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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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219 餅つきと天皇の崩御

 滅多に風邪も引かないくらい健康だと思っていたのに、まさかのアメリカ(かぜ)……という名のインフルエンザを患ってしまった。

 抗インフルエンザ薬なんてないのでひたすら眠っていたけれど、土方さんが仕事の傍ら昼夜関係なく看病してくれていたこともあって、まだ咳は残っているものの、高い熱は四日ほどで落ち着いた。


 そして、数日ぶりに随分と楽な朝を迎えることが出来たこの日。

 お礼を言おうと視界に入った背中に声をかけてみたけれど、文机に向かったまま返事がない。というか、こくこくと頭を揺らすその姿は……寝ている!?

 布団から這い出て背中をつんつんとつついてみれば、ハッ!? と勢いよく動いた。

 あまりの勢いに、私の方がビックリしたし!


「おまっ……遊んでねぇで寝てろ」

「もう大丈夫です」


 信じていないのか、おでこに手があてがわれるけれど、すぐにその表情は緩んだ。


「確かに熱は下がったみてぇだな。顔色も悪くねぇ。だが……」


 今日一日は安静にしてろ、と布団へ押し戻された。


「土方さんも、少し休んだ方が……」

「俺は平気だ」

「お仕事だってあるのに、ずっと看ててくれましたよね? ありがとうございました」

「書状が溜まってたからな。お前の面倒なんざそのついでだ」


 とっとともう一眠りしとけ、と何だか強引に布団を掛けられるのだった。




 熱が引いてからは悪化することもなく、今度は体力の回復に努めた。

 そんな中、幕府が兵隊の発砲訓練禁止を言い渡した。天皇が疱瘡を患ってしまったのが理由らしい。


 疱瘡にかかると、発熱などの風邪のような症状の他に、顔面を含む全身に発疹が現れるという。死亡率も高く、痘痕(あばた)と呼ばれる痕が残ったりもするのだと。

 天然痘ともいうらしいけれど……その名前なら聞いたことがある。確か私の時代では、すでに根絶宣言が出されている病気だ。


 七月に家茂(いえもち)公が亡くなり、今月になってようやく将軍の座に慶喜(よしのぶ)公が就いたばかり。

 相変わらず情勢だって不安定なのに、万が一天皇にまで何かあったら……なんて、そんなことは考えたくもない。

 時代が違えど天皇を尊ぶ気持ちは私にだってある。だから、早くよくなりますように……と祈らずにはいられなかった。


 その後、会津藩から三条制札事件に対する恩賞が出た。

 とはいえ制札事件があったのは九月の中旬。あれからもう三ヶ月は過ぎている。

 そういえば……と池田屋事件の時もだいぶ時間が経ってからだったことを思い出せば、今頃? ……なんてついうっかり口も滑る。当然のごとく土方さんにも睨まれる。

 そんな日を過ごしながら、ようやく隊務へも復帰した。


 本来ならきちんと隔離しなければならない病状だっただけに、お見舞いと称して部屋へやって来ていた人たちはもちろん、同じ部屋だからと看病をしてくれた土方さんに移してしまわないかと心配していたけれど、奇跡的に誰一人移ることはなかった。


