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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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217/262

217 同じ郷里、同じ出自

 十一月の中旬。

 一橋慶喜(よしのぶ)公の家臣である渋沢篤太夫(しぶさわ とくだゆう)という人が、大沢源次郎(おおさわ げんじろう)という人を捕縛しに行くらしく、新選組はその際の護衛を頼まれた。

 大沢源次郎は元見廻組の隊士で、数百もの不逞浪士と徒党を組み謀反を企てているという疑いがあり、すでに鉄砲など武器の用意も整っているという噂まであるらしい。


 今回、出動するのは私と山崎さん含む隊士数名、そして土方さんだ。

 渋沢さんから直接話を聞いたという近藤さんが行きたがっていたけれど、所用でどうしても都合がつかず、副長の土方さんが行くことになったのだった。






 約束の日の午後。

 紫野にある小料理屋で渋沢さんと落ち合った。

 丁寧に挨拶を交わす土方さんの姿は、普段、隊士たちに接するそれとは違って、やっぱり副長なんだなぁと改めて思う。


 大沢はここからほど近い大徳寺の宿坊で生活していて、先行した山崎さんがその動向を探っている。

 ただ、今はまだ外出中みたいで、帰って来たところを捕縛することになった。

 その間、捕縛の手筈について土方さんが切り出した。


「まず、我々が踏み込み大沢を捕らえます。渋沢殿には、その後に御奉行の命を申し渡して頂きたい」

「いえ、それは出来ません。申し渡しをしてから捕えるのが筋というもの。私は陸軍奉行の正使です。それを許しては私の面目にもかかわります」

「しかし、大沢自身もなかなかの腕前と聞きます。自棄となってどんな危害を加えてくるやもわかりません。我々の役目は渋沢殿の警護。故に、万が一の事があっては新選組の名折れともなります。ここは、縄をかけてから申し渡しをして頂きたい」


