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血塗れ竜と食人姫  作者: 九尾珠
外伝 怪物姉妹
34/35

怪物妹豊胸記(中)

海鮮料理食べたいです



「海老だー!」

 むしゃむしゃ。

「蟹だー!」

 はむはむ。

「海胆だー!」

 うまうま。

 

 食っていた。

 否。現在繰り広げられている光景は、そんな生易しいものではない。

 貪っていた。

 海の幸を。

 これでもかというほど。

 

 ユメカが。

 

「アレは他人アレは他人アレは他人アレは他人アレは他人……」

 セツノは卓の対角線上、まあ要するに一番離れたところに座り、

 小鉢に収まる蛸の刺身を箸でいじくりぶつぶつと呟いていた。

 貪欲なユメカの身内だということを認めたくないのか、その瞳は虚ろである。

「え、えーと、セツノちゃん? 別にたくさん食べても大丈夫だから」

 セツノの隣に座るユウキは、フォローしながら刺身を一口。

 しかしセツノの表情は変わらず、まるで親の敵のように蛸の刺身を箸でぐりぐり。

「……いえ、別にアレが大食いだということはどうでもいいんです。

よくないけど。

 問題なのはあれだけ暴食しても体型が変わらないというありえない現実が――」

 と、そこまで虚ろな瞳で言ったところで、ふと我に返り、

「――べべべ別に私は体重なんて気にしてませんよ!?」

 そんなことを心配した覚えはないのだが。

 そういえば、最近作ってくれる食事のメニューがあっさり気味だったのを思い出した。

「セツノちゃんは今でも充分可愛いから、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」

「か、可愛い……!

 じゃなくて、えっと、その、ホントに気にしてませんから!」

 そう言うなり、セツノはがつがつと料理を食べ始めた。

 やはり姉妹というべきか。その食べっぷりはユメカによく似ていた。

 しかしユウキは、何となくそれが言ってはならないことだと理解できたので、特に指摘はせず、自分ものんびり海の幸を味わうことにした。

  

 

 

 

 

 まあ。

 ユメカがあれだけ暴食しているにもかかわらず、

 その理想的な体型を維持できているのは、

 哀れな子羊が毎晩毎晩搾り取られることで、

 見事に運動量を確保できているからなのかもしれない。

 

 

「……ったく、姉さんってば、毎晩毎晩ユウキさんを占有しちゃって……!

 気を遣う方の身にもなって欲しいんだから……!」

 

 ぷりぷりと怒りながら、セツノは夜の砂浜をひとり歩いていた。

 ざすざすざす、と足音もつい荒くなってしまう。

 食事も終わり湯浴みも済んでいた。

 あとはのんびり3人で語らいつつ就寝する――はずだったのに。

 

 湯上がりで上気した浴衣姿のユウキに、エロ姉が発情してしまったため。

 半ば追い出されるような形で席を外すことになったセツノだった。

 

「……ふんだ! 喘ぎ声を隣の客に聞かれて、変な目で見られろってのよ!」

 変な目で見られる中に自分も含まれるであろうことには、敢えて気付かないふりをする。

 

「……1回目が終わるまで20分。収まらずに2回でもう25分。

 場所的な新鮮さもあって激しくなるだろう3回目は15分くらいかな……」

 そのあたりで大体発情は治まっているだろう。

 1時間後くらいに部屋に戻り、無理矢理終わらせるのが良策か。

 そしてそんな時間計算ができるようになってしまった自分に、思わず涙してしまう。

 

「……姉さんばっかり、ずるいんだから……。私だって……ユウキさんのことが……」

 無意識のうちにこぼれた呟きは、波音に紛れて夜に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃。

 サラ・フルムーンは、宿のベランダから上半身を乗り出して、波の音を聞いていた。

 月明かりの下の黒い海、そこから響く静かな音に、耳を傾ける。

 優しく響く夜の音が、一人旅の切ない心を、ゆっくりと癒していく。

 

 はずなのに。

 

『……んっ……もっと……もっと突いてっ……』

『……やぁ……いいのぉ…………さん……だいすきぃ……』

 

 隣の部屋から微かに漏れてくる嬌声のせいで。

 サラの心は癒されるどころか、イライラ爆発五秒前。

 

「……ああああああああっ! もうちょっと声を控えなさいよバカップルめ!

