涙
そして私の涙が落ち着いた頃、明さんとエリちゃんは事情を話してくれる事になった。
確かにもう過ぎ去った事だし、話してもどうしようもないことかもしれないが、私は心配だった。
でももしかしたら明さんとエリちゃんが私と愛梨に話してくれたことによって、気持ちが楽になるかもしれないし、それと私の心配事も和らぐかもしれない。
そこで勉強になったが、力になるってそういう事でもあるんじゃないかなって思った。
だから私と愛梨は明さんとエリちゃんの昨日の件に関する事情を聞くことにする。
遡る事、二年前、私と愛梨が二人と出会う以前の事だった。
エリちゃんと明さんは中学一年の時に出会って、今に至るまでマブダチ的な存在だった事は知っている。だが二人の間にはまた一人マブダチ的な存在の友達がいた事は聞いたことがなかった。
二人にとって、お互いに辛くなるので、今後一切その人の事を語り合うのは暗黙的なルールみたいだった。
中学時代何をするにもどこへ行くにもいつも一緒だったと言う。
良く喧嘩もしたって言っていた。
話を聞いて分かるが、それは私と愛梨との関係のようなものだとも思った。
その人の名前は清澄貴子。
二人はそんな貴子さんと言う人をタカと呼んでいた。
エリちゃんもそんなタカさんが好きで、明さんも家庭の事情とかで良く相談にも乗ってくれて頼もしかったと言っていた。
そのタカさんと言う人、明さんよりも強く、強面の男子をノしてしまうほどの強さだったという。
そんなタカさんからの喧嘩のアドバイスは、喧嘩は先手必勝だと言っていたらしい。
明さんはタカさんとの思い出を感慨深そうに語っている。
じゃあ、そのタカさんは今は?
と聞いてみると、明さんはしみじみと思い出に浸っていた穏やかな表情から一転する。
そして体を硬直させ、プルプルとわななく感じで、それはまるで辛いことを思い出している時のように感じた。
『喋りたくなかったら喋らなくて良いよ』と言いたかったが、私は知りたかった。いや知らなければいけない事だと思った。
だから私はそんな明さんをじっと見つめ、『頑張って』と心の中で呟いていた。
そこでエリちゃんが、
「明さん」
と心配そうに語りかける。
「大丈夫だエリ、確かにこの件に関してはもう過ぎ去った過去の事だが、こいつらに知っておいて欲しいとわたしは思う」
「・・・」
黙り込むエリちゃん。
そして明さんは意を決したかのように。
「タカは死んでしまったよ」
その衝撃的な事を聞いて私は他人事ではないと感じて、胸を強く痛めた。
明さんの話を聞くと、そのタカさんはあの織田と言う刑事にはめられて殺されてしまったらしい。
詳しい事情を聞くと、明さん達は中学の頃はかなりやんちゃで、エリちゃんとタカさんとで良く夜遊びをしていたという。それで良く警察に補導され、その担当だったのが織田だったという。
織田は少年課で非行に走ろうとする少年少女達に真摯に向き合いっていて、三人はそんな織田に信頼を寄せていたと言っている。
そして事件は起きた。
その事件はちょうど二年前に起こった少女覚醒剤密売事件であり、私もニュースで見ていて衝撃を受けた記憶にあり、まさか明さんが関与していたのは驚いた。
確かあの事件、当時女子中学生が、その事件名通り、少女が覚醒剤を密売していたところを、発見され、目撃された直後、積み上げられたコンテナの上から飛び降りて自殺してしまったと聞いている。
場所は、ここからそれほど遠くはなく、車で30分くらいのとある港だと聞いた。
明さんとエリちゃんは密売に関与しているタカさんの事を知って、バイクを盗んで二けつで向かったという。
向かいながら二人は思っていた。
どうしてタカが覚醒剤の密売に関与しているのか?
情報はスマホのメールでだ。差出人は不明だと聞いた。
半信半疑だったがタカが危ない事を知って、向かった先はとある港であり、そこにはもうすでに何人かの警察官が待機していた。
そして積み上げられたコンテナの上を見ると、段ボールのような箱を抱きかかえているタカさんと、そのタカさんに拳銃を向ける織田の姿だった。
そんな光景を目の当たりにした明さんとエリちゃんは状況が今一理解できない感じだったという。
とにかく気が気でなくなった明さんは、タカさんの名を呼び、駆けつけようとしたが、待機していた警察官に取り押さえられて動ける状態ではなくなった。
明さんとエリちゃんは取り押さえられながらも、その光景を一部始終見ていた。
おびえているタカさんに拳銃を突きつける織田。
そして織田はその引き金を引いた。
その瞬間を今でも鮮明に記憶に残っていると言う。
タカさんは撃たれたのではなく、織田は空に向かって発砲したのだった。その音に驚き、積み上げられたコンテナから誤って落ちてしまった。
そしてタカさんは帰らぬ人になった。
どうしてタカさんが覚醒剤の密売に関与していたのか、疑問にも思い、どうして織田が取り締まり、タカさんを自殺に見せかけたのか?
