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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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240/262

240 慶応三年、七夕

 今年も七夕がやってきた。

 町にはたくさんの家の屋根から竹が生えるという、お馴染みの光景が広がっている。

 新しくなったこの屯所でも軒下の柱にくくりつければ、一緒に飾りつけをした沖田さんが、風になびく笹竹を見上げながら訊いてきた。


「何て書いたんです~?」

「えっと……去年と同じ……ですかね……」


 “みんな仲良くできますように”


 一向に上達しない筆遣いで、突っ込まれるのも覚悟でまた書いた。だって、心からの願いだし!


「相変わらずですね~」

「そ、そういう沖田さんこそ何て書いたんですか?」

「何だと思います~?」


 にこにこしているけれど、きっと団子とか大福とか、甘味の名前を書き綴ったに違いない。

 答え合わせをしようと沖田さんの短冊を探していれば、近藤さんが通りがかった。


「お、二人とも丁度いいところに」

「僕たちに何か用ですか~?」

「んむ。詳しくはあとで歳から話があると思うが、実はな、九月にまた江戸へ行くことが決まってな。二人にも行ってもらおうと思ってるんだ」


 どうやらまた隊士の募集をしに行くらしい。

 今回は土方さんと井上さん、そして、沖田さんと私を予定しているのだと。


「なぁんだ。せっかく春くんと二人だと思ったのに、残念です」


 残念も何も、私と二人よりみんなで行く方が遥かに楽しいと思う。おまけに今回は、気心の知れたメンバーばかりみたいでちょっとわくわくする。


「ところで、どうして今回は僕もなんです? まさか土方さんの推薦ですか~?」

「いや、俺が決めたんだが嫌か? おみつさんも、そろそろ総司の顔が見たいだろうと思ってな」

「なるほど。わかりました。そういうことならたくさん隊士を集めてきますね~」

「んむ。風邪を長引かせてると聞いたが、それまでにしっかり治して頼んだぞ」


 そう言って、沖田さんの肩を叩くと行ってしまった。

 そして、近藤さんの姿が見えなくなると同時に隣で沖田さんが軽く咳き込む。

 近藤さんの前では堪えていたのかな……なんて思いながらそっと背中をさすれば、少しして落ちついた沖田さんが言う。


「てっきり、土方さんが僕を江戸に置いてくるつもりで決めたのかと思いましたが、違うみたいですね」

「近藤さんが決めたって言ってましたね」


 けれど土方さんだって、本心では今すぐにでも療養して欲しいと思っている。沖田さんの本当の病状を知っている人は、みんなそうだ。私だって……。

 けれどあの日、あんなにも感情を露にした覚悟を見せつけられてしまったから、軽々しく口にはできないだけ……。

 療養すれば必ず治る。そんな病気だったら、今頃みんな無理矢理にでも休ませている。


「さてと、午後の稽古へ行きますか~」

「体調は平気なんですか?」

「平気じゃなきゃ行きませんよ~。それに、近藤さんは周平くんとの養子縁組を解消しちゃいましたし、僕ももっと頑張らないといけないですしね~」


 沖田さんが言うように、つい最近、近藤さんは養子縁組を解消した。

 養子にと推していた長男の三十郎さんはすでに亡くなっているし、次男の万太郎さんも大坂へ帰ってしまってもういない。

 何かあってもいつも庇ってくれた兄たちが揃っていなくなると、近藤さんとの関係にも少しずつズレが生じるようになり、総員幕臣取り立てとなったことを機に解消したらしい。


 新選組を脱退して万太郎さんのもとへ帰ることも勧めたみたいだけれど、周平くんはここへ残ることにしたらしい。

 再び養子にしてもらえるよう頑張るのか、ただの当てつけか。理由は本人にしかわからないけれど。


「そうだ。春くんは先に行っててください」

「やっぱり休んだ方が――」

「心配しないでください。願い事を一つつけ足すだけですから~」


 そう言うと、散らかしっぱなしの道具から筆だけを取り、残りは片づけておいてと言わんばかりに私に押しつけた。

 仕方なく道具を片づけてから稽古場へ向かうけれど、振り返れば、笹竹を見上げながら一つ小さな咳をこぼす姿が見えたのだった。






 翌日。

 笹竹は去年同様川へ流すというので、笹竹を持って沖田さんと川へやってきた。

 川には同じように笹竹を持ってきた人たちがたくさんいて、同じように流そうとした時、後ろから声をかけられた。


「やっぱりここにいた」

「あっ。藤堂さん!」

「今年も飾ったんだね」


 飾っていれば今日はここへ流しにくるだろうと思い、通り道だからと立ち寄ってみたらしい。


「藤堂さんもやりましたか?」

「いや、衛士ではやってないよ」


 だったら、と沖田さんが手を打ち鳴らした。


「平助くんも今やればいいですよ~」

「でもさ、オレのもここに飾っちゃっていいの?」

「どうせすぐに流しちゃいますからね、わかりませんよ~」

「それもそうだね」


