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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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151/262

151 年越し、元治二年へ

 年末、今年も八木邸での餅つきを手伝えば、残すは年越し、お正月を迎えるだけだった。


 京へ向けて進軍していた天狗党も投降し、禁門の変以降続いていた長州征討も、薩摩が間に入って取り持ち当時指揮を執っていた三家老が切腹するなどの恭順姿勢を見せ、戦わずして終わったらしい。

 土方さんが作った行軍録は結局出番もなかったわけだけれど、納得がいかないのか、薩摩の動きが怪しいだ何だのとぶつぶつ言っていた。


 そんなことより……。

 角餅を作って来いと言われていたのに、八木さんの迫力に押し負け今年も全部丸餅にした、ということの方が、遠くの長州よりも気がかりだったりする……。






 そして迎えた大晦日。

 去年は三十日だったけれど、今年は二十九日で大の月ですらなくなった。

 もう驚いたりはしないけれど!


 夜になるとみんな広間に集まり始め、徐々に騒がしくなった。

 人数が増えた分、夜の巡察に出ている斎藤さんら巡察隊が戻ってきたら、ここも手狭に感じるかもしれない。

 実際、平隊士たちは普段雑魚寝状態で、人数が増えたことで夜中に厠へ行こうとするたびに、踏んづけた踏んづけられたと大騒ぎらしい。


 隣にやって来た沖田さんと除夜の鐘を聞きながら蕎麦を食べ終えれば、今年も近藤さんが挨拶をする。

 池田屋や禁門の変、そして伊東さんたちの加盟。今年を振り返り労いの言葉をかけていく。

 それが終わると広間は一斉に盛り上がり、大宴会の幕開けとなった。




 みんな思い思いにお酒を飲み始め、私も去年より明らかに豪華になったおつまみに手を伸ばしながらお茶を啜る。

 盛り上がるなか、近くに座っていた原田さんが私を見た。


「春。そういや願掛けは叶ったのか?」

「願掛け?」

「願掛けしてるから、二十歳までは酒が飲めねーと言ってなかったか?」


 ああ、言ったかもしれない。

 単に未成年者飲酒禁止法を守っていただけだけれど、この時代にそんな法律はないので咄嗟に願掛けということにしたんだった。

 けれどもここでの年齢は数え年なので、新年を迎える時にみんなで一斉に一つ年を取る。つまり、私もとうとう二十歳を迎えることになるわけだ。


「今って何時(なんどき)ですか?」

「ん? 時刻か? そういや何時だ?」


 原田さんが訊ねるように隣を見れば、永倉さんが代わりに答えてくれる。


「九つ半だろう」


 つまりはおおよそ午前一時頃。日付が変わったということはもう二十歳、ついに飲酒の解禁か!?


 どうせなら本当に何か願掛けでもしておけばよかったと思いながら無事に叶ったと伝えれば、沖田さんが徳利を持って大げさに私を覗き込んでくる。

 同時に、沖田さんのお膳の上にある杯が空になっているのが見えた。


「あっ、すみません。お酌しますね」


 徳利を受け取ろうとするもかわされて、逆に私のお膳から取った杯を差し出してきた。


「もう飲めるんですよね? 注ぎますよ〜」

「あっ。ありがとうございます」


 杯を受けとればゆっくりとお酒が注がれて、恐る恐る口をつければ間近でする独特な香りに一瞬むせそうになった。

 唇に残るお酒を舐めてみるものの、僅か過ぎてよくわからない……。

 思い切って一口飲んでみれば、想像していた味と違ってほんのり甘くて飲みやすかった。


「美味しいかも……」


 残りを一気に飲み干せば、再びほんのりとした甘さが口内に広がると同時に身体がぽかぽかと温かくなる。

 広間は至るところで盛り上がっているけれど、同じように私のいるこの一角も、おおー、と歓声が上がった。


「いい飲みっぷりですね〜」

「あ、ありがとうございます」


 永倉さんと原田さんも側へやって来て私の杯へと注いでくれ、勧められるままに一気に飲み干せば、今度はふわふわとした不思議な感覚に襲われた。

 お返しに二人の杯も順に満たせば危うくこぼしそうになり、永倉さんが慌てて口をつける……その行動がなんだかもの凄くおかしく見えて、声を上げて笑えば山南さんの姿が視界に入った。

