154 誕生日と梅の花言葉①
今日二月一日は、幕末で迎える私の二度目の本来の誕生日。
今朝から何度となく障子の前へやって来ては、外の様子を伺うように開け閉めを繰り返している。ふと、あることを思い出し、文机に向かう土方さんを振り返った。
「土方さん。ありがとうございます」
「何だ、突然」
礼を言われる覚えはない、とでも言うように素っ気ない返事をする土方さんは、こちらを向くこともなく筆に墨を染み込ませている。
「今日、非番になるように調整してくれたんですよね?」
「たまたまだ」
そう言って文机に広げた紙に筆を走らせるけれど、普段勤務割を決めているのは土方さんだ。
去年は本当にたまたま非番と重なっただけかもしれないけれど、今年はきっと、土方さんなりの気遣いなのだと思う。
言ったところで今みたいにとぼけられるだけだから、それ以上は言わないけれど。
そんなことより……と、土方さんが筆を止めることなく訊いてくる。
「今年も見に行くんだろう?」
「はい。また北野天満宮へ行こうかと思ってるんですけど……」
そう言いながら、障子の外へ視線を移した。
どしゃ降りではないものの、朝から雨が強弱を繰り返している。もちろん、それくらいで梅見を諦めるつもりはないけれど、どうせならやっぱり晴れている方がいい。
「なら、午後まで待ってろ。俺も行く」
「土方さんも?」
「俺だって、たまにはゆっくり梅が見てぇんだよ」
僅かに開けた障子の前で、外を見ながら待っていた。
祈りが通じたのか次第に雨は止み、灰色の雲の切れ間からは光まで射した。
思わず立ち上がり障子を全開するのと、土方さんが筆を置く音がするのは同時だった。
「土方さん、晴れましたよ!」
「ああ、こっちも丁度一区切りついた。行くか」
「はいっ!」
急いで支度を整えれば、私にと買ってくれた着物を土方さんが箪笥から取り出し風呂敷に包んだ。
「もしかして、それに着替えるんですか?」
「誕生日は特別な日なんだろう?」
「それはそうなんですけど……このままじゃダメですか?」
正直、袴の方が動きやすくて楽だ。
渋っていれば、わざとらしく大きなため息をつかれた。
「お前、中身まですっかり男になっちまったか?」
「なっ……。わかりましたっ!」
鼻で笑う土方さんに若干投げやりな返事をして、簪も必要かと思い箪笥を漁る。
斎藤さんからもらった白い玉簪を手に取れば、側へやって来た土方さんが後ろから私の手元を覗き込んだ。
「そっちは斎藤にもらったと言ってたやつか?」
「はい。この間は沖田さんからもらったのを使ったので、今回はこっちにしようかなと」
せっかく二つもあるのだから、交互に使えばちょうどいい。
懐にしまおうとすれば、突然後ろから伸びてきた手にひょいと奪われて、元の場所に仕舞うなり引き出しまで閉められた。
「土方さん?」
「それは必要ねぇ。行くぞ」
そう言うなり、くるりと背を向け歩き出す。
さっさと部屋まで出て行こうとするので慌てて追いかければ、玄関へと続く廊下で、巡察へ行く格好をした沖田さんと会った。
私たちを見るなり笑顔で話しかけてくる。
「二人でどこ行くんですか〜?」
「北野天満宮へ、梅を見に行ってきます」
「じゃあ、僕も一緒に行っていいですか?」
もちろん、と言いかける私の横で土方さんが口を開く。
「総司、お前はこれから巡察だろうが」
「え〜二人だけズルいなぁ〜」
「うるせぇ。とっとと行って来い」
はいはい、と適当な返事をして背を向ける沖田さんが、何か思い出したようにくるりと反転し、笑顔で私を見た。
「そういえば、梅と言えば傑作があるんですよ」
「傑作?」
「梅の花 一輪咲いても 梅は梅」
「おい、総司っ!」
土方さんが沖田さんに飛びかかる勢いで止めに入るけれど、気になるので訊いてみた。
「今のって俳……発句ですか? 有名な人の句なんですか?」
