いきなりですが、ある秘密を知ってしまったので殺されるかもしれません
いきなりですが、ある秘密を知ってしまったので殺されるかもしれません。
もっとも、秘密と言っても僕だけが知っている秘密ではなく、社会の不特定多数の人達が知っていて、しかも僕が知っているのは「知合いの村上君が、三城君が誰かの秘密を知っている事を知っている」というとてもややこしい上にあまり意味がなさそうな秘密だったりするのですが。
ワケが分かりませんか? 無理もありません。何を隠そう、僕自身ですらワケが分かっていないのですから。
でも、まぁ、我慢して、もう少しばかり話を聞いてください。
さっきの秘密に出てきた三城君という人を僕が突き止めて、その三城君の秘密を知ったとします。その秘密も「誰が誰かの秘密を知っている」という秘密なんですが、更に辿ってどんどん秘密を知っていけば、いずれはA(仮称)さんという本当の秘密を知っている人物に辿り着くはずなんです。
そのAさんは、ある組織に雇われたエージェントらしいのですが、その組織から秘密を盗んだZ(仮称)さんという人の命を狙っているらしいです。
Zさんは超人的とも言える能力を持っていて、通常の人間では読み解く事のできないその“本当の秘密”を理解し、それを解きほぐして公のものにしようとしていたという話なのですが、AさんはZさんを殺す事でそれを阻止しようとしていたのです。Aさんをその組織が雇ったのは、AさんがZさんに負けず劣らず超人的な能力を持っている人だったからなんですが、だからこそAさんはZさんから伝えられたその秘密の内容を理解できてしまったのです。
ZさんにはAさんに秘密を伝える事で同じ立場にし、それによりAさんの追撃をかわすという目論見があったらしいです。どうしてAさんがその秘密を知ってしまったのかは分かりません。Zさんから無理矢理に聞かされたのか、それとも好奇心に逆らえないというお茶目な一面があったからなのか。とにかく、いずれにしろ、Aさんはそれで組織から命を狙われるほどの秘密を知ってしまった事になります。
ですが、ただそれだけでは命を狙われたりなんかしません。
Aさんが命を狙われるには、組織が“Aさんが秘密を知った事を知る”必要があります。もっとも、その辺りはZさんももちろん心得ていて、その為に“Aさんが秘密を知った事”をBさん達に報せたのです。
“Bさん達”というのは、超上級エージェントであるAさんを知る数少ない人達です。そしてこのBさん達は、それによってAさんに命を狙われる立場になってしまったのです。Aさんは彼らの命さえ奪ってしまえば、命を狙われる心配がなくなるからです。
ですが、Bさん達だって“Aさんが秘密を知った事”を知られなければ、安全だという事になります。
ところがどっこい、Zさんはそれも承知していました。それでCさん達に“Bさん達がAさんが秘密を知った事を知った”と教えたのです。Cさん達はAさんを知りませんが、Bさん達ならば知っている人達です。そしてだからこそ、このCさん達はBさん達に命を狙われる立場になってしまったのです。
そろそろややこしくてワケが分からなくなって来た感じですが、でも、それでも、なんとなくは分かってくれたのじゃありませんか?
はい。そうです。
以降はこの繰り返しで、どんどんとこの“秘密の輪”が広がり、やがてはZさんを介さなくても秘密が伝えられるようになり、遂にはその組織とはまったく関わりのない僕がそれを知るような事態にまで至ってしまったのです。そしてだから、僕は殺されてしまうかもしれないのですね。
なんて。
……もちろん、こんな馬鹿げた話、普通は信じないと思います。誰かの悪戯でこんな話が広がっただけで、AさんもZさんも実在なんかしていないのかもしれないですし、もし実在していたとしても、ここまで話が広がってしまったからには、Aさんが秘密を知った事を組織は知ってしまっているでしょうし、なら既にAさんは殺されてしまっているかもしれませんし。
ですが、どうも、世間では時折こんな馬鹿げた話で本当に殺人事件が起こってしまっているらしいのです。
信じられない話ですが。
そして厄介な事に“秘密の中”で繰り返される話であるものだから、この真偽の程は誰にも確かめようもないワケで、つまりは誰にも止められない話でもあるワケなんです。
でもって、だからこそ、いつまでも消えないで残り続けてしまうのでしょう。
まぁ、僕はそんな風に思っていたんですが、そんなある日に、それを覆すような大ニュースが飛び込んで来たのです……
その人物はZを名乗っていました。はい。あの話の中に登場する組織から秘密を盗んだ超人です。
その、Zさん。なんでもついに常人には理解できないその秘密を解きほぐす事に成功したというのです。
僕自身も忘れていましたが、確かにそんな目的の為に彼は秘密を盗んだ事になっていたような気がします。そして彼は、その内容をネット上に公開したというのです。
彼はこう告げました。
「皆がこれを理解してくれれば、この馬鹿げた殺人連鎖も止められるぞ。だから、どうか、これを読んでくれ」
もちろん、それが本物であるかどうかなんて分かりゃしません。しかも解きほぐしたと言ってもそれはやっぱり難解でそして長かったそうです。やっぱり、悪戯かもしれません。
ですが、それが悪戯でなく本物である事はそれから直ぐに分かってしまったのです。もっとも、Zさんが言ったように殺人が止まる事はありませんでした。
何故なら、それを読んだ人達が、次々と殺されていくという事件が起こった所為で、それが本物だと分かったからです。そんな事件が起こるからには、それは本物なのでしょう。因みに僕は面倒くさいので読みませんでしたが。
それからしばらく経ちました。やはり組織の手によって殺人が起こり続けています。
もう“秘密”なんてたくさんです。いい加減勘弁して欲しい。最近は偶然に秘密を知ってしまう可能性があるので、ネットサーフィンすら命がけです。
情報を隠すための法律を作ったりとか、国民が成熟していないから“知る権利”を奪うなんて憲法修正案を作ったりとか、矢鱈と秘密を作りたがっている人達もいますが、そんな風に秘密を作る事ばかり考えないで、できるだけ秘密を作らないで済ませられる社会を目指すべきなんです。
ねぇ、皆さん。
そうは思いませんか?