明さんとエリちゃんは織田の事を信頼していた。
その信頼を裏切られる気持ちは心を引きちぎられる程の痛みだと私は知っている。
そしてその痛みに追い打ちをかけるように、織田は真実を教えてくれた。
貴子さんにはおとりになって貰った。
って。
それでも織田は開き直るように、騙されたからと言って、僕を恨んでも何も良いことなんかないからね。
と。
明さんもエリちゃんも怒りを通り越して、頭の中でパニック状態で、人間不信になりそうな程苛んだと言う。
そして明さんはエリちゃんに、この事は忘れようと言っておきながら、許せぬ相手である織田を殺そうと目論見、一人で立ち向かい、織田の後を付け、織田は覚醒剤を密売しているグループと手を組んでいたことがわかった。
とにかく織田だけでも良いからタカの仇と思って、バタフライナイフを片手に乗り込み・・・。
「それでどうなったの?」
私が息を飲みながら明さんにその真相を聞き出そうとマジマジとその目を見た。
「気がつけば病院のベットの上だった。わたしは確かに織田とそれをとりまく覚醒剤密売組織の連中のところに乗り込んだ。でもわたしはその時の記憶がなくて・・・」
頭を抱える明さん。
終わった事だが、何てバカな事をと、心の中でそう思った。
エリちゃんの方を見ると、その目を閉じて、聞き苦しく感じている様子だ。
以前、明さんに『一人で抱え込むな』って戒められた時、エリちゃんは言っていたっけ。『じゃあ、あの時、明さんはどうして』って、エリちゃんが言うと、明さんはその表情を歪ませていたっけ。
それはともかく、明さんが生きていて本当に良かったと思っている。でなければ、私は明さんとは出会えず、明さんとは存在も知らぬまま過ごしていただろう。
話を聞いて過去の事は変えられないし、かといって、織田に復讐を考えても出来ないし、もう忘れるしかないのかもしれない。
でも明さんは話した事で表情がすっきりした感じで、エリちゃんも同様だった。
だから二人の事を聞くだけでも、二人も少しは気持ちが楽になったろうし、私も少しだけ心配の念が解けた感じだ。
そして私たちの仲がまた一つ深まった感じがして、何か嬉しくも思う。
夜、明さんから聞いた織田の事を聞いて、私は怖かった。
あんな爽やかな笑顔の裏にとんでもないドスグロい心の持ち主がいる事に。
世の中が怖くなってくる。
布団の中で私は恐ろしくて眠れなかった。
早く寝ないと明日に支障が出てくるので、早く寝ようと思って時計を確かめようとするが、時計を確かめて眠ると余計眠れなくなってしまうので、目を思い切りつむって体のこわばりが止まらなかった。
すると何だろう?私を後ろから抱きしめてくれる感触に愛梨だと気がついた。
「ユウリ、私もあの織田と言う人間が怖いよ」
愛梨は見透かしているようだが、メモリーブラッドを使った訳じゃないことはわかっている。私は悩み事や隠し事が苦手で、すぐに顔や態度に現れる単純な女だ。だからそんな私を愛梨は察したのだろう。そして愛梨は、
「ユウリ、大丈夫だよ。ユウリは一人じゃないし、私も一人じゃない。ユウリには私がいて、私にはユウリがいる。それに明やエリも」
愛梨にそう言われて、恐怖感が払拭されて、涙がこぼれてきた。
そうだ。私は一人じゃない。友達のエリちゃんや愛してしまった明さんに、今こうして抱きしめてくれる愛梨がいる。
だから怖くない。私は一人じゃない。
でもどうしてこんなに涙がもろいのか?自分が嫌になるが、愛梨はその事を察するように言う。
「ユウリは自分が涙もろいから泣き虫だと思っているみたいだけど、それは違うと思うな。
ユウリの涙は優しさから来ていると私は思う。
だからその優しさを育めば、ユウリはもっと人から愛されるようになるよ」
愛梨の優しさが身にしみて、すごく心が潤った感じだ。
愛梨はメモリーブラッドを得てから変わったと言ったが、それは外見的に大人しくなっただけで、内面的には変わっていない。
こうして怖い時や、悲しい時に、私の気持ちを真摯に受け止めてくれる。
それは憎い時や、嫌な時もあるが、愛梨は私にとってなくてはならない存在だと改めて知らされる。
いや改めてなんて何度も思っている感じだが、愛梨と私の関係ってそんな事の繰り返しだ。でもそれで良いのかもしれない。
気がつけば私は愛梨の抱擁の中、人知れず安らかな眠りに落ちたのだった。
朝目覚めると、眠る前の恐怖感は払拭され気分がすっきりしていた。
でもやはり織田と言う男が怖いと思うが、そういった恐怖感は少なからず感じていた方が良いのかもしれないと思った。
そして私はその恐怖に立ち向かう勇気を持たなければならない。
その勇気は私一人で奮い立たせる事は出来ない時があるかもしれないが、私には愛梨や明さんにエリちゃんがいる。
だから勇気だけではダメで、何か思い浮かべるとこっぱずかしくなるが、愛も必要なのかな?