「うん、まぁそれなりに?」
何輪咲こうが梅は梅な気がするけれど……。
五・七・五の短い文章の中に“梅”という単語を三回も出すくらいだから、よっぽど梅が好きな人なのだろうか。
そんなことを考えながら、土方さんの攻撃をするりとかわし巡察へと向かう沖田さんの背中を見送るのだった。
空にはまだ薄く雲が残っているものの、さっきよりも晴れ間は広がり、所々に浮かぶ小さな水たまりが明るく輝いていた。
着替えと昼食を兼ねて料亭の座敷へ上がれば、一度土方さんを襖の外へ追い出し着替えを済ませる。声をかけ再び入室した土方さんに、結ったままの髪の先を片手で一撫でして訊いてみた。
「簪置いてきちゃいましたけど、髪はこのままでもいいんですか?」
私としてはどんな髪型でも気にならないけれど、土方さんも斎藤さんと同じように、髪も格好に合わせた方がいいと言うかもしれないし。
返事を待つ私の前に無言でやって来た土方さんは、懐から取り出した物を見せるように手を開いた。
「これを使え」
「えっ、と……?」
土方さんの掌に乗っているのは、梅が描かれた綺麗な赤い玉簪だった。
近頃簪をもらってばかりだけれど、贈ることの意味を知ってしまった以上、素直に受け取ることはできない。
簪を見つめたまま立ち尽くしていれば、土方さんは私をくるりと反転させ、その場に座らせるなり赤い結い紐まで解いた。
「え、ちょ……土方さん!?」
慌てて髪を押さえながら振り返るも、じっとしてろ、と無理やり前を向かされる。
抵抗は無意味な雰囲気に言われた通り大人しくするけれど、髪をいじり始める手に納得なんてできるはずもなく、不満を隠すことなく口を開いた。
「あの……」
「誕生日には贈り物をすると言ったのはお前だろう?」
「え、あ……まぁ、確かに言ったかもしれないですけど……」
「総司や斎藤からのは受け取ったんだろう?」
「あれは、護身用とか隊務で使うだろうってくれたからです」
「ならこれも、“誕生日だから”ってことでいいじゃねぇか」
つまり、誕生日プレゼントってこと?
それなら受け取ってもいいのかな?
去年の大福に比べて随分と豪華になったもんだ……と若干申し訳なく思いながら、慣れた手つきで髪を纏めていく土方さんに前を見たまま告げる。
「……ありがとうございます」
「おう」
「ところで……土方さんて器用というか、随分慣れてますよね?」
簪一本で綺麗に纏められた髪に軽く触れながら、振り返りざまに土方さんの顔を見上げれば、どこか得意げにふんと鼻で笑われた。
「お前と違って俺は大人だからな」
モテるから女の扱いには慣れている、とでも言いたげな顔に何だか無性に腹が立って、突如沸き起こった反発心は抑えもせずわざとらしく両手をポンと打ち鳴らした。
「あー、確かに。まるで娘の髪をいじるお父さんみた――」
「おま……馬鹿野郎っ!」
予想通りデコピンが飛んでくるのだった……。
お読みいただき本当にありがとうございます。
“俳句”という言葉は明治になって出来たものらしく、当時は“発句”と言っていたようです。厳密にはもっと色々細かそうなのですが……。
なんにせよ、勉強不足でした(汗)
というわけで、これより以前の話で“俳句”としていた部分を“発句”に直しました。
13話と、67話です。67話のみ、ほんの数行加筆しての修正です。
1話あたりの文字数にはいつも悩みます。
無駄に話数を増やしたくないので、今回の話も1話に纏めたかったのですが、過去最大の文字数になってしまい分割してみましたが……。
そうすると、今度は少なく感じる……という。うーん。
この続きはもう少しだけ加筆してからアップします。
長々と失礼しました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!




