心の強さ
街が、燃える。
悪夢でも見ているみたいだった。
みんなで集まった家が。
見慣れた石造りの街道が。
思い出の公園が。
自分がいま見渡す限りの、すべてが。
めらめらと、燃え上がっている。
僕は父さんに手を引かれながら逃げていた。
眩むような赤と火煙の息苦しい香りの中を、息つく暇もなくひた走る。
「はあっ······父さっ、どこま、で、行く······の?」
「もう少しだ、サーガ!だからもうちょっと無茶してくれ!」
そう言った父さんの表情は、今まで一度も見たことがないくらい険しかった。
「はぁ······はぁっ······」
息が苦しい。
走っているからだけでなく、空気に当てられてしまっているのもあるだろう。
そんな時なのに、なぜだか頭には自分よりも幼馴染みや仲の良かった人のことばかり浮かんできた。
タクマは、フーカは無事なのかな。
ミーフェさんは、ちゃんと逃げられたのかな。
また、会いたいな······
走り続けて、何度目かの曲がり角を曲がりきったその刹那、
「うぉぉおあああーーーー!!」
黒く紋様があしらわれた金の鎧を纏った兵士が、こちらに向かって剣を振り下ろしてくる。
それは、今に至るまでに幾度となく見た光景で、
「ふっ······!」
それを父さんが白銀の剣で弾くのもまた、同じように幾度となく繰り返した光景だった。
先ほどからずっとこの様子で、走っては倒し、走っては倒しを繰り返してきたが、
「······っ」
ついに父さんが動きを止めた。
よく見れば、周囲は完全に敵に包囲されてしまっている。
父さんは周囲を見渡して、何かを悟ったのか大きく息を吐ききると、僕を抱えて、
「ふっ······!」
時を置き去りにするかのような速さで、近場の倉庫へと駆けた。
「と、父さん······?」
「大丈夫だ」
父さんはすばやく倉庫の扉を開き、中に僕を入れると、僕の顔を見ながら優しそうに言った。
「サーガ、ここに隠れているんだ。あとで俺の仲間達がお前を助けに来るから、それまではここを出るな」
「父さんは!?」
「俺は、その仲間達を守らなきゃいけない。争いを終わらせないといけない。そのために、戦う」
その言葉を聞いたとき、なぜだか、自分はここにいてはいけない、父さんを行かせてはいけないという気がした。
「帰って、くるよね?ぜったい、帰ってくるよね!?」
その問いに、父さんはただ少し微笑んだだけだった。
なんで、そんな顔をするの?
まるで、これが最後みたいな──
「······なあサーガ。人の意思ってのは強いんだ。気持ちから負けてたら、勝負だって何だって、勝てるもんも勝てなくなる。だから、心を鍛えるんだ。気持ちを強くするんだ」
なにを、こんな、ときに、そんな。
「サーガ、お前なら大丈夫だ。お前の心は強くなれる。想いはお前を強くする」
そこで言葉を途切れさせると、父さんは、遠くの空を仰いだ。
その目は、もっと遠い、遠い、どこかを見ていて。
「それと、いつかお前が大きくなったら、外の世界を見てみるといい。お前にとって、大きな財産になる」
父さんが、倉庫の扉を閉める。
そして、
「じゃあな」
それだけ言うと、父さんは走り去っていった。
行って、しまった。
「父さあああああああああああああーーーーん!」
呼びかけた声は、戦いの喧騒の中に、溶け消えてしまった。
*****
扉の隙間から見える外の世界は、さながら地獄のようだった。
僕はそれをただ、怯えながら見ていることしか出来なかった。
死んでゆく。
優しかったあの人も、
大好きだったあの人も、
掛け替えのない人たちも。
なにも、かも。
「やめろおおーーっ!やめてくれぇえええーーっ!」
ああ、届かないのか。
この声も、想いも、そして願いも。
どんなに強く、心から願ったって踏みにじられて。
想いの強さは、力にならない。
そんなのはこの世界じゃ当たり前だ。
でもそれじゃあ、あんまりじゃないか。
あまりにも、報われない。
確かに、望んだだけで力が手に入るなんて傲慢だ。
みんなが想いを持っているのに、その中で思い通りにいく人なんてたかがしれている。
でも。だけど。
「どうして、みんな殺されなくちゃ、いけないんだ·········!なんで······なんでだよ!!」
これ以上何も見ていたくなかった。考えていたくもなかった。
僕は、目も、耳も塞いで、石のように蹲っていた。
無限にも等しいような、地獄のような時間のあと、僕は助け出された。
そのとき外に出た僕が見たのは、戦場には似合わない、なんとも幻想的な光景だった。
火も、活気も消え、面影だけ残した街。
そこかしこに散らばる、命の結晶。
それぞれが、様々な色を内包して輝く意志の石が、戦い疲れた街を照らしていた。
ささやかに、あざやかに。
その《命の結晶》が何なのか、彼はまだ知らない。




