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聖十二騎士  作者: 瑠亜
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12の騎士

『あなたに力を与えよう』


竜姫様はそう仰って、王の手の上に光る鱗を落としました。

光は見る間に姿を変え、やがて一人の赤ん坊になりました。


『それはわが力を受け継ぐ子。時がくるまでお前に預けよう。この地を治める助けとなるはず』


竜姫様のお言葉の通り、その後、王の下で育ったその子はこの国に潜む闇を払ったといわれています。

(チェスタバリス王国 造国神話 神託の章より)






 チェスタバリス王国、王都イリス。政治、文化、商業、すべての中心地であるそこには、王の住まう王宮があり、貴族の館が多く存在した。その中に一等貴族の筆頭、ブルーフィス家の屋敷も建っていた。

 広い敷地には大きな屋敷の他に、広い庭があった。

 その庭の一角。

 林を模し、木がたち並んでいるその場所に一人の侍女が困ったようにたっていた。

「お嬢様、どこにいらっしゃるのですか? そろそろ、お勉強の御時間です」

 そう呼び掛けるが、林に人影はなく、人がいる気配すらない。

「隠れていないで、お出でになってください」

「はいはい。ここにいるわよ」

 そう声がして、一本の木の葉が揺れた。それを見上げた侍女は、悲鳴をあげそうになった。

「っ、……お嬢様!!」

 侍女が叫んだのも当然と言えるだろう。何せ、お嬢様は、高い木の太い枝に腰掛けていたのだから。しかし、お嬢様と呼ばれた少女は少し顔をしかめただけだった。

「もう、うるさいって。今降りるから待って」

 そう言って、何気なく少女は空に身を投げ出した。

「きゃっ!!」

 侍女は見ていられず、思わず顔を手で覆った。しかし、思ったような音はせず、軽く落ち葉を踏む音が聞こえて、恐る恐る顔を上げる。

「んもう。そんなに心配しなくても大丈夫だから」

 そこには何事もなかったかのように歩いてくる少女の姿があった。

「お嬢様……」

 困り果てたように侍女はつぶやくが、少女の方は気にもせず、服に付いた木の葉を払い落としていた。かなりの高さから落ちたにもかかわらず、少女は何ともないようだ。この少女の名は、デティ・ブルーフィス。ブルーフィス公爵の長女である。見てのとおりのどこか変わったお嬢様だ。

「お嬢様、もうそのようなお遊びはおやめください。16歳になられたことですし、夜会に出られることも多くなるでしょう。そうすれば、誰もがお嬢様に注目しますわ。なんといっても、ブルーフィス公爵様のお嬢様です。貴女様の行動が公爵様のお立場に影響を与えることのなきよう、お気をつけください」

「はいはい」

 あからさまに適当な返事を返したデティは、さっさと館へ歩きだす。その後ろ姿に、侍女は溜め息を付いた。

 デティの少し癖のある長い髪は綺麗な黒色で、その瞳は薄い灰色、肌は雪を思わせる白さがある。長い髪を結い上げ、宝石で飾ったならば、社交界を騒がせる美姫になることは間違いないのに、玉に傷はあの気性。おてんばというか、どうしてもおとなしくしていてくれない。

 侍女は、もう一度、深く溜め息を付いた。






 世はデミウス王が治める時代。社交界で、一つの噂が広まった。

 あの12の騎士が現れたと。


「困ったものです。誰がこんな噂を流したのか。彼女にしては動きにくいことでしょう」

「仕方があるまい。こういうものは自然と広がってしまうのだ」

 この会話は、王宮の最奥ともいえる場所、国王の私室で交わされていた。

 この国には聖十二騎士と呼ばれる国王直属の騎士たちがいる。彼らは名称とは違い、常時、在席するのは多くて11人である。この11人に入ることは騎士として最名誉なことであるとされ、騎士なら誰でも一度は憧れるものなのだ。

 しかし、最後の12の騎士だけは少し違っていた。影の騎士と呼ばれているとおり、公になることはなく、名すら公表されない。国王が必要と判断した時にのみ任命されるのだが、その仕事は明るみにでない。

