アスナ
明さんを狙ったのは織田ではなく林雷太と言う私達フォルトゥーナのバンドに興味を持った先ほど、送検間際に身勝手な事を言っていた奴だ。
その林は明さんに振り向いてもらいたいと思ったが、自分に自信がなく、明さんにこんな自分は幻滅されてしまうとそれで明さんに振り向いてもらえないなら、いっそ殺してしまえば良いと身勝手な犯行から、ネットを通じてゲーム感覚で楽しむ連中を集めて明さんを集団ストーキングの的にしたみたいだ。
それで織田は明さんの事をいつも遠くから見守っていたみたいで、その危険を察知して先ほど助けてくれたみたいだ。
その動機は明さんとエリちゃんが聞こうとすると、織田は黙っている。
そこで愛梨が目で『それは自分たちで考えな』と言わんばかりに伝え二人は納得した。
それともう一つだが、明さんとエリちゃんはタカさんの事情に対して許せないと言った感じなので、それも愛梨が織田の口から話すように目で訴える。
そして織田は嘘偽りの感じないその瞳を突きつけ私と愛梨もその場で同席して、明さんとエリちゃんのその真実を伝える
タカさんは織田に自殺に追い込まれたと言ったが仕方がなかった。
タカさんは麻薬組織に脅迫され、明さんとエリちゃんを不本意ながらおとりにせざるを得なかったのだ。
タカさんも本当は二人をおとりに何てしたくないと思っていた。
それを察知して織田は麻薬組織のスパイに成りすまして、麻薬組織撲滅と共に、明さんとエリちゃんとそして死んでしまったタカさんも助けようとしたのだ。
でも最後にはタカさんは自殺に追い込むような形になってしまった。
それでタカさんの敵として明さんが織田と共謀したと思われた組織に乗り込んで、織田を殺そうとした時、明さんは乗り込んだ後の記憶がないと言っていた事に対して、織田は麻薬組織に殺されそうになったところを織田に気絶させられ麻薬組織の連中に色々とごまかして明さんを助けたと言っていた。それに明さんが記憶がなかったのは、それはそれで好都合だったと言っている。
話を聞いた明さんとエリちゃんは複雑そうな表情をして、半信半疑で色々と腑に落ちない感じで黙っていた。
織田に対して嘘偽りは感じないと思ったが、二人にとってその真実を受け入れるには少し時間が必要だと思った。
でも二人なら大丈夫だと思った。
話は終わり、織田は去り際に明さんとエリちゃんに言った。
「君たちは本当に良い友達を持ったね」
と。
そして織田が私たちの視界から去り、私は明さんにしたことに対して、詰られるのが怖くなり、みんなとこうして一緒にいるのもおこがましく思いその場から私は立ち去った。
「ユウリ」
と私を心配して明さんが言いかけたが、私はもう明さんに顔向けできないし、このまま消えていなくなりたい気持ちで全速力で走った。
今すぐに私の存在が消えてなくなれば良いと思った。
疲れ果て、どれくらい走ったのか?それでも私はすべての自分の存在自体が恥ずかしく思い、それでも走った。
もう誰にも見られたくない。誰もいない世界に行きたい。だったら死んでしまいたいと思ったがそれは出来ずに、私は誰も人のいない世界へと行きたいと本気で思う。
走り疲れ、私は歩いた。
顔を俯かせ地面に向かって「ごめんなさい」と連呼しながら。
ふと顔を見上げて辺りを見渡すと、瞬く夜空の星の下の港に立ち尽くしていた。
広い海広い空。
さっきは消えたいなんて思ったが、今はそうは思ってなくて何か複雑な気持ちだった。
そんな時、みんなの顔が頭にふと浮かび、存在すべてを隠したいほどの嫌な気持ちに陥った。
そしてまた再び死んでしまいたいと言う気持ちに陥った。
「やめてやめて」
とみんなの事が思い浮かばないように頭を思い切り振って、しまいにはその場で叫んだりもした。
何度も何度も叫んだ。消えたい死んでしまいたい。そういう思いを込めて。
そして地面に伏して転がりながら顔を隠しながら悶え苦しんだ。
何か気配を感じてその方に目を向けると、愛梨が明さんがエリちゃんが見ていた。