 ボクだって、ボクだって、うまくいけばあんたらみたいにできたのにっっっ!!!」

 

 もっとも、頭の中で思い浮かべる相手とは、口づけすら交わしたこともないのだが。

 

 がんがんがん、と部屋の壁を蹴る。

 これで嬌声が収まれば、少しはサラの溜飲が下ったかもしれないが、

 隣の女性は全く気にする風もなく、嬌声は微かに、だが確実に続いていた。

 

「隣に気付かれても改めないって、どんな変態よ!?

 ああもう、世の中のカップルなんて全員不能になっちゃえばいいのに!」

 

 イライラ最高潮で、心の闇を吐き出すサラ。

 その矛先は、唐突に同僚へ向くことになる。

 

「だいたい、ユウキのアホがいけないのよ。

 長い付き合いのボクが折角誘ってあげたってのに、断るなんて何考えてるんだ!」

 

 うがー、と拳を天に突き出す。

 拳の先に同僚の顎があったら、確実に打ち抜いていただろう。

 

「あーもう、部屋に一人でいたらダメ。かなりダメ。

 ――ちょっと、砂浜の散歩でもしよっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出てから30分。2回戦も盛り上がってきた頃か。

 

「……入るタイミングはどうしようかなあ。

 出してから時間が経ったら姉さんが4回戦を始めちゃいそうだし……。

 だからといって最中に行くのも気まずいよね……。

 ユウキさんの達する顔も見たくないしなあ……。なんかこう、胸の奥がざわざわするし」

 

 どのタイミングで部屋に入って中断させるか、セツノは一人悩んでいた。

 

「……そもそも、ユウキさんもユウキさんよ。

 嫌なら嫌ってはっきり断ればいいのに……。

 毎晩毎晩搾り取られちゃって、見てるこっちの方が辛いんだから……」

 

 そこでふと、立ち止まる。

 

「でも……断らないってことは……。

 ……やっぱりユウキさんも……姉さんのことが――」

 

 ぶんぶんぶん、と頭を振る。

 何故か、その先を考えたくなかった。

 

「ユウキさんは優しいから、姉さんを傷つけないようにしているだけ。

 ひょっとしたら嫌じゃないのかもしれないけど、でもユウキさんから求めてるわけじゃない。

 ユウキさんは悪くない。ユウキさんは悪くない。ユウキさんは悪くない……」

 

 じゃあ、悪いのは?

 

「姉さん……」

 

 ぽつり、と。

 いつもは親しみを込めて発せられる単語が。

 今は、何故か暗く沈んでいた。

 

「……そうだ。悪いのは姉さんだ。

 私が体に良い料理でユウキさんが倒れちゃうのを防いでるけど、

 このまま姉さんが搾り取り続けたら、ユウキさん絶対に倒れちゃう。

 今まで倒れなかったのが奇跡なんだ。

 ……ううん、奇跡なんかじゃなくて、私が、ユウキさんを守ってきたんだ」

 

 口に出してみると。

 何故か、その言葉は、すとんと胸のうちに収まった。

 

「だから、これからも、私がユウキさんを守るんだ。

 いっぱい美味しいご飯を作って。

 無理は絶対させないようにして。

 ユウキさんを幸せにしてあげるんだ」

 

 そのために、邪魔なのは?

