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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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122/262

122 元治甲子戦争②

 九条河原へ戻って来た頃には空も白み始め、付近の木々の隙間からはちらほらと鳥たちの囀ずりが聞こえだす。

 情報収集のために各地を駆け回っていた山崎さんが、戻って来るなりすぐさま近藤さんと土方さんのもとへと駆け寄った。


「天王山に布陣していた長州藩家老、益田(ますだ)右衛門介(うえもんのすけ)率いる兵五百。および嵯峨天龍寺に布陣していた家老、国司信濃(くにし しなの)率いる千余りの兵は二手に別れ、それぞれ昨夜のうちに御所へ向け進軍を開始。じきに御所へ到達するものと思われます」

「いくら御所へ到達できたとて諸藩が守りを固めている。そう簡単に破れるものじゃないだろう」


 険しい顔をしながらも冷静な声音で返す近藤さんの横で、土方さんがふんと鼻で笑った。


「どうだかな。長州のくだらねぇ根回しが効を奏したのか、今や長州と会津の私戦だなんて思ってる藩もある。おまけに、内心じゃどこも戦なんざやりたかねぇと思ってる連中ばっかだ」


 土方さんが言ったことは的外れというわけでもないのか、近藤さんは土方さんを窘めることなく口を引き結んだ。

 腕を組み難しい顔で黙り込んでしまった近藤さんに代わり、土方さんが引き続き情報収集にあたるよう山崎さんに伝えれば、突然、遠くで大砲の音が轟き木々にとまっていた鳥たちが一斉に飛び去った。


 まさか……と胸騒ぎに駆られながら辺りを見渡せば、みんな同じような反応で耳を澄まして静まり返っている。

 少しずつざわつきを取り戻すなか、最初に動いたのは永倉さんだった。近くの民家の屋根に登り、音のした北の方角を確認するなり叫んだ。


「おい、大変だ! 御所の方から黒煙が上がってるぞ!!」


 山崎さんの報告通り、長州軍が御所へ到達してしまったらしい。


「山崎っ!」

「承知!」


 騒然となるなか土方さんが急かすようにその名を口にすれば、山崎さんはすぐさま御所へ向かって駆け出した。そして、近藤さんはみんなに向かって声をかける。


「慌てるな! すぐにでも駆けつけたいのは俺とて同じだ! だが、この機に乗じて昨夜の残党も再び上がってくるかもしれん。警戒しつつ、今しばらく我らはここで御所からの敗残兵を迎え討つ!」


