フォルトゥーナ
次の日、朝食が終わって、バンド名を考えるより、何か次の曲の詩を書きたい気持ちで机の上で、ノートを広げシャープペンシルを構える。
テーマは現実に蔓延る恐怖から一歩踏み出せる勇気だ。
それは以前、明さんの事情から聞いた織田に関する事がきっかけだ。
一昨日私は明さんの事情を聞いて、織田というあの刑事に恐怖に苛まれそうになったが、かけがえのない存在の愛梨が居て私はその恐怖から抜け出す事が出来た。
だからあたり前の事を言うようだが、人間は一人では生きていけない。
その事を書きたいのでどうやったら人の心に届いて、一歩踏み出せる勇気に変わるか、私は考えている。
でも改めてあの織田の事を考えると、怖くなってしまうが、私には愛梨が居る事を強く言い聞かせ、私は勇気を振り絞って、その思いを巡らし詩にしようとしている。
アイディアが出そうで出ない。
愛梨の方を見ていると、愛梨もギターを弾いて試行錯誤をしながら譜面に曲を描いている。
色々と描いて後で見てみたが心にぐっと来る詩が浮かばない。
気がつけばお腹が空いていたので、時計を見ると正午を過ぎた所だ。
うまくいかない事にいらだちに苛みそうになったが、このような作業って焦るとあまり良い物はかけないので、深呼吸をして自分に焦るなって言い聞かせ、お昼をとる事にする。
夏休みに入ってから、学校がないので、いつもお昼は適当に冷蔵庫にある物を食べている。
昨日と同じで保存して冷凍してあるご飯を解凍して、納豆でも乗っけて食べよう。
それと愛梨の分も用意しといてやるか。
机から立ち上がり、ベットの方を見ると愛梨はおらず、どこに行ったんだろうと一階に降りると、台所で何かしている。
「愛梨」
「あーユウリ。今チャーハン作っているから」
愛梨は手慣れた手つきでフライパンを優雅に操る。
そんな光景を目の当たりにしてある事を思い出す。
愛梨って料理が得意だったっけ。
そして愛梨特製のチャーハンは出来上がって、食べてみると何か懐かしい味がした。
この懐かしさは何だろうって考えると、去年の夏を思い出す。
そういえば、愛梨が私に勉強を教えて貰うために去年の夏休みいつも付きっきりで教えて、愛梨のお詫びでいつもこのチャーハンを食べていたっけ。
何て物思いに耽っていると、気がつけば愛梨は、
「どうしたユウリ、お口に合わなかったか?」
不安そうな目をして私を見ていたので、
「いや、そんな事ないよ。このチャーハンおいしいよ」
正直な気持ちを愛梨に伝える。
お腹が膨らんで、まだ明さんとエリちゃんが来る時間まで早いので、机の上で詩を描こうと必死になっていた。
そんな時、呼び鈴の音がして、何だろうと玄関まで駆けつけると、明さんとエリちゃんだった。
「よう」「おう」
明さんとエリちゃんはそれぞれ言う。
「どうしたの?今日は原付じゃないの?」
「つーか原付がパンクしちまってよ」
と明さん。
「そう。まあとにかく上がってよ。今日もいつも通り練習練習」
この時はバイクがパンクしている事を気にしなかった。
練習の前に昨日作ったホームページに訪れた涙さんのコメントが嬉しくて私は二人にも共有したいと思って見せたら、二人もテンション上がって喜んでいた。
「昨日作ったばかりなのにもうコメントが」
明さんは唇をつり上げ嬉しそうにニヤリと笑う。
「うちらが昨日必死こいて作ったかいがあったな」
とエリちゃん。
そこでエリちゃんが今度、私達が演奏している様子を動画をホームページに乗せようと提案して、満場一致でさっそく明日やる事に決めた。
何か分からないけど、すごく楽しくて愛梨の名台詞のテンションマックスって感じで、この上ない多幸感に酔いしれそうだ。
練習が終わって、そこで私はバンドの名前を付ける事を忘れていた。
もしかしたら、バンド名何て愛梨の言う通り適当で良いか、別になくてもいいんじゃないかと思ったが、昨日の涙さんのコメントを思い出し、練習が終わったらとにかくみんなで話し合う事に決めた。
練習が終わって、私の部屋にみんな集まって名前の話をする。
「何か愛梨の言う通り、適当で良いか、なくても問題ないと思ったけど、どうする?涙さんのコメントのアドバイスもあるし」
私が言う。すると愛梨が、
「だから言っただろ。そんなの適当で良いか、それかパッと思い浮かんだもので良いって。バンド名何てあまり深く考える必要なんてないよ」
昨日は適当と聞いて私はいらっとしたが、本当に適当で良いか、もしあれだったらなくても良いが、涙さんのコメントのアドバイスもあるし。そこで明さんが、
「そういえばユウリ、昨日、そのコメントをくれた涙って言う人にアドバイスを貰う提案を出しただろ」
「うん」
「じゃあ、コメントが来ているか見てみよう」
スクリーンセイバーのかかったパソコンを立ち上げ、ホームページにアクセスする明さん。
さっき見たばかりだからまだ来ていないんじゃないかと思ったが明さんは、
「おっ、早速コメントがかかれているぞ」
『こんにちはユウリさん。昨日はメールありがとうございます。
部外者の私にユウリさん達のバンドの名前を付けるなんておそれ多いと思いましたが、その事で私は考えさせられて夜も眠れない程でした。
色々とみなさんが演奏している所を想像して見て、考えて考えましたが、なかなかしっくり来る物が出ませんでしたが、そこで素直な気持ちで思い浮かべたら、これなんか良いんじゃないかと思って、提案しました。それは
フォルトゥーナ
って言うのはどうでしょう。
私は神話が大好きで、このフォルトゥーナと言うのは運命の女神で運命って言っても、幸運をもたらす運命の方の女神です。
つまり私が言いたいのはあなた達に出会ったことで私は幸運になれた。それって運命ですよね幸運の。
だからフォルトゥーナって言う運命の女神って言う意味の名前はどうでしょう?
