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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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119/262

119 現代と過去①

 翌日、目覚めたら太陽は随分と高い位置にいた。


「寝坊した……」


 白み始めた障子の眩しさから、逃れるように目を閉じたことは覚えている。

 けれど、いつまで寝てんだ! と強制的に布団を剥がす人もいないのだから当然か。


 屯所待機を言い渡された今の私には、寝坊したところで焦る必要もなければ急いでやるべきこともない。

 のそのそと起き上がり着替えて顔を洗ったあとは、部屋の縁側で足をぶらつかせた。

 しばらくして、山南さんがやって来た。


「起きていて大丈夫なのかい?」

「……え?」


 どうやら山南さんは、朝餉に顔を出さなかったことを心配して様子を見に来てくれたらしい。


「私は大丈夫です。沖田さんの見張りで戻されたようなものなので」


 何となく事情を察してくれた山南さんは、微笑みながら隣に腰を下ろし、庭先に視線を向けたまま口を開いた。


「消えてしまったね……」

「……え?」


 何のことかと隣を向いて首を傾げれば、私の視線を受け止めた山南さんが寂しそうに微笑んだ。


「琴月君。君は優しい上に責任感が強いから、誰かが傷つくたびに同じ様に傷ついて、何かできることがあったんじゃないか……と、自分を責めているんじゃないかと思ってね。だから、君から笑顔も消えてしまったのかなって」

「そんなこと……」


 ……ないです。そう言いたかったのに、たったそれだけの短い一言が言い切れなかった。


 私は優しくなんかないし責任感だって人並みだと思う。

 ただ、ああしていれば、こうしていれば……ううん、知ってさえいれば……。そんな後悔ばかりがいつも胸を埋め尽くす。


 そういえば、最後に笑ったのはいつだっけ。

 忙し過ぎて、悲しいことが多過ぎて……嬉しいとか楽しいとか、そんなことを感じたのはいつだったっけ。

 視線をさ迷わせるように記憶を手繰り寄せるも、昨日のことすらろくに思い出せそうにない私に向かって、山南さんはゆっくりと、だけどはっきりと告げる。


「無理に聞き出そうとは思わないし、言いたくなければ言わなくていい。でもね、一人で溜め込みすぎるのは良くない……なんてね?」

「あ……」


 わざとらしいほど大げさに覗き込んできた山南さんの表情は、珍しく意地悪で悪戯を仕掛ける子供のそれなのに、どこか悲しげな瞳は逸らすことができず気がつけばゆっくりと口を開いていた。


「私、は……新選組のみんなを守りたい、傷ついて欲しくないんです……。だから危険なことは未然に防がなきゃいけない。未然に防げれば、誰も傷つかずに済むはずだから……。それなのに私は……」


 何もできず同じ時間(とき)を重ねるだけ。

 過ぎたはずの日にこうして存在しているのだから、降りかかる危険を事前に回避し安全な道へと導かなければいけないのに。

 それができるのは、未来から来た私だけ。私にしかできないことなのに。


 いつの間にか姿勢を正していた山南さんは、口を挟むことなくじっと聞いてくれている。

 “未来から来た”ことは話せないけれど、それでも、吐き出すことで少し心が軽くなったような気がして、一つ頷き返されたことを合図に再び言葉を紡いでいく。


「この間の池田屋だってそうです。こちらの犠牲はもちろん、向こうの犠牲者も出すことなく捕らえることができていれば、きっと報復なんてことにはならなかった。その後の残党探索だって、諸藩に多大な犠牲を出さずに済んだかもしれない。それに……柴さんのことだって……」


