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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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198/262

198 長州へ

 出立前日の夕刻、引き継ぎなどで忙しいはずの土方さんに外へ連れ出された。

 着いた先は予想通り首途(かどで)八幡宮で、揃って旅の無事を祈願する。今回は横から頭を小突かれることも、呆れた声が掛かることもなかった。

 なぜなら、土方さんの方がずっと長く手を合わせていたから……。


 お参りを終え、帰る途中に大きなお屋敷の脇を通った時だった。

 塀からあふれる紅色と仄かな香りに思わず足を止めれば、隣でつられて立ち止まった土方さんも、私の視線を辿って黄昏に浮かぶ梅を見やった。


「悪いな。ここまで来たんだから、北野天満宮も寄れたらよかったんだが」

「いえ。ちゃんとお仕事優先してください。近藤さんと伊東さんが首を長くして待ってますよ?」


 今回二度目となる近藤さんの広島行きは、決定から出立まであまり日にちがなく、前日の今日になっても支度や引き継ぎで何かと忙しない。

 この時間だって、本来なら局長、副長、参謀の三人が最後の打ち合わせをしているはずで、それを待たせてまでこうしてお参りに連れてきてくれたのだから、それだけで十分だ。


 けれど、見上げた横顔は酷く残念そうで、普段なら絶対に感じさせないような不安まで見てとれるから、想像以上に心配をかけているのかも……と思えば、それを払拭したいとも思った。


「えっと、北野天満宮の梅も毎年素晴らしいですけど、亀戸の臥龍梅(がりゅうばい)でしたっけ。あの木に花が咲いた姿も見てみたいです。見せてくれるって約束、覚えてますか?」


 梅を見ていたはずの横顔が、忘れるわけねぇだろう、と言わんばかりに振り向いた。


「当たり前だ。俺は、約束を違えたりはしねぇよ」

「じゃあ、土方さんが嘘つきにならないよう、ちゃんと帰って来るって私も約束します。だから、あんまり心配しないでください」

「一応訊くが……今ならまだ取り消せる。それでもお前は行くのか?」

「はい。何もしないで後悔するだけは嫌なので。あ、私も約束はちゃんと守る方なので安心してください」


 精一杯安心させたつもりなのに、やたら不満げな顔で頬を引っ張られた。


「にゃ!?」

「お前を送り出しても出さなくても、後悔しか残らねぇ俺の身にもなりやがれ」


 そう冗談めかすも眉間には皺が寄っていて、まるで必死に感情を抑えているようにも見える。

 鬼だ何だと言われても、やっぱり本当の土方さんは鬼なんかじゃない。だからこそ、こうして送り出してくれることを後悔させたくない。

 頬を引っ張る指を捕まえればすぐに解放されるけれど、そのままぎゅっと握りしめながら、真っ直ぐに土方さんを見上げた。


「大丈夫です。誰一人欠けることなく、みんなで帰ってきます」

「お前の大丈夫は当てにならねぇと言っただろうが」

「そ、それでもです!」


 今回だけは信じてください、と微笑んだはずの言葉は、途中で途切れてしまった。

 捕まえていたはずの手が突然後頭部に回り、そのまま目の前の胸へと引き寄せられてしまったから。


 もう一方の手まで背中に回っていることに気がつけば、ようやく抱きしめられているのだと理解した。

 押し当てられた胸から聞こえる心音につられて私の鼓動も一気に跳ね上がると、頭上からは少し早口な声が降ってくる。


「いいか、よく聞け。ぜってぇ帰ってくると約束しろ。勝手に約束を違えるなんざ許さねぇ。言っとくがこれは副長命令だ」


 わ、私ってばそんなに信用ない……?