気に入らなかったらボツしてもかまいません』
涙。
明さんはメールに目を通して、
「なるほど、フォルトゥーナで運命の女神って訳か。いいんじゃね」
私は今一って感じだったけど、明さんが言うなら、
「そうだね。良いかもしれない」
エリちゃんが、
「じゃあ今日からうちらフォルトゥーナね」
愛梨は名前を決まって「フフ」と嬉しそうに笑う。
私達のバンド名はフォルトゥーナで通称運命の神様。
運命の神様って言うのは良いが、ネーミング的に正直しっくりこない感じだったが、涙さんが決めてくれたから、とりあえずオーケー。
考えてみれば涙さんは、こうして私たちのライブに誘われ、私たちに興味を持ち、そして名前まで付けてくれた事って何か素敵な偶然だと思った。
それこそまさに運命の女神であるフォルテトゥーナの恩恵かな?
とにかく私達のバンドはフォルトゥーナ。
これからバシバシ行きたいとテンションが上がる。
そんなテンションの中、名前も決まって練習もすんで、少し時間が余ったので、その少ない時間に、色々と遊んだりした。
ふと思うと明さんの心を私で染めたいと言う気持ちは私の心の隅にとっておいた方がいいだろう。
私と明さんは女同士だ。
明さんが私の気持ちを知ったらと思うとどうなるのかと、考えようとするが、それ以上は怖くて考えられなかった。
そう思うと私は神様を恨む自分がいた。
どうして明さんは女性なの?って。
明さんが男だったら、私はそんな明さんに全身全霊尽くしたいとも思っている。
「じゃあ、明さんエリちゃんまた明日」
「明日、ビデオカメラ持ってくるから、それでうちらのPVでもとろうぜ」
「楽しみにしているよ」
愛梨いわくテンションマックスの私は調子に乗ってエリちゃんに抱きついてしまった。
「何やってんだよ。ふざけんなよ」
何てエリちゃんもテンションマックスで嬉しそうだ。
「何やってんだよ。お前等」
楽しそうに言う明さん。
そして明さんとエリちゃんは帰って行った。
そんな時であり。愛梨が明さんとエリちゃんが去るもっと遠くの方に視線を向けているのに気がついて、
「どうした愛梨」
「嫌な雲行きだな」
「ハァ?」
愛梨の言っている事が意味不明で、思わず言葉が漏れる。
愛梨が言う嫌な雲行きって言うけど、確かに空を見上げると、日が沈む方角から灰色の雲が蔓延っていた。
その事を言っているのか。
この時はそう思っていた。
まさかこれから私達に恐ろしい事が起こる事を私達は知るよしもなかったんだ。
長い長い夏休み、そんな夏休みも中盤に入った頃、PVが完成して、早速ホームページに乗せた。
まあPVって言っても私たちが自作自演で素人さながらだが、気合いを入れて楽しく作ったつもりだ。
ただ演奏しているシーンだけでなく、本物のアーティストのように、私たちで色々と意見を交わしながら、海で戯れているシーンや、私の部屋でテレビゲームしている演出なんかも取り入れたりもした。
改めて見ると良くできていると思う。
初ライブも成功してフォルトゥーナと言うバンド名も決まり、こうしてPVも完成した。
そうそうあれからコメント欄には涙さん以外に、何人かの人達からコメントをもらった。
どれも私たちの事を応援する内容だった。
すべての人に返信は出来ないが、中でも私は初めてコメントをくれて名前まで考えてくれた涙さんとはここ数日メールのやりとりをしている。
涙さんは女の子みたいで、中学三年生で今年受験を控えている。
涙さんは私たちの演奏を聴いて、励みになったと言っていた。
そんな涙さんの事を聞くと創作意欲が増す。
私の詩は誰かの為の支えになっている事は大きな自信につながる。
だからこうして毎日慢心せず、前進すれば、きっと夢は叶う。だから涙さんにも、これから私たちの演奏を聴いてくれるファンの人たちの為にも私たちはとどまらない。
ホームページにPVを乗せ、練習も終わって、時間が余って、今日は学校の宿題をみんなでやる事に決まった。
私は普段、宿題も勉強もしているので、三人が勉強している時、詩を描いていた。
テーマは以前と同じ、恐怖感から一歩踏み出せる勇気の事だ。
