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明智さんは女の子が帰った後、パソコンを開いて仕事をしていた。

「お疲れ様です。良かったらどうぞ。」

1杯のコーヒーを置く。

「店長からの差し入れです。明智さん、ここの常連さんなんですね。」

「そうなのよ。」

目の前の女の人は優しそうに微笑む。

「聴いてた?あの子の話。」

「なんですか?」

ニッコリと笑顔で返す。

「如月 星ちゃん。あの子があなたと小説が書きたいって話していたわ。」

「そうなんですか。」

自分ではない誰かに話されてるかのように応えた。

「会ってもらえる?」

「僕はもう御影 夜じゃありません。小説家じゃないんです。」

「あの子が話してたの。あなたのような小説が書きたいって。」

くだらない、ただそう思った。如月 星...僕を終わらせてくれた小説家。だって、そうだろう。あんなにいい小説がかけるなら、僕みたいな底辺な小説を描く必要なんてこれっぽっちもないんだから。

「僕のような小説は手本にするにはあまりにも酷すぎますよ。」

「そう...。優しいけど、心にさっくりと深く、だけど脆い言葉。これ、御影くんの小説にぴったりな言葉だと思ったのよ。」

「そうですね。小説家らしい言葉だと思いました。」

丁寧に、正しい、間違えがない解答。笑顔で返す。

「1つだけ、聴いてなかった事があるの。」

「なんですか?」

「君は自分の小説が好きだった?」

「.........。」

...答えはもちろんNOなはずだった。だけど言葉は出なかった。じわじわと昔が蘇ってくる。暗く、深い影が追ってくる。

「ごめんね、変な事をきいて。忘れて。」

僕を気遣った明智さんはまたそうやって笑って行ってくれた。

「今日も美味しかったわって店長さんに伝えといて。御影くんもありがとね。」

それだけいって明智さんは帰った。




「どうかな?深琴ちゃんと話せたかい?」

「まぁ...はい。あ、明智さんが今日も美味しかったと話してました。」

「そうか。それは良かったよ」

「っていうか、すみません。仕事中に。」

「いや、いいんだよ。久しぶりだろう、深琴ちゃんと会うのは。」

和やかに微笑む。この人は優しいおじいさんだが、実際は読めない人だ。

「僕と明智さんの関係知ってたんですか?」

「まあな。君らは何度かここに来てくれていただろ。1度君を見なくなって、しばらくぶりに来た時はお客ではなく、働きたいと話したのが少し驚いたんだ。」

そう、僕が小説家をやめたのは高校3年の夏だった。それから半年くらいたった後、大学生になった僕はここにバイトの面接を受けに来た。

「あれからもうだいぶ時が経つな。仕事には慣れたかい?」

「はい。」

「そうか、それは良かった。そう言えば朝陽くんはここに入る理由覚えてるかい?」

「覚えてますよ。言った後、とても後悔しました。」

店長は何度もこの話をする。

「店長が何度も話すから忘れられないんですよ。」

照れながら僕は話す。

「自然と笑顔が零れるような和やかで優しいお店だから働きたい...店として、私自身としても、とても嬉しい言葉だったからだったかな。私はこの言葉が好きだよ。」

「もう、分かりましたよ。」

恥ずかしいながら内心は嬉しかった。

「今日、明智さんと打ち合わせしてた子は知り合いなのか?」

「いえ。全く知り合いとかではありません。」

「そうか。」

店長は僕の背中に手をぽんとおいた。

「ゆっくりでいいんだよ。やりたい事はこれから見つければ。」

「はい...」

店長の手のぬくもりは何故かあたたかく感じた。


この日以来、あの子は度々ここに来るようになった。パソコンを開いてカタカタと音を鳴らしている。

なんでも居心地が良く、小説のアイデアがよく浮かぶらしい。それは僕もよく分かる。だが、何故か分からないがカウンターに座ってよく僕に話しかける。僕は冬灯さんと呼び、知代田さんとあの子は呼ぶようになる間柄になった。さらに嫌なのは...