私は生涯でこんなに恥ずかしい思いをしたことがない。太宰治の人間失格で冒頭に『恥の多い生涯を送ってきました』とあったがその時はその意味すら知らずに読み進んだ記憶があるが、今にその気持ちが分かった。いや私からして『恥の瞬間』と言ったところか?私はもう生きていけないと思った。
だから私は、
「見ないで」
と叫んだ。
だが三人の視線を感じて、
「殺してよ、死にたいよ・・・」とその他にも言葉には出来ない支離滅裂な言葉を言っていた。
そんな私に近づいてきて、私の手を取り引っ張り上げるように立ち上がらせたのが明さんで、それでももがきながら「離して」と手を振りほどこうとすると、頬に乾いた音と共に痛みが生じた。
その瞬間私は何か目が覚めた感じがして、明さんが、
「悲しい事を口にするな」
と、はっきりと私の目を見てそういう。
その時、私の弱い何かが壊れた感じがした。
そして分かり切っている事だが人は一人では決して生きていけない事を改めて知らされる。
こらえても涙がこぼれ落ちてくる。
そして明さんはその大きな胸で抱きしめて私の耳元で囁いた。
「気持ちは分かるよ。恥ずかしい一面を見られて自分でもどうして良いか分からなくなったんだろ。私はユウリの事が一つ知れて良かったと思っているよ。それにお前は私の事を助けてくれた。もしお前が助けに来なかったら私は死んでいたかもしれなかったよ」
私は明さんから離れて、
「ダメ。そんな事をしたらまた明さんの事を好きになっちゃう。それでまた迷惑をかけてしまう」
明さんは穏やかに笑って、
「ユウリ。わたしもユウリの事が好きだよ」
「やめて」
とっさに耳元を抑えた。
みんなに迷惑をかけたくない気持ちと恥ずかしい自分を見られたくない気持ちが沸き起こり、その場でしゃがんで両手で顔を覆った。
「ユウリ、確かにお前のやった事は端から見て恥ずかしい事だよ。でもそれは自分では分からない時もあるんだよ。自分でも恥ずかしいとは思ってもあんな風になる時がある。人は完ぺきじゃない不安定な生き物なんだよ。だからわたし達がお前の側にいるんだよ。だから迷惑をかけていいなんて言い方はおかしいかもしれないけど、その時は全力でわたしや愛梨やエリが止めに入るよ。それと同時に私達が何かおかしいと思ったら、その時は顔をはたいても良いから教えてくれ。そうやって人は支えあって生きているんだとわたしは思うよ」
と明さんは私に力説した。だから私は、
「私の事変な女だと思っていない?」
明さんは私の質問に目を閉じて首をゆっくりと左右に振って否定した。
「私はまたみんなとバンドで夢を追いかけたい」
「ああ、わたしもそれは同じ気持ちだ」
「わたしまた明さんに迷惑かけるかもしれないけど」
「それはお互い様だ。さっきも言っただろ」
私は手で涙を拭っていると、エリちゃんが私にハンカチを差し出した。
私はそれを受け取って涙を拭って人の本当の優しさが何なのか分かった気がした。
愛梨も遠くで私たちのやり取りを穏やかな表情で見守っていた。
一件落着と言ったところか。今日は本当に色々な事があった。
今日は命を狙われた事と明さんの気持ちでいっぱいで、あんな恥ずかしい思いをした事。むしろ後者の方に意識が向いていたが、改めて思うと本当に恐ろしかった事だと後で気が付く。
それと今日私たちを助けてくれ、織田の真意を聞いた明さんとエリちゃんの気持ちも次第に整理がついてくるだろうと思う。
今あの時の織田の目を見た時の事を振り返ってみると、嘘を言っている目ではない。それに嘘だったら、私たちを命を懸けても助けようなんて思わなし、愛梨がメモリーブラッドで確認しているのもある。
そして私たちは誰にも訪れる新しい朝を迎えるのだった。
そして新しい何かの始まりの余興か?太陽の光にくすぶられ目覚めると、私のスマホにメールの着信音がした。
こんな時間にメールをくれる奴は、横浜太郎しかいないと思い気を引き締めるようにスマホを手にして大きく深呼吸をしてメールを見ると案の定。
