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ねぇ、神様教えてよ。

どうして僕達人間に才能なんて授けたの。

みんな等しく同じ才能ならいいのに。

どうして差なんてつけたの。

そんなことして楽しいですか。

選ばれた人(天才)はきっといいだろう。

恵まれた人生を送り大業だってできるんだから。

じゃあ、選ばれなかった人()は。

どれだけ努力したって選ばれた人(天才)には追いつけない。

選ばれた人(天才)選ばれなかった人()が何年もかけた努力を軽々と越えてゆく。

まるで嘲笑うかのようにどんどん前へ。

たとえ、君らと同じ努力をしても、99%の努力をしても1%のひらめきでなかったことにするんだろ。

お前らが僕は嫌いだ。

でも何より嫌いなのはこんな事しか言えない

僕だ。



僕は小説家だった。

やっとの思いで書いた小説は賞をとり、僕はデビューをはたした。その時のペンネームは御影 夜(みかげ よる)。このペンネームは僕の誇りであり、自慢だった。なぜなら売れっ子小説家だった父からもらったネームだったから。

僕は父を尊敬していた。出た本は必ず売れる、そんなおりがみつきの小説家、知代田 一夜(ちよた いちや)。父としても出来た人で、何でもやりこなす人だった。

父は小さい頃、よく読み聞かせをしてくれていた。妹と僕の隣で楽しそうに。父が口癖のように言っていたのは、

「物語には思いがある。作家の思い、登場人物の思い、読者の思い、たくさんの思いが詰まってる。そういうのを想像するのが楽しいんだ。」

と。物語が好きで、本が好きで、愛してるんだと言われなくたって分かる。

そういう父をみて、僕は育った。もちろん、小説を好きにならないはずはない。マンガよりも小説が好きだった。

デビュー時は、顔を出さない覆面作家だったが父のおかげで、僕の事は話題になって出した小説は売り上げをのばした。その時はまだ高校生だったのだからかさらに話題になった。

父は自分と同じように作家を目指してくれるのが嬉しかったみたいだ。僕のデビューが決まったとき、1番喜んでくれたのは父だったから。

でも、ただ一時だけの話題だった。

僕としてではなく、知代田 一夜の息子という色眼鏡が必ずかけられた。デビューした僕は、知代田 一夜の息子ではなく、僕自身として、御影 夜という作家としての小説を読んで欲しかった。

2作目を出した頃、僕は父と比べられた。

"1作目はどうせ知代田 一夜が代わりに書いていたんだろう。"

"親子での才能の差がね笑笑"

"父はいいけど、やっぱり息子は七光りか。"

誰も自分自身の本を読んでくれてなかった。レビューを見返す。僕の小説自体は価値がない。知代田 一夜の息子の小説だから価値が出るんだと分かった。

2作目の小説はただただ部数が減っていく一方だった。僕はそれが恥ずかしかった。尊敬する父とは違って才能がない。売れない作家。

売れたい、父のように。父が誇れるような作家に。

3作目は売れる事だけを考えた。読者がどう考えるかも、自分の思いもなにも考えなかった。そんな小説は面白くない。編集者さんからもGOサインは一向に出ない。

「何を伝えたいか、どんな思いなのか。それが君から伝わってこない。」

何度もプロットを書き直してはやり直し。

次第に僕は小説が書けなくなっていった。書きたい小説も分からない。イメージも湧かない。作家として最悪な状態。

そんな僕でも父は励ましてくれた。

「大丈夫、きっといい作品が出来る。朝陽は、いいものを持ってる。」

その言葉がどれだけ僕にプレッシャーを与えたか。父が僕を期待している、そう思うだけで胃が痛くなった。

いいものを、売れるものを作らないといけない。知代田 一夜の息子という看板は僕にとってどんどん重くなっていく。

やめたい、逃げ出したい。

そんな時だった。君が現れたのは。

「現役中学生作家、如月 星(きさらぎ せい)。デビューしたての期待の新人!作家のデビュー門と呼ばれる賞で断トツの票を獲得。」

テレビでそんなことがやっていた。記者が妹と同じくらいの年の女の子にインタビューをしている。

「賞をとったお気持ちはどうですか、如月 星さん。」

「自分が取れるなんて思ってませんでした。とても嬉しいです。」

「今回賞を取れたのはなぜだと思いますか?」

「小説が好きだったからですかね。自分が紡いだ物語をいつか出すんだって決めていたので。」

「さすがですね。」

記者には臆せず、堂々と話しているのがかっこよかった。今の僕とは違って小説が好きで、物語が描ける人。そんな人が売れる小説を作るんだろうそう思った。

彼女の作品は飛ぶように売れた。

"人生を考えさせられた。"