まだ詩にまとまっていなかった。
私が詩を考えていると、明さんが、
「ユウリ、ここなんだけど」
明さんが分からない数学の問題を私に聞く。
「ああ、微分積分ね」
私は明さんに教える。やっぱり明さんを近くに感じると、胸がドキドキと高鳴ってくる。
教えてあげて明さんは理解してくれて、
「サンキューユウリ」
何てお礼を言われて、気持ちがほっこりしてしまう。
何だろう。お礼を言う明さん。その他にもベースを弾いている明さん。今明さんが勉強に熱心になっているその横顔。その他にも色々とあるが、その明さんのすべてが特別な物と感じてしまう。
思えばこんな風に人を好きになった事はなかった。
愛梨とエリちゃんの好きと比べると、それは比べる物じゃなく違うと言った方がいいだろう。
恋と言う物は恋愛小説を読んで分かっていたつもりだが、それは理屈では分からない物で実際に身を持って味わらないと分からないものだと気づかされる。
私は明さんの事が好き、でも私たちは女同士。
それで私の中で話は終わって、そんな日々の繰り返し。
その思いは日に日に募っていく。
憧れにとどめておくと言う手もあるが、そう考えるとすごく切なくて辛い。
こんな話明さんにとって迷惑な事だろう。
それはともかく今は明さんの事情を聞いた織田の件で、詩を作っている。
明さんはそんな恐ろしい奴に欺かれ、すごく辛く恐ろしい気持ちに陥ったのだと思う。
とにかくその事はエリちゃんと明さんで忘れるように以心伝心したみたいだが、今に至るまで、辛い思いをしてきたかもしれない。いやもしかしたら、表情には出さないが、明さんはまだやるせない気持ちに苛んでいるかもしれない。
それは分からない。
そんな明さんの事が知りたい。
明さんのその宇宙空間のような心の隅々まですべてを知り尽くしたい。
どんな事を思っているのか知りたい。
なんて考えながら、そんな明さんの勉強している横顔を見つめていると明さんが私の視線に気がついて、
「どうした?」
私は慌てて、目を反らして、
「何でもないよ」
と言うと明さんは再び勉強に入っていった。
私も詩を描かないと。
何となく愛梨とエリちゃんの方を見ると、二人ともまじめにやっている。
まあ、エリちゃんは元からまじめだが、以前愛梨は、即座に他力本願で、私にノートを見せてくれ、と言ってだだをこねたっけ。
そんなまじめに勉強をしている愛梨を見て愛梨はメモリーブラッドの件から変わった何て友達ながら嬉しく思う。
見えない力におびえ、一人泣いていた僕にその暖かな手を差し伸べた君。
言葉にしなくてもその思いは僕に伝わり、明日を見つめる勇気が芽生えた。
僕の涙は弱虫の涙じゃない、本当の優しさからきている涙って君は教えてくれた。
そして乾いた瞳を空に向けたら、虹を見渡せたよ。
言葉なんていらない。ただ君が側に居てくれればいい。
煩わしく思う時もあってケンカもよくしたけど、僕が僕でいられたのは君を側に感じていられたからだ。
それでも見えない力は続き、決してその手を離してはいけないと僕は思う。
そして共に心に剣を構え、共に戦おう見えない力に。
そう、人は見えない力の前では無力なのかもしれない。
その力におびえる事は仕方がないのかもしれない。
人間の敵は同じ人種である人間である。
でも人間同士の絆は人間同士で繋ぎ、どんな軋轢があっても決してそれを断ち切ってはいけない。
断ち切れば自分を見失い、その見えない力に深い永遠の闇に追いやられてしまう。
だから私には愛梨がいる。明さんがいる。エリちゃんがいる。
だからそれで良い。
そしてその思いを詩にするんだ。
「ユウリ」
誰かが私の名前を呼ぶ。
まどろんだ瞳で辺りを見渡すと、みんな私の事に注目している。
「どうしたのみんな」
するとユウリが、
「よく寝ていたな」
寝ていたと聞いて私はどうやらみんなが勉強している時に詩を描いていたんだっけ。それでいつの間にか眠ってしまったようだ。
明さんが今さっき描いた私の詩を読み上げる。
自分が作った詩を読み上げられ、私は少し恥ずかしく思って、
「やめてよ明さん」
