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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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113 会津藩士の応援

 翌日、しばらく休んでいいと言われたもののそうしなかった。

 いつも通りに支度を済ませて玄関へ行ったつもりが、思ったより時間が経っていたようで、慌てて頭を下げれば井上さんが微笑んだ。


「ついさっき揃ったばかりだから大丈夫だ。それより、もう動いて平気なのか?」

「はい。怪我をしたわけじゃないので……」


 心配してくれる井上さんに苦笑を返し、その場にいる人たちに軽く自己紹介をしてから屯所の門をくぐった。

 井上さんを中心に組まれた巡察隊だけれど、普段と少し違うのは、通常の巡察業務の他に池田屋騒動の残党探索が含まれていることと、数人の会津藩士が混じっていること。そして、浅葱色の羽織を羽織っている隊士がほとんどいないことだった。


 いまだ体調不良で寝込んでいる人も多く、池田屋では死傷者も出してしまい人手が足りず、近藤さんが会津藩に応援を頼んでくれたらしい。

 そして羽織は、元々数に余裕があったわけではないうえに派手に汚れてしまったから……変わりに、汚れの目立ちにくい黒い羽織と袴に身を固めている。

 私の羽織はいまだ綺麗なままなので、いつも通り羽織っているけれど。




 所々に雲があるものの頭上には青空が広がっていて、巡察を開始するとすぐに汗ばむくらい暑かった。

 やっぱりもう梅雨は明けたのかもしれない。そう思いながら空を見上げれば、隣の井上さんが心配そうな顔でこちらを見ていることに気がついた。


「春。やっぱり無理してるんじゃないか? 怪我しなかったとはいえ、二日も眠り続けてたんだぞ」

「逆ですよー? 二日も眠ったから大丈夫なんです」

「……そうか? まぁ、春がそう言うなら信じるが……きつかったらすぐに言うんだぞ?」


 あまり納得のいかない様子の井上さんに苦笑を浮かべて頷けば、何やら閃いたという顔で側を歩く(しば)さんを見た。


「柴君。今日は俺じゃなく、春と一緒に行動してもらっていいかい? わからないことは遠慮せず春に訊くといい。その代わりと言っちゃなんだが……春が無理しないよう見張ってくれ」


 冗談めかす井上さんに、わかりました、と柴さんが頷いた。

 私ならもう大丈夫だと訴えるも、年も近いから話しやすいだろうという、柴さんに対する井上さんの配慮もあるらしい。

 私が教えられることなんて何もないけれど、そういうことならば……と並んで歩けば柴さんがどこか幼さの残る顔をこちらに向けた。


「新選組の皆さんは、全く臆する様子がなくて本当に凄いですね」


 感心するような口振りでそう話す柴さん……会津藩士の柴司(しば つかさ)さんは、正真正銘の武士だ。

 いくら応援に来てくれたとはいえ、私なんかとは身分が違う。そんなことないです、と当たり障りのない返事をすれば、謙遜しないでください、と笑顔で返された。


 井上さんに言われた通り私の側で一緒に仕事をする柴さんは、わからないことはすぐに訊いてきたりと、その姿勢も態度も含め、他の藩士たちとは少し違って親しみやすかった。

 兄が三人いるらしく、身分の差を全く感じさせないばかりか末っ子特有の人懐っこさを垣間見せ、気がつけば仕事以外の話までするくらいに打ち解けていた。

 井上さんの言った通り、数えで二十一才と年が近いことも大きかったかもしれない。


 そんななか、数件目の御用改めを終えると申し訳なさそうに訊いてきた。


「そういえばあの日、琴月さんも近藤局長と最初に池田屋へ?」

「あ……はい。一応……」


 確かに近藤隊として最初に池田屋へ入ったけれど、そのあとは伝令で走っていただけなので、死闘を繰り広げた近藤隊の人たちと同じと思われては申し訳なくなる……。

 そんなことを思っていたら、あの夜、池田屋へ駆けつけるのが遅くなってしまったことを謝罪された。


 諸藩の到着が遅れた理由なんてわからないけれど、一藩士である柴さんのせいでないことくらい私にもわかる。

 それでも、柴さんは池田屋での死傷者に心を痛め、遅れたことを悔やんでいた。


 れっきとした武士なのだから、こんな烏合の衆の私たちに高慢な態度を取っても咎められたりはしないだろうに、柴さんは年下の私にさえ真摯に向き合ってくれる。

 若いのに凄く真面目で、会津藩の藩士であることをとても誇りに思っているような人に思えた。


「では、琴月さんも刀を手に戦ったのですね」


 そういえば、そうだったっけ。思いがけず斬りかかってきた宮部の顔が脳裏を過り、小さく頷いた。

 余裕がなかったとはいえ、奪うつもりはなかったのに……。

 思わず俯けば、先に小さなため息を一つついた柴さんが、永倉さんに借りたという槍を見つめながらはにかんだ。


「私も幼い頃から鍛練を積んでは来ましたが、恥ずかしながら、真剣や槍を交えたことはまだ一度もなくて……。やはり、皆さんは凄いですね」


 長らく泰平の世が続いた江戸時代。柴さんのように、本物の刀や槍を振り回したことがない武士は決して珍しくない。

 新選組のような実践に長けた剣客集団という方が、ある意味異質なのかもしれない。


「戦わずに済むのなら、それが一番です」


 苦い笑いでそう返すしかなかった。私だって、刀を手にする日が来るなんて想像したこともなかったから……。




 池田屋の一件は、新選組の名を京のみならず、全国的に轟かせてしまうほどの大捕物だったみたいで、こうして巡察をしているだけなのにいつも以上に目立っていた。

 もちろん、天子様や京の町を火の海から守ってくれたと純粋に感謝してくれる人もいるけれど、散々壬生狼と疎ましがっていたのに平気な顔で掌を返す人もいれば、野蛮だやり過ぎだ、所詮は壬生狼だと罵る人もいる。


