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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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235 祇園御霊会、前祭

 六月七日。

 今日は祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)前祭(さきのまつり)の日で、沖田さんと一緒に行く約束をしている。

 実は少し前にまた熱が出て、表向きは夏負けということで隊務をお休みしていたけれど、“祇園御霊会に行きたい!”と言うので熱がちゃんと下がることを条件に約束をしたら、よっぽど行きたかったのか見事に下がったのだった。

 この二、三日はぶり返すこともなく落ちついていて、明日からはまた隊務にも復帰することになっている。


 沖田さんのことが心配なのか、本当は土方さんも一緒に行くはずだったけれど、急遽仕事が舞い込んでしまい、今は文机を占領する文や書状を一つ一つさばいている。


「たまには土方さんも行きたかったですよね……」


 出かけ際、ついそんなことを訊いてしまえば、そりゃな、と珍しく素直な返事があった。


「こればっかりは仕方ねぇ。んなことより、総司がまた無理しねぇようちゃんと見張っとけよ」

「はい。あ、じゃあ、後祭(あとのまつり)は土方さんも行きませんか?」


 後祭は七日後。今日みたいに急な仕事が入ったりしなければ、多少の調整はできるはず。


「まぁ、考えとく」

「じゃあ、その日の土方さんは非番にしておいてくださいね!」


 そう言い置いて、部屋を出た。




 外へ出るも沖田さんはまだいなくて、屯所の方を見ながら出てくるのを待っていれば、突然、視界が暗くなった。


「だぁ~れだっ」

「お、沖田さん!?」

「え~。すぐに当てたらつまらないじゃないですか~」


 だって、毎度こんなことをするのは沖田さんくらいだし!

 なかなか離してはくれない手から何とか抜け出すと、向かい合ってその顔を見上げた。


「調子はどうですか?」

「全然平気ですよ~」

「本当ですか?」

「心配性ですね~」

「沖田さん!」


 冗談ですよ、と笑う沖田さんのおでこに問答無用で手を伸ばす。

 うん、本当に大丈夫そうかな。


 約束は約束なので、さっそく二人でお祭りへと向かえば、途中、近頃よく行く甘味屋に藤堂さんがいた。


「あれ~こんなところに平助くんが。偶然ですね~」

「総司さん、あからさますぎ」

「嫌だなぁ~。たまたま会っただけじゃないですか~。ねぇ、春くん?」

「ハ、ハイ。偶然デスネ」

「春は、相変わらず棒読み」

「くっ……」


 沖田さんよりはマシだと思ったのに!

 ちょっとだけ肩を落としていれば、藤堂さんがわざとらしい笑みを浮かべた。


「ところで、これからお祭りへ行こうと思ってるんだけど、もしかして二人も?」

「もちろん、そうですよ~」

「へぇー。偶然だね」


 その瞬間、三人揃って吹き出した。

 だって、最初にたまたまこの店で会って以来、今でも()()会ったりすることがあるけれど、今日この日もその仕組まれた偶然なわけで。

 すました顔で突っ込む藤堂さんの会話もあからさますぎて、つい声まで出して笑えば藤堂さんに頬を引っ張られた。


「ふにゃ!?」

「笑った罰」

「じゃあ、僕も~」


 言うが早いか、沖田さんまで私の頬を引っ張ってきた。


「にゃ!? にゃんにゃにゃにゃにゃにゃにゃーー!(何で私だけ)」


 爆笑する二人の手を慌てて振りほどくも、沖田さんが再び手を伸ばしてくる。


「つままれたくなかたったら、ちゃんと捕まえておいた方がいいですよ~?」

「沖田さんがしなければすむ話です!」


 迫る手をかわしながら告げるも、あろうことか反対からも手が伸びてくる!