"泣ける物語。本当に感動した。"

"中学生とは思えない作品。"

この子は如月 星として作品を見てもらえている。彼女の本には価値がある。誰の名前でもない、自分の名前で。

僕にはそれが羨ましかった。悔しかった。



初めて如月 星の小説を読んだのは僕が小説家をやめるかまだ迷っていた時だった。

今日は編集者さんとの打ち合わせだった。

カランコロン、というベルを鳴らして店内に入る。僕はある人を探す。

黒髪のふわふわしたボブの髪型で読書よりは運動してるタイプなのにとても落ち着いる感じの女性。僕より先に彼女が見つける。

「御影くん、こっちだよ。」

彼女は手を振っている。僕は彼女の元へ近づいていく。

「こんにちは、明智さん。」

彼女はニコリと笑って挨拶を返してくれた。

「御影くん、何頼む?」

「じゃあ、コーヒーで。」

「大人ね。」

明智さんはコーヒーとアイスティーを1つ、そう定員に言う。

ここのコーヒーは美味しくて、味も香りも絶品だ。家でも作れたらいいのになと来る度に思う。

「それで御影くん、早速なんだけどプロットって出来てる?」

「一応は...。」

「見せてもらえるかな。」

「はい。」

僕はカバンからノートを取り出す。僕は思いついたらノートに書き残すタイプなので、アイディアの部分はノートの端から端まで字がびっしりだったはずなのにいつからか空白が目立つようになり、頼もしかったノートは寂しくなった。

「うーん...やっぱりあなたらしさがないわ。君のは自分の体験とかを組み込むタイプだよね。でも、それがないっていうか誰かの真似をしているみたいな...」

「僕らしさって何なんですか。日陰にいるような僕の体験は誰に共感されるっていうんですか。売れる小説を作りたいんです。売れなきゃ、僕の小説に価値はない。」

「そんな事ないよ。君はちゃんと実力があるでしょう。君の小説、私は好きだよ。」

気を使わせて、こんなことまで言わせることがもう嫌だった。僕はうんざりしていた。小説を書くことも、面白くない話しか作れない自分にも。ずっとこのまま続けたっていつまでたっても終わりは見えない。ならいっそ...

「僕は小説家をやめた方がいいと思うんです。」

それは前から思っていた事だった。

「どうしてそんなこと...」

「明智さんには迷惑を沢山かけているからせめてもの恩に結果を出したいと頑張ってきました。でも、僕にはもう何もないんです。面白い物語をかくことも出来ない...そんな僕は小説家として何も結果は出せない。このまま明智さんに苦しい思いをさせるだけだ。」

「本当に御影くんはそう思ってる?」

「え?」

「もし、私のためにやめるのならやめて欲しい。私は君に恩をきせるためにこの仕事をしてる訳でもないし、そういう思いで君と付き合ってきた訳じゃない。」

「明智さん、でも...」

「もし、君がまだ小説家でいたいと少しでも思うなら続けて欲しいと思ってる。御影 夜の1ファンとして。」

「本当は迷ってます。僕は小説を書き続けたいのか、やめたいのか、それが分からないんです。」

「私だって君が今どんな気持ちでいるのか分からない。でも、ちゃんと考えて欲しい。これからどうしたいのか、御影 夜として最善の事を。」

「.....」

「今度また打ち合わせの時に君のこれからについて答えを教えて。」

「...はい。」

「いい答えを待っているわ。」

僕と明智さんはカフェをあとにする。明智さんは仕事を残してたらしく、すぐに出版社に帰らなくちゃいけなかったらしい。売れない作家のためにそこまでして大変だ、ほんとに。



明智さんと別れたあと、僕は本屋に向かった。本屋にはいり、はじめに目に入ったのは如月 星という作家の小説だった。

僕は今朝みたニュースを思い出す。

「現役中学生作家如月 星...デビューしたての期待の新人だっけ。」

ああ、そうだ。僕が羨ましいと、悔しいと思った作家。

如月 星は大きく宣伝されている。

"数週間で重版がかけられた"

"読まないと後悔する作品!"