 藤堂さんは懐から矢立を取り出すと、懐紙を短冊代わりにして書いていく。

 ささっと書き上げる横で、沖田さんがほんの少し咳をした。


「総司さん、まだ拗らせてるの? ちゃんと医者にはみせた?」

「まぁ、そのうち。それより何て書いたんです?」

「え? ああ、これだよ」


 そう言うと、私に意味ありげな視線を寄越しながら披露する。


「春に負けませんように」

「と、藤堂さん? 何ですか、それ」

「春の書き方を真似してみただけだよ」

「いえ、文体じゃなくて……」


 どうしてそう、毎度毎度私と競おうとするのか。

 横で見ていた沖田さんまで盛大に吹き出した。


「あはは。平助くんらしいですね~」

「そういう総司さんだって、どうせ団子とか書いたんでしょ?」

「え~、酷いなぁ。まぁ、否定はしませけど」


 しないんだ! やっぱり沖田さんも、去年同様甘味を書き綴ったらしい。

 藤堂さんは短冊の端を細長く切ってこよりにすると、それで笹竹にくくりつけた。


「ごめん。オレそろそろ行かないといけないから、あとは任せていい?」


 そういえば、仕事中だと言っていたっけ。私たちも笹竹を流しに来ていたんだった。

 せっかく藤堂さんの分も飾りつけたばかりで、少し勿体ない気もするけれど。

 またね、と言って去って行く藤堂さんを見送ると、沖田さんも笹竹を運び始めた。緑に混じる色とりどりの飾りが揺れるなかに、ふと、“団子”と書かれた短冊が目に入った。


「あっ。沖田さんの短冊発見」


 私の視線を辿る沖田さんに指でも指し示せば、にっこりと微笑まれた。


「去年と同じって思ってます~?」

「だって、同じ……ですよね?」


 けれども沖田さんは、その短冊を手に取るなりくるりと裏返して見せた。

 そこには、私でも読めるような文字で文章が書かれている。


「みんなで仲良く江戸へ行けますように。……ですか?」

「うん。僕も春くんを真似てみたんです。まぁ、平助くんとかぶっちゃったのは誤算でしたけど」


 藤堂さんといい沖田さんといい。揃いも揃ってやっぱりバカにしている?

 そんな考えを読み取ったかのように、よしよしと頭を撫でられた。

 沖田さんめ!


 ……そんなことより。

 そんな願いを書くということは、やっぱり体調が気がかりだからだろうか。

 一気に不安に駆られるも、沖田さんが吹き出した。


「僕にとっては久しぶりの江戸ですし、土方さんも一緒ですからね。怒らせ過ぎないように、という意味ですよ~」

「なるほど……」


 怒られないようにではなくて、怒らせ過ぎないように……。

 何とも沖田さんらしい。


「それじゃ、流しますよ~」

「あっ、はい」


 止まっていた手を動かすと、笹竹は川の流れに乗ってゆっくりと下っていく。

 すると、それを目で追っていた沖田さんが呟いた。


「去年もその前もそうだったように、来年の七夕も、春くんの願い事は同じなんでしょうね」

「沖田さんだって、きっとまた甘味を書くんですよね?」


 ささやかな仕返しをするも反応は薄く、そうですね~、と横顔を向けたまま微笑まれた。


「書ければいいんですけど、来年の今頃は……僕は生きてるかどうか――」

「沖田さんっ!?」


 何でそんなこと!

 咄嗟に沖田さんの両腕を掴めば、驚いたように私を見下ろす顔にまくし立てる。


「生きているに決まってるじゃないですか! 団子とか大福とか、なんならお汁粉もお饅頭も! いっぱい甘味を書かなきゃいけないんですから! だから……そんなこと言わないでください!」


 思わず声を荒らげてしまったけれど、どういうわけか沖田さんは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう」

「……え?」 

「春くんなら、そう言ってくれると思ったんです」

「あ、当たり前じゃないですか! そんなこというくらいなら、ちゃんと療養――」


 その先を封じるように、沖田さんの人差し指が私の唇に触れた。


「それはいずれ。今はまだ、その時ではないです」


 またそれだ……。

 前もってそうするのと、動けなくなってそうせざるを得なくなるのとでは、おそらく病状の進行度合いは違ってくる。

 けれど、どんなに説得しようが受け入れてもらえないこともわかっている……。


「今度は泣かせてしまいそうですね」


 そう言うなり、離した指先でまだ濡れていない私の目元を一撫ですると、今度は悪戯っ子のような笑みを浮かべてみせた。


「笑ったり怒ったり。春くんは表情豊かだから、見ていて飽きませんね~」

「なっ……」

「だからつい、色んな顔をさせたくなるんです。もちろん、泣いた顔も――」

「お、沖田さん!」


 だからって、思わず泣いてしまうようなことはしないで欲しい……。


「あはは。冗談ですよ」


 だから……沖田さんの冗談は冗談に聞こえない時があるから困るんだってば……。

 それでもせめてこのまま。これ以上進行せずいてくれたら……と思うのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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