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私が小説を書き始めたのは単なる”逃げ”だった。誰も信じられなくて、それを誰かに話せずただ辛かった。泣きたいのに、へばりついたように取れない私の外の顔は泣かせてはくれなかった。何度も内側の私は悲鳴をあげる。ただ私は
大丈夫、辛かったね。
そう言って内側の私の声をきいて包み込んでくれる人が欲しいと願っていた。
泣きたい、泣けない。
助けて、大丈夫。
そうやってなかったことにしていく。吐き出せなくなって、積もって、積もって私は小説という世界に逃げ込んだ。
小説の世界は実に豊かだった。色鮮やかで、生き生きと伸びやかだった。まるで自分がキャラクターになったかのようにふわふわとした感覚。私とは違う。きっとここだけなら...生きられる。
小説を書くのは容易だった。キャラクターが動く。色が、音が、見える。きこえる。それに私は少し味付けをしてあげるだけ。あとは見たまんま、きいたまんまを書いてあげる。ほら、動いた。
それからここは私の居場所になった。書いて、書いて、そのうちWebで自分の小説を書くようになった。そこで私は沢山の評価を貰った。
"主人公達が本当に動いているようだ。"
"情景描写がとても綺麗だと感じました。"
"はやく続きが読みたい!"
普通に嬉しかった。でも、心はどれだけ書いても満たされはしなかった。まだ足りないんだと書き進めた。もっと多くの人に認めて貰えれば、きっと心も晴れるだろう、そう思って。
小説家の登竜門と呼ばれる賞で、ダントツの票を取り、受賞した。嬉しかったし、まさか自分がって思った。注目されたし、部数も伸びていった。それと、Web小説で上げていた以上に沢山の評価を貰えた。小説家としてデビューする事も出来た。君は凄い、天才だねって褒めてくれる人も多かった。
でも、なんでこんなにも満たされないんだろう。それが私には分からなかった。書いていればいつか分かるかな、そう思って私は今日も書き進めていく。
ある時、こんな質問が届いた。
"ハッピーエンドは書かないんですか。"
この答えは出せなかった。まだWeb小説を上げていた時、ハッピーエンドを何度か書いたことがあった。それはどれも何か欠けていて評価もあまり良くなかった。だから、ハッピーエンドを書くのをやめた。私にはきっとバットエンドの方がお似合いなんだろう、そう思って知らないふりをした。そうやって小説家になって、1年がたとうとしていた。
ふらっと書店による。1番はじめに目に入ったのはカラフルになっている自分の名前だった。
"如月 星、最新作!
『真夜中になったら』
好評発売中!!"
こんなにも売り出されているのか。1人で少し照れてしまう。私は置かれていた本を1冊手に取る。手厚く包装された本で、大事に製本されたのだと分かる。
この本を書いていた時のことを思い出す。楽しかった、とても。何も感じなくて、思わなくて良くて、求められる自分の理想像なんてものもない。書いているときは物語の主人公になれた。
でも、私が目の前にあるこの本をみて思うことは今が現実だということ。私のつくった世界は偽物なんだと突きつけられる。大丈夫?と助けてくれる男の子もいなきゃ、君は1人ではないと抱きしめてくれる親友もいない。そんな子がずっと欲しかったんだ。また気づく、自分は1人なんだって。
こんな自分はみんな要らないんだと。
そうやっていると、隣で私の本を手に取ってくれた人がいた。
「また、新しい本を出したのか...。」
その人は落胆の表情を浮かべ、ため息をついた。そのまま手にある本をレジまで持っていく。私は意味が分からなかった。
なんで?どうしてそんな顔をするの?そんなに嫌なら買わなきゃいいのに。
そんな感情でいっぱいだった。私の本をみてじゃない。私が本をつくったから、この人は落ち込んでいる...そんな感じだった。でも、どうして嫌そうなのに私の本を買うのだろうか。
訳が分からなくて、色んな感情が混じっていた心は真っ赤になって、怒りの感情に変わっていた。意味もなく、ドカドカと書店の隅まですすみ、落ち着こうと、近くにあった本を取った。
暫くそこにあったのか、本には少しほこりがかぶっていた。本の帯には
"あなたは今、1人ですか。"
そう書いてあった。どこにでもあるようなありふれた言葉だった。でも、それはとても私の心に刺さった。それはこの本だからなのか、今自分がその状態なのかだからかなのかはよく分からない。けど、それは温かく、優しく、私に語りかけるように話した。
ページをめくる。
"消えてしまいたい。"
そんな少女の言葉から始まる。小説のはじめとしては重々しかった。物語は少女が自殺しようとする所を少年が助けることからはじまっていく。
"自分は誰にも必要とされない。だから自分は1人でいいし、友達も誰も要らない"
そう悲しそうに嘆く少女に少年は1ヶ月間だけ自分の友達として過ごして欲しいと頼む。
始めは少年のことを避け、1人で居続けようとした少女だったが、少年の真っ直ぐさに心を開いていく。徐々に周りと打ち解けていった少女だったが、友達期間が終わる1週間前、少年が突然いなくなる。再び再会を果たした時には少年は病院で必死に生きようともがいていた。
少年には秘密があった。
本当は違う世界の明日から来て、君を助けるために自分は死ぬんだと言った。自分がいた世界は君が自殺をしたために、僕が助かってしまった。どちらかが生きればどちらかは死ぬと。
じゃあ、私が死ねば...