 丁寧な説明も口調も無理を通しているわけではないのに、その視線と纏う雰囲気は圧倒するものがある。

 けれど、土方さんよりも若そうな渋沢さんも譲る気はないようで、決して逸らすことなく真っ向から受け止めている。


「出来ません。が、手向かうならばこちらもそのつもり。その時は、ご助力をお願いします」


 二人の会話はそのまま平行線を辿るけれど、土方さんが危惧するように何が起きるかわからない。

 万が一なんて許されないし、一番危険な場面で見ているだけなんて、私たちがここへ来た意味がない。

 そう思ったら、黙ってはいられなくなった。


「お言葉ですが……先でも後でも捕らえることに変わりはないと思うのですが……」


 結果は同じなのだから、多少順序を入れ替えてでも安全な方法を取るのが一番いい。


「それでも出来ません」

「どうしてですか!」


 頑なに拒む渋沢さんについ声を荒らげてしまえば、すぐさま土方さんに制された。

 しまった……と思うも、渋沢さんは咎めることなく神妙な面持ちで口を開く。


「きちんと道理を通してこそ武士。そうは思いませんか?」


 最後はまるで、土方さんに向かって話しているように見えた。

 けれど、納得なんて出来ない。私は武士のなんたるかより、命の方が大切だと思うから。


 そう思うままを告げようとするも、再び土方さんに止められた。

 その顔に、さっきまでの緊張感は一切見当たらず、むしろ、微笑みさえ浮かべているようにも見える。


「わかりました。では、我々は渋沢殿の側にて不測の事態に備えるとしましょう」

「よろしくお願いします」


 ……本当に大丈夫なのだろうか。

 他の隊士たちも物言いたげに土方さんを見るけれど、不敵な笑みを浮かべて放つ言葉がそれらを一蹴する。


「今聞いた通りだ。いいな」

『承知!』


 何だかもやもやするけれど、副長がそう判断したのだから仕方がない。私たちに出来るのは、決まった中で最善を尽くすことだけ。

 こうして一応は捕縛の手筈も整い、あとは大沢が帰って来るのを待つのみとなった。




 報せが入ればすぐに出られるよう部屋の中で待機してはいるものの、みんな各々くつろぎ、土方さんと渋沢さんも、時折冗談を交えた雑談をしている。

 気がつけば、窓辺には夕日がさしていた。


 私たちがいる部屋は二階なので、そろそろ山崎さんが戻って来ないかと、窓枠に両手をついて往来を見下ろした。

 すると、突然お腹が鳴った……。


 夕暮れの通りはそこそこ人も行き交っていて、決して静まり返っているわけじゃない。

 素知らぬふりで往来を見下ろし続けるも、さっきまで聞こえていたはずの会話が途切れた後ろから、渋沢さんに名指しで呼ばれてしまった。

 無視するわけにもいかず、ゆっくりと振返ればにっこりと微笑まれる。


「夕飯にしますか?」

「だ、大丈夫です……すみません」


 恥ずかしさと緊張感のなさに慌てて頭を下げるも、いきなり腹部を圧迫したのがいけなかったのか、あろうことか私のお腹は勝手に二度目の自己主張をした。


「お前なぁ……」


 今度は土方さんのため息と呆れ声が聞こえるけれど、生理現象ばかりはどうしようもないわけで。

 自分の意志でコントロール出来るなら、わざわざこんな恥ずかしい注目を集めたりなんかしない!


「腹が減っては戦は出来ぬ。大沢もまだのようですし、ここは食事にしませんか?」


 結局、渋沢さんの提案で晩御飯を食べることになった。

 とはいえ、大事な捕物の前であることに変わりなく、満腹で動けなくなっては困るし、酔って逃げられるだなんて言語道断。

 土方さんの目の前でそんな醜態を晒した日には首が飛びかねないので、みんなお酒は飲まず、軽く腹ごしらえする程度に留めた。

 そんな食事も終える頃、渋沢さんが訊いてきた。


「琴月さんは一番若く見えますが、おいくつですか?」

「今年で二十一になりました」

「そうでしたか。てっきり、私とは十ほど離れているものだとばかり」


 驚いたように話す渋沢さんは、二十七才だという。私のことは、十七才くらいに見えていたのだと。

 昔から実年齢より下に見られることが多かったけれど、時代が変わろうが二十歳を過ぎようが、それは変わらないらしい。

 渋沢さんは、今度は土方さんへと笑顔を向けた。


「土方さんは、私と同じくらいとお見受けします」

「……いや、渋沢殿の方がだいぶ下ですよ」


 訂正しつつも土方さんの頬は若干緩んでいる。

 確かに、色白で役者のような顔立ちは実年齢よりも若く見えるけれど、すでに三十を越えている。確か今年数えで三十二さ――

 ……声には出していないのに睨まれた!