 さっきは大した成果も上げられず、みんなどこか疲れた顔で帰陣したばかりだというのに、近藤さんの言葉で士気高揚しすぐさま臨戦態勢が敷かれるのだった。




 度々届く砲音を聞きながら警戒していると、藤堂さんが隣にやって来た。


「昨夜の戦、銃がたくさん使われてたみたいだね」

「……そうみたいですね」

「ところでさ、春は銃の使い方わかるの?」


 首を緩く左右に振って答えれば、藤堂さんは予想通りとばかりに苦笑する。


「……だと思った。春が銃の調練に出てるの見たことないしね」


 時々壬生寺で、大砲や銃の調練をしているのは知っている。素人目に見ても、剣術ほど力を入れているようには思えないものだけれど。

 ……まぁ、剣術を先に身につけたいから、なんて言い訳をして参加しない私が言えた立場じゃないけれど。


 戦いの場では、刀も銃も人を殺すための道具でしかないけれど、命のやり取りをしようというのに、その圧倒的な物理的距離の違いに納得がいかない……。

 それに、一度引き金を引いてしまえばもう止めることはできないし、刀と違って峰打ちや加減をすることも難しい。


「こんな状況だし、使い方だけでも教えておこうか?」


 こんな状況……。そうだ、戦は始まってしまっている。身勝手な戦を仕掛けてきた敵に、情けをかける必要なんてどこにもない。

 さっきは空振りだったけれど、新選組もいつその渦中に身を投じることになるかもわからないのだから。

 使う使わないはその時に判断すればいいだけのこと。使い方を知らなければ迷うことすらできず、選択肢は限られる。

 知っていれば……もうそんな後悔はしたくない。


「……お願い、します」


 わかった、と返事をする藤堂さんが、銃を取りに陣へ向かって駆け出した時だった。

 馬でやって来た急使が陣の中へ飛び込んだかと思えば、すぐさま近藤さんが出て来て声を張り上げる。


「直ちに御所へ向かうぞ!!」


 そうしてすぐに御所へ駆けつけたけれど、勝敗はすでに決していた。

 決していたけれど、敵は会津公と会津藩などと言っていた通り、会津藩が守りを固めていた蛤御門では激戦が繰り広げられたようで、その痕跡は壮絶だった。


 そこかしこで慌ただしく人が行き交うなか、その場で手当てを受ける人、まるで何かにすがるように虫の息で腕を伸ばす人……そして無惨に転がる屍。

 御所の南にある鷹司邸は長州兵が逃げ込んだために火をかけたらしく、激しい火の手が上がっている。

 ここでも銃撃戦が行われたようで、いくつもの弾痕が生々しく残り、きな臭さのなかに立ち込める硝煙と血のにおい、それらは熱気と混ざり合い吐きそうだった。


 嵯峨の天龍寺を出立した長州軍が御所へと攻め入り、応戦する会津藩は甚大な被害を出し一時劣勢に陥るも、近くの乾御門を守っていた薩摩藩が駆けつけたことで押し返したらしい。

 直後、天王山からの軍も御所へと到達するがこちらも撃退、指揮官らを打ち取ったり自決へと追い込んだという。

 そうなると、統率も失くした敵兵は散り散りに逃げるだけ。

 新選組は急いで駆けつけたものの、またしてもそんな敗残兵の追討くらいしかできなかった。




 町中に潜む残党を討伐するため御所の外へ出れば、南へ少し下った場所にある長州藩邸の辺りが激しく燃えていた。

 長州軍が逃げる際に屋敷へ放った火が、燃え広がりつつあるのだという。

 木造の建造物なんて燃え広がるのはあっという間だ。会津や新選組、諸藩が追討する声に混じって、火災から逃げ惑う人々の悲鳴にも似た声が聞こえていた。


 南下しつつ残党狩りを続けていると、宿陣のある東九条村の方に敗残兵が三十人ほど潜んでいる、という情報が入り急いで向かった。

 宿陣の近くまで来たところでそれらしき集団を見つけるも、先に気づかれてしまい、慌てたように発砲してきた。

 全員すぐさま脇道や建物の影に身を隠し、幸いにも被弾した人は一人もいなかったけれど、誰かが様子を見ようと顔を出せば、途端に銃声が鳴り響くといった状況だった。


 こちらは刀、向こうは銃。そこそこの距離があるせいで近づくのも難しい。

 銃声が聞こえるたびに怒りにも似た感情が芽生えるのを自覚するなか、土方さんが声を落として近くの藤堂さんを呼んだ。


「おい、平助」

「何?」

「何人か連れて銃を取って来い。このままじゃ拉致が明かねぇ」

「了解」


 藤堂さんは近くにいた数人の隊士を引き連れて、裏から回るようにして近くの宿陣へと向かって行った。

 直後、近くの隊士たちにも指示を出し終えた土方さんが、最後に私を見た。


「いいか、敵の弾が尽きるまでこのまま隠れてろ」

「何でですか」

「銃は扱えねぇだろうが。それに数に限りもある。お前だけじゃねぇよ」


 やっぱり、使い方くらいは知っておくべきだったかもしれない……と酷く後悔した。

 それから少しの間続いた膠着状態は、藤堂さんたちが戻って来るなり銃撃戦へと移行するのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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