少女は言おうとする。だが、少年は首を横にふる。
本当は僕が死ぬ運命が正しくて君は生きられるから、元あった運命に戻すだけだ。
少年は優しく微笑む。その後、少年の症状は悪化していった。
"生きて欲しい"
少女は初めて大事な存在の尊さを知る。
その後は、少年が奇跡的に生きることが出来た。少年もまた命の尊さを知った。
そんなハッピーエンドで終わった。
少女は何処か自分と似ていてやけに感情移入してしまった。もし、自分がこの本の主人公だったら強くなれただろうか。いや、自分は...
そう思ってページを閉じようとした時、
"作者から"
というページがあった。
初めまして、御影 夜です。
今回は僕の初の小説を手にとってもらいありがとうございます。皆さんの胸に届くような、読んだ後に心があたたまるような本を目指して書きました。
この小説には僕の体験も交えて書いています。あの時、こうしてれば良かったそう思うことを全部書いてあります。後悔しても、悔やんでも失った時間は戻ってきません。
だから今を生きる皆さんに後悔を少しでもなくせるように、悔やまぬように、今頑張る意味を伝えたいです。
あとは僕からのお願いです。
ありのままの自分を嫌わないで下さい。
どうか自分を大切に。自分の思いを大切に。
グサリと私の胸を刺した。私の中の何かを探って深く深く抉るように。この日は私が高校3年生になる1日前だった。
桜がひらひらと舞って私の肩に落ちた。私は憂鬱な思いとともに桜の花びらをふーっと飛ばす。
"行きたくない"
ただそれだけが胸にある。どんなに抗っても来てしまう日。重い心は鉛のようにズシンと感じてしまう。新しい教室、春の匂い、そんな言葉が嫌になってしまうほど私は今日という日がこないで欲しいと願っていた。
3-2そうかかれた教室に入り、真っ直ぐに自分の席へと進む。
おはよう、また一緒のクラスだね
そうやってやりとりをしている間をすり抜けていく。窓際の1番後ろの席。
ある女の子がこちらを見て話している。
「あの子もしかして...」
またか、そう思う。そうして私の事が話される。
「あの子って...?」
「冬灯 二月。あの子、無感情で、何考えてるか分からないし、関わらない方がいいって話だよ。」
やっぱり1人でいる方が楽だ。聴こえてくる雑音を遮ろうとイヤホンをし、本を読む。ふと、昨日読んだ本を思い出す。
”ありのままの自分を嫌わないで下さい。
どうか自分を大切に。自分の思いを大切に。”
その言葉が未だに私の心に刺さっている。どうしたらありのままの自分なんて好きになれるだろうか、嫌わずにいられるんだろうかそんな事をぼやっと思う。こんな事考えるなんてバカらしいそう思った時...
