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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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174 約束

 いよいよ江戸出立も明日に迫った。

 今日は朝から荷物の最終確認をしていれば、隊士の募集を終えても何かと忙しそうにしていた土方さんが、急遽出かけると言い出した。

 どうやら私も一緒に行くようで、支度を整え一緒に試衛館を出る。


 四月の下旬、新暦に直せばおそらく五月の下旬頃。

 もうそろそろ梅雨の時期だけれど、梅雨前線はまだやって来ていないらしく、今日も天気が良く風も穏やかで暖かい。

 とりあえず、言われるままついて来たはいいものの、やっぱり気になり隣を歩く土方さんに訊いてみた。


「どこへ行くんですか?」

「今の時期は藤が綺麗だろう。京へ戻る前に見ておこうと思ってな」

「もしかして、亀戸の五尺藤ですか?」


 浮世絵にも描かれるくらい有名だと、斎藤さんに教えてもらったばかりだ。

 どうやら当たりだったのか、土方さんが少しだけ残念そうな顔をした。


「何だ、知ってたか。お前の時代でもやっぱり有名なんだな」

「有名というか……この間、斎藤さんと見に行ったばかりなので」

「……斎藤と?」


 どこか驚いた様子の土方さんに頷けば、なぜか急に不機嫌になり、上の空の短い返事ばかりになった。

 ほとんど会話が成立しないまま亀戸に着くも、藤を見に行くと言っていたのに亀戸宰府天満宮へは入らず、その裏手の方へ向かっていることに気がついた。


「あれ、藤を見に行くんじゃないんですか?」

「やめた」

「へ?」


 ここまで来て予定変更?

 とはいえ、目的地がはっきりしていそうな足取りなので黙ってついて行けば、着いたのは梅の木がたくさん植えられている梅屋敷だった。

 ここも浮世絵に描かれるくらい人気の場所だというけれど、梅の時期はとうに過ぎているから白や紅の華やかな色はどこにも見当たらない。


「咲いていませんが……」

「うるせぇ。見りゃわかる」

「でも、実がなってますね」


 緑の葉に混じって、梅の実がたくさんついている。

 梅干しにしたら美味しそうとか、梅酒も飲んでみたいなどと考えながら歩いていれば、土方さんが一本の梅の木の前で足を止めた。

 高さはおよそ三メートルくらいで、枝が地面を潜ったり出たりしていて見るからに立派な梅の木だ。

 まるで、龍が大地に横たわっているようにも見えることから臥龍梅(がりゅうばい)と呼ばれ、これも浮世絵に描かれるくらい有名なのだとか。


 土方さんはその場で腕を組むと、緑生い茂る立派な臥竜梅を見ながら呟いた。


「見せてやりてぇな」

「花を、ですか?」

「ああ」

「見てみたいです」


 こんなに力強く大地に根を張る梅の木を見たのは初めてで、そんな木に咲く花も、きっと強くて美しいに違いないから。

 時期外れで見られなかったことを残念に思っていれば、土方さんが私に視線を移し力の籠もった声音で言う。


「いつか梅の時期に連れて来てやる」

「本当ですか!?」

「ああ。必ず連れて来てやる。あれだ、気風(きっぷ)の湯がどうのってあっただろ」

「……はい?」


 思わず首を傾げれば、異国の言葉がどうのと言い出した。

 もしかして……。


「キープ ユア プロミス……約束を守るっていう、異国の梅の花言葉ですか?」

「それだ。丁度梅だろう? だから約束する。必ずここの満開の梅を見せてやる。藤なんて目じゃねぇんだぞ」

「はい!」

「よし、約束したからな。他の奴と見に行くんじゃねぇぞ」


 ぜってぇだぞ、としつこく念を押してくる土方さんはまるで子供のようで、何だか笑いそうになってしまうけれど。

 あの鬼の副長が必死になってしまうくらい、花の季節は凄い景色が見られるのかもしれない……と、私も是が非でも見たくなってしまったので念を押す。


「土方さんこそ、ちゃんと約束守ってくださいね?」

「当たり前だ」


 そう言って、土方さんは満足そうに笑いながら私の頭をポンと撫でるのだった。




 せっかくここまで来たのだからと、残念ながら梅は咲いていないけれど、しばし散策してから帰路についた。

 来る時とは違い会話も弾んでいたけれど、どこからともなく聞こえてきた琴の音色にあることを思い出し、一気に視線も気分も落ち込んだ。


「おい、どうした?」

「……別に。大丈夫です」

「お前の大丈夫は当てにならねぇって言ってんだろうが」


 そんな呆れ声に隠すのは無駄だと悟り、顔を上げ土方さんを視界の真ん中に捉えた。


「土方さん。単刀直入に訊きます」

「何だ、改まって」

「私が初めて女装をした時、その……、どうして“琴”って名前にしたんですか?」


 今までは、名字の琴月から安直につけただけだと思っていたけれど。

 もし、お琴さんの名前を思い出したからだとしたら……。

 そんなの――


「あのなぁ……」


 そんな呆れ声に、思考を遮られた。


「咄嗟に“琴月”から取っただけだ」

「本当ですか?」

「……何が言いてぇ」


 呆れ声が一転。なぜかニヤリとする土方さんに無性に腹が立ち、別に……とそっぽを向けば吹き出された。


「まさかとは思うが、焼いてんのか?」

「なっ……そんなわけないじゃないですかっ!」


 焼くってヤキモチをだよね? どうして私がヤキモチなんて焼かなければいけないの!?

