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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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221 正月の居続け①

 新年を迎えたばかりだというのに、特に何もせず、部屋でのんびりと過ごしていた。

 土方さんなんて、久しぶりの寝正月だ、と一緒に炬燵でゴロゴロしている。ある意味、貴重な光景かもしれない。

 とはいえ、ずっと炬燵に潜っているわけにもいかず、今朝の沖田さんの二の舞にはなるまいと、余裕を持って厠へ行ったその帰り。食事の支度をしているのであろう良い匂いが私のお腹を刺激した。


 今日は朝餉と昼餉を兼ねたいつもより遅めの食事なので、お腹はすでに限界が近い。

 けれど、土方さんと一緒に餅つきへ行ったことを思い出し、久しぶりに関東風のお雑煮が食べられそうな予感に、寒さも薄れて歩みも軽快になる。

 小さく跳ねるように歩いていけば、これから伊東さん主催の例の宴へ行くという斎藤さんにばったり会い、思わず訊いてしまった。


「どうして行くんですか?」

「天皇を偲ぶため、だな」

「それって、本当に“偲ぶ会”なんですか?」


 何がおかしいのか、さぁな、と言ってにやりとする斎藤さんは、顔色一つ変えずに言葉を続ける。


「分離に向けた話も飛び出すかもしれんな」

「なっ……そう思ってるのに、わざわざ行くんですか……」


 思いがけない台詞につい顔をしかめれば、斎藤さんの無遠慮な手が頬に添えられた。


「そんなに妬かれたら、行きづらいだろう」

「さ、斎藤さん!?」


 妬いているわけじゃないし!

 ……って、新年早々からかわれているだけだと気づき慌てて手を振りほどけば、案の定、くくっと笑われた……。


「早く支度をして来い」

「へ?」

「お前も行くと、土方さんから聞いているぞ」


 いつのまにか決定事項になっていたらしい。

 とはいえ、迷っているくらいなら行ってこいと改めて言われた気がして、斎藤さんと一緒に角屋へ向かうのだった。




 角屋へ着くと、伊東さんの他に弟の三木さんや、伊東さんを慕っている人たちを中心に数十名の隊士がいた。その中には、永倉さんの姿もあった。

 私たちに気づいた伊東さんが、身体ごとこちらへ向け嬉しそうに微笑んだ。


「斎藤君、待っていましたよ。それから琴月君も、来てくれたのですね」

「お、お邪魔します……」

「そう硬くならず、さぁ二人ともこちらへ来て座って」


 そう言って伊東さんが手招きすれば、斎藤さんに腕を捕まれ揃って伊東さんの側に腰を下ろすことになった。


「琴月君、今日は来てくれて本当に嬉しいです」


 どうぞ、と空の杯を私と斎藤さんに持たせてくるその顔は、近くで見るとほんのりと赤みをおびていた。


 それからというもの、相変わらず斎藤さんの飲むペースは早いけれど、伊東さんの細やかな気遣いのおかげで、斎藤さんの杯が空になることはなかった。

 そして、まだ僅かしか減っていない私の杯まで再び満たされそうになれば、隣に座る斎藤さんが今さっき注がれたばかりの自分のお酒を一気に飲み干し、すっと私の杯の上に差し出した。


「すぐに眠ってしまう相手ではつまらないのでは? 俺がお相手しますよ」

「斎藤君は強いですからね。お手柔らかにお願いします」


 そう言って、伊東さんは上機嫌に斎藤さんの杯を満たすのだった。




 “天皇を偲ぶ会”というだけあって、伊東さんが年末に崩御した孝明天皇についての話を始めれば、他の隊士たちも熱心に耳を傾けた。

 やがて政治に関する話に移行すれば、自ら勤王だと言っていたように、天皇を中心とした政治のあり方を説くような場面も見受けられた。だからといって、幕府を貶めたり倒幕を連想させるような話にはならず、むしろ、そうした意見を出す隊士に向かって、排除するのではなく協力すべきなのだと熱く語るほどだった。

 みんなの忠告を集めるそんな伊東さんが、なぜか突然、私に向かって微笑んだ。


「“みんな仲良く”。そうでしたよね、琴月君?」

「へ? は、はい……」

「しかしそれは、容易な事ではありません。その難しさは私も経験していますから」


 わざとらしく浮かべたどこか悪戯っ子のような笑みは、近藤さんの休息所で、分離について話した時のことを言っているのだろうか……。

 みんな仲良くと言いつつ伊東さんに噛み付いていた、と土方さんにも笑われたっけ。

 正直、あの時の話にはあまり触れないでほしいのだけれど……。


「やはりあなたのその思想は素晴らしい、と私は思うのです」


 相変わらず、褒めているのか貶しているのかわからない……。

 けれど、私の言葉を借りて再びみんなに語りかける伊東さんは、質問が出れば丁寧にわかりやすく答え、過激な発言が飛び出せば優しく諭すといった姿勢を崩さなかった。




 時間の経過に比例して、床の上には空の徳利があふれかえっていった。

 伊東さんを含む多くの隊士が酔っ払っているという状況にもかかわらず、伊東さんの弁舌は衰えることを知らない。そして、私の分まで飲んでくれているはずの斎藤さんも、相変わらず素面にみえるのが不思議で仕方がない。