 電話もSNSもなければ向かう先は敵地。これが最後かもしれないと心配されても当然だけれど、こんな風に捕まえたりしなくても、私は新選組を離れたりしないのに。

 それに……。


「副長命令は絶対ですよね? だから、ちゃんと帰ってきます!」

「背いたら切腹させるからな」

「えっ、いや……遠くにいたら切腹したかどうかなんてわかりませんし、たぶんしませんから!」

「だったら、長州に乗り込んで意地でもお前を見つけ出してやる」


 何という執念……。そうまでして切腹を遂行させようだなんて、さすが“鬼の副長”の二つ名は伊達じゃない。

 煩い心音そっちのけで吹き出しそうになるけれど、これ以上は私の心臓がおかしくなってしまいそうで慌てて押し返した。

 それなのに、むしろ腕の力は強まった。


「頼む……。俺を、後悔させねぇでくれ」


 間近で聞こえた絞り出すような声は、山南さんが亡くなった日の夜を思い出させた。

 もうあんな思いはして欲しくない。させたくもない。あの時より少し高い背中に腕を伸ばし、とんとんとゆっくり叩いた。


「ちゃんと帰ってきます。約束します。だから、信じて待っていてください」

「ああ……」






 翌二十七日の朝。

 出立の支度を終え部屋を出ようとするも、土方さんに呼び止められた。

 そして、箪笥から何かを取り出すなり私の元へやってきて、見慣れない小さな手鏡を差し出してくる。


「二月一日にはまだ少し早ぇが……受け取れ」

「もしかして、誕生日プレゼ……お祝いですか!? ありがとうございます!」


 受け取ってよく見てみれば、背面や柄の部分に梅の細工が施されている。


「わっ、可愛い!」

「今年は一緒に見に行けねぇからな。御守り代わりにでも持っていけ」

「はい! じゃあ、当日はこれ眺めて楽しみますね」

「おう。気をつけて行ってこい」

「行ってきます!」


 旅の荷物に手鏡を追加して部屋を出れば、今回も局長自らの出立とあって、大勢の隊士が集まっている。

 盛大な見送りで屯所をあとにすると、まずは大坂へ向かい、そこから徒歩や駕籠を使い広島を目指すのだった。






 そんな中で迎えた二月一日。

 二十一回目となる私の誕生日は、昨日と変わらず広島を目指す一日で、日が暮れると翌日に備えみんな早めに就寝した。

 ただ、この日は珍しくなかなか寝付けなくて、土方さんにもらった手鏡を取り出した。窓際に座り、僅かに開けた窓から射し込む星明りの中、背面に施された梅をかざしてそっと指でなぞる。


 いつか見せてくれると言った臥龍梅は、今頃綺麗な花を咲かせているのかな。

 早く見てみたい……。


「キープ ユア プロミス」


 約束を守るという西洋の梅の花言葉。

 出立前にした約束通り、私はちゃんと帰ります。

 だから土方さんも……。


「約束、守ってくださいね……」






 二月三日。

 ついに広島客舎へと到着した。合流する約束の期限は二月五日、何とか間に合った。


 私が今回同行した理由、表向きは“すでに潜入している山崎さんたちの応援”ということになっているけれど、近藤さんと伊東さんだけは、“直接撤退命令を伝える役目”だとわかっている。

 ……とはいえ、それも半分は嘘で、真実は高杉晋作に呼ばれたからだけれど。


 何にせよ、長州へ入ることに変わりはないので私一人抜けることを不審がる人はいない。

 行ってきます、と部屋をあとにすれば、客舎の入り口まで一人見送りに来てくれた近藤さんが、少し心配そうな顔で私の肩を叩いた。


「四月の上旬だ。流石にそれ以上の滞在はこちらも厳しいだろう。山崎君たちと合流出来ても出来なくても、それまでにはここへ戻って来るように」

「わかりました」

「頼んだぞ。だが、決して危ない真似だけはするな」

「はい。行ってきます」


 時刻は夕暮れ間近。

 暗がりに紛れて約束の合流場所へ向えば、桂さんが出迎えてくれた。


「来てくれてよかった。でも、今日はもう遅いから、ここを出るのは明日にしよう」

「わかりました」


 ……って、ここで一泊? 桂さんと?

 普段から土方さんとも布団を並べて寝ているし、私相手におかしなことが起きるとも思えないけれど、一応、相手は新選組に敵対している人だ。

 信用していいのかな? 今から近藤さんたちのところへ戻って、翌朝出直す?

