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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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153 太夫の一味を追って

 一月の下旬。

 巡察を終え部屋へ戻って来ると、炬燵へ直行する私に土方さんが言った。


「これから大坂へ行く」

「ええ、またですか!?」


 ……睨まれた。デコピンが飛んでこなかっただけマシとしよう。


 どうやら見廻組から協力要請があったらしい。

 佐々木六角源氏太夫と名乗る人物を含む計十四名もの不審な一味を捕縛したけれど、残党を逃したので大坂まで捜索の手を伸ばして欲しいのだと。


 この佐々木六角源氏太夫、取り調べの結果長州とは無関係だけれど、浪士を大勢集め武器まで用意して、“容易ならざる企て”をしていたという。

 つい先日も、大坂版池田屋事件ならぬぜんざい屋事件の残党探索で、大坂へ行ったばかりなのに。

 ところで……。


「太夫ともあろう人が、いったい何をしたんですか?」


 太夫とは、芸妓の最高位のことだったはず。


「その太夫じゃねぇ。宇多源氏の嫡流で近江源氏の一門に佐々木六角氏というのが……って、おい。聞いてるのか?」


 盛大に傾いていた頭をぺちっと叩かれた。

 だって源氏がどうこう言われても、光源氏くらいしかわからない……。まぁ、光源氏は今出てこなかった気がするけれど。

 とりあえず……。


「芸妓とは関係ない、ということだけはわかりました」


 むしろ、それくらいしかわからなかったとも言う。


「だろうな。ま、佐々木六角源氏太夫なんて言ってるが、本家とは全く関係ねぇ偽者だ。そう言っとけば人が多く集まるとでも思ったんだろう」

「なるほど。ところで……」


 まだあるのか? と言いたげな目で睨まれた。

 説明するだけしてもらって、また理解できなかったら今度こそデコピンが飛んできそうで、“容易ならざる企て”の内容を今訊くのはやめておくことにした。






 副長の土方さんを筆頭に、隊士三十名ほどで大坂へ行くとすぐに探索を開始した。

 翌二十七日も聞き込みを中心に朝から走り回る中、山崎さんが播磨屋という旅宿にそれらしい浪士が集まりつつあるという情報を掴んできた。

 とはいえ追っている残党である確証はなく、その人数も不明。おまけに隊士のほとんどは大坂の市中を駆けずり回っているので、先行して私と山崎さんの二人で内情を探ってくることになった。

 こんなこともあろうかと、今回は着物と簪も持ってきたしね!




 播磨屋へ行けば、店内を荒らさないことを条件に協力してくれることになった。

 奥の部屋で着替えを済ませると、今回は沖田さんからもらった紫色の玉簪を挿し、私は仲居、山崎さんは店の男衆に扮する。

 さっそくお酒を持って浪士たちがいる部屋へ向かおうとすれば、山崎さんが引き止めるように私の肩をトンと叩き、耳元でそっと囁いた。


「できる限り情報は引き出したいですが、絶対に無茶だけはしないでください。少しでも身の危険を感じたらすぐに逃げてください」

「わかりました」


 今回の私の役目は残党かどうかの確認と、残党であった場合は人数の把握だ。

 若干緊張しながら部屋へ向かえば、残党と思わしき集団十数名は、芸妓も呼ばず手酌で会合をしていた。

 このまま追い出されるわけにはいかないので、ダメもとで一番偉そうな人の側へいき、徳利を持って微笑んでみる。


「お注ぎしますね」

「おお。頼む」


 すでに随分と酔っているようで、ご機嫌で差し出された杯に注ぐと男は一気に飲み干した。


「わぁ、凄い」


 大げさなくらい褒めちぎれば、気を良くしたのか再び杯が差し出される。

 若干、早く出ていけという視線をそこかしこから感じるけれど、気づかないふりでお酌を続けていれば、杯を持たない反対の手が私の肩に回された。

 男は自分の方へと私を引き寄せて、ぐるりと部屋を見渡しながら言う。


「女子の一人くらい構わんだろう」


 呆れと諦めの入り混じった空気が漂い、どうやらこのまま部屋に居続けることには成功した。

 で……とっととその手を離して欲しいのだけれどっ!

