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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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157 山南さんの怒り①

 平行線を辿っていた屯所移転についての話し合いは、幕府や会津藩の後押しもあり、近藤さんの一言で西本願寺に決定したようだった。

 その翌日には、土方さんが井上さんや斎藤さん、そして山崎さんらを連れて西本願寺への交渉を開始した。


 夕刻、初日の交渉を終え帰って来た土方さんは、その日のうちに許可が出たわけでもないのに余裕の顔だった。

 やっぱり、奥の手があるからか? ……なんて、言葉にはしていないのに土方さんの視線が鋭さを増した気がして逸らせば、山南さんがやって来た。

 いつもの優しい雰囲気は皆無に等しく、必死に感情を抑えている、そんな様子だった。

 何となく邪魔をしてはいけない気がして、お茶を淹れるついでに退出しようとするも山南さんに止められた。


「琴月君、すまないがここにいてもらってもいいかい? 今、歳と二人きりになっては自分を押さえられる自信がないんだ」


 そう言って、山南さんが精一杯の笑顔を取り繕えば、土方さんが鼻で笑い明らかに挑発的な笑みを向けた。


「やりあってもいいぜ? 俺は逃げも隠れもしねぇよ」

「そうか。だが私は歳とは違うんでね、力で解決しようとは思わない」

「ふん。話し合っても解決しねぇんなら、いっそ殴り合って決着をつけた方が早ぇこともあるだろうよ」

「歳! どうして君はっ! そうやって力で相手を押さえつけようとする!?」

「はあ? んなの仕方ねぇだろうがっ! 言ってわかりゃこっちだって苦労しねぇんだよ!」


 互いに掴みかかりそうなほど近づいた二人の間に、咄嗟に身体ごと両腕を滑り込ませ声を上げた。


「あ、あのっ!!」


 ハッと我に返ったように下がり距離を取る二人の顔を順に見て、跳ね上がった鼓動を押さえつけながら提案する。


「と、とりあえず、座りませんか?」


 二人はばつが悪そうに視線を逸らし合うも、大人しく座ってくれた。

 座布団一枚分ほどの距離を空け、土方さんは胡座をかいて腕を組み、苛立たしげに視線は顔ごと部屋の隅へと向けている。

 そんな土方さんを見つめる山南さんは、正面できちっと正座をして両手を足の上に置き、いくらか落ち着きも取り戻しているように見えた。

 そんな対照的な姿で向かい合う二人を見守るように、いざとなればすぐにでも止められるよう、手を伸ばせば届くくらいの位置に私も腰を下ろした。




 夕焼けが障子を朱く染め上げていた。暖かみのある色が部屋の中を仄かに照らし出すも、立ち込める空気は閉じた障子の向こうで時折吹く風同様冷たく重い。

 そっぽを向いたままの土方さんに向かって、山南さんがゆっくりと口を開いた。


「さっそく西本願寺へ行ったそうだね」

「ああ。とっとと交渉しなきゃならねぇんでな」


 土方さんが顔を正面に戻せば、二人の視線はまるで音を立てるかのように激しくぶつかり合い、普段はあんなにも優しい顔をする山南さんも、土方さんを捉えたまま鋭く目を細めた。


「交渉……か。脅しの間違いだろう」

「ふん。何とでも言え。これは決定事項だ、あんたが何を言おうが今更変わらねぇよ」

「よくわかっているよ。どうせ総長とは名ばかりだからね」

「あ? 何が言いてぇ」


 皮肉たっぷりの山南さんに土方さんが僅かに身を乗り出すも、咄嗟に腰を上げた私を横目で見るなり小さく舌打ちをして腕を組み直した。


 空気が張り詰めていた。

 仕切り直すように一度畳に視線を落とした山南さんは、小さく息を吐き出し眉根を寄せると、どこか悲しげな顔で呟いた。


「二年前、私たちは尊王攘夷の志を持って上洛したんじゃなかったのか……」

「は? 当然じゃねぇか。山南さんこそこの二年のうちに忘れちまったんじゃねぇか?」


 そんな土方さんの返事に対し、山南さんは一気に感情を吐き出すかのごとく声を荒らげた。


「忘れてなどいるものか! 初心を忘れてしまったのは私ではなく、君たちの方だろう!!」

「ああ? んなわけねぇだろうがっ! さっきから何が言いてぇんだ、はっきり言いやがれ!」

「なら言おうか! 今の新選組は攘夷のためではなく、ただ名を馳せたいだけにしか見えない! 今の歳だってそうだ。攘夷なんてそっちのけでただ近藤さんを大将とした新選組を大きくしたい、そんな野望が大半なんじゃないのか!?」