「ねぇ、冬灯 二月さん!」
目の前に女の子の顔がある。私の知らない顔。
「なに...?」
不機嫌そうに尋ねてしまう。
「ちょ、日向...。」
その女の子の友達と思われる子が戸惑った顔をしている。そしてすぐに
「ごめんね、邪魔して。」
そう言って離れていく。少しだけ期待してしまったのが恥ずかしかった。もしかしたら友達になれるかもしれないと。日向と呼ばれる女の子は友達にグイグイと引っ張られる。
「待ってよ。こんなにも可愛い美少女を目の前にして引き下がれますか!?」
そう言って抵抗する。私には関係ないと本に目を戻す。
「出たよ、日向の美少女好き。やめなさいよ、冬灯さんも困ってるでしょう?」
「あ、じゃあじゃあ冬灯さん!」
急に名前を呼ばれて振り向いてしまう。
「私とお付き合いを前提にお友達になりましょう!」
私の前に女の子の手がある。
「はっ?」
思わず声も出てしまう。日向と呼ばれる女の子はニカニカと笑っている。
「日向、あんた馬鹿ね。」
「言われ慣れております!だってこんな可愛い子いたら、ねぇ?」
「私に同意を求めるな。ほんとごめんね、冬灯さん。うちの子本当にバカで。本当は頭いいはずなんだけどさ。」
なんだかバカバカしくて笑ってしまう。
「笑った...冬灯ちゃんが笑っている!さすが美少女、可愛い!やっぱり私と...」
はっと口元をおさえる。周りの視線が一気に私に向けられる。
「隠しちゃうの?勿体ないよ!」
相変わらずニコニコしている彼女にこっちまでつられてしまいそうだ。
「冬灯さん、ちゃんと笑う子じゃん。やっぱり噂は伊達にならないね。」
「美少女に悪い人はいませんもの。」
えっへん、と言うばかりに自慢げに話す。クラス中が笑いに包まれる。そっか、私もこうやって笑えるのかそう思った。
「気難しい人だと思ってた。ごめんね、私春風 飛鳥。飛ぶ鳥ってかいてあすか。これから1年よろしくね。」
目の前に手が差し出される。私は出された手に答える。
「よ、よろしくね。」
「あー!飛鳥、抜けがけ禁止!私も自己紹介する!」
「そんな事してないでしょ?ほんっと美少女前だと飛びつきはやいんだから。」
「へへっ。私、知代田 日向。お日様の日に向かうでひなた。日向って呼んで!」
私は手を掴まれてぶんぶんと振られる。そんなにも嬉しかったのか...子犬みたいで可愛い子だなと感じた。
「日向ちゃんって面白い子ね。」
「ね、やっぱりお付き合いを前提に...」
「やめい!」
日向ちゃんの頭に手刀が落ちる。
「はいはい、バカはそこまでね。私も良かったら飛鳥って呼んで。二月ってかいてにつきちゃんで合ってるよね?」
「うん。」
「じゃあ、二月ちゃんって呼ぶね。」
「あっ、ずるい!じゃあ私は二月で!」
どんどん私の周りが明るくなっていく。と同時に底なしの不安も襲ってきた。仲良くなれば成程、離れていく友達たち。それが私。だから仲良くならない。きっと今日だけだ、そう思って1日を過ごした。
次の日も私は憂鬱な気分でひらひらと舞う桜を見てため息をつく。
「どうしたの?ため息なんてついて。」
声をかけられてびっくりする。振り返ると昨日の子がいる。
「日向ちゃん...どうしてここに?」
「どうしてってこっち通学路だもん。」
「そ、そうだよね。」
「朝から美少女を見れて私は幸せでございます。」
「ははっ。」
「ねぇ、どうしてそんなにも気分が重たそうなの?」
「ん?そんなことないよ。元気、元気!」
「昨日もだったよね。何度もため息ついてた。」
「昨日も...?」
「昨日、二月見たんだよね。可愛い子だなって思ったけどなんか何処か悲しげでさ。」
「そんなことないよ。元気だから。」
「そっか。ならいいんだけどさ。」
またニコニコした笑顔をこちらに向ける。それで終わりかと思っていたら、隣に並んで歩いてる。まぁ、普通だよねと少し嬉しいような気持ちに気づかないふりをした。
教室に入ると同時にチャイムが鳴る。飛鳥ちゃんが私達の方へ向かってくる。
「こら、日向!また寝坊したでしょ!」
飛鳥ちゃんが日向ちゃんのほっぺをつまむ。
「いひゃい、飛鳥。ごめんて。」
「ごめんで済んだら警察は要らないんだよ。」
「二月、笑ってないで助けてー。」
面白い2人だ、改めて思う。
「二月ちゃんも遅刻ギリギリだよ!」
急に私にも言われてびっくりする。
「そうだよ、二月。遅刻はダメだよ?」
「日向は人の事言えないでしょう。」
「あは。」
「あんたって子は...。」
「ほら、2人ともはやく座って。先生来ちゃうから。」
「ほーい。」
そんな日が何日、何週間と続いた。私に
今までの私が嘘だったように周りは花が咲いたように広がっていく。笑顔の花が、優しい花がふわふわとまるでお花畑のような感じで。幸せで、その時間が1分でも、1秒でも長く、永く続いてくれればいいと深く願った。