「知代田さん!ハッピーエンドってどういうイメージしますか?なんとなくの想像はつくんですけど、私だとピッタリハマるイメージが出来ないんですよね。」

と小説の話を投げかけてくる。君からのそんな質問は僕にとって言葉の暴力だ。ニコニコしながら重い1発を放ってくるようなそんな感じ。なんて恐ろしい子だ。

「幸せそうな感じ?かな。悲しい部分も、辛い部分もあるけど最後にはみんなが笑っているようなそんな感じ。」

って僕も真面目に答えて何してんだ...。

「おー!さすが知代田さん!なんかここのカフェのイメージに似てますね。」

「なんで?」

「ここってそんなイメージしません?たとえ辛いことがあったりしてもここに来たら不思議と力が湧いてくるって言うか笑顔になれるというか...そんな感じです。」

隣でコーヒーを入れていた店長が笑った。

「そうかい。誰かさんに似た考えだね。」

「そうなんですか?」

「あぁ。」

「その人はここをなんて言ったんですか?」

「自然と笑顔が零れるような和やかで優しい店だと。」

「...それってもしかして知代田さんですか?」

「どうだろうね。」

店長はこちらをちらりと見る。

「知代田さん!」

目の前に座る少女はこちらをじっと見つめる。そんなキラキラした目で見られても困るんだが...。

「......そうだよ。」

「やっぱり!知代田さんって言葉がなんか綺麗ですよね。」

「そうだね。私もそう思うよ。」

「店長も冬灯さんもやめてくださいよ。僕はそんなに褒められたような人ではありませんよ。」

「そんなことないですよ。綺麗な言葉を言えるのはとてもすごいことだと思います。私の好きな作家さんにも綺麗な文章書く人がいるんです。今、ハッピーエンドの小説を頑張ってるのもその人に会いたいためなんですけどね。」

「そうなんだ。」

「興味なさそうですね...凄いんですからあの作家さんは。」

「そうなんだ。」

「知ってますか、御影 夜さん。」

その言葉にドキンと心が跳ねる。思考回路が一瞬停止する。

「私の中ではあの人が1番なんですけど世の中的にはメジャーではないかもしれません。」

本当は作家としてこの感想は喜ばしく思わなくてはならない事だと感じた。でも、僕は作家じゃない。

「知らないな。見た事がないんだ。」

これが最適解だと思う。僕の事に触れず、いち早くこの話題から離れてくれる答え。

「そうですか。最近、探し始めたんですよね。それが、その本なくて。」

「そっか。」

「もし、見つけたら教えて下さい!本の名前は"生き知らず"です。お願いします。」

「見つけたら、教えるよ。」

「ありがとうございます!」

変わらずキラキラとした目で話す。どうしてそんなに僕の本を欲しがるのだろうか。僕の本にはそんな価値なんてないのにさ。

「...冬灯さんは自分の書く小説に価値を感じますか?」

「え...?」

心に留めた言葉だったはず。いつの間にか外に漏れてでていた。

「あ...ごめんなさい。気になったもので。」

「あぁ、そうでしたか。価値ですか...?価値...そんなもの決める必要なんてあるのでしょうか。」

「それは...」

「私はこのキャラクター達を作り出した人、言わばこの子達の親のようなものです。言うとしたら価値なんて物語を作り出そうとした時点でありますよ。だってこの子達に価値をって言うのは少しおかしいですけど存在を私自身があると証明しないでどうやって物語を書くなんて出来るでしょうか。」

「そうか...。君は君の小説をちゃんと好きでいるんだね。」

「なんでそんなこときいたんですか?」

「なんで...」

なんでなんだろうか。君にきいてみたいと僕は思ったんだろうか。本当ははやく小説の話なんか終わらせたいのに。

「知代田さん...?」

「君はさっき無名の作家が好きだって話しましたよね。そいつの本は本当に価値があると思いますか?周りから認められもしてないのに。」

黒く禍々しいものが心の中を満たしていくような感じだった。

少女はカタカタと鳴らしていた音をやめた。少し怒っているようで眉が上がっていた。

「どうしてそんな悲しいこと言うんですか?たとえ周りから認められなくてても私にとってはかけがえのない本なんです。いいじゃないですか、沢山の人にとっての本ではなくても。無名だってなんだって、誰かのための本になればそれだけでいいと思いませんか!?」

黒い何かは僕の意志とは反対に波のように押し流れてくるそんなの...そんなのは売れる本を書くやつが話すことだ。誰かの本になっても多くの人の本にならなきゃ価値は時間とともになくなっていく。

「......残念です。知代田さんはもっと小説が好きな人だと思ってました。」

残念です...そんな言葉を僕はききたかったのか。僕は、僕を、御影 夜を好きでいてくれるこの子にそんな言葉を言わせたかったのだろうか。

「すいません、今日はここで失礼します。」

バタンと大きな音を立てて少女は店を出た。カランコロンという音がいつもより頭に響いた気がした。


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