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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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189 絵草紙と豚肉料理

 藤堂さんと紅葉を見に行った翌日、明るい文机の側に腰を下ろしさっそく絵草紙(えぞうし)を開いてみた。


「おい、何か落ちたぞ」


 近くから聞こえた声に振り向けば、書状を読んでいた土方さんが畳の上から何やら紅いものを拾い上げた。


「モミジか?」

「あっ、それたぶん私のです」


 ほら、と掌に乗せられると、失くさないようお守り袋の中にしまった。


「大事なもんなのか?」

「幸せのお裾分け、です」

「は?」


 眉根の寄った顔に昨日の出来事を話せば笑われた。


「餓鬼みてぇなことしてんのな」

「……おじさんには言われたくな――イタッ!」


 まさか、身を乗り出してまでデコピンしてくるとは!

 痛むおでこをさすりながら睨んでみるも、そんなものはものともしない土方さんがにやりとする。


「絵草紙もまともに読めねぇ餓鬼じゃねぇか」

「う……」


 悔しいけれど、それは言い返せない。

 こんな時はとっとと話題を変えてしまうが吉だ。


「ところで、そろそろ炬燵出しませんか?」


 炬燵で勉強なんて全く捗る気がしないけれど、日に日に増す冷んやりとした空気は炬燵が恋しくなるばかり。


「何言ってんだ。まだ炬燵開きじゃねぇだろう」

「こ、炬燵開き?」


 そんなことも知らねぇのか? という眼差しが返って来るけれど、知らないものは知らない。

 盛大なため息をついた土方さん曰く、どうやら炬燵を出す日は“()の月()の日”と決まっているらしい。

 亥は火事を防ぐとされているらしく、旧暦十月をさす亥の月と最初の亥の日が重なる日に武家が、その十二日後の次の亥の日に庶民が火鉢や炬燵などの暖房器具を出すことで、家の防火を祈るというものらしい。


「じゃ、じゃあ、最初の亥の日にしましょう!」


 私や土方さんは違うけれど、新選組には武家出身の人もいる。彼らに合わせても問題はないはず。いや、合わせるべき!

 必死に訴えれば土方さんが吹き出した。


「俺は、お前がどんな生活してたのかと不思議で仕方がねぇ……」


 至って普通の生活をしていたのだけれどなぁ……なんて思っていたら、御典医の松本良順先生がやって来た。

 病人だらけだった隊士たちを短期間であっという間に回復させてくれたうえに、大樹公が大坂にいる間も何度か屯所の様子を見に来てくれたりと、何かと気にかけてくれている。そして、今回上洛してからは毎日のように訊ねて来てくれていた。

 おかげで良順先生、歳三、春などと呼び合うほど一部隊士たちとの距離も縮まった。


「春は読書か? もしや、邪魔してしまったか?」

「いえ! 私のことは気にせず、良順先生はゆっくりしていってください」


 気を使わせてしまわないよう部屋を出ると、外廊下の一角へ行きそこで腰を下ろした。

 改めて絵草紙をめくれば、その名の通り大部分を絵が占めていて、その余白にひらがな中心の文章が挿し入れられている。

 すんなり……とはいかないけれど、土方さんのそれよりは読める文字を拾うことができそうだし、何より絵だけで何となく物語がわかるので、眺めているだけでも楽しめる。


 まぁ、そこに描かれているのはネズミなのだけれど。

 藤堂さんめ……。




 絵や前後の文字から想像して夢中になって解読していたら、突然、耳元で声がした。


「絵草紙ですか?」

「ひぃ!?」


 慌てて声のした方を振り返れば、悪戯っ子のような笑みで腰を屈める沖田さんと目が合った。

 いきなり耳元で喋られたら擽ったいと、何度言えばわかるのか!