 それからしばらくして、戻って来た山崎さんが土方さんの側で膝をついた。


「先程、大沢が戻りました」


 わかった、と頷く土方さんを合図に、部屋の中は一気に緊張感に包まれる。

 渋沢さんを含めみんな一斉に立ち上がり、いよいよ大沢捕縛へ向かうのだった。




 外はすっかり日が暮れていて、空には太陽と入れ替わった丸い月が浮かんでいた。

 店から出てすぐに感じた暗さは、目が慣れる頃には私たちの影もはっきり見えるくらいには明るい。


 大沢は数百の徒党を組んでいるという噂だし、どこからか情報が漏れ、万が一囲まれでもしたらこの人数ではひとたまりもない。

 大徳寺に着くと山崎さんは別行動を取り、周辺を警戒することになった。

 そんな山崎さんが、隊を離れる間際やけに真面目な顔で私の両肩を掴んだ。


「春さん。絶対に無茶や無謀な事はしないでください」

「えーっと……私たちが最初に踏み込むわけではないので、おそらく大丈夫だと――」

「それでもです」


 いいですね? と強く念を押して行った山崎さんの過保護っぷりは、相変わらずなのだった。




 大徳寺の境内を進み、いよいよ大沢がいるという宿坊の前につけば緊張感も一気に高まった。

 陸軍奉行の使いである渋沢さんの顔を立てた以上、渋沢さんは先頭に立つ。

 ただし、追い詰められた大沢が何をしでかすかわからず、不測の事態に備え土方さんと私が渋沢さんの側で待機をし、残る隊士たちは宿坊を囲むような配置についた。


 作戦開始となる間際、土方さんは納刀したままの刀をぎゅっと握り、前を見たまま小さくこぼした。


「ここで失敗するわけにはいかねぇな」

「はい」

「頼んだぞ」


 前を見たまま頷けば、私の手にも力がこもる。

 渋沢さんが大沢のいる宿坊へ向かって声をかけた。


「陸軍奉行の代理で参った渋沢だ。大沢、いるか」


 返事を待つ沈黙の間、土方さんが鯉口を切った。私も同じようにしたところで、大沢であろう男が寝間着姿で出てきた。


「何の用だ?」

「大沢源次郎、国事犯の嫌疑で捕縛する」


 些細な動きも見逃さないよう大沢の動向に最大限の注意を向ければ、刀に添えた手にも自然と力がこもる。

 けれど、大沢は顔をしかめただけで一切の反論も抵抗もせず、渋沢さんによって大人しく刀まで取り上げられたのだった。

 何もなく終わった一連の様子についほっと息をつきかけるも、土方さんの声が押し止める。


「琴月、縄」

「え? あ、はい!」


 慌てて大沢に縄をかけるけれど、観念しているのかやっぱり抵抗されることはなかった。

 集まった隊士たちに大沢を預けてから、土方さんと渋沢さんのところへ合流する。あっけないほど何もなく終わったとでも話していたのか、二人の顔はにこやかだった。

 そして、大沢はこのまま新選組が町奉行所へと連行することになり、渋沢さんは陸軍奉行へ報告に戻るという。

 別れ際、渋沢さんが土方さんに向かって軽く頭を下げた。


「私の主張を通して頂き、ありがとうございました」

「きちんと道理を通してこそ武士、渋沢殿の言った事は正しいと思ったまでです」

「今や泣く子も黙る新選組……今日来たのがあなたで良かった」


 そう言って微笑む渋沢さんを見送る土方さんの顔はどこか嬉しそうで、奉行所へ向かいながら何となく訊いてみる。


「渋沢さんと何を話してたんですか?」

「俺に斬られるかもしれない、と思ったらしい」

「はい?」


 確かに鬼だ何だと恐れられてはいるけれど、土方さんは理由もなく人を斬るような真似をする人じゃない。

 まさか、土方さんの恨みを買うようなことでもしたとか?


 訊けば、“道理を通してこそ武士”と土方さんに向けて話した時のことを言っているらしい。

 新選組の局長や副長は武士の出ではない、ということを知っていたうえでの発言だったそうで、理解してくれるかあるいは激昂して斬りかかられるか……賭けみたいなものだったのだと。


 自分の身の安全より道理を優先したり、そんな危険な賭けをしてみたり。何だかとんでもない人だったりするのだろうか。


「実はな、多摩じゃねぇが渋沢殿も武州出身で、俺と同じ農民の出なんだと」

「なるほど。そうだったんですね」


 土方さんと同じ武州……武蔵国出身で、同じように生まれた時から武士というわけでもない。

 だとしたら……。


「ある程度、勝算を確信した“賭け”だったんじゃないですか?」

「どういう意味だ?」

「直接話をする中で、この人ならわかってくれると思ったから……とか?」


 自分で答えておきながら語尾で首を傾げてしまったけれど、同じような立場だからこそわかり合えることだってあると思う。

 かいかぶりすぎだ、と土方さんは鼻で笑うけれど、月明かりが照らすその横顔はどこか嬉しそうにも見えた。


「もしかして、照れてますか?」

「……あ?」


 ついだろうが思わずだろうが、言ってしまったあとでは後悔先に立たず。

 それでも咄嗟に額を隠せば、悲しいかな……手に伝わるのは鉢金のひんやりとした冷たさで、掌の向こうににやりとする顔が見えた瞬間、容赦なく頬をつねられるのだった……。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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