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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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112 動乱のあと②

 何だか無駄な体力を消費した気がして、さっきまではなかった空腹感が一気に押し寄せて来た。

 少し早いけれど、昼餉を済ませてしまおうと広間へ向かって歩いていれば、いつもと違って屯所の警備が厳重なことに気がついた。

 不意に、後ろから驚いたような声が聞こえた。


「琴月? 起きていて大丈夫なのか?」


 振り向けば、そこに立っていたのは斎藤さんだった。ゆっくりと近づいて来たかと思えば、そのままおでこに手をあてがわれる。


「……はい。具合が悪いとかじゃないので、もう大丈夫です。すみません、ご心配をおかけしました」


 下げようとした頭は、いまだおでこにあてがわれた手のせいで動かすことができなかった。

 ……ところで、いつまでその手はそこにあるのだろうか。


「斎藤さん?」

「何だ?」

「いや、あの……大丈夫です。ほ、ほら、熱もないですよね?」

「頬が赤みをおびて、熱を持ってきたが?」


 そう言うなり、額にあった手はするりと頬へ滑り落ちてきた。


「ますます赤くなったな」

「さ、斎藤さんっ!」


 赤くなったのは、斎藤さんがそういうことをするからでしょうが! 絶対にわざとだしっ!

 これ以上はからかわせまいと構えてみれば、斎藤さんは僅かに口元をほころばせただけで、あっさりと手を下ろした。

 ……って、いつもの意地悪な笑みじゃない!?

 驚いたのも束の間、次の瞬間にはもう穏やかな笑みさえ消えていた。


「この二日間、一度も目を覚まさなかったんだ。こんな時だ、尚更心配もする」


 突然真面目になった斎藤さんに少々たじろぐも、こんな時……という言葉が引っかかる。


「長州が報復に来る、という噂が立っている」

「え……」


 報復……。だから、警備がいつもより厳重だったんだ。


「屯所の中は安全だ。今はゆっくり休め」


 屯所の中は……か。あのあと私は気を失ってしまったから、今回の被害の全容をまだ知らない。

 けれど、突然飛び出した報復という言葉は、やけに私に重くのしかかった。


 池田屋という言葉は記憶にあったのに、それ以上のことは何も知らなかった。詳しく知ってさえいれば、新選組の被害はもちろん、尊攘派の被害も抑え、報復なんてことにはならなかったかもしれない……。

 せめて、兄の話をもっとちゃんと聞いておけばよかった……と。

 今さら後悔してもどうにもならなくて、情けなさと悔しさでいつの間にか俯いてしまっていた私の頭を、斎藤さんの手がポンポンと撫でた。


「安心しろ。他の奴らにお前の寝込みを襲わせはしない」


 報復うんぬんの話をしているはずなのに、斎藤さんが言うとなんだか違う意味に聞こえてしまうのはなぜなのか……。


「期待に応えて、今宵、俺がお前の部屋へ夜這いに――」

「なっ……何言ってるんですか! 期待してませんし、そもそも私は土方さんと相部屋ですからね!?」

「一人部屋ならいいと、そういうことか?」

「ぜんっぜん、違いますっ!」


 必死に反論すれば、斎藤さんはくくっと喉を鳴らして笑う。


「それだけ怒れるのは、元気になった証だな」

「え? あ……はい。って、最初からそう言ってるじゃないですか!」

「そうだったか?」


 しれっと言い放つその口は三日月の形をしていて、やっぱりいつもの斎藤さんだ……と思うけれど、斎藤さんなりに心配してくれていたのだと気づいてしまったから、怒る気も失せた。

 すると、脱力ついでにお腹の虫が盛大に自己主張をし始めた。


 二日も寝ていたからね、そりゃ、お腹が空いているのもわかるけれど。

 これでも私、一応女子だよね? もう少し、時と場所を選んでくれてもいいんじゃないかな!


「元気になった証――」

「斎藤さんっ!」


 そこは聞き流してくれていいうえに、その台詞はさっきも聞いたばかりだからっ!

 何だか居たたまれなくなって、逃げるように広間へと向かい昼食をとった。

 けれど、二日間も食事をしていなかったせいで胃が小さくなったのか、盛大に自己主張をしたわりには思ったよりも箸は進まず、お腹がいっぱいになったのかなっていないのか、いまいちよくわからないまま食事を終えるのだった。




 部屋へ戻ると、日の当たる縁側に腰かけ庭の木を視界に映しながら、文机に向かう土方さんに眠っている間のことを訊ねた。

 土方さんは書状に目を通しながら答えているのか、時折紙の擦れる音が混じって聞こえた。


 今回の騒動で七名を討ち取り、四名に傷を負わせ、二十三名を召し捕ったらしい。そして、新選組側の被害は、会所で私が確認した人たちだけではなかった。

 私と周平くんが土方隊を呼びに向かった直後、隊士の一人が池田屋から逃走を図ろうとした浪士たちの前に果敢に立ちふさがるも、残念ながら敗れ即死だった……と。


 翌朝に行われた市中掃討……いわゆる残党狩りでは、会津潘や諸藩と連携するも激戦となり、会津藩は五名、彦根藩は四名、桑名藩は二名もの死者を出したらしい。

 そして、宮部鼎蔵も池田屋で亡くなったことを聞かされ、驚いて勢いよく振り返った。


「そんなはずないです! だって、宮部は気を失わせて……」


 ううん。沖田さんのことに頭がいっぱいで、縄で縛ることもせず気絶させたまま放置してしまった。

 ……まさか、あの状態の宮部を誰かが斬った……?

 それとも、私達が部屋を出たあとに意識を取り戻し、再び戦闘になって斬られた?


 そして、ふと浮かんだもう一つの可能性……。

 突然押し寄せる不安と後悔に、身体の内側から小さく震えが起きた。あの時の私は余裕なんてどこにもなかったから。だから……命を落とすほどの衝撃を与えてしまった……?


 うるさい心臓を押さえつけながら、ただ真実を求めるように土方さんを見た。


「……もしかして、私が――」

「あの傷は自刃だ」

「……自、刃? ……え……何で……」


 私のせいじゃなかった……。そう、どこかでほっとしているのに、身体の内側の震えが収まらない。

 あんな身勝手で恐ろしい計画を立てておきながら、罪を償うどころか命を捨ててまで逃げて。

 何をしているの? 何がしたいの? その先に何があるの?

 ……わからないよ。わからないし、わかりたくもない。


 激動のこの時代。それぞれの理想や正義を掲げて生きている人がたくさんいて、それらが相容れられずにぶつかり合っていることは理解しているつもりだ。

 もちろん、京を焼くとか誰かを殺すとか、そんなバカげた手段はどんな大義を掲げようとも理解できないけれど。

 でもね、奪わず助けたはずの命を自ら断つ理由なんて、もっとわからないよ……。




 一度に聞かされたたくさんの人の死に、怒りなのか悲しみなのか自分の感情すらよくわからないまま身体を正面に戻し、ぶらぶらと揺れる足元に視線を落とした。


 京の町を火の海から救ったとか、壬生狼がまた暴れたとか、町の人たちの反応は様々らしい。

 そんななか、会津藩から多額の恩賞金が出たことや、先月、人数不足を新選組隊士で補いたいという見廻組からの要請を正式に断ったという話を聞いた。


 けれど正直、後ろから聞こえる土方さんの声は、もう上の空だった。

 庭の木に止まった一匹の蝉があまりにも一生懸命鳴くもんだから、ただただそれに耳を傾けていた。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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