 そんな抗議の視線は素知らぬふりで、沖田さんは笑顔のまま私の頭を撫でてくる。


「熱中するほど勉強とは、偉いですね」

「えっと、昨日、藤堂さんが借りてきてくれたんです。まだ読めない字も多いですけど、絵を見るだけでも結構楽しくて」

「なら、今度僕も面白いのを持ってきます」

「はい、楽しみにしてますね!」

「それじゃ、今日はもうお終いです。行きますよ」

「……へ?」


 どこへ? と聞き返す間もなく手を掴まれたかと思えば、急に引き上げられたせいで危うく本を落としそうになった。

 しっかりと握られた手は放してもらえそうになく、諦めて本を懐へしまえば、連れてこられたのは敷地内にある豚や鶏がいる家畜小屋だった。

 どちらも良順先生の勧めで六月半ば頃から飼い始め、鶏は毎日せっせと卵を産み、豚は日々残飯を食べ随分と大きく成長した。


 餌がもらえるとでも思ったのか、側へ寄ってきた一頭の豚に沖田さんが手を差し出せば、鼻先を擦り寄せてくる。

 私もそっと背中を撫でてやれば、沖田さんはもう一方の手を伸ばし頭を撫でながら言った。


「近々食べるらしいですよ」

「えっ」

「良順先生とお弟子さんたちが捌いてくれるらしいです」

「そう、なんですか……」


 仏教の影響で昔は肉を食べなかった。そんなことを聞いたことがあるけれど、実際は全く食べないわけじゃない。

 猪は牡丹(ぼたん)山鯨(やまくじら)、鹿肉は紅葉(もみじ)などと獣肉を隠語で呼んで口にしたりするし、薬食いと言って、病気の時などに滋養のための薬と称して食べたりもする。

 隊士たちも、屯所前に売りに来た肉を買っては煮て食べていたりする。

 だからこの豚も……。


 最初からそのために飼い始めたのだし、私だって元の時代では散々食べてきた。そんな私に、可愛そうだなんて言う資格はない。

 だから……。


「残さず食べてあげましょう……」

「……獣肉って臭いし固いし、あまり好きじゃないんですけど」

「ダメですよ。命を頂くんだから残さず食べないと」


 むしろ沖田さんには、お肉もちゃんと食べて健康であってもらわないと困る。

 終いには、こんなに可愛いのに、などと言い出した。


「美味しければちゃんと食べてくれますか?」

「それはもちろん」

「わかりました」

「もしかして、春くんが作ってくれるんです?」


 驚いたようにこちらを向く顔に、やってみます、と頷けば満面の笑みが返ってくる。


「僕のために作ってくれるだなんて、嬉しいな〜」


 期待してますね、と再び呑気に豚の頭を撫で始めた。

 沖田さんが好き嫌いせず食べてくれるよう、頑張って色々作ってみようじゃないの!






 九月の下旬。

 豚肉料理を作るため賄い方と一緒に台所で待機をしていれば、ここまで聞こえてくる騒々しい声の中に、いよいよ断末魔の叫びが混じった。

 殺傷を忌み嫌うお寺の敷地内で、肉を食べるどころか解体……。また苦情が来るかもしれない、とそんな心配をしながらしばらく待てば、部位ごとに塊状の肉が運ばれてきた。

 冷蔵庫から取り出したような冷たさはどこにもなく、ついさっきまで血が通い生きていたのだとわかる温かい肉だった。


 丁寧に調理してから今か今かと沸き立つ広間へ運んでいけば、待ってましたとばかりにみんな一斉に箸を伸ばす。

 数日前の二十一日には、二度目となる長州征討の勅許がようやく下りたこともあって、みんな豚を食べて英気を養う! とばかりに一気に盛り上がった。

 そんな中、土方さんと良順先生の側に座っている沖田さんを見つけるも、上手いこと肉だけを避けて食べていることに気づき、慌てて隣へいき恐る恐る訊いてみた。


「沖田さん……お口に合いませんでしたか?」

「そんなことないですよ」


 そう満面の笑みを返してくれるけれど、直後にしれっと言い放つ。


「合わないも何も、まだ食べてませんしね〜」

「なっ! ちゃんと食べてください!」


 美味しくないのならまだ諦めもつくけれど、食べてもいないとか!