 そんなもの焼くくらいなら普通に餅でも焼くし! なんならそっちの方が美味しく食べられるしっ!


 猛抗議するも土方さんはなぜか嬉しそうに笑っていて、どういうわけか今度はそれが無性に悲しくなった。

 土方さんの反応にいちいち一喜一憂する理由もわからなくて、突然訪れた虚しさから逃れるように俯けば、反論する声音は想像以上に小さくなっていた。


「私はただ……私は私――」

「あのなぁ。お前はお前、他の誰でもねぇだろうが」


 頭上から振る土方さんの声は、やっぱりどこか呆れながらも笑っている。

 けれど、どことなく優しく温かくて、同じくらい温かくて大きな手が私の後頭部に乗っかった。


「偽名なんざ所詮偽名だ。お前には、“春”っていう良い名前があるじゃねぇか」


 そう言いながら、ポンポンと撫でられることが……良い名前だと言われたことが嬉しくて、モヤモヤしていたものが全部ちっぽけに思えた。

 こんな些細なことで落ち込むなんて私らしくない……と顔を上げれば、優しい眼差しと目が合った。


「だろ?」

「……はい!」


 我ながらゲンキン過ぎるとも思うけれど、この超がつくほどの楽観主義も嫌いじゃなかったりする。

 それに……。


「土方さんて、意外と嘘つくのは下手ですしね?」


 もしもお琴さんから取ったのだとしたら、きっともう少し違う反応を見せたはずだから。

 思わずにやけてしまえば、お前と一緒にすんじゃねぇ、と痛くないデコピンが飛んできた。

 大げさに痛がるふりをしてみせれば、どちらからともなく吹き出して、歩みを再開すると同時に土方さんが安心したように言う。


「俺としても、変に誤解されたままは嫌だからな。納得してもらえて何よりだ」

「はい! そういえば、斎藤さんも言ってたんです。咄嗟に浮かぶものなんて、所詮その程度のものだって」


 だから土方さん本人が言うように、名字から取ってつけただけというのも本当なのだと思う。


「……斎藤が?」


 はい、と頷けば、土方さんは黙り込んでしまった。

 不機嫌……とは違うけれど、さっきまでとは明らかに違う空気に妙な不安が過る……。

 気がつけば、恐る恐る訊いていた。


「もしかして、斎藤さんのこと……嫌いですか?」

「は? 別に嫌いじゃねぇよ。突然どうした?」


 驚いた様子で逆に聞き返されてしまったけれど、今になって思えば色々引っかかることがある。

 一緒に藤を見に行ったと告げればあえてそこを避けたように思えたし。いつぞやは、もらったお守り袋をぞんざいに扱ったりもしていた。

 それなのに、嫌いではないと言うのなら……。


「信用してない……とかですか?」


 斎藤さんは伊東さんの勉強会にもよく参加しているし、江戸へ来る間も二人で喋っていることが多かった。

 いくら試衛館からの仲間だとはいえ、伊東さんに傾倒していけばいくほど溝ができてしまうかもしれない……。

 突如そんな不安に駆られるも、土方さんが少し呆れたように言う。


「あのなぁ。信用してなかったら、わざわざ江戸まで同行させたりなんかしねぇよ」

「そうなんですか? でも、じゃあ、どうして道中のお風呂とか、任せたりしなかったんですか?」


 斎藤さんはしょっちゅう私をからかってくるけれど、さすがに覗きだとか、そういう不埒なことをするような人じゃない。

 信用しているのなら、任せてもいいと思ったのだけれど。

 突然黙り込んだ土方さんを覗き込めば、何やらモゴモゴと口ごもっている。


「あれは……」

「あれは?」

「ばっ、うるせぇ! それとこれとは別なんだよ!」


 いきなり声を荒らげたかと思えば、さっきとは打って変わってとびきり痛いデコピンが飛んできた。


「イタッ! って、意味がわからないんですけど!」


 いったい何が別なのかっ!

 そもそも、どうしてデコピンされなきゃならないのか!


 涙目で痛むおでこを押さえるも、土方さんはスタスタと先へ行ってしまったので、その背中を追いかけ猛抗議するのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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