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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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191 手習いとお茶会

 十一月の上旬。

 近藤さんたちが広島へ出立してから数日が過ぎ、局長代理の土方さんは部屋に籠もる時間が増えていた。

 元々隊士たちを主に仕切っていたのは土方さんなので、傍からみる分には今までとそう変わらないけれど、やっぱり局長がいない分の仕事は増えているらしく、毎日忙しそうにしている。

 参謀の伊東さんも一緒に西下してしまったので、仕方がないと言えば仕方がないけれど。


「お茶淹れましたよ」

「おう」


 邪魔にならないよう湯呑二つを文机の端に置き、すぐさま炬燵に潜った。

 さっそく一つを取りお茶を啜れば、書状に目を通していた土方さんがちらりと見てくる。


「暇そうだな?」

「暇じゃないです。非番なんです」


 何だか面倒くさい仕事を押しつけられそうな雰囲気に、先手を打つことにした。


「非番ですけど、今日は沖田さんに手習いを見てもらうことになってます」

「チッ。……そうか。なら仕方ねぇな」


 今、チッって言った? 舌打ちした?

 やっぱり、何か面倒事を押しつけるつもりだった?


「まぁ、いいや。お前が読み書き出来るようになりゃ、その分頼める仕事も増えるしな」

「え……」

「嫌そうだな?」


 な? で思い切り睨まれた。横顔なのに、相変わらずその威圧感は半端ない。

 とはいえ、文机の上に積み上がった書状の整理をしてもらえるだけで、随分違うのだと本音を漏らした。

 局長代理を努めているこういう時こそなおさらで、重要度の低いものであれば代筆を頼みたいとも。


「いざとなれば、代筆くらい出来ますよ?」


 書状の整理は思うように文字を解読出来ないから難しいけれど、文字自体は書けるわけだし、筆使いの下手さ加減さえ目を瞑れば代筆は出来る。

 それなのに、書状を下ろした土方さんが呆れたようにこちらを向いた。


「あのおかしな文体でか?」

「おかしくはないですからね? そのうち、あれが普通になりますから」

「つまり、今は普通じゃねぇ自覚はあるんだな? 代筆だろうが、んなもん俺の名前で出した日にゃ、俺までおかしくなったと思われるじゃねぇか」

「何だか私がおかしいみたいに言わないでください」


 そのまま無言の攻防に突入するかと思いきや、無駄な時間を消費した、とすぐさま終止符を打って書状の続きを読み始めた。

 どうやら本当に忙しいらしい。

 ここにいても手伝えることはなさそうだし、今までの流れからして邪魔しかねない。約束の時間よりも若干早いけれど、沖田さんの部屋へ向かうことにした。


「あんま期待はしてねぇが頑張ってこい」


 貶している? それとも励ましている?

 そんな素直じゃない言葉に送り出されるのだった。




 日が差し込む明るい外廊下を進めば、不意に、前方から冷たい風が吹いた。

 思わず逃れるように顔を背けた先では、紅葉の面影などどこにもない寂しげな木々が寒さを一層煽っている。


「寒っ……」


 思わず発した短い言葉に白い気体が混じっていたせいで、体感温度はさらに下がる。逃げるように早足になれば、どこかへ行っていたのか包みを持った沖田さんと鉢合わせた。


「僕が全部食べ切る前にやって来るとは……さすがですね」

「……え?」

「これですよ」


 顔の前に上げてみせた包みの中身は、どうやら買ってきたばかりのお団子らしい。

 部屋へ入ると真っ先に炬燵が目に入るけれど、この時代の炬燵は天板がない。だから、読書ならまだしも文字を書くには適していない。

 そもそも炬燵で勉強なんてどう考えても捗る気がしないので、ここは已む無く火鉢で我慢することにした。


 文机の上に硯や筆、紙などを手際良く用意した沖田さんは、当然のようにお団子もそれらの横へ置く。

 並ぶようにして隣に座れば、沖田さんがさっそく手に取ったのは筆……ではなくお団子で、私の分も一本取り手渡してくれる。


「春くんは、読み書きが全く出来ないわけではないんですよね?」

「はい。一応文字はちゃんと読めるし書けます」


 一旦お団子を沖田さんに預けると、筆を取り紙の隅に“あいうえお”と書いてみせた。

 けれどもやっぱり筆は使いにくい。読めるには読めるけれど、不格好な文字だからか沖田さんが吹き出した。


「面白いですね~。普通、ひらがなは“いろは”から書き始めるんですけどね」

「え……あっ」


 いろはにほへとちりぬるを……か!