「良いじゃん。どうせーいつか大勢の観客の前で歌うんだから」
確かにそうだがまだそれは完成していない。
そして明さんが最後まで私が描いた詩を読み上げた時、みんなほっこりとした顔をしていた。
そこで愛梨がクールに笑いながら、
「曲の創作意欲が増すよ」
と言って明さんが持っている私が描いた詩を受け取って、
「この詩にマッチした曲を考えておくよ。そしたら、早速みんなで新曲作りだな」
そこで明さんが、
「愛梨、悪ぃけど今度の作曲はわたしにも考えさせてくれないか?」
「いや、作曲はボーカルである私がした方が良い」
きっぱりと言う愛梨。明さんは少し残念そうに、
「そうか」
と諦めていた。
思えば、このバンドの歌は歌詞は私が描いて、曲は愛梨が描いている。だから明さんとエリちゃんの詩や曲を入れ、バリエーションも増やした方が良いと思って私は愛梨に言う。
「愛梨、明さんにも曲を考えてもらおうよ」
「私は別に意地悪を言っているんじゃないよ」
「そんな事は分かっている。でも私たちのバンドはいつも歌は私が歌詞を描いて曲は愛梨がもっぱらじゃん。だからバリエーションを増やすために明さんの意見も取り入れようよ」
愛梨が息をつき、
「分かったよ」
と言って明さんに真剣な視線を送り、
「明、考えるからには、気合いの入ったやつを頼むな」
すると明さんは、不敵に笑って、
「任せろ」
何てそんな明さんを見ると、体全体の細胞がひしめき合うように熱くなってくる。
明さんかっこいい。
帰り際、明さんは言った。
今日私が描いた詩を見て曲を描いてみたいって。
私もぜひぜひと言う感じで、大歓迎だ。
私の歌詞と明さんの曲で一つの歌になるなんて、何か素敵だ。
明さんは私の歌詞をどんな曲に乗せてくれるのだろう?
想像しただけで、テンションマックスって感じ。
自分の描いた詩を見つめて、思わずノートを抱きしめてしまう。
そんな状態で背後から気配を感じて振り向くと愛梨だった。
恥ずかしい所を見られてしまい、愛梨は淡々としたクールな表情で何事もなかったかのように、部屋から出ていった。
すごく恥ずかしい所を見られたのに、私は不思議と気にする事がなかった。
考えて見れば、愛梨にはメモリーブラッドで私が明さんの事を密かに思っている事を知っているんだろう。
思えば、最初は知られた時は身が悶えるほどの恥ずかしさに苛んだ。
でも愛梨は私の恥ずかしい事を知っているからと言ってその事に対してちゃかすような奴じゃない事は明さんも知っている。
だから知っているなら、せめて黙っていてほしいと言う私の気持ちを知っているのだろう。
夜九時を過ぎた頃、愛梨は私が書いた詩を片手に、窓の外から身を乗り出してどこか遠くを見ていた。
私が描いた詩を見つめて、その曲を考えているのだろう。
愛梨ならきっと素敵な曲を作るのだろうけど、明さんも今頃、私の歌詞を見ながら曲を考えているんだろうな。
出来れば今回は明さんの作曲で行きたいと私は思っている。
まあ、歌はいつも愛梨が中心になって考えるから愛梨次第だな。
でも愛梨でも明さんでも、どちらが作っても明さんと一緒に演奏できる事には代わりはない。
涙さんに対する思いを歌詞に描きたいので、寝る前に考えて見ようと思う。
何て頬杖をつきながら机に向かって考えていると愛梨が、
「『見えない力』かあ」
と愛梨が何気に呟く。
見えない力とは私が描いた歌詞の一説だ。そんな愛梨に、
「何か良い曲でも思いついたの?」
「いや、このフレーズを見ていると何か見えてきそうな気がするんだ」
「見えてくるって曲が?」
「いや、曲の事じゃない」
「じゃあ、何なの?」
すると愛梨はその赤い赤い瞳を私に向け、
「わからない。でも何か嫌な予感がする」
それを聞いて、せっかく詩が思い浮かんできそうな良い気分を害され不快な気持ちに染まり、私は愛梨に、
「やめてよ愛梨」
強く否定した。
「ごめん」
と愛梨は謝って、再び私が描いた歌詞を見ながら、何か曲を考えているのか?わからないが物思いに耽っている感じだった。
気にする事はないと再び気分を取り戻し、涙さんに対する思いを歌詞する事に専念した。