 ここで突き飛ばそうものなら速攻で追い払われそうで、やんわりと押し返せば男がにたにたと笑う。


「初心な女子だな。名は何と申す?」

「……こ、琴と申します」


 咄嗟に浮かんだ名前を口にしてしまった……。

 いちいち悩むのも面倒だし、もう今後も女装した時の名前は琴でいいや……。




 お酌をして回れば、なんだかんだでみんな嬉しそうに杯を差し出してきて、時が経つにつれ、時々襖が開いては仲間らしき人たちも続々と合流した。

 酔えば口も軽くなるかと酔っ払いを量産していれば、随分酔った一人がようやく切り出した。


「どうするんだ? 奪還するのか?」


 奪還……それはもしや、佐々木六角源氏太夫のことか?


「見廻組だけじゃなく、新選組まで動き出したらしいが」

「奴らはすでに、大坂で俺らを嗅ぎ回ってるとも聞いたぞ」


 嗅ぎ回っているも何も、目の前にも一人いるけれどね?

 悟られないようお酌をしつつ聞き耳を立てていれば、私に部屋の滞在を許可した男が話に割って入った。


「その話は全員揃ってからでいいじゃないか。今はほら、飲め」


 部屋を見渡しふと思う。この人たちは本当に会合する気があるのだろうか……と。

 酔わせようとしたのは確かだけれど、若干心配になるくらいすでにでき上がっている。

 直後、三人の男が新たにやって来て、そのうちの一人が部屋を見渡し呆れたように口を開いた。


「あんたら何しにここへ来たんだ……」

「一番最後に来ておいてかたいことを言うな。皆待ちくたびれてこの様だ。お前もまずは飲め」


 上機嫌で促す男に、早る鼓動を悟られないよう微笑んだ。


「人も増えたので、追加のお酒をお持ちしますね」

「ああ。頼む」


 部屋を出ると、違和感なく店の男衆に紛れていた山崎さんを見つけ、隅に呼び出した。


「どうやら当たりみたいです。部屋にいるのは二十四人。最後だと言っていたのでこれで全員だと思います」

「わかりました。急いで副長に伝えるので、そのまま部屋に引き止めておいてください。ただし、くれぐれも無茶はしないように」

「はい。すでにかなり酔っ払ってますが、もっと酔わせておきますね」


 そう冗談めかせば、お願いします、と山崎さんは苦笑して走って行った。


 お酒のおかわりを用意して部屋へ戻るも、最後にやって来た男に訝しげに睨まれた。

 おまけに、お酌をしようと近づくも、いらない、と冷たく突っぱねられた。

 随分と警戒しているみたいだし、この人を酔わせるのは難しいかもしれない……。


「琴。そんな愛想の悪い奴なんぞ放っておいて、こっちで俺に注いでくれ」

「はい……」


 最初の男の元へ行きお酒を注げば、一気に飲み干すなり空の杯を私に差し出した。


「ほら。琴も飲むといい」

「いえ、私は……お客様をおもてなしさせていただく側ですので」

「その客が飲めと言っている。酔っぱらいばかりで今日はまともな会合などできそうにないからな、お前が飲まないのなら帰る」


 それはマズイ。


「わかりました。では、少しだけ……」


 仕方なく口にした一杯は、ほんのり甘く美味しくて、つい勧められるまま二杯目も飲んでしまった。


「ほう。なかなかイケる口だな」


 そう言って、今度はこぼれるほど注いできたので慌てて口をつければ、一気に身体が熱くなり頭がふわふわした。

 お正月に飲んだ時と同じ感覚に、酔い始めているのだと自覚するけれど、すでに瞼がもの凄く重い……。

 このままではマズイ気がして、少し風に当たりたいと言って立ち上がるも、どういうわけか男も立ち上がった。


「一緒に行ってやろう」

「あ、あの……一人で歩けるので、ここでお待ちくださ――」

「案ずるな。俺が添い寝でもしてやろう」


 あ、案ずるからっ!