 去年は風邪を引いたりして寝込んでいたけれど、今年はこうして宴会にも参加している。凄く嬉しいことなのに、今日もその隣には伊東さんがいて、二人が仲良く話している姿はせっかくの楽しい気分をモヤモヤしたものが上書きしていく。


「……面白くない」


 思わず本音をこぼせば、突然伸びてきた両手が私の顔を無理やり横へと向かせた。

 そこにあったのは少し赤くなった沖田さんの顔で、私の両頬を挟んだまま、満面の笑みを浮かべている。


「なら、僕を見ながら飲めばいいですよ」

「ふふ……じゃあ、そうしまーす」


 沖田さんなりの気遣いに笑顔で返事をすれば、今度はよしよしと頭を撫でられた……気がした。






 不機嫌な声と身体を揺すられる感覚に、閉じていた瞼をゆっくり開けた。そこは、いつもの私と土方さんの部屋だった。

 沖田さんの冗談に便乗しながら、みんなと一緒に飲んでいたはずだけれど……途中で抜けて来たんだっけ?


 思い出そうにも記憶はぷっつり途切れ、おまけに頭も痛い。

 これが二日酔いというやつなのか……と、そんなものまで経験するとは思わず唸りながら土方さんに訊いてみた。


「……私、いつここに戻って来たんですか、ね……?」

「目出てぇ奴だな……」

「へ?」

「俺が運んだ。野郎に囲まれて酔い潰れてんじゃねぇ。お前には警戒心ってもんはねぇのか。無防備過ぎんだろうが」

「す、すみませ――ッ! う〜……」


 ただでさえ頭が痛いというのに、突然飛んできたデコピンに涙目になりながら土方さんを見上げれば、いまだ呆れ顔でため息までつかれた。


「あのなぁ。飲むなとは言わねぇが、飲むなら酒の飲み方くらい覚えろ」

「うー……はい。気をつけます……」

「で、どうすんだ? 初日の出見るって、起きてる奴らは庭に集まってるぞ」

「……あっ! 見ますっ!」




 急いでみんなのいる庭へ行けば、ちょうど山際から太陽が顔を出し慌てて手を合わせた。

 みんな拝み終わったのか騒がしくなり始めれば、隣から山崎さんの声がした。


「春さん。もしかして二日酔いですか?」


 さすがは山崎さん。顔を見ただけでわかってしまうとは。

 素直に白状すればあれよあれよと縁側に座らされて、頭の横や首の後ろの辺りにあるというツボを押してくれる。

 あまりの気持ちよさに眠りかけるも、終わる頃には嘘みたいにスッキリした。


「わ……凄い……」

「飲み過ぎは身体に良くないですよ。でも、また何かあれば遠慮なく言ってください」


 そう言って去って行くも、その背中を追いかける人たちがいた。

 永倉さんと原田さんを含む同じく二日酔いの人たちで、俺も俺も、と捕まっているのだった……。




 しばらくすると、恵方参りへ行くことのなった。

 一緒に行くという土方さんと部屋で支度を整えていれば、あることを思い出し訊いてみる。


「そういえば、今年の恵方とおすすめの寺社を教えてください」

「んなの、これから行くんだからついてきゃいいだろう……って、ああ……」


 質問の意図を理解してくれたらしく、簡単に教えてもらった。準備万端で玄関を出れば、案の定笑顔の沖田さんが訊いてくる。


「今年はどの方角でしたっけ〜?」

「えーっと、(きのと)ですよね。上桂御霊神社とか下桂御霊神社? あたりがいいかと思います!」

「へ〜」


 ちゃんと答えたうえにおすすめまで告げれば、どこかつまらなそうな返事をされる。

 正直、乙がどの方角かなんて知らないけれど、今年はからかわれずに済みそうだとこっそりガッツポーズを決めていれば、わざとらしく肩を落とした沖田さんが言い放つ。


「じゃあ、言い出しっぺの春くんが案内してください」

「……え?」


 ちょっと待って。そんなのは聞いていない!

