えに双方の情報を売ったと取られても仕方あるまい」

「そうですね……」

「武田は新選組に追われていた身だ。京にいる以上、遅かれ早かれこうなっていただろう」


 何だかはぐらかされた気もするけれど、斎藤さんが言うように、脱走したうえに疑われても仕方のない行動を取っている以上時間の問題だったとは思う。

 けれど、危険を承知で京にいたということは、きっとそれだけ強い想いがあったということ……。

 今回は法度に触れたことが原因だけれど、手段の違い、相容れない、それだけの理由で命を落としてしまうことが多すぎる。

 根底にあるのはみんな同じ、“この国のため”のはずなのにね……。






 気づけば朝で、なぜか敷いた記憶のない布団の上で寝ていた。

 斎藤さんはといえば、昨夜と同じ場所に座りまだちびちびとお酒を飲んでいた。


「おはようございます……。すみません、寝てしまったうえに布団に運んでもらったみたいで……」

「気にするな。お前の寝顔を存分に見れたからな」

「なっ……斎藤さん!?」

「何だ?」

「な、何だじゃなくて!」


 とはいえ一人寝てしまったうえに、こんなに重い着物ごと運んでくれたのだからあんまり文句は言えない……。

 まぁ、久しぶりに会った斎藤さんは変わっていなくて、少し安心したのも本音だった。




 斎藤さんからの文を預かり屯所へ戻れば、遅いだ何だのさっそく土方さんの雷が飛んできた。

 詳細を説明すれば致し方なし、と納得してくれたものの不機嫌のまま……。

 そもそも明るくなってから帰るでも構わないと言ったのは土方さんなのに? なんて思ったら睨まれた。


「さ、斎藤さんが間者だったなんて知らなかったです!」

「そりゃ、今のお前みたいにすぐ顔に出る奴に言えるわけねぇだろうが」


 それは……まぁ反論しづらいけれども!


「んなことより、明るくなってからで構わねぇと言ったのは俺だがな。だからって初日から堂々と朝帰りとはいい度胸じゃねぇか!」 

「仕方ないじゃないですか! だいたい篠原さんまでいるなんて聞いてないですし!」

「俺だって聞いてねぇよ!」

「でも、結果騙せたみたいですし大成功? じゃないですか!」

「そうだけどなっ! 間違っても懇ろに――」

「なりませんってば!」

「当たり前だ、馬鹿野郎!」


 怒鳴られたあげく、とびきり痛いデコピンまで飛んでくるのだった。

 り、理不尽だー!

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