内容は、
「おはよう。話がある、愛梨ちゃんの事でね。ユウリちゃんの家の近くの神社で待っている」
内容を読んだ時、また何か愛梨の事で何かあるのだろうと少し不安に思ったし、怖くもなった。でも行かなくてはいけないと思って私は心の準備としてその場で深呼吸をして外に出た。
神社は自転車で十分くらいの所。
神社に近づいてくると、横浜太郎は神社の鳥居に寄りかかり腕を組んで待っていた。
私に気が付くとその手を上げて合図を示す。
自転車を止め横浜太郎の前に止まる。
「待っていたよ」
横浜太郎は以前と同じように赤いバンダナにジーパンに白いTシャツを着てラフな格好をしている。
私は自転車から降りて気持ちを引き締めた。
「緊張しているようだけど、まあ俺と会う時はそのくらいの緊張感を保った方が良いかもね」
私は大きく息をつき、
「愛梨の事で話があるって言っていたけど」
横浜太郎は唇をつり上げて、
「そうだね。早速本題に入ろう」
私は息をのむ。
「愛梨ちゃんの事だけど、愛梨ちゃんは『すべてを知る存在になろうとしている』」
「すべてを知る存在?」
「そう。その名の通りすべてを知る存在になろうとしている」
「そうなるとどうなるの?」
「それはユウリちゃんが愛梨ちゃんをどうしたいかと言う思いと共に、身をもって知ってどうするか考える事だね」
そういって横浜太郎は背を向け去ろうとしている。
その後ろ姿めがけて、その事を聞き出そうとしたが、それは横浜太郎の言う通り身をもって知る事だと思ってその後ろ姿が私の視界に消えるまで黙って見ていた。
それでいなくなって私は横浜太郎にまだ教えてほしい事があったと思って、今すぐに追いかけようとした。
愛梨復活の謎の事や、そしてメモリーブラッドの事。
でもそれも横浜太郎の言う通り私が愛梨と共に身をもって知るべきだと思って聞かなかった。
愛梨がいなくなっちゃうんじゃないかと不安にも駆られそうになったが、以前横浜太郎が言っていたようにそういった不安を感じる事も大切だと思って、不安に駆られる気持ちには陥らなかった。
考えなきゃ。
横浜太郎が言っていたすべてを知る存在になろうとしている愛梨に対して。
すべてを知る存在とはその言葉通りだが、そこで私は思う。
そういえば以前愛梨は昨日の明さんの件で予知めいたことを言っていた。
明さんに対して何か明さんの身に何かが起こると。
それで明さんの身に本当に危険にさらされそうになった。
それが横浜太郎が言うすべてを知る存在の事だろうか?愛梨はそれになりかけているのだろうか?でもそれで明さんの危機を察知して未然に防ぐことが出来た。だからすべてを知ったからと言って悪い事ばかりじゃない。
じゃあなぜ横浜太郎は愛梨は『すべての存在になろうとしている』と忠告めいたことを言って来たのだろうか。
何か嫌な予感がしてきたが、そういった気持ちに陥ると本当にそうなりそうなので、気持ちを切り替え自転車を全速力こいで帰宅した。
とにかく横浜太郎の忠告は胸に留めておいて、あまり深く考えないで残り半分となった夏休みを満喫しようと思う。
その数日後のコンサート前日、胸いっぱいにして眠りそして夢を見た。
それは横浜太郎が言っていた愛梨がすべてを知る存在になったら、何か愛梨が死んでしまうよりも恐ろしく残酷な事になる夢を。
でも詳しくは分からない。
眠る時、不可解な事を見てしまうのが夢だ。だから気に留める必要はないと思ったが、目覚めてしばらくして横浜太郎の忠告が胸に突き刺さるかのように頭の中に木霊する。
何か恐ろしい事が起きそうな気がする。
とにかく愛梨の事はもちろんで気を付けなくてはいけないような気がする。
コンサート当日になり、私達は緊張しながらも、出番が来るまで舞台裏で互いに鼓舞していた。
私達四人の手を重ねて、
「ユウリここで気合の一言を頼むよ」
