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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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167 桜が散ったあと

 西本願寺が屯所となって数日。

 みんな最初こそ広くなった屯所に浮かれるも、すぐに慣れたのかあっという間に平常通りになった。


 近頃は随分暖かい日が続いて気持ちがいいけれど、今日は春の嵐のごとく朝から風が強いから、緑が混じり始めた桜は明日までにだいぶ散ってしまうかもしれない。

 少し残念に思いながら巡察を終えれば、部屋へと続く外廊下で、一人佇み空を見上げる伊東さんを発見した。

 憂いをおびた姿に思わず足を止めてしまえば、気づいた伊東さんがゆっくりと首だけを振り向かせる。


「琴月君……。巡察ご苦労様。今日は風が強いですね」

「そうですね」

「残った桜も全部、散ってしまいそうです」

「……そう、ですね」


 伊東さんが再び空を仰ぎ見たことで、私も歩みを再開する。

 失礼します、と後ろを通り過ぎた時だった。


「山南さんの事を考えていました」


 突然飛び出したその名前に、私の足は再びその場に縫い止められた。振り返れば、伊東さんはこちらを向くこともなく空を見上げている。


「春風に 吹き誘われて 山桜 散りてぞ人に 惜しまるるかな」

「それは……?」

「山桜は散ってこそ人に惜しまれるものです。それはおそらく……」


 その先を口にすることなく、伊東さんは視線を落として吐息をついた。

 ……山桜に山南さんを重ているのだろうか。無言のまま伊東さんを見つめていれば、その横顔が再び山南さんの名前を口にする。


「山南さんは死ぬべき人ではなかったはずです。原因が何であろうと、新選組は彼を守るべきだったのです。それを……」


 仕方がなかった、なんて言うつもりはないし、言いたくもない。

 悲しい結末を変えることができなかったのは悔しいけれど、山南さん自身が選んだ道だった。

 伊東さんは俯けていた顔を上げ真っ直ぐに私を捉えると、いつかの会話を思い出すように静かに訊いてくる。


「みんな仲良く、君はそう言っていましたね。ならばこんな事が、本当にこの国の為になると思いますか?」

「それは……」

「もしもこの先、新選組が歩む道を誤ったとしたら。琴月君、君はどうしますか?」


 この国のために命をかけて生きている人たちに向かって、こんなことを言ったら怒られるかもしれないし、呆れられるかもしれない。

 それでも、“国のため”だなんて大層な理由を持たない私の答えは考えずとも決まっている。


 救いたいのはこの国ではなく散りゆく命。

 変えたいのもこの国ではなく悲しい結末。

 だから……。


「どんな道を歩もうと、私は新選組の味方です。新選組を離れるつもりはありません」


 これから先、歴史を変え新たな道へ進もうが歴史を辿ろうが、私は必ず側で見届ける。それだけだ。

 伊東さんの反応を待つことなく、失礼します、と今度こそその場をあとにするのだった。






 三月も下旬に差しかかった二十一日。

 旅を数日後に控えたこの日は稽古もそこそこに、甘味が食べたいという沖田さんに押し切られ、二人でお団子を調達してから沖田さんの部屋へ向かった。


 引っ越しても沖田さんの部屋は相変わらず物が少なくて、散らかりようもないから綺麗を通り越して寂しすぎる。

 二人でお団子が乗った文机を囲めば、沖田さんは最初の一本を食べ終えたところで墨を磨りだした。


「僕は今回も留守番ですからね〜。文を託すので、後で土方さんに渡しておいてもらえますか?」

「わかりました」


 冒頭はやっぱり挨拶文だろうか。

 お団子片手にそんなことを考えながら見ていたら、一度筆を止め、解説しながら読み上げてくれた。

 同情の色が強く見えるのは、大八車に轢かれた時に読み書きの記憶まで失くしてしまったせい……そう思っているに違いない……。


「今度、きちんと手習いもしましょうか」

「……はい」


 ここで生きていく以上、この時代の読み書きができた方がいいのはわかっているけれど。稽古みたいな荒っぽい指導は勘弁して欲しかったり……。

 ふと、続きの文面を考えている様子の沖田さんが、紙に視線を落としたままため息をついた。


「僕も一緒に連れて行けばいいのに……」

「えっと……でも土方さんは、沖田さんには近藤さんの護衛を任せたいって言ってましたね」

「あんなのは方便ですよ」

「方便?」

「うん。僕を一緒に連れて行かないようにするための、ね」


 どういうこと? 土方さんは沖田さんの同行を拒んでいるということだろうか。

 いったいなぜ? 首を傾げれば沖田さんが苦笑した。


「とことん素直じゃないですからね〜、あの人は」


 江戸から来た沖田さんにしてみれば、久しぶりに帰りたいと思うのが普通だろう。

 私が二度も行くのは気が引けて、沖田さんに交代を申し出るも首を左右に振られた。


「別に、どうしても江戸へ行きたいというわけじゃないんです。僕にとっては近藤さんの護衛の方が大事ですし」


 うん? ますます意味がわからない。

 悩んでも答えは出そうになくて、思い切って訊いてみることにした。


「えっと、沖田さんは江戸へ行きたいですか? それとも行きたくないですか?」

「ん〜、連れて行けばいいのに、ですかね〜」


 うん? 質問の答えになっていない。

 けれども沖田さんは、続きの文面が浮かんだのか再び筆を走らせた。黙って見ていれば、書き出してすぐに“山南”という文字を見つけ、その死を伝える内容なのだと理解した。

 心なしか、さっきより筆が乱れているような気もした……。

 そして、書き終えるなり再び読み上げてくれるけれど……。


「沖田さん……日付け、間違えてませんか?」

「……え?」


 慌てて文面を見直した沖田さんが、本当だ……と苦笑した。

 山南さんが亡くなったのは二十三日。沖田さんが文に記したのは二十六日だった。


 普段はあんなにも飄々としている沖田さんだけれど、大好きだと兄のように慕っていた人の介錯まで努めたのだから、日付けを間違えてしまうくらい色々と思うところがあるのかもしれない。