愛と勇気って何かエリちゃんがはまっている美少女御子ナナみたいだけど、生きるためには必要なものなのかもしれない。
でも愛だの勇気だの、あまり言葉には出来ないし、思う事すら何か恥ずかしくなってしまうので、口には出さずに心の引き出しにそっとしまっておいたらどうだろう。
それでもしそれを共有する人と出会えたらって・・・昨日愛梨と共有したね。
愛梨とは言葉にしなくても何か心で通じ合っている感じだ。
それと明さんともエリちゃんともそういった関係になりたいと思っている。
特に私は明さんと通じ会える関係になりたいと強く思う私がいる。
もしかしたら私は明さんとエリちゃんの力になりたいと思って、事情を聞いたのは明さんの事が知りたいからと言う、不純した気持ち何じゃないかと、ちょっぴり心にもやがかかっている。
だったらそれでも良いから、今日もみんなといつものように練習しようと思う。
私達は舞台に立ってライブを成功させた。
これは私たちにとって自信になる事だ。
いつものように練習して、その後、私達は自身のバンドのホームページを作る事をエリちゃんが提案した。
まず私達の写真を乗せるために、いつも家の庭で練習している場所を背景に、私達は集まって聡美お姉ちゃんに写真を撮って貰った。
そしてそれぞれの写真やプロフィールなどを掲載した。
結構面倒くさい事だと思ったが、やってみると結構楽しくて、のめり込み、時間などあっと言う間に過ぎていく。
そこである重大な事に気がつく。
それは、
「まあ、プロフィールなど活動履歴は、後でおいおい更新していけば良いかな」
エリちゃんは言う。
「そういえば、私達バンド名がないね」
私が言うとみんな『そういえばそうだった』的な顔をしている。だから私は、
「ホームページ作ったのは良いけど、とりあえず、バンド名つけようよ」
「ユウリの言う通りだな、バンド名なんてわたし達考えた事なかったな」
と明さん。
「別にバンド名何て適当で良いんじゃない」
と愛梨。愛梨の発言に少しカチンと来て、
「適当なんてとんでもないよ」
「・・・」
私に叱咤されて反省モードの愛梨、私はとりあえず咳払いをして、
「とにかくバンド名をつけようよ。私達四人にふさわしいそんな名前が良いね」
「ふさわしいって?」
愛梨。
「それをこれから考えるんだよ。私達にふさわしい、ぐっと来てかっこいいのが良いよ」
と私が言って、とりあえず、バンドを結成させ、ライブまでして、こうしてホームページを作ったのは良いが、肝心のバンド名を決めていなかった事にみんな納得して、私達はそれぞれ考えた。
でも簡単そうですごく難しい。
みんなで何個か案を出したが、やっぱり納得がいかない物ばかりで、なかなか決まらない。
そんな時愛梨が言うのが、
「名前なんて適当で良いんだよ」
「適当なんてとんでもないよ」
私が言う。
「わかったよ。確かに適当は良くないな。だからあまり深く考えず、とにかくそれらしい名前を付けて、今後私達の活躍で、その名前がしっくり来るようなものがいいんじゃないかな?」
確かに愛梨の言うとおりかもしれない。そこでエリちゃんが、
「じゃあ愛梨、そのしっくり来るような名前ってどんなの?」
すると愛梨は視線を斜め上に向け考えている感じで、再び視線を戻してエリちゃんに言う。
「そう考えると難しくなるから、あまり深く考えないでパッと思いついたのが良いよ」
「お前が難しくしているんじゃないか?」
ちょっといらっとした感じでその視線を細めるエリちゃん。
「まあ、とにかくユウリの言うとおり適当は良くないから、あまり深く考えず、パッと思い浮かんだ物で良いよ」
そこで私は考える。パッと思い浮かんだ物って、エリちゃんの言う通り何か難しい。
愛梨は私や明さんエリちゃんの顔をそれぞれ見て、それは難しいと判断したようで、
「とりあえず、明日までにそれぞれ考えて案を出そう」
気がつけばいつの間にか日は暮れ、時計を見ると午後六時を過ぎたところだった。
今日のところはお開きになって、愛梨と家事を手伝いながら、私はバンド名の事を考えていた。
バンド名を決めるなんて、いざ考えると簡単なようで難しい。いや私が難しくしているのか?