 

「姉さん」

 

 セツノの瞳は、暗い海を見据えていた。

 その目は、海の向こうに何を見ているのか。

 それは、本人にも、わからなかった。

 

「姉さんがいなければ。

 姉さんさえいなければ。

 ユウキさんは――私と――」

 

 

 その瞬間。

 セツノは、自分が、とても嫌な思考に染まっていたことに、気付いた。

 

 

「――ッ!」

 がつん、と側頭部を殴りつける。

 衝撃で視界が揺れ、そのまま砂浜にへたり込んだ。

 

「……わたしの、ばか。

 なに、へんなこと、かんがえてるんだろ」

 

 姉は自分にとって一番大事な人なのに。

 まるで、邪魔者みたいに考えるなんて。

 

 砂の上で力無く。

 セツノは、少しだけ、泣いた。

 

 

 

 

 

 

 夜の海辺には、先客がいた。

 砂の上に膝を抱えて座り込み、夜の海を眺めている。

 流れる黒髪は夜風に揺れ、夜の闇に溶け込んでいた。

 

 ――綺麗だな、とサラは思った。

 

 少女の横顔の美しさもあるが、何より、憂いに沈んだその瞳。

 何故かそこに、サラは妙な親しみを覚え、気付けば少女の側に向かっていた。

 

「こんばんわ。良い夜ね」

 

「……?」

 いきなり声をかけられた少女は、何故自分に声がかかったのかわからずに、

 しかし全く動じることはなく、サラに顔を向けて会釈した。

「いやー、ちょっと部屋に居辛くてさ、散歩がてらに砂浜を歩いてたのよ」

「……そうですか。奇遇ですね、私もです」

 あはは、と笑いながら話すサラに、少女も微かに笑顔を浮かべて言葉を返した。

 

 しっかし、見れば見るほど美少女だなあ、とサラは思った。

 自分がこの子くらいの歳だった頃は、こんなに可愛くはなかっただろう。

 顔の造形もそうだが、何より纏う雰囲気が、凄い。

 儚く、弱々しそうで――でも、その裡には、何故かとても強そうな気配がある。

 膝を抱えて座り込んでいるのに、それがまるで戦闘態勢であるかのように隙がない。

 しかし、怖いという印象はなく、不思議と吸い寄せられる柔らかさもあった。

 こんな女の子だったら、どんな男もイチコロだろうなあ、とサラは思った。

 砂浜に一人でいさせるのは、少し危ないかもしれない。

 だから、気付いたときには、提案していた。

 

「ねえ、少し話さない?」

「え? ええ、別にいいですけど。30分くらいなら……」

 

 少女の了承を得ることができた。

 さて、何を話そうか。

 まあ、愚痴といえば特大のものがひとつある。

 どうせ旅先に会った少女だ。何を話しても構うまい。

 

「そう? んじゃ、愚痴で悪いんだけど、ちょっと同僚の話をね」

「はい」

「学院生の頃からの付き合いなんだけど、ちょっとむかつく奴がいてね」

 

 本当にむかつく奴である。

 学院生時代から、ずっと彼のことばかり考えていた気がする。

 でも――

 

「――嫌いなんですか?」

「あー……そういうわけじゃないんだけど、まあ、嫌味な奴なのよ。

 成績はいつも私の少し上だし、人当たりは良いから人気はあるし。

 私が勝てたのは護身術の授業くらいかなあ。一応武闘派で通ってたから」

 

 ひとつ上の学年に、伝説級の女剣士がいたから霞んでいたが、

 サラもそれなりに腕の立つ、格闘倶楽部の女主将だった。

 故に護身術の授業は独壇場で、好き勝手やっていた記憶がある。

 模擬戦でユウキを転ばせて馬乗りになるたび、ゾクゾクと身体の芯を震わせていたのが懐かしい。

 

「そうなんですか。お姉さん、綺麗だからそういう風には見えませんね」

「あはは。お世辞でも嬉しいなあ。

 ま、そんな奴と長い付き合いだったんだけどさ。最近そいつの付き合いが悪くて。

 ……ちょっと、イライラしてるんだ」

「あ……わかります。少し違うかもしれませんけど……私も」

「ん?」

「大好きな姉がいるんですけど、最近その姉に恋び――男友達ができまして。

 その相手の方が、とてもいい人で。……嫌なことばっかり、考えちゃうんです」

「……三角関係か。やるねえ」

「そ、そんなんじゃないです! ……たぶん」

「でも、キミみたいな可愛い子にそう思われるなんて、その男の人は幸せ者かもね」

「か、可愛いだなんて、そんな……」

 