 生姜多めで作った生姜焼きを勧めてみれば、土方さんと良順先生も援護してくれる。


「総司、食ってみろ。奇天烈(きてれつ)なもんもあるが、味はなかなかだぞ」

「これは、店でも開けばひと儲けできるんじゃないか?」


 奇天烈とは失礼な! 百五十年後には普通の料理ばかりなのだけれど!

 それでも味はイケるらしいので内心よしっ! とガッツポーズをしながら沖田さんに視線を戻せば、なぜか箸を置いた状態で大口を開けていた。


「何、してるんですか……?」

「見てわかりませんか? 待ってるんです」


 ……何を? まさか、食べさせろってこと?


「子供じゃないんだから、自分で食べてくだーー」

「じゃあ、食べません。ご馳走様でした」


 そう言って、手まで合わせる沖田さんを止めたのは土方さんだった。


「おい、総司っ! これから長州征討だってあんだ。去年の夏みてぇに途中でへばらねぇようちゃんと食え!」


 土方さんなりに心配しているのだとわかれば、思わず私の頬も緩む。

 けれどよく考えたら、勅許は得たけれど新選組も一緒に行くと決まったわけじゃない。ちらりと土方さんを見やれば思い切り睨まれた。

 ……何でバレたのさ!


 そんなことはお構いなしに、ご馳走様をしたはずの沖田さんが再び私に向き直る。


「夏負けしないためにも、はい。あ〜ん」


 夏負けも何も、季節はこれから冬へと向かっている。

 沖田さんは目を瞑ったまま大きな口を開けていて、このまま放っておいたら本当に食べずに終わってしまう気がする。

 はぁ、と大きなため息をついたのは私ではなく土方さんで、やってやれ、と呆れたように箸を振り促していた。

 まぁ、これで食べてくれるならいいか……と少量の生姜焼きをいまだ催促する口に入れてみた。


「どうですか……?」


 ゆっくりと咀嚼を始める沖田さんに訊いてみるも、無言のまま返事がない。

 それなりに美味しく出来たとは思うけれど、肉が苦手なら味合わう前に飲み込んで、どんどん食べて欲しいところ。

 しばらくして、やっとゴクリと飲み込んだ沖田さんが目を開けた。


「うん、美味しいです。これなら食べられます」

「本当ですか!? 色々作ったので、他のも食べてみてください!」


 嬉しさと安堵で胸を撫で下ろせば、沖田さんは肉じゃがを指差さした。


「次はこれがいいです。はい、あ〜ん」


 ……って、二口目も食べさせろと!?

 とはいえ、労咳(ろうがい)が発症しないよう免疫力を上げてもらわないといけないし、これで食べてくれるなら……と肉じゃがに箸を伸ばすも土方さんの方が早かった。

 肉じゃがからお肉だけをつまみ上げた土方さんは、そのまま沖田さんの口に放り込む。

 しばらくして、美味しい、と目を瞑ったまま呟く沖田さんに土方さんがにやりと言い放った。


「だろ? 次はこっちのも食わせてやろうか?」


 訝しむように目を開けた沖田さんは、わざとらしい笑みを浮かべる土方さんと見つめ合う。

 次の瞬間、全てを悟ったのか心底嫌そうな顔をした。


「……何してるんです?」

「見りゃわかんだろう? この俺が食わせてやってんだ、有り難く食え」

「美味しさ半減なんですけど」

「あ? なら、こっちも食ってみろ。美味いぞ」

「いいですよ、子供じゃないですし」

「うるせぇ。いいから口開けろ!」


 どこか噛み合わない会話をしながら、土方さんは抵抗する沖田さんの口に無理矢理放り込もうとしている。

 そんなやり取りを黙って見ていた良順先生が、お酒をぐいっと飲み干し微笑んだ。


「普段は鋭敏且つ沈勇な歳三も、総司が相手ではただの世話焼きな兄のようだな」

「……全くです」


 空の杯におかわりを注ぎ、しばらく続く二人の攻防を一緒になって温かく見守るのだった。

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