仮想彼氏、仮想彼女
雄二です。
栗原舞を食事に誘って、婚約者がいることが判明し、がっかりした後…
社内で、俺が栗原に振られたという噂も広まり、まさに踏んだり蹴ったりだった。
かなり落ち込んでいた。
そんな時に、幼馴染みで高校2年の時の同級生の葵から、電話が来る。
何と名古屋に日帰りで遊びに来るというのだ。
俺と同じで会社で嫌なことがあったから、憂さ晴らしで遊びに来ると言う。
俺も嫌なことあったけど、とてもかっこ悪くて詳細は葵には言えない…
でも、俺はうれしかった。俺も憂さ晴らしができる。
電話を切ったあと、日帰りはもったいないから俺の家に泊まれよって言えばよかったかな?
とちょっとだけ思ったが、
今は男と女だ。
やばいことはしない方がいいと考え直す。
そして、7月上旬、葵が新幹線でやってきた。
相変わらず可愛い。ほんと、元男性とは思えない。
改札口を出て、俺を見つけてニコッとなった時、その場所だけ、すごく華やかになる。
フェミニン系のファッションで、すごくお嬢様っぽい感じだ。
「久しぶり!
ごめんね。休みの日に付き合わせちゃって。」
「ああ、いいよ。どうせ、ひまだし。」
「あ、彼女とかできてないよね?
いたら、申し訳ないよね?
今更だけど。」
「大丈夫。残念ながら、まだできないよ。
で、どうしたんだ。嫌なことって。」
「それは、あとで、話すよ。
じゃあ、私の大好きなお店にいこ。」
地下鉄に乗って、ある駅で降りる。
数分歩いて、目的のおしゃれなイタリアンレストランを見つけた。
「わーっ、久しぶりだ。
やっぱ、落ち着く。」
葵がはしゃいだ。
女性に人気の店と見えて、店舗内は若い女性ばかりだ。
俺は、少し気が引けたが、カップルもニ組ほどいたので、まあいいかと思った。
食事を注文して、葵が本題を話しはじめる。
今、勤務している本社で、ストーカーっぽい男に口説かれていて、毎日嫌な思いをしているという。
「そんなヤツなら警察に言えよ。」
「そこまではひどくないの。」
「じゃあ、上司とか人事部にセクハラって言えば?」
「だから、それほどのことはしてないから。
それでね・・・
その人、うちの会社ではすごく期待されている若手なの。
女の子にモテて、王子様なんて言われてるの。
私は嫌いなんだけど・・・
社内で訴えるなんて無理。
写真見る?
わが社の社内報持ってきちゃった。」
わが社のホープと題されたコラムで、その男は載っていた。
うわっ、すごくイケメンだ。しかも仕事できそう。
こりゃ、手ごわそうだ。
男からみても、頼りになりそうだし、
美人の葵とつり合いが取れている。
でも、俺からみたら嫌な奴。
イケメンは敵だ。
葵が続けた。
「それでさ、彼氏がいるって、いつも通りの返答をしたら、
彼氏と別れろみたいなことを言うの。
私の彼氏は名古屋にいて、幼馴染みで、絶対別れない仲だよって言っちゃった。
ごめん、つまり、雄二を仮想彼氏にしちゃった。
具体性を持たないと、迫力ないから。」
俺は驚いた。
彼氏にされちゃったんだ。
でも、悪い気はしない。
イケメンをやっつけるためなら、よろこんで彼氏のふりをする。
「別にいいよ。
男よけにいくらでも使ってくれ、
俺とお前の仲じゃないか?」
「そーお?
よかった。
じゃあ、使わせもらうね。
ふー、話したら、安心して、おなかすいちゃった。
よーし、食べるぞー。」
おれは、その笑顔をみて、すごく幸せな気分になった。
栗原舞の件で、落ち込んでいた気分が見事に晴れた。
まあ、彼女なんか、当分いらない。
葵と話ができれば、すごく楽しい。
うん、葵とはもっと、仲良くしよう。
「葵、食事終わったら、いろいろと名古屋を案内してくれ。頼む。」
「任せて。行きたいところいっぱいあるから、ついてきて。
わーっ、楽しみ。」
結局、葵と俺は、名古屋の名所をうろうろした上、
夜まで一緒に過ごし、名物の手羽先をつまみにけっこう飲んでしまった。
葵はギリギリ当日に帰れるくらいの新幹線に乗って、帰ることになる。
「今度は、葵の家で合同食事会だな。」
「うん、また飲みましょ。じゃあね。」
うーん、満足だ。よかった。
その翌日、
俺は、女子社員数名から声をかけられる。
「菅野さんたら、ものすごい美人というかアイドルみたいな女の子と歩いていたでしょ?
評判になっているわよ。」
「菅野さん、人気のお店で女の子と食事してたでしょ?
すっごく仲よさそうだった。
私、あの店にいたんだよ!・・・声かけなかったけど。
一緒にいた女の子、モデルさん?
すっごくきれいだった。
彼女?
あんな子が彼女なんてすごい!」
うわっ、けっこういろんなところで見られている。
名古屋は都会と言っても、狭い!
特に女子が好きなおしゃれなお店は、みんな行くしな。
結局、俺が栗原に振られた噂は消え、すごく可愛い彼女がいるという噂になった。
まあ、いいか、
これで名古屋で彼女は作れそうもないけど、
可愛い彼女がいるっていう噂はステイタスになる。
俺は前向きに考えた。
実際、その噂が立ってからは、社内の女子からよく声をかけられるようになる。
彼女の写真見せてくださいと言われるのだ。
頼まれて嫌な気はしない。
俺は、シーパラで撮ったスマホの写真を見せて、その場を盛り上げちゃうのである。
誰もが、
「わーっ、美人!」
「すっごく可愛い。芸能人みたい。」
なんて言うのだ。
なんか、自分が褒められているようで嬉しかった。
そして・・・
可愛い彼女がいるっていうのが評判になると女子からの扱いは変わった。
よく妻帯者の方がモテるという話がある。
そのケースに似て、
可愛い彼女がいるということは、
選ばれた男性なんだから、けっこういい男に違いないという論理が働いたようだ。
そして、女性にガツガツする必要がないはずだから、安心して接することができるというのも
女性の心理。
ただ、困ったのは、
女性社員たちに「今度、名古屋に来たときは会わせてほしい。」
と言われてしまったことだ。
「あ、本人の許可が取れれば、いいけど。」
とあいまいに答えると、
「いいじゃない?こんなきれいな女の子なんだから。」
と、押し込まれてしまう。
電話で葵にこの事実を伝えると、
「ああ、いいよ。彼女のふりしてあげる。
私も、雄二を仮想彼氏にしているから大丈夫。
雄二の会社の女子に会ってみたいな。」
なんて言う。
まあ、あまり会わせたくないけど。
どうしてもということになったら、頼むかな。