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あれから何週かたった。最近は毎日楽しくてたくさん笑えてる。
でも最近、筆が進まなくなったのだ。いまいちぴんとこなくて何度も消しては書いての繰り返しだった。そんな私に、
今日は外で打ち合わせしない?
と明智さんが進めてくれた。
私が指定した場所で、1度は行ってみたいと思っていたところ。大都会の中にあるとは思えないほど、静かな所で落ち着く感じのカフェだった。でも、何故か行きにくくて前を何度も通ったけど行けなかった。
カフェにつき、カランコロンと鐘が鳴った。明智さんはカウンターで誰かと話しているようだった。どうしたら良いかわからず、戸惑っていると、明智さんが気づいてくれた。
「星ちゃん!」
私に大きく手を振る。ちょっとだけ恥ずかしい。
「相変わらずですね。」
そう言って明智さんの目の前の人が微笑む。ウェイターさんはどこか初めてじゃないような気がしてたまらなかった。どこかで会ったことのあるようなそんな感じだった。
「お待たせしてすみません。」
そう言って明智さんの隣に座る。
「大丈夫よ。全然待ってないもの。」
へらっと笑う明智さんの笑顔はいつ見ても綺麗で可愛い。
「これからお仕事ですか、明智さん。」
「ええ。」
「良ければこちらあいてるので使ってください。」
明智さんと話している人が案内してくれたのは周りが緑のカーテンで日差しが丁度よく入って風が優しく吹いているところだった。
外から中が見えなくてどんな風になっているのだろうと気になっていたところだった。
自然と穏やかな気持ちになっていく。想像と同じ、いや想像以上だった。
「最近筆が進まなくなったって言ってたけど何かあったの?」
早速明智さんが話をきりだす。
「もしかして、また何かあったの?大丈夫?」
「いえ、違うんです。最近は大切な友達が出来ました。学校では笑えるようになったんです。凄く毎日が楽しくって」
「本当...?」
「はい。」
ふわっと明智さんは笑う。初めて明智さんと会った時のことを思い出す。こんな風に綺麗に可愛いらしく笑う人がいるんだなって思った。どこかくすぐったくなる笑顔。
「良かった...良かったね。」
「はい...。そういえば久しぶりに見ました、明智さんの笑ったところ。」
「私なんて初めてだよ。そんなに嬉しそうに笑う星ちゃんの顔。」
パッと手で口を覆う。そんな顔をしていたのかと思うとだんだん恥ずかしくなる。
「そんな...顔してたんですか…私...。」
「うん。友達のことを話す星ちゃんの顔、凄くいいなって思った。いつもどこか悲しそうだったから。そんな星ちゃんの顔なんて初めてだから少しなんか照れちゃうな。」
嬉しそうに私の話をする明智さんはやっぱり自分の憧れる人だなって思う。
「私は嬉しいよ、星ちゃんがそうやって笑えるようになって。とても大切な人が出来たんだね。」
「はい...。でも、それのせいではないと思うんですが何故か書いても書いてもいまいちぴんとこなくって。」
「うーん...あ、じゃあ今まで星ちゃんはどうやって小説を書いてた?」
「私は逃げるために小説を書いていました。小説の中の主人公になったように思って。だって小説の中の登場人物達は必ず欲しい言葉をくれるじゃないですか。」
「そうね。」
「でも、それは自分にあてたただのエゴで本当はずっと寂しかったんだって自分でちゃんと自覚が出来たんです。そしたらもう、小説とちゃんと向き合うしかないじゃんって。」
「そっか。それじゃあ、星ちゃんはこれからどうしたいの?」
「私は、今のこの気持ちを最大限出して次の小説を描きたいんです。だから、その......」
「ハッピーエンドを書いてみたいってことかな?」
「...はい。もちろん、今書いているものは仕上げます。新しく書いてみたいんです。私らしいハッピーエンドを。」
「何か新鮮ね。どんな物語になるのか想像するだけで楽しみだわ。」
嬉しそうに話す明智さんをみて1つだけ不安が私の脳裏をよぎった。
"私にもハッピーエンドは書けるのか?"
そんな不安。ハッピーエンドは何度も書いて失敗した。想像が、イメージが出来なくて。
「明智さんにそう思ってもらえるのはとっても嬉しいです。でも、凄く書きたい思いはあるのですが、自分に本当に書けるかどうか心配なんです。」
「そっか。もしかして、ハッピーエンドって書いたことあったりする?」
「はい。でも、なかなか上手く書けなくてネットの小説サイトに出したことありますが、どれも中途半端になってしまって。」
「...うーん。」
しばらくの沈黙が続いた後、パッと顔が明るくなった。
「あ、そう言えば近々共同制作の小説のコンテストがあるの。どう?誰かと書いてみない?新しい事をする1歩でもあると思うの。」
共同制作なんてそんな考えはなかった。それなら...と私はある1冊の本を思い出す。憂鬱だった高3になる前の1日。出会った本。
"あなたは今、1人ですか?"
そんなフレーズ。優しい言葉だけど、重くずっしりと私の心に響いた。
確か作者は...
「御影 夜。」
「え?」
「共同制作をやるならその作家がいいです。」
明智さんは驚きの表情を浮かべる。
「どうして、その人なの?」
「初めて心に響いたハッピーエンドだったんです。もし、書くならあの人のような小説がいいんです。お願いします。」
私の返答を聴くと困った顔をしていた。
「結論から言うと難しいと思う。アドバイスを貰うとかなら出来るかもしれないけど。」
「......。」
はい、じゃあしょうがないですね
とは言えなかった。もし、1度一緒に書けるならと思うと諦められなかった。
「星ちゃんなら他にいい人いるよ。例えばさ、最近話題の三野原 咲さんとか。どうかな?」
「そうですね...。」
きっと心無い返事だったのだろう。はぁ、と一息明智さんはついた。
「...それだけ御影くんがいいのね。」
御影くんというワードに私は反応してしまう。
「御影くん...って御影 夜さんと知り合いなんですか?」
「うん。だって元担当だもの。」
「え、じゃあ...」
「ううん。始めにも言った通り多分一緒に書くのは難しいと言うよりは出来ないって言った方が正しいわ。でも、話はしてみる。」
「ありがとうございます。」
「ねぇ、1つ聴きたいのだけど御影くんの小説のどこに惹かれたの?」
「そうですね...嘘っぽくない所。何処にでもありそうだけどそういう当たり前が大事って伝えてくれるような暖かい話でした。優しいけど、心にさっくりと刺さるような深く、だけど脆い言葉。そんな綺麗な言葉が私は羨ましいと思いました。」
「そっか、なら大丈夫かもね。じゃあ確かにプロットは確認したから、このまま書き進めてね。」
「はい、ありがとうございました。」
そう言って明智さんとは別れた。大丈夫と言った意味を私は後で知った。