突然明さんに言われて、愛梨とエリちゃんも私の目を見てそう促している感じで私は少し困惑したが、心に何の迷いもなく今思った事を口にする。
「互いを信じて、自分を信じて今一つになろうフォルトゥーナ」
するとみんな黙り込んでしまって、何かそんなみんなを見ていると恥ずかしくなり、
「私変な事言った?」
「ゴメン。確かにユウリの言う通りだけど何か笑っちゃう」
明さんが言うと、愛梨もエリちゃんも笑っている。
「何よみんな。私は本気なのに」
本気で私は怒る。
「悪かったよ。そうだな。ユウリの言う通りだ。『互いを信じて自分を信じる』か改めて頼むよ」
明さんに言われて、気を取り直して、
「一つになろうフォルトゥーナ」
すると今度はみんな私の言う通り一つになるかのように、「おー」と声も掛け声も一緒になり私もみんなも気合が入り一つになった感じがした。
そして私達の出番になり、司会の人が、
「さあ次のバンドは以前このステージを沸かせたフォルトゥーナです。どんなパフォーマンスを見せてくれるのでしょう。では登場していただきましょう。
フォルトゥーナカモン」
私達はステージに立ち、それぞれのポジションに立ち、客席から予想以上の喝采が飛び交った。
ブログで今日ライブやると告知したら、来てくれるって答えてくれた人がいたっけ。
もちろん私達の名前を付けてくれたフォルトゥーナファン第一号の涙さんも来てくれるって言っていた。
涙さんとはあれからもメールのやり取りをしているので、私達のファンでもあり友達のような関係になっている。
この満席になっている百五十人の客席の中に涙さんはいるのかとちょっと気になり、見渡すと一瞬目が合って、もしかしたら涙さんじゃないかって思った。
お互いに笑顔をかわしたいと思ったがそんな余裕もなく、私達のステージを待ちに待っている人たちの喝采にその気にかける気持ちは遠のいた。
そして愛梨がマイクを手に取り、
「今日は私達フォルトゥーナの演奏を聞きに来てくれてありがとう。私達は全力で行くからみんなもついてこーい」
愛梨は最近はクールになっておとなしくなったが、マイクを取りステージに立つと、トランス状態になるかのように性格がハイテンションになる。
そして愛梨がマイクを構え、人差し指を頭上に突き上げてドラムのエリちゃんに合図を送る。
エリちゃんのドラムの合図で演奏が始まる。
何だろう?私達は一体となっている。
それは練習を積み重ねてきて、私達は一体になっていると感じてきたことはある。
一体と言うかシンクロしていると言った方が良いかもしれない。
そしてシンクロして、私達は涙さんが名付けてくれた運命の女神であるフォルトゥーナが舞い降りたと言うか、目には見えないが演奏している時、フォルトゥーナの幻影と言うか私達がフォルトゥーナ運命の女神そのものって感じだ。
自分でも何を言っているのか、分からないし理屈では説明できない。
そしてシンクロしてフォルトゥーナそのものとなった私達はお客さんを激しく魅了している。
それまでは何の違和感はなかった。
それは私達の積み上げて来た実力と自負しているから。
その違和感というのは何か愛梨から妙な何かを感じた。
愛梨はただ歌っているが、さっきも言ったが私達はシンクロして演奏している。それは愛梨も同じ事。でも私達のシンクロから愛梨は逸脱するような感じだ。
どう説明したらいいのか分からないが、とにかく愛梨の様子がおかしい。
そしてそれを受けた観客達もそんな愛梨に激しく魅了されているのはもちろんの事、見渡すと、客席以外の行きずりの人から店から仕事を忘れて愛梨の歌声に魅了されて、我を忘れたかのように引き付けられてきた感じだ。
つまり私達の四人の演奏の中で、愛梨が一人だけ抜きんでている。
こんな事練習中にはなかった。
観客を前に立つとハイテンションになり愛梨はそうなってしまうのかと思ったが、でもやっぱり何かおかしい。
曲が終わり、観客達に激しい大喝采を受ける私達。
