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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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180 松本良順先生の健康診断

 昨年秋の一度目の東下の時、近藤さんが胃痛でお世話になった御典医の松本良順(りょうじゅん)先生が大樹公とともに上洛、さっそく近藤さんは松本先生の元を訪ねたらしい。

 その際に、隊士たちの健康状態を診てもらうという約束をしたようで、翌日には松本先生自らが屯所へとやって来た。


 局長部屋にて近藤さんや土方さんと談笑しているところに私も呼ばれて行けば、江戸でたった一度会っただけなのに覚えていてくれて、初対面ではない挨拶を交わせば土方さんが驚いた様子で訊いてくる。


「知り合いだったのか?」

「はい。江戸に行った時、近藤さんと一緒にお会いしたんです」

「なるほどな」


 土方さんが納得したところで松本先生に屯所の中を案内することになり、近藤さんや土方さんと一緒に私もこのまま付き添うこととなった。


 現在、新選組が抱える隊士は百名を超え、質素ながらも毎食賄いが用意されている。

 けれど、それにともなって発生する残飯も相当な量で、厨房にあるそれらを見た松本先生が、残飯を餌にした豚や鶏の飼育を勧め始めた。

 確かに、豚の肉や鶏の卵で栄養を摂れるし、残飯もなくなるから厨房も綺麗になって衛生的。一石二鳥だ。


 次に向かうのは、普段隊士たちが使用している部屋だった。

 梅雨でじめじめしているせいか近頃不調を訴える隊士が多く、江戸から来たばかりの新入隊士らの多くも、慣れない環境ということもあり体調を崩したりしている。開け放たれた襖や障子の向こうに見えるのは、そんな彼らが敷きっぱなしの布団の上で、着物がはだけるのも気にせず横になる姿だった……。


 そりゃね、女がいるなんて思ってもいないのだと思うけれど。

 正直、目のやり場に困るからねっ!

 そんな部屋へみんなで入るも、隊士たちは寝転がったまま……。すると、松本先生が突然声を荒らげた。


「局長や副長が部屋を訪ねて来ているというのに、寝たままとはどういう事だ! 目上の者に対する礼儀がなっとらん!」


 その声の大きさに驚いた近藤さんが、慌てて説明する。


「実は……彼らは皆病人でして。ここは大目に見てやってください」

「何、病人だと……」

「ええ……」

「まさか、寝ている者全員か?」


 近藤さんが頷けば、松本先生が絶句した。

 そういうことなら……と、具合の悪い隊士たちはその場で診察、それが終わると場所を変え、当初の予定でもあった隊士たちの健康状態を確認していった。

 結果、一番多かったのが風邪と怪我で、隊士のおよそ三分の一が病人という有り様だった。

 松本先生は紙と筆を用意するように言い、何やら図面のようなものを書くなりそれを土方さんに手渡した。


「これを参考にして病室を作り、健康な者とそうでない者を分けて生活させなさい。病室には看護人を一人つけ、病人の世話をさせるといい」


 そして、病人は毎日入浴をさせ清潔を保つことや、明日からしばらくの間、南部精一郎(なんぶ せいいちろう)という弟子の医師を一人寄越すから、診察してもらい薬も服用するようにとのことだった。

 土方さんはすぐさま手の空いている隊士たちに指示を出し、自らもテキパキと動き出す。

 こういう時の土方さんって、素直に格好良いなぁと思う。さすがは副長だなぁ……なんて思っていれば、ニヤリとしながらおでこを弾かれた。


「見惚れてねぇでさっさと手動かせ」

「なっ! 別に見惚れてませんけどっ!」


 ニヤつく土方さんと言い合いをしながらも病室を作り上げ、病人を移動させたのちに入浴がしやすいよう風呂場も整えた。

 全部終わるのに、二刻とかからなかった。




 出来上がりを確認してもらうべく、近藤さんのところにいる松本先生の元へ行けば伊東さんもいた。

 参謀になったわけだし、今まで以上に近藤さんと親しくしていても何もおかしくはない。はずなのに、少しだけ複雑な気分になる。

 土方さんが報告するのを待っていたら、伊東さんが私を見て爽やかに微笑んだ。


「琴月君も、松本先生にちゃんと診てもらいましたか?」


 よ、余計なことを! 診察なんてしたらバレてしまうじゃないか!