 馴染みのある五十音順ではなく、昔はこっちを使っていたことを思い出すと、沖田さんも同様に何かを思い出したらしい。


「そういえば、七夕の時も変わった書き方してましたしね~」


 思い出し笑いをする沖田さんからお団子を返してもらうと、今度は沖田さんが筆を取り何やら文字を書き出した。


「これは読めますか?」

「い、ですね」

「正解です」


 次に書かれたのは、“ろ・は・に・ほ・へ・と”で、一文字ずつ離し、はっきりと書かれていたので普通に読むことが出来た。


「じゃあ、これは?」

「……」

「春くん?」

「……ち……りぬるを?」

「何でそんなに自信ないんです?」


 最初の文字は“ち”っぽいし、順番的に間違ってはいないはず。

 けれど、うにゃうにゃと続けて書かれたら難しく、一文字ずつ切り離して書いてもらわないと読めないのだと告げた。 


「そんなこと言ったら、土方さんの字なんて読めないんじゃないですか?」

「無理ですね。ああいう、うにゃうにゃしたミミズのような文字は、漢字も混じると全く読めません」

「あはは。蚯蚓とは、面白いこと言いますね~」


 面白いも何も、ミミズにしか見えないし。

 ところで……。


「沖田さんはミミズでも読めるんですか?」

「もちろん、読めますよ~」


 どうやら、あれはやっぱり文字らしい。頑張ればいつか、私も読めるようになるのだろうか。

 読めないと土方さんの手伝いは出来そうにないけれど、やっぱりあれだけは、ちょとやそっとの勉強でどうにかなるようなものじゃない気がする。


「春くんは文字を知らないわけじゃないので、絵草紙(えぞうし)のような読みやすい書物を読んで慣れるのが一番いいかもしれないですね」

「なるほど」

「丁度いい本があるので、今度持っていきますね」


 そう言ってどこか悪戯っ子のような笑みを浮かべた沖田さんは、丁度食べ終わった私に追加のお団子を握らせて、さらに自分の分も手に取った。

 ほぼ同時に頬張ろうとしたその時、動きを止めた沖田さんが、お団子を見つめたまま小さな声で訊いてきた。


「近藤さんたちは、そろそろ広島へついた頃でしょうか。本当に長州入りすると思いますか?」

「どうでしょう……」

「危険だとわかっているのに、どうして僕を連れて行ってくれなかったのか……」


 そうこぼす沖田さんの横顔は、まるで欲しいおもちゃを買ってもらえずに拗ねる子供みたいだった。


 ――俺の身に何かあった場合、新選組は歳に、天然理心流は総司へ譲ろうと思っている――


 出立間際に言っていた近藤さんの言葉が頭に浮かぶけれど、それを私から告げるわけにはいかない。

 それでも、その場限りの慰めなんて意味はないから、ゆっくりと口を開く。


「危険だから、だと思います」

「危険なら、なおさら僕が必要じゃないですか。いざって時、あの人たちに近藤さんを守り切れるとは思えません」


 こちらを向いた沖田さんは、その口調同様、やや強い眼差しで私を見ている。

 確かに沖田さんは強い。近藤さんだって、本音では沖田さんに同行してもらいたかったと思う。強くて信頼できる沖田さんに。

 けれど、だからこそなのだと思う……。

 僅かに訪れた沈黙を破ったのは、沖田さんのいつもの笑顔だった。


「……すみません。そういえば、近藤さんは留守番の僕に重要な役目を頼んでましたね」

「そ、そうですよ! 土方さんを支えて欲し――」

「見張っていて欲しい、でしたっけ?」


 ……ん?


「切腹させ過ぎて、近藤さんが帰って来た時に隊士がいなくなっていたんじゃ困りますからね」

「そ、そうですね……それは確かに困ります。けど……」

「じゃあ、春くん。鬼が暴れないよう、僕の分もしっかり見ておいて下さいね?」


 ……ん? 近藤さんの言付けとだいぶ違ううえに人任せ?


 沖田さんらしい冗談に言った本人までもが一緒になって吹き出すと、仕切り直して再び手習いの続きを見てくれるというけれど、手にしたままのお団子を二人同時に食べ終えた時、沖田さんが手を伸ばしたのは筆……ではなく、またしてもお団子だった。

 終いには、炬燵を引き寄せそこに潜り込む始末。もちろん、便乗させてもらったけれど。


 それからしばらくしてようやく再開した手習いは、剣術指導とは打って変わって荒っぽさはどこにもない和やかなものだったけれど、結果的にただのお茶会になっていたと言わざるを得ないのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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