真夏のランプ
真夏のランプ
夏日の、それも真っ昼間、最高に暑い時だった。
横を走る車の排気ガスや窓の反射すら、それに拍車をかけているようで、それから逃げるように裏道に入った。
しかし、裏道には少しの影もなく、車の一台すら通らず、風がそよとも吹かず、暑さは増すばかりだった。
仕方なく袖で汗を拭っていると道の真中に、カレーを入れる銀色に光る金属製の容器に蓋を載せたようなものが目に入った。
近づいてみると表面に、すき間のないほどびっしりと何かが刻まれている。
西洋風とも日本風とも違う見たことのない不思議な文様。古そうでいて、古びた感じがまったくない。
何かの、いたずらか?
あまりの不自然さに通り過ぎようとしたが好奇心には勝てず、車が通る時に危ないと言う言い訳と共に、周りに誰も居ないことを確かめて、それを拾い上げた。
あっちっ。あちちっ。
当たり前だ。炎天下で金属を置いておけば、むちゃくちゃに熱くなるのは子供だって分かっている。
反射的に反対の手も使って、お手玉のように何度も受け渡しを繰り返した。
すると突然、その金属製の容器の口から灰色の煙のようなものが出てきて、巨大な人型を形作った。
「運のいい奴だ」
巨大な煙がしゃべった。
いや、その口からは聞いたこともない別な言語が流れたのだが、頭の中では何故かそう言っているのが分かった。
「願いを言え。三つ叶えてやる」
魔法のランプだっ。
瞬間思った。
しかし突然そう言われて、ぱっと願いが出てくる人がいるのだろうか。
その時に、脳裏に浮かんだのは、何故か
「世界を平和に、争いをなくして欲しい」
だった。
笑い事じゃない。冗談でも世界から争いがなくなれば、どんなにいい事だろう。
こんな話がある。
クリスマスの日。宇宙人が地球を侵略しに来たが、争いのない世界と笑顔の人々を見て、この星を侵略してはいけないと思い帰って行った、という内容だ。
とっさだったがこの話を思い出し、悪くない願いだと思った。
「争いをなくせ、か。分かった」
巨人はまた知らない言語で語ると、私を煙のような手で包み、ぶわっと高く浮かび上がった。
「争いをなくしてやろう」
巨人は無表情に言うと、大きく息を吸い込み、気が遠くなるほど長々と吹き出した。
巨人の体と同じそれは、物に当っても弱まることなく、そして薄まることもなく一定の速さで放射状に
広がっていく。まるで終わりのない津波のように。
その息に触れたものは全て、動物も植物も全てが動きを止め、色が抜け落ち砂のようにさらさらと朽ち
ていくではないか。
「待てっ。そんな事、願ってないっ。世界を粉々にするんじゃない。平和に、争いのないようにだっ」
巨人の手の中で暴れながら、思わず大声を上げた。
「そうだ、だからそうしている。争いは他者がいれば必ず起こる」
「そんな!」
絶句した。
理屈はそうでも、願った平和はそんな平和ではない。
みるみるうちに見渡すかぎりの全てが色を失い、砂になっていく。
いや、それどころか、建物も水も砂すらも、さらに細かな粒となっていき、どんどん見えないほど細かくなっていく。
「全ては一つのものでなければ、争いは生まれる。水に削られる石とて争いだ。この世界を平和にする
ためには、なくすことしかない。お前の体ですら争いはー」
「やめろっ、元に戻せっ。今すぐだっ。元に戻すんだっ。これが二つ目の願いだっ」
巨人の言葉の意味すら理解しないまま、無我夢中で叫び巨人の言葉を止めた。
世界が見る見るうちに失われていく。私の間違った願いで。
とてつもない無力感と後悔で気を失いそうだった。
こんな奴に会うんじゃなかった。あれを拾いさえしなければ。
巨人は表情一つ変えなかった。
ややあって、巨人は重たいとしか言いようのない目でこちらを見つめ、大きく息を吸い込み始めた。
動画の逆再生のように、細かな粒が砂に変わり、再び形を作っていく。
全身が冷や汗でびっしょり濡れていた。
気が付かないうちに肩で大きく息をしていた。
「最後は、何だ」
巨人は三度、無表情に私を見下ろしながら聞いてきた。
世界は、元に戻っていた。
「消えてくれ…いや、100年、いや、1000年後まで出てくるな」
放心状態だった。
「1000年後か」
煙の、鼻で笑ったかのような息づかいを、感じた気がした。
「人は同じことを言うのだな」
言うが早いか、煙の巨人は金属の容器ともども、跡形もなく霧散していた。
夏日、それも最高に暑い時。
私は裏道の真ん中で、びっしょり濡れたまま一人突っ立っていた。