 松本先生も私の診察は忘れているみたいだし、このまま逃げ切るつもりだったのに。

 適当な返事で濁そうとするも、土方さんと会話しているはずの松本先生が割って入った。


「ああ。彼はずっと土方君と行動してくれていたのでね。最後に診察するつもりだったんだ」


 どうやら忘れていたわけじゃないらしい……。

 変な汗をかき始めるも、伊東さんはご丁寧に松本先生に訴えた。


「つい最近まで、彼は起き上がれないほど体調を崩していたのです。大病でしたら大変ですので、しっかり診てあげてください」

「わかった」

「何かお手伝いいたしましょうか?」

「いや、彼の診察は彼の部屋でする。先に、土方君が用意した病室等を見て回りたい」

「そうですか。では琴月君、あとでしっかりと診てもらってください」


 そう言って、伊東さんは再び爽やかに微笑んだ。ここまでくると、その親切心はありがた迷惑以外の何物でもない……。

 はい、と返事だけはしつつも逃げる方法を考えていれば、土方さんが黙ったまま松本先生を見つめていることに気がついた。


「土方さん? 案内しないんですか?」

「あ、ああ。そうだな」


 何か考え事でもしていたのだろうか。ぼーっとしているなんて珍しい。

 それでも、すぐに案内を始める土方さんと一緒に部屋を出て、新設した病室や風呂場を確認してもらう。

 松本先生が、短時間でよくここまで仕上げた、と感心すれば土方さんも気を良くして二人の会話が盛り上がる。その隙にフェードアウトしようとするも、呼び止められた。


「琴月君、診察がまだだ。君の部屋はどこだ?」

「え、えーっと……。私は健康そのものなので、大丈夫です……」

「伊東君も随分と心配していただろう。大丈夫かどうかを判断するのは、医者の私だ」


 伊東さんめ……本当に余計なことを……。

 この場にいない人の文句を言っても仕方がないけれど、どうにかして逃げる方法を探していれば、私の代わりに土方さんが返事をした。


「こちらです」


 ……って、案内しちゃうの!

 それとも、案内している隙に逃げろってこと!?

 真意を探るように土方さんを見つめるも、行くぞ、と私の腕を掴んで歩き出す。

 これじゃ逃げることもできないうえに、逃げるなと言われているみたいだ。何か他に策でもあるのだろうか。


 土方さんの考えが読めず焦るもあっという間に部屋へつき、松本先生は診察を理由に土方さんに退出を促した。

 けれど、土方さんは微動だにせず無言のまま鋭い視線で松本先生を見つめ返している。

 突然のピリピリとした空気も落ちつかないけれど、このまま二人きりにされてしまったらもうあとがない。


「えっと、こ、ここはやっぱり副長の土方さんからどうぞっ! 私は部屋の外で待ってるんで!」


 その間に、急用ができたことにして逃走してしまおう!


「俺はもう終わってる」


 お、終わってるのか!

 どうやら局長や副長、参謀は最初に診てもらったらしい。

 どうしたものかと考えていれば、土方さんがあからさまに松本先生を睨んだ。


「松本先――」

「安心しなさい。私は医者だ。他言はしない」


 松本先生は、負けじと強い眼差しとともに土方さんの言葉を遮った。

 バチバチと音がしそうな二人の視線はどちらも譲らない……かと思いきや、土方さんが脱力して大きなため息をついた。


 土方さんの視線に怯むことなく逆に跳ね返すとは……。松本良順先生、只者じゃない気がする。

 ……そんなことを考えていたら、土方さんが私を睨んで苦笑した。


「どうやら医者の目は誤魔化せねぇらしい」


 その台詞……松本先生と江戸での別れ際の会話が蘇る。

 やっぱりバレている?

 私を置いて部屋を出ていく土方さんのあとを追うも、松本先生が立ち塞がった。


「琴月君」

「……な、何でしょう?」

「君は……女だね?」


 やっぱりバレていた!

 江戸でのやり取りに土方さんの捨て台詞。もう、隠し通すのは無理だった。

 潔く認めれば、松本先生は表情を崩し、それまでとは打って変わって柔らかに言う。


「安心しなさい。さっきも言ったが私は医者だ。無闇に他言はしないし、病状に関わらないのであれば追求もしないでおこう」

「……はい。そうしていただけると助かります……」

「ただし、診察はしっかりさせてもらう」


 どうやら伊東さんの話を聞いたせいで心配してくれているらしく、丁寧に診察をしてくれた。

 その間、絶対に他言しないようにとお願いした。特に、局長である近藤さんにだけにはバレたくないことを。

 診察を終えると、入室してきた土方さんに向かって松本先生が言う。


「しばらく臥せっていたと聞いたが、彼女……いや、彼は健康そのものだ。安心するといい」


 そりゃそうだろう。病気で眠っていたわけではないのだから。

 ホッと息をつけば、松本先生は土方さんと入れ替わるように襖の前へ移動し、ただ……と僅かに振り向いた。


「男と女では身体の作りも体力も違う。どんな事情があるのかは知らないが、無理だけはせんように。何かあれば遠慮なく頼りなさい」


 そう言って部屋を出て行 った。

 松本先生が良い人でよかった……と身体の力が抜けていくのを感じれば、視界に割り込んできた手がすかさず支えてくれる……わけもなく、おでこを弾いていった。


「イタッ!」

「うるせぇ。江戸で会った時点ですでにバレてたんじゃねぇか。そういう事は先に言え」


 そうは言っても、もしかしたら……というだけで確信があったわけじゃない。それに、すっかり忘れていた……なんて口にしようものなら、確実にさっきよりも痛いデコピンが飛んでくる。

 何かを察したらしい土方さんにじろりと睨まれたけれど、気づかないふりをするのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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