「何だとっ!」


 身を乗り出した土方さんが、とうとう山南さんに掴みかかった。すぐに止めに入ろうとするも、掴まれている側の山南さんが顔だけを私に向けて大声で制する。


「琴月君!」


 止めないでくれ、そう言われた気がした。

 何でも一人で溜め込んでしまいがちな山南さんが、こんなにも感情を露わにするのは珍しく、よっぽどのことなのだと思った。

 本当に殴り合いにまで発展してしまったら、さすがに止めるべきだろう。

 けれど、そうではないのなら止めてはいけないような気がした。

 お互いに本音をぶつけ合うことで、誤解やわだかまりが解消することだってある。だから、このまま黙って二人を見守ることにした。


 ただゆっくりと元の場所に座り直せば、山南さんは微かな笑みを、土方さんは小さく舌打ちをする。

 そして、すぐさま主張のぶつけ合いが再開された。


「あんたが言うように、俺は近藤さんを大将に据えた新選組をでっかくしてぇよ。それの何が悪い? 俺たちは近藤さんの人柄に惚れたからこそ、あんな貧乏道場にも入り浸ってたんじゃねぇのか!?」

「確かに、私は近藤さんの人柄に魅せられた! この人となら一緒に攘夷をなせる、そう思ったからこそ共にここまで来たんじゃないか!」

「だったら、何で今になってごちゃごちゃ言いやがる!」

「組織として活動する以上役職は必要だろう。だが、それでも私たちは同志であるはずだ!」

「んなこと言ったってな、こんだけの人数を束ねるにはもう、形式上の役職だけじゃ立ち行かねぇことくらいあんただってわかってんだろう!」

「ならば、なぜ総長である私の意見は聞き入れられない!!」


 それは、一際大きな声だった。

 いつの間にか形勢も逆転、山南さんの方が土方さんに掴みかかっている。

 けれどその顔は、酷く悲しそうだった。


 ――隊士一人も救えず、総長とはいったい、何なんだろうね……――


 葛山さんのことで、そう呟いた山南さんの儚げな笑みが脳裏に浮かんだ。


「あんたまさか……まだ葛山のこと引きずっ――」

「西本願寺の件もそうだ! 私の意見など聞きもしない! 大体、同じ尊王思想の者たちを血眼になって探すばかりで、それで本当に攘夷がなせるとでも思っているのか!? 私にはただ、手柄を立てたいようにしか見えない! 異国の驚異が迫る今、取り締まるのではなく互いに手を取り合い、朝幕一眼となるべき時ではないのか!?」

「朝幕一眼ってのは、まさに公武合体じゃねぇか! その公武合体に基づき攘夷をする、その想いは俺も近藤さんも上洛前から変わっちゃいねぇよ! 大体、尊王攘夷を盾に世の中を乱してるのは長州ら過激な尊攘派じゃねぇか。現に朝敵にまでなったんだ。あいつらを野放しで攘夷ができるとは到底思えねぇ。だからこそ朝廷、幕府に仇なす賊を排除しお守りすることが、攘夷へと繋がっていくんじゃねぇか!」

「確かに、長州のやり方は間違っていた! あんな過激なやり方では反発を生むだけだ! ……だが、過激という点では今の私たちだって似たようなものじゃないか! なぜ力で抑え込もうとする!? 力で強引に制しては、いずれ力で制される時が来るだけだ!!」