そんな幸せな日々はすぐに終わってしまった。
「冬灯 二月さんいる?」
いかにも気の強そうな女の子達が私を呼ぶ。
「二月?」
日向ちゃんが心配そうに私を見つめる。
「冬灯さん。ちょっと用があるんだけどいいかな?」
にこっりとこちらをむいて笑う。
「ええ。」
私は女の子達のほうに向かっていこうとした時、日向ちゃんが私の手を掴んだ。
「二月、いいの?」
「いいんだよ。」
「でも、だって...。」
そう言う日向ちゃんに飛鳥ちゃんが
「日向。」
と言って首を横に振る。
「分かった...。」
そう言うと掴んでいた手は離れていった。
「ごめんね、ありがとう。」
それだけ言って私は2人を後にする。
校舎裏に連れてこられる。いかにもといった場所に着くと、気の強そうな女の子達はすぐに言葉が悪くなった。
「ねぇ、ここに呼ばれた意味分かってるよね?」
「なにかありましたっけ?」
「分かってんだろ?私の彼氏をとってさぁ。」
「そんなことしてないんだけど。なに?彼氏にでも振られた?」
もう何度もこの手の話には慣れていた。いくら違うと訴えてもどうせ信じて貰えないのだから。それなら思いっきり嫌われるか、恨まれるかされた方がよほどマシだろう。
「舐めてんなよ!」
手を挙げて思いっきり頬にうちつけられようとしたとき、誰かが女の子の手を掴む。
「多勢に無勢は卑怯だよ。」
日向ちゃんと飛鳥ちゃんだった。
「二月はそんなことするような子じゃない。」
そう言うと2人は私の前に立ってくれた。その行為に女の子達は笑った。
「あんたらも騙されてるの?はやく目覚ましなよ。こんな最低な女にわざわざ付き合ってあげる必要ないから。」
そうだ、そうだと周りの取り巻きの子たちもが騒ぐ。
「うるさい!」
そう言ったのは日向ちゃんだった。日向ちゃんの怒った姿に女の子達はびっくりしていた。
「そもそも、二月がやったっていう証拠は?何もないのに疑っているの?ねぇ、どうなの?」
日向ちゃんの圧倒する姿に女の子達も押されていく。
「それは...。でも、彼氏が好きな人出来たからお前とは別れたいって...。だって、冬灯のことよく可愛いって言ってたし...」
「それは二月のせいじゃないじゃん。好きな人が二月とも限らない。彼氏と別れたのはあなたのせいでしょう?二月が悪いんじゃない。何も二月は悪くない。」
「でも...。でも、こいつが色仕掛けとかやったんだろ?彼氏は私にベタ惚れだったし。」
このままでは日向ちゃんと飛鳥ちゃんにもこれから迷惑がきっとかかってしまうだろう。もういいよ、そう言おうと思った時、飛鳥ちゃんが怖いくらいにこっりと笑って、つかつかと女の子の達に近づいて行った。
「ベタ惚れ?笑わせないで。別れたのはあなたに魅力がなくなったからでしょう。二月ちゃんは、二月はあなたよりもはるかに魅力があっただけのこと。嫉妬?見苦しい。」
女の子達の目の前まで来ると、立ち止まって
「今度、またこんな事したら許さないから。」
後ろ姿だったからどんな表情をしていたのか分からなかったけど、相当怖かったのだろう。女の子達は青ざめていた。
「さ、帰ろう。」
いつも通りの笑顔に戻って飛鳥ちゃんは言う。
「だね!」
「う、うん。」
この時の私はもう嫌われているのだろうと思った。自分はこんな人間で、汚いんだと知られて。きっと庇ってくれたのも日向ちゃんも飛鳥ちゃんも私と友達になってしまった責任感からだろう。きっと正義感の強い2人なら誰であろうと助けただろう。
こんな醜い自分を知られたくはなかった。でも、ほっとしたんだ。いつ知られるか分からない恐怖にもう怯えなくていい事に。また、"1人に戻るだけ"
そうやって1歩1歩あるいた。
突然、日向ちゃんが止まる。それと同様に私達も止まる。
「ひなた...ちゃん?」
「二月、どうして?自分がやってない事を話さなかったの?」
「日向!それは...」
「ごめん、飛鳥。二月とはたとえ日が浅いとしても友達なんだ。何も出来ないなんて私は嫌だよ。」
「飛鳥ちゃん...日向ちゃん...。」
「日が浅いのに、何も知らないくせにって思うかもしれないけど知りたいんだ。そんで、もっと頼って欲しい。」
そんな事言われたことなかった。みんな関わりたくないと離れていく人ばかりで、それが当たり前なんだと感じていた。
うん、というかわりに私は2人に抱きついた。
「私も知って欲しい。」
こんなにも近くにいたじゃないか。あの日読んだ主人公のように思える友達が。こんなにも思って貰えたのはいつぶりだろうか。それだけで十分だと感じられた。久しぶりに自分の思いを大切にしたいとそう思えたんだ。