 胸が詰まる思いで沖田さんを見つめていたら、何でもないことのように微笑み返された。


「どうせ土方さんに託す文ですし、土方さんと春くんが口頭で訂正しておいてください」


 そうして墨が乾くなり、丁寧に折り畳んで私に手渡すのだった。




 預かった文を手に部屋へ戻れば、忘れないうちに土方さんに渡し、日付けを間違えてしまったことも伝えておいた。

 同時に、沖田さんとの会話を思い出し訊いてみる。


「今回の江戸行きですけど……どうして沖田さんを連れていってあげないんですか?」

「総司には近藤さんの護衛を任せたいからな」

「でも沖田さんが、それは方便だって言ってました」


 手にした文をまとめた荷物の中に仕舞っていた土方さんが、あからさまに動きを止めチッと舌打ちをした。

 その様子、やっぱり方便なのか?


「出るぞ」


 そう言い放った土方さんが、私の返事も待たずに支度に取りかかる。

 これ以上は何も話してくれそうになくて、仕方なく私も身支度を整えるのだった。




 日暮れにはまだ時間もあるけれど、どこへ行くのだろうか。

 すっかり桜も散ってしまった暖かな日差しの中、目的地も知らされないままひとまず隣を歩くけれど、時折見上げる横顔は、私の物言いたげな視線をものともせずひたすら無言で歩いている。

 しらばくすると、突然目が合った。面倒くさそうに私をひと睨みするも、負けじと見つめ返せばため息をつかれた。


「江戸の連中には、山南さんのことまだ話しちゃいねぇんだ」


 まぁ、なんとなくそんな気はしていたけれど……。

 それがどうして沖田さんを連れて行かない理由になるのか、今の内容からはいまいちわからず首を傾げた。


「全部俺の口から話すつもりでいるが、総司を連れて行ったらどうなると思う?」

「えっと……みんな沖田さんにも詳細を訊ねる……?」

「ああ。ましてやあいつは、介錯までしたんだからな」

「あっ……」


 そっか。そうだ……。

 沖田さんは幹部で内部の事情にも詳しいうえに、最期の場にもいたのだから詳細を訊かれる可能性は高い。


「江戸の連中が冷やかしで訊くことはねぇだろうが、わざわざあいつの口から語らせる必要もねぇだろ」

「そうですね……」


 沖田さんの性格からして、きっと訊かれても飄々と答えてみせるだろう。

 けれど、そのためには思い出さなければいけなくて……。

 事実だけを思い出すのも辛いのに、その時の感情、刀の感触、たとえ表には出さなくても、そういったものまで思い出してしまうに違いない。

 そうさせないために、土方さんは沖田さんを置いていこうとしたんだ……。


 ――僕も一緒に連れて行けばいいのに……――


 沖田さんのあの言い回し。はっきりと“江戸へ行きたい”とは言わなかった理由が、わかった気がした。

 土方さんが沖田さんを気遣ったように、沖田さんは沖田さんで、土方さん一人に背負わせないようにと思ったのかもしれない。

 二人ともお互いを思いやっているくせに、本当に素直じゃない……。


 そんなことを思いながら着いた先は、首途(かどで)八幡宮だった。

 数日後には江戸へ行くから、前回同様旅の無事を祈願しに来たらしい。


 なんだかすっかり寺社へのお参りが定着しつつあるな、と思いながら土方さんと並んでお賽銭を投げた。

 手を合わせて真剣に祈願をしていれば、さっさと終えた土方さんがふらりと歩いていく。

 しばらくして戻って来た土方さんの手には二枚のお札が握られていて、もう一方の手を差し出してきた。


「守り袋出せ」


 言われた通り懐からお守り袋を引き出すも、前回、私のお守り袋をぞんざいに扱われたことを思い出す。

 今度こそ壊されたりしたら不吉なので、逆に片手を差し出してみせれば理解してくれたのか、チッと小さな舌打ちとともにお札を一枚私の掌に乗せてくれた。


 お礼を告げてお守り袋の中にしまい、懐へ戻したところで土方さんの鋭い視線を感じた。


「あのー……このお守り袋、そんなに嫌いですか?」


 前回といい今回といい、このお守り袋が嫌いなのだとしか思えない。土方さんも梅が好きなはずなのに、どうしてこれは気に入らないのか不思議で仕方がないけれど。

 梅は梅でも、形や刺繍が気に入らないとか?


「守り袋だの簪だの……んなもんいちいち気にしちゃいねぇよ」

「……はい? 今、簪の話はしてませんが――」

「ば……うるせぇ! 馬鹿餓鬼がっ!」

「はい!? ……って、痛ッ!」


 反論しようとすかさずにらみ返すも、暴言だけでは飽き足らず、なぜか飛び切り痛いデコピンまで飛んでくるのだった……。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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