 あれやこれやと考え込むも、桂さんが吹き出した。


「このまま一緒に寝たら、もっと面白い春が見られそうだね。でも安心して、隣にもう一部屋取ってあるから」

「えっ、あっ、ありがとうございます……」

「僕は一緒でも構わないけどね?」

「か、構います。そこは構ってください!」


 何だかまた笑われるのだった。






 翌朝、予定通り宿を出て高杉晋作がいるという馬関を目指した。

 馬関の場所がよくわからなかった私に桂さんが簡単な地図を描いてくれて、それを見る限り山口県の端っこの方……下関あたりだった。

 桂さんが一緒だったおかげか、長州への入国も難なく出来てしまい、数日後の昼下がりには馬関へ到着した。


 本当に山崎さんの居場所を把握していたらしく、詳しい場所を教わってから、明日またこの辺りで待ち合わせる約束をして別れた。

 さっそく教えてもらった長屋の一室へ行き扉を叩けば、愛想のよさそうな、それでいて少しだけ警戒するような声音の返事があった。


「はいはい。どちら様で――えっ……」


 ゆっくりと開いた扉の先に現れた山崎さんは、極限まで目をまん丸くしている。


「春、さん……?」

「はい。お久しぶりです」


 一度目の長州訊問使とともに京を立って以来、こうして顔を合わせるのは三ヶ月ぶりだ。怪我もなく元気そうでよかった……とほっとしていたら、突然、確認するように肩やら腕を触られて、最後に両頬を挟まれたかと思えば覗き込むように顔が近づいた。


「……幽霊、じゃないですよね?」

「い、生きてますっ!」

「では、どうしてここへ? 他の人は今どちらに?」

「いません。今回長州へ入ったのは私一人です」

「えっ……」


 目の前の顔が再び驚きに満ちたかと思えば、頬にあった手は背中に回り、私の視界は山崎さんの着物でいっぱいになった。

 もしかしなくても、抱きしめられている!?

 や、山崎さーん?


「隊務なのでしょうが、こんな時期に一人で来るだなんて……。無事で、本当によかった……」

「す、すみません。心配かけちゃいましたね」


 過保護な山崎さんのこと、きっともの凄く心配してくれたのだろう。

 状況の説明をしたいと訴えれば、腕を解くなり私の手を取り部屋の中へ案内してくれた。


 六畳にも満たない部屋の中央で腰を下ろすと、山崎さんが淹れてくれたお茶を啜りながら、ここへ来ることになった経緯を全て話した。

 山崎さんは私が女であることも、未来から来たことも知っている。それに、しばらくお世話になるであろう山崎さんを欺いたまま、高杉晋作に会うのはきっと不可能だ。

 だから表向きだけでなく真の目的まで打ち明けるけれど、山崎さんは盛大に落ち込み大きく肩を落とした。


「すみません……まさか敵側に全て筒抜けだったとは。いえ、そんなことより、私のせいで春さんを危険に巻き込んでしまった……」

「それは違います。元はと言えば、私が変に目をつけられたのが原因なので」

「しかし……いや、ここでそれを言ってももう遅いですね。今後の話をしましょうか」


 はい、と頷けば、さっそく作戦会議が始まった。

 現在、長州に潜伏しているのは山崎さんと吉村貫一郎さんの二人だけで、吉村さんはもっと広島よりの場所で情報収集をしているらしい。

 なので私の用事が済み次第、吉村さんの元へ行き一緒に広島へ戻るということになった。


「明日、高杉晋作に会うんですよね? すでに私の身元は割れているようですし、春さんの護衛としてついていきます」

「それは凄く心強いですが……お仕事の邪魔になりませんか?」

「この状況で下手に諜報活動をしては、また春さんを危険に巻き込み兼ねません。それに、直接会って情報を引き出すほうが効率も良さそうですから」


 そういうことなら、と明日の予定は決まった。




 夜になると、山崎さんが部屋を出て行くと言い出した。

 どうやら狭い部屋に二人で寝るわけにはいかないからと、どこか他の場所で寝るという。……この流れ、ずっと前にもした気がする。

 あの時同様説得して同じ部屋で寝ることにはなったけれど、生憎布団は一組しかない。いくら色々と気にしない私といえど、流石に同じ布団というのはいかがなものか……。

 結局、山崎さんに押し切られ私は布団を拝借、山崎さんは隊務で慣れているからと、部屋の隅で壁に持たれて眠るのだった。

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