 どうやらこの人たちは、本当に気合いで予防出来るらしい。

 そう思えるくらい、みんな平気だった。

 そして、数日後には天皇の病状も徐々に落ち着いて、快方へ向かっているらしいとの話を聞いたのだった。






 いよいよ年の瀬も迫り、今年も残すところあと数日となった。

 八木さんに毎年恒例となりつつあるお餅つきに誘われれば、この日は朝から土方さんと一緒に八木邸へ向かった。

 年明けにお雑煮を食べた時、次回は俺も行く、と言ったことをちゃんと覚えていたらしい。

 ところで……。


「今年こそは角餅ですか?」

「当然だ。雑煮と言えば醤油仕立ての角餅だろう」

「味噌仕立ての丸餅も美味しいですけどね?」


 ちらりと寄越した視線に嫌な予感がして、でもっ! と先手を打つべく咄嗟にまくし立てる。


「せっかくだから私も久々に関東風が食べたいですっ!」

「ったく、調子の良い奴め」

「――ッ!?」


 面白がるようににやりとした顔は、結局デコピンを飛ばしてくるのだった。




 八木邸につくと、八木さんが随分と驚いた顔をした。


「去年は組長はんらが来たか思えば、今年は副長はんか」

「なんだ、俺が来たらまずいのか?」


 土方さんの眉間に若干皺が寄るも、八木さんは臆するどころかにやりとしてみせた。


「いや、私もえらい出世したもんやなぁ思ただけや」


 それからすぐに餅つきを始めれば、土方さんは随分慣れた様子で餅をついていく。

 気がつけば、あっというまに全部つき終えた。

 そしていよいよ成形が始まれば、八木さんがついた餅を小さくちぎり、一つ一つ素早く丸めていく。


「ほら春、あんたも早う手ぇ動かしや」

「え、あー……えーっと、角餅は……」

「あかん言うてるやろう」


 やっぱり今年も丸餅だろうか。

 八木さんの視線から逃れるように土方さんを見れば、すでに一枚の大きな板のごとく餅を薄く伸ばしていた。


「ちょい、副長はん。何してはるの」

「見てわかるだろう。のし餅にしてる」

「そんなん訊いてへんわ。うちは丸餅や言うてるやろう。早くしいひんと餅が固なってまうやんか」

「急ぐなら、なおさらこっちの方がいいだろう。こうして平たくのしとけば、あとで切り分けるだけでいいんだからな」


 なるほど。言われてみればそうだ。

 一つ一つ丸めるよりも、そっちの方が断然効率はいい。

 まぁ、丸じゃなく四角になるけれど。


「あかん。丸うしてもらわな困るわ」


 やっぱり丸じゃなきゃダメらしい。

 どちらも譲る気はないらしく、丸にするか四角にするかで言い合いが始まるけれど、同時に双方手まで止まっている。

 このままでは餅が固くなってしまう!


「あのー、ぶっちゃけどっちでもいいと思うんですが。餅は餅ですし……」

『はぁ!?』


 ……って、仲良く二人揃って睨んでくるのはなぜ!?

 今の今まで言い合いをしていたはずなのに、息が合っているせいで迫力が凄いのだけれど!


「裏切る気か? お前も角餅が食いてぇって言ってたじゃねぇか!」

「あんたの目は節穴か? 丸と四角じゃ全然ちゃうやろう。だいたい、正月早々角なんて立ててたら縁起悪い言うてるやろう!」

「縁起悪いも何も、江戸の方じゃ角餅だぞ!」

「せやったら、こっちは丸餅やで!」


 一瞬だけ矛先が私へ向いた気がするけれど、二人はまた言い合いを始めている。

 あっちを立てればこっちが立たず。刻一刻と餅は固くなる一方だというのに、私はどちらを作ればいいのか。

 こうなったら……。


「間を取って三角にしましょう!」

『はぁ!?』


 ……って、だからそこだけ息ピッタリなのはなぜ!?


「おい、三角の餅なんて聞いた事ねぇぞ!」


 私だって聞いたことも見たこともないっ!


「角を一つ減らしたらええってもんちゃう!」


 八木さんが言いたいこともわかるけどっ!


 さっきからいい大人が二人揃ってうだうだと……。おまけにせっかくの妥協案を押しのけ文句ばかり。

 それでも私は大人だからね。


「いっそ富士山とか扇形なんてどうですか?」


 三角が嫌なら他の形にすればいい。

 自分で言っといてなんだけれど、目新しいうえに案外可愛い気がする。おまけに縁起だって良さそうだ。

 なかなかの名案だと思うのだけれど、二人はお互いの顔を見合うなり静かに頷いた。


「少しでいい、角餅も作らせてもらっていいか?」

「ええで。その代わり、丸餅も作ってくれるとありがたいわ」

「勿論だ。感謝する」


 え? もちろん? それは餅だけに?