愛梨の方をちらりと見ると、黙々と家事をこなしている感じで、いつものように黙っている。
そういえば今日、愛梨は珍しく、私達にバンド名に対して意見をまとめてくれた。
メモリーブラッドを得てから、あまりそういった事はしなくなり、最近では私がバンドをまとめるようになっていったけ。
食事が済んで、愛梨とバンド名の事を相談しようとしたが、愛梨は相変わらず、どこか遠くを見つめて、物思いに耽っている感じだ。
そんな愛梨に何て言ったら分からず、何か愛梨は話しかけるなと言いたげな雰囲気を醸し出していた。
これはメモリーブラッドを得てからいつもの事だった。
このままでは愛梨との関係に距離が出てしまうんじゃないかと思ったが、考えてみれば、昨日私と心で通じ合って私の心を潤してくれた事を思い出して、それはないだろうと確信した。
でもそんな愛梨が何を考えているのか私には分からない。だから思い切って、愛梨に声をかける。
「愛梨」
「ん?」
と私の方を向いて返事をする。
「いつもそこから遠くを見て何を考えているんだ」
「別に考えてはいないよ。ただ私はこうしていたい」
「そう」
会話は終わってしまった。
その後愛梨の方を見ていたが、何か心配事を考えている感じはなく、今のところ問題はないかもしれない。
『じゃあ、どうしてそうしていたいんだ』って聞きたかったが、何か聞けず、別にたいした事ではないだろうと気にはとめなかった。
それよりバンド名か?
ノートパソコンを立ち上げて、今日私達で作ったホームページにアクセスして、みんなのプロフィールや写真なんか見て、何か良いと思ってテンションが上がる。
心なしかそれを眺めているとバンド名が浮かんできそうだった。
そこでコメント欄を見てみると、早速一言コメントが来ていた。
『この前、偶然アウトレッド街に立ち寄ってライブを見た者ですが、バンド名が分からず、愛梨さんの名前と曲の名前を頼りにこのホームページまで辿りつけました。
ただ私が言いたいのはライブ最高でした。気まぐれな神様に感謝したいくらいです。
今度、いつどこでライブやるんですか?
またみなさんのライブが見たいです。
それとあなた達のバンド名は無名らしいですね。
それはそれでかっこ良いかもしれませんけど、僭越ながら申し上げますけど、バンド名はあった方が良いと思います。
このホームページ探すの大変でしたからね
またちょくちょくこのホームページに行きますんで、よろしく』
PS涙
読んだ時、今まで感じたことのない喜びに満たされていく。私は思わず、
「愛梨」
興奮して大声で呼び、愛梨は少し驚いた様子で、私の方を見た。そんな愛梨に手招きして、パソコンを見るように促す。
「どうしたんだ。そんなに興奮して」
と言ってパソコンの画面に目を向けさせる。
「見て見て」
愛梨はコメント欄に目を通している。愛梨は読み終わったのか?「フッ」と笑みをこぼして、「すごいな。今日作ったホームページにもうコメントがあるなんてな」何て、クールに喜んでいた。
以前の愛梨だったら子供のようにはしゃいでいたのにな。最近いつもこんな感じ。
それはともかく私は、コメントをくれた涙さんとやらに返信のメールを送る事にする。
『こんにちは。私はキーボード担当の渡辺ユウリです。
ライブ見てくれた上に、ホームページまで見つけてコメントまでくれてありがとう。
本当に今、空でも飛べそうなほど嬉しいです。
まだ、今のところは次回のライブは未定ですけど、日々たくさんのお客さんの前で演奏できるように練習しています。
それと涙さんが言う私たちのバンド名は今考え中です。明日までみんなで案を出すつもりです。
もしよろしければ、涙さんの意見も取りいれますんで、涙さんも良かったら考えてくれませんか?
コメント待ってます』
何て、あろう事か嬉しすぎて、私たちのファン一号の人にバンド名を考えて貰うことを提案してしまった。