「綺麗事ばっか言ってんじゃねぇ! 力で強引に解決しようとしてる奴らに防戦一方じゃ、どうにもなんねぇんだよ! 守るもんも守れねぇだろうがっ!!」


 一触即発。二人が同時に拳を振り上げた瞬間、後ろの襖が音を立てて勢いよく開いた。


「春くん、行きますよ」

「え……お、沖田さん!?」


 側へやって来た沖田さんは、私の腕を取り強引に立たせると、残る二人の顔を見て言い放つ。


「僕は止めませんので、思う存分続きをどうぞ」

「えっ、お、沖田さん!?」


 抵抗も虚しく無理やり部屋から引きずり出され、連れて行かれたのは稽古場だった。

 道場へ入るなり、問答無用で竹刀を手渡される。


「お互いに言いたいことを言い合えばいいんです」

「でも、怪我でもしたら……」

「大丈夫ですよ。幹部が揃って法度を破るとは思えませんからね」


 私事での争いをしてはいけない、だっけ……。

 確かに、あの二人がそんなことをするとは思えないけれど。

 そんなことを考えている間にも、沖田さんは自分の竹刀を構え容赦なく振り下ろしてきた。咄嗟にいなして距離を取れば、再び竹刀を構えて語りだす。


「みんな尊王攘夷を胸に上洛したんです。そしてそれは、二年経った今でもきっと変わらない。あ、僕はどっちかというと、近藤さんや土方さんについてきたってだけですけどね」

「沖田さんらしいですね」


 思わず笑ってしまえば、にっこりと微笑み返される。同時に、勢いよく踏み込んで来るから鍔迫り合いになった。


「元々武家の出身じゃない近藤さんや土方さんは、攘夷はもちろん、同時に武士になりたくてここへ来たんです。そしてそれは、今の新選組なら手が届くところまで来ている」

「……はい」

「なら、手を伸ばそうとするのは当然でしょう? 攘夷をするにしたって、ただの道場主や農家なんかより、武士である方が遥かに動きやすいですからね」


 必死に耐えながらも辛うじて頷けば、沖田さんは力を緩めることなく言葉を続ける。


「僕には難しいことはよくわかりませんし、敵なら斬ればいいと思うので、敬助さんの考え方は正直甘いとも思っています。でもね、それでも僕は、敬助さんのことも好きなんですよ。だから言いたいことを言い合って、お互いわだかまりを解消すればいい。お互いの考えを知ったうえでなおぶつかり合うなら、それはもう仕方がないです。誰しも譲れないものはありますから」


 そう言って沖田さんは、崩れる寸前の私を思い切り押し飛ばした。バランスを崩し情けなく尻もちをつくも、すぐさま立ち上がり竹刀を構え直す。

 そのまま沖田さんとの攻防を続けながら、色々なことを考えていた。


 沖田さんが言ったように、きっとみんな尊王攘夷を胸に上洛をしたはずで、それはきっと今でも変わらないのだと思う。

 ただ少し、少しだけ歩調がずれてしまったせいで、見えている景色も違ってしまったのかもしれない。


 池田屋に禁門の変、それら暴挙を目の前で見て来た今、山南さんの考え方は確かに少し甘いと思う。

 けれど、力で制するだけではいずれ力で制される、それは事実だと思うし、異国を相手にするのなら対立なんてしている場合ではないとも思う。


 どちらの考えも、同じくらい理解できる。

 きっと、どちらが正しいとか間違っているとか、そんな単純な話でもなくて、みんなそれぞれ譲れないものを抱えて生きているから。

 たとえ目指す場所が同じだとしても、そこまでの道のりは幾通りも存在していて、みんな命を懸けて進んでいるからこそ簡単には譲れない。

 この時代は、そんな譲れない想いが溢れ過ぎている。


 霞む視界に沖田さんの竹刀を見失い、あっけなく自分のそれを落とした。

 呆然と立ち尽くしていれば、悪戯っ子の笑みを浮かべながら拾った竹刀を差し出してくる。


「春くん、泣いてるんですか~?」

「汗です……。沖田さんが容赦ないから」

「稽古中に考え事してるからですよ」

「沖田さんこそ、いつもの鋭さがないですよ?」


 目元を拭ってわざとらしく微笑みながら、沖田さんの手から竹刀を奪った。


「もう少しだけ、このままお願いします!」

「仕方がないですね〜。でも、僕も今は手加減できる気がしませんけどいいんです?」

「そういうのは、手加減したことある人が言う台詞ですっ!」

「あ~、それもそうですね」


 沖田さんが笑いながら距離を取れば、容赦のない稽古が再開するのだった。

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