 お世辞なんかじゃない。

 照れて赤い顔を見せる少女は、同性から見てもとんでもなく可愛いと思った。

 

「しっかし、お姉さんの相手とはまた大変ね。

 寝取っちゃったら後が怖いし」

「ねねね、寝取るだなんて! だいたい、ユウキさんは――」

「ん?」

 

 まて。

 ちょっとまて。

 今、なにか、聞き覚えのある名前が――

 

 

 

 

 

 

 3回戦もそろそろ佳境に達した頃。

 ユメカはユウキの上に乗りながら、ふと思い立ったようにユウキの手を己の胸に導いた。

 流石に4ヶ月も身体を合わせてきた関係だからか、ユウキも察してユメカの胸を揉みしだく。

 嬉しそうな嬌声を上げるユメカ。

 

 と、そのとき。

 

 ユメカの中で、天啓が閃いた。

 

 

 

 そうだ!

 セっちゃんの胸、揉んで大きくしてあげよう!

 

 

 

 胸は揉まれたら大きくなる、と言われている。

 適度な栄養と刺激により、成長させるのだ。

 栄養は美味しいものをたくさん食べさせられれば問題ないだろう。

 大量のシチューと漏斗が必要だとユメカは思った。

 あとは刺激。これは揉む。とにかく揉む。

 これなら一ヶ月後には、セツノは胸で悩まなくなっているに違いない!

 ああ、自分はなんて妹思いなんだろう、と。

 本気でそう思いながら、ユメカは3回戦のKO勝利を目指し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょっと待って」

 

 あわあわと、何やら姉と男と自分の関係についてまくしたてていた少女を遮り、サラはあることを訊ねてみた。

 

「そういえば、聞き忘れてたんだけど。

 ……キミの、名前を教えてくれないかな?」

 

 頭の中に、ひとつの疑念が浮かび上がっていた。

 それは、ずっと前から渦巻いていたもの。

 ユウキが職場でお弁当を食べていて、それを問い質したとき。

 そのときの記憶を必死に掘り返す。

 きっと勘違い。気のせい。思い過ごし。考えすぎ。

 そう自分に言い聞かせるが、サラの頭は、ひとつの名前を記憶の中から掘り起こしていた。

 

 少女は何故か少しだけ悩んだ後、

 別にいいか、という表情で、己の名前を口にした。

 

 

「――セツノっていいます」

 

 

 かちり、と。頭の中で、歯車の合う音がした。

 ユウキが食べていたお弁当。

 とても気合いが入っていた。

 自分で作ったのか、と訊ねたら。

 彼はそのとき、こう答えた。

 

『いえ、これはセツノちゃんが作ってくれ――』

『――セツノちゃんって誰よ?』

 

 その後、ユウキが何やら適当な弁解を並べていたが。

 サラは欠片たりとて信じなかった。

 何故ならその弁当は、誰がどう見ても、愛情たっぷり気合い一杯の、豪勢なものだったから。

 泥棒猫がユウキに近付き、ごろにゃんと彼を籠絡しているかもしれない。そう思った。

 しかし、泥棒猫の尻尾は掴めずに、結局うやむやになってしまっていた。

 

 目の前にいる少女から出た、ユウキという単語。

 ユウキ以前こぼしたものと、一致する少女の名前。

 

 サラは、確信した。

 

 

「キミが――泥棒猫だったんだね!」

 

 

 ……先程のセツノの話は、綺麗に頭の中からすっぽ抜けていたサラだった。



頑張れサラちゃん。泥棒猫をやっつけろ!

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