"大御所作家、本庄 湊(ほんしょう みなと)も絶賛"

僕は本庄 湊の文字に目を奪われる。僕が好きな作家だ。父の仕事ではじめて会わせてもらった時は感動した。まるで本庄さんの小説に出てくるような主人公のように格好良い人だった。

自然と如月 星の本に手が伸びる。1ページ目を開き、読む。2ページ、3ページと手が進む。

読んで僕は後悔した。これは本物の天才だって気づく。中学生だからもっと幼稚なものだろうとどこかで馬鹿にしていた。どうせ周りが大きくしているだけだろうと。

違う、僕が馬鹿なだけだった。才能の差を見せつけられた。登場人物の生き生きとした姿、思い、仕草が容易に想像出来る。

そして何より、滅多に感動作品とうたわれるもので泣かない僕が初めて泣いた。ポロポロと目頭からあつい何かが落ちてくる。

はっと我に返った時、書店の定員に冷ややかな目で見られたのが少し恥ずかしかった。僕はその手の中にある本を買う。

早く家に帰りたい、自分の手元にあるこの本の続きをみたい。行きとは違って家に帰る道は早く感じられた。家に帰り、自室に籠る。

ページをめくる手が止まらない。青春を元にしたテーマだった。でも、青春のキラキラした姿を描いたものじゃなかった。友達との付き合い、強いられる自分という完璧な像、本当の自分が素直に出せないこと。胸に刺さることばかりだった。

読み終わった後、僕の中で何かが落ちた。重くて辛くて苦しいこと。知代田 一夜の看板。比べられる自分。小説家で、面白くもない小説を書き続けないといけない責任。全部僕には背負うことが出来なかった。

この子なら、如月 星なら、きっとみんなの期待にも答えられるだろう。

僕には...無理だ。

期待に添えないような小説を書けない僕に小説を書く資格はないだろう。

迷いは消えた。小説家として残ったものは沢山の後悔と屑みたいな小説だけ。そのくらい僕は小説家として屑だったという事だろう。



再び打ち合わせの日がくる。足取りがいつもより重い。待ち合わせ場所のカフェに向かう。いつもの時間よりずっと早く行ったのに明智さんはそこにいた。

いつも僕よりも先にいた。どんな時間に来ても必ず先にいた。待っていてくれた。

僕は今日そんな人を裏切ることになる。小説が書けない、そんなくだらない理由で。

「御影くん!」

いつもと変わらない笑顔で僕に手を振る。

「こんにちは。」

きっと今日も僕のプロットを待っていてくれたんだろう。そう思うだけで心が重い。

「早速だけどプロットは...」

「明智さん、すみません。」

「え?」

「僕はもう書けません。プロットもあれからほとんど進んでないんです。」

僕はノートを見せる。空っぽで、スカスカな頼りないノート。

「決断...したのね。」

「あれから、筆を持っても進まないんです。キャラクターが動かない。」

如月 星の描く小説はあんなにも生き生きと動いていたのに。

「そう...」

「如月 星、知ってますか。」

唐突にきいてしまう。

「え...うん。中学生作家でしょ。数週間で重版だしたっていう。」

「そうです。僕、前回の打ち合わせの後、如月 星の小説を読んだんです。あの子は凄かった。天才っているんだなって思えました。」

「そうね、あの子は私も凄いと思う。でも、それを気にしなくても大丈夫よ。人それぞれだわ。」

「人それぞれ...本当にそうでしょうか。僕にはそう思えません。売れる小説を作りたいんです。きっと、今書いているこの小説も全然進んでないし、そろそろ打ち切りとかになるのではないでしょうか。」

「そんな事...もうすこし一緒に頑張ろうよ。」

「僕はもう頑張れません。売れない作家が1人いなくなったくらいで、誰も何も感じませんよ。」

「私が悲しむよ。だって、」

「いいんです、もう。小説を書くのが楽しくない。キャラクターも動かない。多分もうこのまま続けても意味なんかないと思います。」

感情に任せて言葉を吐いた。どれだけ醜い顔をしているだろうか。それは明智さんの顔をみて分かった。

「そう...」

軽蔑の目。僕にはそう感じることしか出来なかった。

「僕はこの仕事を辞めます。今までいつも待っていてもらったのにすみません。」

「それが御影 夜にとって最善のことだったと思っていいのよね。」

「はい。」

「もし、また書きたくなったらいつでも声をかけてね。いつでも待っているから。」

「はい、ありがとうございます。」

そして僕は唯一の自慢を失くした。







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