お客さんの反応はこの上なく嬉しいと思ったが、私はやっぱり何かおかしいと思った。
明さんとエリちゃんの方に目を向けると二人とも同じ反応を目で訴えている様子だ。
愛梨の方を見ると、心なしか?愛梨は我を忘れて何かにとりつかれている感じだった。
そこで横浜太郎の言葉が私の頭によぎる『愛梨ちゃんはすべてを知る存在になろうとしている』って。
「すべてを知るってどういう事だろう?」
と大喝采の中人知れず呟いた。
考えている余裕もなく次の曲が始まる。
コンサートは大成功だった。
喜びをみんなで分かち合いたいと思ったが、愛梨は何か疲れている感じで、私と明さんとエリちゃんは何か妙な感じがして正直喜べなかった。
でもこんなにお客さんが盛り上がってくれて嬉しいと言う気持ちはあった。
でも何か腑に落ちない部分が心の中に生じている。
舞台裏で、何か疲れている感じの愛梨にペットボトルの水を差しだす。
「大丈夫か愛梨」
大丈夫だと言わんばかりに愛梨は笑って見せたが、何か無理をしている感じだ。
何か様子がおかしい事に私達の中の空気は緊迫状態だった。
とにかくこの空気にいるとたまらないのでどんな言葉を言って吹き飛ばせばいいか頭の中を巡らしていた。
そんな時、エリちゃんが、
「すげえよな。こんなにお客さんに喜んでもらえて。練習のかいがあったな」
とエリちゃんがこの緊迫した空気を何とかしたいと言う、無理して盛り上げようとしているのが分かってそんなエリちゃんに悪いがとてもその気にはなれなかった。
するとエリちゃんは気まずくして「悪ぃ」と謝っていた。
『謝らなくても良いのに』
とも言えなかった。
コンサートは大成功だ。
そんな緊迫した空気の中、
「こんにちは」
と私達に挨拶をして舞台裏にやってきたのは私と愛梨が憧れているシンガーソングライターのアスナさんだった。
私は目を疑って。
「あなたはアスナさん?」
「そうよ。あなた達の演奏を聞かせてもらって、ぜひあなた達に挨拶をしたいと思ってね」
と輝かしい気品のある笑顔で私達を見る。
芸能人にこうして生で見るのは初めてで、しかも私と愛梨が憧れているアスナさんにこうして出会えて私はすごい感激をしてしまっている。
「私、あなたの歌で何度も励まされてきました」
すごい興奮をしてしまって緊迫している空気にいる事さえも忘れてしまっていたほどだ。
「愛梨、アスナさんだよ」
ちょっと疲れている愛梨に喜びを分かち合おうと呼びかけるが、
「そう。すごいな」
と言ってあまりうれしそうじゃなかった。
「明さん明さん。エリちゃんエリちゃん」
明さんともエリちゃんともこの喜びを分かち合いたいと思ったが、二人はアスナさんのファンでもなくて別に嫌いと言っていた訳じゃないが、二人は芸能人を前にしてはしゃぐほどのミーハーではなかった。
こうして喜んでいるのは私だけで、忘れていたが私達は何か妙だと思って緊迫していた空気にいた事を思い出し、そんな自分に嫌気がして、アスナさんには悪いが、テンションが下がってしまった。だから私はアスナさんも含めて「ごめんなさい」と自重した。
「どうして謝るの?」
「いや、その」
どんな言葉を言えば良いのか私は困惑して視線が自然と泳いでしまった。
「私が有名人だからと言って恐縮する必要はないよ。私はただあなた達に興味をあって私個人でお近づきになりたいと思っただけよ」
その言葉に私は気分が一転して、
「そうなんですか?」
するとアスナさんはにこりと笑ってくれた。そこで明さんが、
「そんな有名人がわたし達の前に現れて、どういう風の吹き回しかと思ったが、あんたは本物みたいだな」
明さんもアスナさんの真摯な思いを感じてくれた。
エリちゃんも笑ってくれた。
でも愛梨は何か疲れているようで、そんな余裕がないと言った感じで俯いている。
そこで私達はコンサートが成功してよかったと改めて思えた。
まあ愛梨は疲れていて今はそんな感じじゃないけど、後で私達の気持ちを共有できると私は思っている。