 正直、それくらいならまだいい方だ。今までがそうだったのだから。

 一番酷かったのは、長州ら過激な尊攘派の企てそのものを新選組のでっち上げだと言われたことで、この時ばかりは怒りも通り越して言葉すら見つからなかった。


 それでも柴さんと並んで最後尾を歩いていれば、すれ違う人たちの声に、突然悲鳴にも似た声が混じった。

 何事かと振り返れば、こちらへ向かって猛進してくる男と目が合った。その手には、抜き身の刀が握られている。


「幕府の犬がああああ!!」


 驚く間もなく男は私の目の前に来ると、一切のためらいもなく刀を振り上げた。


「池田屋の恨みっ!!」


 そんな台詞が吐き出された直後。




 ――――世界が、揺れた――――




 池田屋での残党かその仲間か。何にせよこんな集団に単身で突っ込んでくるのだから、捨て身で復讐をするつもりなのだろう。

 浅葱色の羽織をまとった私一人だけでも討ちとるつもりで……。


 目の前に真剣が迫っているというのに、随分と冷静な自分に少し呆れるけれど、それでいいのだ、とどこか投げ槍に納得して周りを確認する。

 隣の柴さんは、驚いて手にした槍を両手でしっかりと握り直してはいるものの、すぐに反撃するような体勢ではない。巡察隊の方を見ても、一緒に来ている会津藩士たちはみんな同じような反応だった。


 問題は新選組。いち早く事態を把握した隊士からすでに刀を抜き放とうとしていて、さすがは実践慣れした剣客集団といったところ。男が斬られるのは時間の問題だ。

 このまま避けて隊士たちに突っ込ませては、速攻で斬り捨てられてしまうだろう。時間をかけても結果は同じ……。


 ならばと、私も刀を抜いて顔の横で構えて刃を反す。

 私を捉える男の目は血走り憎悪に満ちていて、まさに必死の形相だった。

 峰打ちだろうと手にしたものが真剣である以上、ためらいがないわけじゃない。

 けれど、ためらってしまえばこの男はきっと目の前で斬り捨てられる。目の前で死ぬ――


 袈裟斬りに迫る刀身から柄を握る男の手元へ視線をずらし、そこを目掛けて打ちつける。

 刀の落ちる音が響けば男は悔しそうに呻きながら崩れ落ち、たちまち取り押さえられた。

 一つ安堵のため息をこぼしてから納刀すれば、眼下の男に視線を落とす。


「……死ぬつもりだったんですか?」


 返答なんてわかりきっている。それでも訊かずにはいられなかった。


「俺の命一つなどどうでもいい! だがな、お前らが殺したのはこれからのこの国に必要な方たちだったんだぞっ! それをっ!!」

「たとえそうだったとしても、あなた方がしようとしていたことは、決して許されることではないはずです」

「はっ、大局を見ずして目先だけで語るなよ! お前ら幕府の犬どもには到底わかるまい!」


 そう言うと、男は隊士たちによって連行されて行った。その背中を見送っていれば、井上さんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「春? やっぱり顔色が悪いんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。突然斬りかかられたから、驚いただけです」

「それはそうだが……。何はともあれ無事で本当によかったよ」


 私の頭をポンと叩くように撫でる井上さんが、前方へと戻り巡察の続きを再開すれば、隣を歩く柴さんが申し訳なさそうに口を開く。


「すみません、隣にいながら何もできず……」

「気にしないでください。狙われたのが柴さんじゃなくてよかったです」


 直接私を狙ってくれれば心眼が発動する。

 ゆっくりとした世界でなら、私でもそれなりに対処はできるから。




 屯所へ戻ると、いつものように土方さんに巡察の報告をした。

 残党と思わしき人物を捕縛した話をしているうちに、一部の理不尽な言いがかりを思い出し、思わず愚痴をこぼせば土方さんが苦笑する。


「町人にとっちゃ、起こらなかった火災より、血で刀を濡らす俺たちの方がよっぽど恐ろしいんだろうよ」

「起こらなかったんじゃなくて、起こさなかった、じゃないですか!」


 思わず声を荒らげて反論するも、土方さんは苦笑を浮かべたまま気にするなと言う。


「俺たちの仕事は人気取りじゃねぇんだ。どう思われようとやることは変わらねぇしな」


 全然納得がいかないけれど、ここで言い合いをしても余計にイライラしそうなので思いきって話題を変えることにした。


「そういえば、柴さんて若いのに凄く真面目で、それでいて親しみやすくていい人ですね」

「そうだな。うちも柴みたいな奴ばっかりだったら、俺も苦労しねぇんだがな」


 そう言って、意味ありげに視線を寄越す土方さんを負けじと見つめ返す。


「……大変ですね?」

「……だろう?」


 どうせその苦労の原因の一つは私だけれどね!

 ふいっと顔を逸らせば、土方さんが小さく吹き出すのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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