 ……って、そんなとこだけ仲が良くなるのはなぜ!?


 苦心した私のことそっちのけで解決したのは何だか納得がいかないけれど、無事に角餅と丸餅が半分ずつ出来上がった。


 休憩がてら縁側に腰掛けると、熱いお茶と一緒に出来立てのお餅を頬張る。

 そんな少しだけのんびりとした時間を過ごしていれば、いつのまにか空が赤く染まり始めていた。

 そろそろ帰ることになり、縁側をおりて思いっきり伸びをすれば、部屋の奥から戻ってきた八木さんが包んだお餅を持たせてくれた。


「また来年も待ってるで」

「はい!」


 八木さんに別れを告げたあとの帰り道。

 お餅の入った風呂敷包みを持ってくれる土方さんの横顔は、ほんのりと夕日に照らされどこか柔らかい。


「今度のお正月は、ようやく角餅が食べられそうですね?」

「お前は三角がいいと言っていたな。いや、扇だったか?」

「あ、あれはっ!」


 冗談だ、と笑っているけれど、もとはと言えば二人が言い合いをしていたせいなのに!

 何はともあれ、私一人ではやっぱり丸餅だけになっていたに違いない。次もまた招かれたことだし、どこか上機嫌な土方さんも誘ってみる。


「来年も一緒に行きませんか?」

「まぁ、気が向いたらな」


 いつもみたいに、忙しいから行かない、とは言わないらしい。

 一年後も一緒に行けることを願いつつ、夕焼け空の下を小さく跳ねるように歩くのだった。




 たくさんのお餅をおみやげに屯所へ着くと、部屋へ入った直後、近藤さんと伊東さんが飛び込んできた。


「歳っ!」

「土方副長!」


 随分と切羽詰まった様子だけれど、土方さんはつとめて落ち着いた返事をする。


「おいおい。局長に参謀が揃って、いったい何事だ?」

「帝が崩御したらしい」

『えっ!?』


 土方さんと声を揃えて驚けば、信じられないといった様子で土方さんが近藤さんに詰め寄った。


「つい最近、快方に向かってるって話じゃなかったのか!?」

「ああ。俺もそう聞いていたんだが……」


 そう話す近藤さんの話を引き取り、伊東さんが続きを口にする。


「有力な関係筋から聞いた話です。まだ公に発表はされていませんが、おそらく事実かと……」


 二十四日に容態が急変し、翌二十五日の夜遅くに崩御したのだという。

 家茂公が亡くなってから半年と経っていないのに、まさか天皇まで……。


「ここだけの話ですが……」


 そう小声で付け加えた伊東さんは、腰を僅かに屈めると口元を扇子で隠し、いかにも内緒話をするような仕草で私たちを手招いた。

 この部屋には私たち以外いない。それでも、思わず辺りを見回してから伊東さんの側へ行き耳を傾ける。


「毒殺ではないかとの噂が立っているようです」

「ほう……。それはまた穏やかじゃねぇな」

「ええ」


 孝明天皇の異国嫌いは有名で、諸外国から開国を迫られる幕府に強く攘夷を望むこともあったらしい。

 それでも過激なやり方ばかりの長州のことは敬遠していたし、基本的には公武合体を望む幕府寄りの考え方の人だったという。


 家茂公が亡くなり長州征討も停止した今、長州勢は強く復権を望んでいるし、倒幕を目論む人たちだっている。

 快方に向かっていると言われていた天皇のこのタイミングでの崩御が、悲しみだけでなく好機となる勢力があるのもまた事実らしい。

 だからこそ、毒殺だなんて噂が立っているのかもしれない。

 話の終わり、近藤さんと伊東さんはあくまでも噂だと念を押すけれど……。


「火のねぇ所に煙なんざ立たねぇ」


 そう言って、土方さんは小さく舌打ちをした。

 二人は難しい顔をしたままで、咎めることも反論もしなかった。


 その後、孝明天皇崩御の発表がされたのは二十九日の朝、日の出から少しした辰の刻の頃だった。

 数えでまだ三十七歳という若さだったらしい。

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