「仕方ないじゃん。アンタって面白いんだもん。ついやりたくなる」

「なっ!? 藤堂さんまで! もう、いいから早くいきますよ!」


 これ以上頬をつままれないよう、仕方なく迫る二人の手を取りお祭りへと向かうのだった。




 早い時間から来たこともあって、今年も数は多くないものの、立派な山鉾を見ることができた。

 屋台も見て回れば、かき氷やチョコバナナのようなお祭り定番のお店はないけれど、そんな物が!? と変わったお店があったりするから面白い。

 天ぷらやお団子など、それぞれ好きなものを食べてお腹を満たすと、突然、沖田さんが少し咳き込んだ。


「沖田さん、大丈夫ですか!?」


 すぐにその背中をさすれば、藤堂さんが少し驚いた様子で訊いてくる。


「そんなに慌ててどうしたの? (むせ)ただけでしょ?」

「えっ、あ、そ、そうですよね!」


 咄嗟にそう返せば、しばらくして落ちついた沖田さんが藤堂さんに向かって笑ってみせた。


「実は、ちょっと前まで体調崩してたんです」

「え……あぁ、もしかしてまた夏負け?」

「さすが平助くん。正解です~」

「いや、嬉しくないし。まぁ、まだ暑い日続くし、あんまり無理しない方がいいよ」


 そうしますね~、と沖田さんが返事をすれば、池田屋の時にも夏負けで倒れた思い出話に花を咲かせ始める。


 沖田さんが労咳(ろうがい)であることを知っているのは、本人と土方さんと良順先生と私の四人だけ。

 いったい、いつまで隠し続けるつもりだろうか。早く周知させて、しっかり療養してもらいたいのに。

 そんなことを考えていたら、突然、沖田さんが顔を覗き込んできた。


「春くん、せっかくお祭りに来たのに顔が暗いですよ~?」

「す、すみませ――」

「ほら、行きますよ!」


 そう言って私の手を取ると、返事も待たずにとあるお店の前まで引っ張ってきた。


「みんなで文字焼きでもしませんか~?」

「文字焼き?」


 聞き返した瞬間、知らないの? と言いたげな二人分の視線が突き刺さる。

 どうせ大八車に轢かれて記憶がないせい、と思っているに違いない。

 ちなみに文字焼きとは、米の粉や小麦粉を水で溶いたものに砂糖をいれ、鉄板に絵や文字を書き焼いて楽しんで食べるらしい。


 さっそくやってみると、出来たものを見せ合った。

 沖田さんが描いたのは猫の絵で、特徴をとらえつつ随分と可愛らしくできている。

 藤堂さんが書いたのはネズミだった。それも漢字の鼠。しかも綺麗……って、ハツカネズミと言いたいのか!?


 私はというと、二人と少しかぶってしまったけれど、猫と犬と()()()()()を描いてみた。ネズミじゃなくてハムスター。ここ重要!

 とはいえ、二人には太ったネズミと評されたけれど!


 二人はなぜか私の描いたものを欲しがるので、交換することにしたけれど……私のは二人に半分ずつ、私はそれぞれ一つずつもらったので、私だけ得した!?

 ……ま、いっか。

 ほんのりと甘い文字焼きを頬張れば、藤堂さんが思い出したように話しだす。


「そういえばさ、高台寺の月真院に移ることになったんだ」

「ようやく、新しい屯所が決まったんですね~」

「いつ引っ越すんですか?」

「明日だよ」

『えっ!?』


 沖田さんと揃って声をあげてしまった。

 つまり、今日は引っ越しの前日!?


「荷物なんてそんなにないしね。それより……」


 そう言って、藤堂さんは向かいのお店に視線を移した。


「金魚すくいでもしない?」


 引っ越し前日に遊んでいていいのだろうか。本人がいいと言うのだからいいのか?

 というわけで、最後の一口を頬張り向かいのお店へ移動すると、さっそく三人並んですくう準備を始める。

 始めるのだけれど……。


「これ、思いっきり網ですよね?」


 手渡されたのはお椀と()

 お椀はわかる。すくった金魚を入れるために必要だし、普通だと思う。

 けれど、すくうためのポイがどうみてもただの網だ。


「網使わないで、何ですくう気なんです~?」

「えっ、こう、網の部分に和紙を張った奴じゃないんですか?」

「何言ってるの。そんなんじゃ破けてすくえないでしょ?」


 藤堂さんにまで呆れられた。

 いや、金魚すくいって、いかにして破れないようすくうかを楽しむものだと思うのだけれど。


 どうやらこの時代の金魚すくいは、時間内にどれだけ多くすくえるかを競ったりして楽しむらしい。

 ちなみに、ただすくって遊ぶだけなので持ち帰りは不可。

 そんな多少の驚きがあったものの、お店のおじさんが一曲唄う間にどれだけすくえるかの勝負となれば、勝者の褒美は負けた二人が勝った人に今日一日奢るということになった。


 さっそく始めるも、ついそーっとすくう私と違って両側に陣取った二人はかなり早い。

 そんな中、勢いよく上げた沖田さんの網から跳ねた水が、藤堂さんの方まで飛んでいった。


「ちょ! 総司さん、何してんの!」

「嫌だなぁ~、わざとじゃないですよ~」


 そう言いつつも、いつのまにか藤堂さんまで沖田さん目がけて水を飛ばし始める始末。

 遊びの趣旨が変わってきたうえに、間にいる私まで濡れるのだけれど!


 結果、二人が妨害工作をする間にせっせとすくった私の勝ち。

 何を奢ってもらおうかと考える側で、沖田さんがまた咳き込みだした。


「お、沖田さん、大丈夫ですか!」


 少ししてすぐに落ちついたけれど、沖田さんの着物は少し濡れたままだ。

 懐から手拭いを取りだして拭けば、藤堂さんも真似し始める。


「病み上がりだって言ってたのに、ごめん、やりすぎた」

「嫌だなぁ~。こんなの暑いからちょうどいいくらいじゃないですか。というか、二人とも擽ったいですよ~」

「何いってるんですか! ちゃんと拭かないとだめです!」

「そうだよ、オレのせいでぶり返したとか洒落にならないし」


 身をよじられながらもある程度拭き終えると、沖田さんはさっそく歩き出す。


「沖田さん? 少し休んだ方がいいんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ。そんなことより、ほら。勝った春くんは何が食べたいんです~?」

「そんなことって!」


 止まる気はなさそうなので、仕方なくあとを追うけれど。

 

「何で食べ物限定ですか!」

「食べ物っていうか、アンタは甘味でしょ? 大福にする?」

「と、藤堂さんまで!」


 笑い合いながら歩く二人の姿をみていると、沖田さんが労咳に蝕まれているなんて思えない。きっと、藤堂さんも気づいていない。

 たぶん沖田さんは、こんな風にギリギリまで誤魔化し続けるのだと思う。

 そんなことを思いながら、楽しそうに前を歩く二人のあとを追うのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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