 私の返事も待たず、男は私の肩に腕を回してくる。抵抗するも覚束ない足取りでは大して意味はなく、半ば引きずられながら襖の前まで来た時だった。

 男が手をかける前に勝手に開いた襖の先には、いつもの眩しい笑顔は欠片もない山崎さんが立っていた。


「彼女は返してもらう」


 男の腕の力が緩んだ僅かな隙に、山崎さんが私を引き寄せた。

 おかげで今度は山崎さんの腕の中にいるけれど、勢いよく引かれたせいで頭がくらくらする……。


 まさか……と男が声を上げるのと、複数の足音が聞こえてくるのはほぼ同時だった。

 目の前にやって来た土方さんが、抜き身の刀を構え男を押し戻すように部屋の前に立つ。


「新選組だ! 斬られたくねぇ奴は大人しくしてろっ!」


 逃げ場を失った残党の数名が窓辺へ向かうも、土方さんの隣に立つ沖田さんがにこやかに告げる。


「あ〜、窓から逃げようなんて考えもやめた方がいいですよ? すでに外も包囲してますから〜」


 目の前の男がへなへなとその場に座り込むのが見えると、持たれたままの山崎さんには申し訳ないと思いつつも、役目を終えた安堵と抗えそうもない睡魔にそっと瞼を閉じるのだった。




 頬に違和感を覚えて瞼を開ければ、土方さんが私の頬をつねっていた。


「いい加減起きろ。引き上げるぞ」


 慌てて上半身を起こすと、頭痛とともに眠る前の記憶も蘇る。


「そういえば、残党は……」

「とっくに奉行所に引き渡した。お前もとっとと着替えろ。帰るぞ」


 どうやら私が眠っている間に全部終わったらしい。

 残党のほとんどは酔っていて、抵抗されることもなく二十三名を捕縛、唯一手向かってきた一人だけはやむなく斬ったと。


「敵を酔わすのはいいが、お前まで酔ってたら世話ねぇだろうがっ!」

「お、大声出さないでください……頭に響くんで――」

「馬鹿野郎っ!」

「――ッ!」


 頭が痛いと告げたそばからおでこを弾かれ、前のめりで布団に崩れた。そして、唸る私の頭に土方さんの手が触れた。


「簪、自分で買ったのか? なかなかいい色選んだじゃねぇか」

「……綺麗な色ですよね……沖田さんの好きな色らしいです……」

「は? 何で総司の……って、まさか……」


 急に不機嫌な声に変わり、突っ伏したまま顔だけを上げて見れば、土方さんの眉間にはこれでもかと深い皺が刻まれている。


「総司にもらったのか?」

「そうですけど……あ、あと、斎藤さんからも……」

「おまっ、いつの間に! しかも二人だと!?」

「あっ、でも、ただの護身用だったり、今日みたいに隊務で使うだろうからって買ってくれただけで、深い意味とかないですよ」

「あってたまるか、馬鹿野郎っ!」


 あ、頭に響く……。

 とっとと話題を変えてしまおうと、ちょうど思い出したことを訊いてみる。


「と、ところで、残党の“容易ならざる企て”って、結局何だったんですか?」

「ああ? そんなもん知るかっ!」


 ひ、響く……。だいたいなんでそんなに不機嫌なのか。

 そりゃ、隊務中に酔いつぶれて何もせず寝ていたことは怒られて当然だけれど……。


 それでも、“容易ならざる企て”が何なのか気になって懲りずにもう一度訊いてみれば、うるせぇ! と今日一番の怒鳴り声とデコピンが飛んでくるのだった。


いつもお読みいただき、本当に本当にありがとうございます。

そして、八月末からの急激な更新ペースダウン、本当に申し訳ありません。


ラストまでの大筋は出来上がっているので、一話ずつ文字に起こすだけではあるのですが、なにぶん遅筆なもので……(汗)


更新ペースは早かったり遅かったりと不定期になるとは思いますが、もとより、私自身とても大切にしている作品です。途中で投げ出すことは絶対にあり得ません。

最後まで書き上げるので、これからも見捨てず気長にお付き合いいただけると嬉しいです。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


    2019.09.12  ゆーちゃ

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