 視線を逸らす私とは反対に、途端に笑顔を取り戻した沖田さんがよしよしと楽しげに私の頭を撫でれば、今年も井上さんがフォローしてくれる。


「総司。あんまり春をいじめるんじゃない」

「嫌だなぁ~、そんなことしてませんよ~」


 いや、してるから。思いっきりからかって楽しんでるからね!

 ところで、乙ってどの方角なのさっ!




 結局案内されるまま着けば、みんなと一緒にお賽銭を投げて手を合わせた。

 願いならたくさんある。みんなの無事はもちろん、美味しいものがたくさん食べたいとか、今年はデコピンされませんようにとか……元の時代のことも。

 けれど、それは今すぐ帰りたいというわけじゃない。今の私には、為すべきことも目指すものもある。芹沢さんとの約束だってある。

 それらを放り投げて帰ったら、きっと酷く後悔するから。

 不意に、横から土方さんに頭を小突かれた。


「少ない賽銭でどんだけ願ってんだよ」


 それ、去年も同じようなことを言われたっけ。

 そんな児とを思い出しながらもう一度だけ手を合わせ、みんなの無事を願うのだった。




 今年も新しいお札をいただいて、お守り袋の中へしまった。

 今年は悲しい出来事なんて起きなければいいな……と見つめていれば、斎藤さんがやって来た。


「まだ持ってたのか」

「もちろんです。いただいた物ですし……お守り袋って失くしたり雑に扱ったりしたら、罰とか当たりそうじゃないですか」

「理由は何であれ、悪い気はしないな」

「……どういう意味ですか?」

「さぁな」


 口の端を上げる斎藤さんを問い詰めれば、突然、真面目な顔で私に向き直った。


「琴月」

「……な、なんですか?」

「俺と付き合え」

「……え? いや、あの……え?」


 付き合えって、どういう意味だ?

 もしかして男女のそういう……え、なんで。

 とはいえ斎藤さんのこと、どうせからかっているに違いない。


「えっと、新年早々そういう冗談はやめてください」

「俺は本気で言ってるんだが」

「いや、だから――」

「今度、俺と飲みに付き合え」

「……え? あ、の、飲みに?」

「お前と飲むのを楽しみに巡察から戻ったが、すでに酔い潰れてたからな」


 そういうことか。って、いちいち紛らわしい!

 まぁ、もう飲めるようになったし断る理由はない。今度飲みに行くという約束を交わせば、斎藤さんがニヤリと言い放つ。


「何か違う想像でもしたか? そんなに俺と――」

「さっ、斎藤さんっ!? してませんからっ!」


 斎藤さんはくくっと喉を鳴らしながら背を向けると、私の抗議は聞こえないふりでその場を去って行くのだった。




 恵方参りから戻れば、広間にいるみんなはお雑煮を食べていた。

 私たちも空いた場所に腰を下ろし、冷えた身体を暖めるべくさっそくいただくことにする。

 去年同様、丸餅の味噌仕立てで美味しく食べていれば、隣に座る土方さんが不機嫌そうに話しかけてきた。


「おい……。何で丸いんだ?」

「……何がですか?」


 まぁ、何のことかはわかるけれど。


「餅だ」


 やっぱりね……。

 恐る恐る隣を見てみれば、角餅を作ってこいと言っただろう、と明らかに目が訴えている。

 そんなに関東風のお雑煮が食べたければ、自分で餅つきすればよかったのに。なんてうっかり口を滑らせた日には、正月早々雷が落ちてくる。

 すでに私の思考を読んだかのように、また一つ眉間の皺が増えたので、いっそダメ元で首を傾げてみた。


「煮込んでる間に、角が取れて丸くなっちゃったんですかね?」

「そうか、そうか。なら仕方ねぇな」


 あれ? 納得した!? いつもの土方さんと反応が違うぞ!

 まさか……。


「土方さんも角が取れて丸くなっちゃいましたか?」

「馬鹿野郎っ!」

「イタッ!」


 新しい年を迎えても、土方さんは土方さんだった……。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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