 あの日、池田屋だということを知ってさえいれば、二手に別れることもなく、全員で向かい犠牲者を出さずに制圧することができたはずなのに。


 私にとってここは過去だ。百五十年以上も前の過去。ここでの日々は、歴史書を一頁ずつ順に捲っていくようなものに等しい。

 だからこそ、ちゃんとした知識と記憶さえあれば、失われる命を救うことだってできるはずなんだ。


 いつの間にか俯いていた私に、今度は山南さんがゆっくりと口を開く。


「過ぎた日を悔やんでも変えることはできないし、ましてや先のことなんて誰にもわからない。だから、琴月君がそんな風に心を痛める必要はないんだよ」

「でも、私はっ……」


 この時代の人間じゃないから……。


 けれどそんな台詞は、唇を噛んで飲み込んだ。

 バラしてはいけない秘密だから……ううん、本当は急に怖くなったから……。

 未来から来たのなら、“どうして助けてくれなかったんだ”って、責められるのが怖くなったから。

 ……なんて、山南さんは優しいから、きっと真実を知ってもそんなことはしないってわかっているけれど。


 視界の端で、山南さんがふっと自嘲するのが見えた。


「偉そうなことを言ってしまったけど、本当は、私自身に言い聞かせているようなものなんだ」

「……え?」


 視界の真ん中に山南さんを捉えれば、その顔は苦笑を浮かべながら続きを口にしていく。


「あの場にいなかった私がこんなことを言ってはいけない……それはわかっているけどね。いっそ、池田屋の捕物なんてなければ……私もそう考えてしまうことがあるんだ」

「……え」

「池田屋のことがなければ、あんなに多くの死傷者はもちろん、柴君も、今の長州でさえここまで躍起になることはなかったかもしれないからね」

「それは……そうかもしれませんけど……。でも、あそこで彼らを捕らえていなければ、京が火の海になっていたかもしれないんです。だから私は……」


 池田屋で被害を押さえて尊攘派を捕らえるのと、捕物そのものがなかった方がいいというのでは、結果が全く違うものになってしまう。

 私が望んだのは前者だ。山南さんも私と同じ考えだと思っていたけれど、違うの……?

 山南さんの本音が知りたくて、続きを急かすようにその顔をじっと見た。


「うん、そうだね。だから私も、新選組は正しいことをしたと思っているよ。そうしなければどれほどの被害が出たか、想像に難くないからね」


 よかった。山南さんも私と同じ気持ちだったのだとホッとしたのもつかの間。

 ただね……と視線を庭先に戻した山南さんは、どこか遠くを見るように言葉を続けた。


「あれ以降新選組は、より幕府側……佐幕という位置づけを色濃くしてしまった気がしてね。それが少し、気がかりなんだ」

「それって――」


 どういう意味ですか? という言葉は、私を呼ぶ声と同時に突然開かれた襖によって遮られた。

 驚いて振り返れば、そこに立っていたのは沖田さんだった。


「あれ~、お取り込み中でしたか? 出直してきた方がいいです?」


 大げさに首を傾げる沖田さんに向かって、山南さんは笑顔で立ち上がる。


「その必要はないよ。琴月君の様子を見に来ただけだからね。そろそろ失礼するよ」


 襖の側で振り返った山南さんが、無理はしないように、と優しく微笑み部屋をあとにすれば、入れ替わるように今度は沖田さんが隣に腰を下ろした。


「看病が必要かと思って来てみたんですけど、思ったより元気そうでよかったです」


 朝餉に顔を出さなかっただけだというのに、どうやら沖田さんにまで心配をかけてしまったらしい。

 私の方が沖田さんを看病する側だというのに、なんだか情けないうえに申し訳ない。


「私は大丈夫ですよ。それより、沖田さんの方こそ寝てなくて大丈夫ですか?」

「こんなに暑いなか、ずっと寝てたら腐っちゃいますよ~」


 飛びっきり笑顔の沖田さんと目が合うけれど、その表情は徐々に陰り終には唇を尖らせた。


「春くんが笑ってくれない……」

「……え?」

「前の春くんだったらきっと、『生物(なまもの)じゃないんだから腐りません!』って、呆れながらも笑ってくれました」

「そんなこと……」


 けれども言葉は続かず、両膝の上に乗った手をぎゅっと握りしめた。

 沖田さんも山南さんも、笑ってないとか笑わなくなったとか、勝手なことばっかり言わないで欲しい。笑えないんだからどうしようもないじゃない。

 握りしめた手に視線を落とせば、沖田さんが小さく息をつく。


「春くんは素直でいい子なのに、時々、物事を難しく考え過ぎだと思うんです。もっと自分の気持ちにこそ素直になったっていいじゃないですか」


 何となく、山南さんとの会話を聞かれていたような気がして、握ったままの手を緩めることも、沖田さんの方を向くこともなく訊いてみる。


「沖田さんはどう思ってますか? ……池田屋のこと」

「……うーん、そうですね~。僕は(まつりごと)に興味なんてないのでよくわかりません」


 沖田さんは一瞬だけ考える素振りをしたものの、笑みを携えたような声音できっぱりと言い切った。

 何とも沖田さんらしい答えだと思いながら隣を見れば、その顔は無邪気とも呼べる笑顔を浮かべて続きを口にする。


「春くんと一緒ですよ。僕だって新選組を守りたい。だから、近藤さんや新選組の邪魔をする人は誰であろうと敵なんです。その敵が目の前にいるのなら斬る。それだけですよ」


 全然難しくないでしょう? そう締め括る笑顔は、羨ましいほどに眩しかった。


 沖田さんらしいその考え方は、短絡的でどこか物騒だとさえ思うのに。

 新選組の結末を知っている私には、抗うことなくそのまま飲み込まれてしまいたいくらい、甘く心に染み込んでいくような心地がした。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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