 ここまで話を聞いてきて改めて思うのは、伊東さんの思想や考え方は、事あるごとに土方さんともぶつかるように新選組のそれとは少し違うということ。

 そして……。

 これからの新選組、これからのこの国のことを想うその気持ちは、手段こそ違えど嘘ではないのかもしれないということ。


 新選組大好きな兄が嫌っていた人物だからこそ、ずっと警戒してきたつもりだけれど……。

 正直、伊東甲子太郎という人物を知れば知るほど私の中のイメージから離れていくような、そんな気がした。




 気がつけば、窓から差し込む光はとうに消え、外はすっかり暗くなっていた。

 同じように窓辺へ視線をやった伊東さんが、ゆっくりと居ずまいを正し、近頃よく耳にする“ある噂”について語りだす。


「私は、新選組からの分離を考えています」


 数名の隊士が、手から杯を滑らせた。

 そんな音がはっきり聞こえてしまうほど、賑やかだったはずの部屋はしんと静まり返っているけれど、伊東さんは一切気にせず続きを口にする。


「勿論、近藤局長も知るところであり、今も話し合いの最中(さなか)です」


 分離は方針の違いゆえの平和的なもので、決して敵対して袂を分かつわけではないこと。

 分離をしても、それぞれのやり方でこの国のために尽くすというものであること。


 伊東さんの話が終わるなり、そんなことが許されるのか? 上手くいくのか? とざわついた。

 あげく土方さんや沖田さんの名前まで飛び出し、謀反者として粛清の対象になるのでは? という声まで聞こえ出す。

 そんな中、伊東さんの弟である三木さんが、今の時刻を告げそろそろ帰ろうと提案した。

 今の新選組には一応門限があり、破るときっちり処罰が待っている。それは、幹部であろうと例外ではない。なので、みんな話の続きが気になりながらも立ち上がるけれど、ただ一人、伊東さんだけは腰を浮かせる素振りも見せず、隊士たちをぐるりと見渡し微笑んだ。


「今宵は気分が良いので帰りたくありません。皆さんも、このまま一緒に飲み明かしませんか?」


 相当酔っているのだろうか。みんな門限を気にしているから帰ろうとしているのに。

 いくら参謀のお誘いといえど、当然のごとく頷く人は一人もいない。


「門限が気になりますか?」


 そりゃそうだろう。そんな当たり前の質問にみんなが反応を示せば、伊東さんは信じられないことを言い出した。


「ならば、帰ってからのことは全て私が引き受けましょう」


 まさか、参謀権限で自分を含めた全員の処罰をなしにするとでも言っているのだろうか。そもそも指揮命令系統から外れている参謀という役職に、そこまでの権限があるのかは知らないけれど。

 若干ざわつく隊士たちに向かって、伊東さんがそれまでの穏やかな笑みを消して言う。


「そのうえで改めて訊きます。このまま私とともに残るという方は?」


 その表情からは、何を考えているのかさっぱり読み取れない。

 そんなことより、隊規を犯そうとしている伊東さんを弟の三木さんやその取り巻きたちが率先して止めるなり説得をして、一緒に連れ帰るべきところだと思うのに……。

 いまだ黙ったまま隊士たちの返事を待っているという光景は、普通に考えて少し奇妙に思えた。

 そんな中、斎藤さんが前へ出た。


「付き合います」

「さ、斎藤さん!?」

「ん〜。斎藤が残るなら、俺も残るかな」

「ちょ、永倉さんまで!」


 理由なき門限破りは幹部とて例外じゃない。伊東さんが責任を負うとは言ったけれど、それだってどこまで通じるのかもわからないのに。

 こんな状況を作り出した伊東さんも、それに乗っかった斎藤さんと永倉さんも、いったい何を考えているのか。


 それからもう一つ。

 伊東さんが隊士たちに語った分離の話は、近藤さんの休息所で話していた内容とは少し異なっていた。

 モヤモヤを晴らすためにここへ来たのに、このまま帰ったら、来る前よりモヤモヤすることになる。

 だから……。


「私も残ります」


 罰を受ける覚悟でここへ残ることを決めた。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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