最近その12の騎士が、現れたと噂されているのだ。

「まぁ、彼女なら大丈夫だろう」

「そうですね」

 そう答えた1の騎士、ラウル・ローゼルは何かを思いだしたように、苦そうな顔をした。

 それに気付いた相手、この部屋の、そしてこの国の主である、国王は苦笑をした。

「あのことは忘れなさい。あれは私もやり過ぎたと思っている。何もいわずに、やらせてしまったからな」

「わかっております。……しかし、簡単に忘れられるものではありません」

「だろうな。私も初めてあれを見た時を忘れられん」

 国王は苦笑していった。

「さぞかし、彼女も大変だろう」

 国王はそう言って、夕日に染まる空に目をやった。

 日が暮れていく。

 これからが“彼女”の時間だった。






「……デティ、聞いてるの?」

 声をかけられて、はっと我に返った。

「な、何が?」

「もう、ちゃんと聞いててよ。12の騎士様の話よ」

 怒ったように目の前に座る少女がいった。

「ああ、影の騎士様ね」

 うんざりしたようにデティは答える。

「そう。デティは一度で良いからお目にかかってみたいと思わない?」

 隣りに座っている赤毛の少女が首を傾げて聞いてくる。

「わたくしはそう思わないけど」

 デティは小さく呟いた。すると、前に座る少女が信じられないといった顔で言う。

「デティ……。あなた、夢とかないの? みんな、騎士様にお会いしてみたいと言うのに」

 隣の赤毛の少女も、呆れたように言った。

「そうよ、セルマの言うとおりだわ。あなたぐらいよ、そんなに無関心なの」

「だって、セルマも、リザも、噂しか知らないのでしょう? 変にかっこいい方だと想像して、本当はすごい年配の方だった、なんてことになるのは嫌よ。変な理想なんて持ってるものじゃないわ」

「もう、デティったら、乙女心がわかってないわね」

 目の前に座る少女、セルマが言う。隣の赤毛の少女、リザも同意してうなずいた。

 今、デティたちは王立女学院のテラスにいた。授業が終わり、お茶にしようということになったのだ。セルマもリザも有名な公爵家の令嬢だ。つまり、王立女学院は貴族の令嬢達が通う学校なのである。そこで話される話は、社交界の延長とも言える。つまり、今、貴族階級ではこの話題で持ち切りなのだ。

「あら、もうこんな時間。わたくしは、そろそろ失礼させていただきますわ」

 時計を見て、デティはいった。

「何か御用でもあるの?」

 リザが残念そうに言う。

「ええ、ちょっとね」

「そう。それじゃあ、しょうがないわね。また、明日ね」

「ええ、また、明日」

 デティは、二人に挨拶して席を立ち、正門へ向かった。

 そのあとを青い蝶が追い掛けるように飛んでいくのを見ている者は、誰もいなかった。





 その夜、王都であるイリスの街も寝静まった深夜。ブルーフィス公爵の屋敷から音もなく黒い影が忍び出る。

 影は二階にある部屋のバルコニーに立つと突然そこから飛び降りた。いくら二階とはいえ、普通の家とは違い天井の高い屋敷の二階だ。通常の家の3階ほどの高さはあるだろう。しかし、影は何事もなかったかのように音もなく着地すると、そっと歩き出した。そして向かったのは、使用人用の通用門。こんな夜中だ。もちろん鍵はしまっている。その影は通用門の前に立つと、比較的背の高い鉄の門に手をかけたかと思うと、思いっきり地面を蹴った。影は軽々と高い門を越えて塀の向こう側に降り立っていた。屋敷を囲む塀より低いとはいえ、軽く人の身長を越す門を軽々と飛び越えたのだ。

 そんな驚異的な脚力を発揮した影は、一息ついて早足に歩き出す。

《いつも思うんだけど、デティってすごい身体能力よねぇ》

 不意に降ってきた“声”に影は少し頭を上げた。被っているフードから顔がのぞき、月明かりに照らされる。それは紛れも無くデティだった。

 あたりに人影はない。それでも聞こえてくる声に、驚くこともなく、デティは答えた。

「まぁ、昔から結構抜け出してたからね」

《こんな夜中に?》

「それはさすがにないけど」

 デティは、昼間とはまったく違う静かな街を慣れた様子で歩く。そのスピードからすれば、歩いているというより走っている位だったが、デティは息一つ乱していない。

 フードのついた漆黒のマントを羽織り、足元は実用的な皮のブーツ。動きやすさを重視した服装に、腰には小柄な体躯には似合わない長剣が下げられていた。その剣に触れたデティは、少し考えるように空を見上げ、ゆっくりとソレを呼んだ。

「グロリアス」

≪ん? 何?≫

「グロリアスって聖霊なのよね? この剣が本体なの?」

≪本体……って訳ではないわよ、聖霊は精神体だから、その力を発揮するには術者の持つものに憑く必要があるのよ。その剣は私の媒体ね≫

 その答えに、デティはその剣の柄に手をふれた。今は隠れているが、鞘から抜けば、その刀身の根元に小さく銘が刻み込まれている。

 “聖剣グロリアス”

 それは、デティが国王から賜った剣。12の騎士を象徴する、光の名を持つ剣だった。

 そう、噂されている12の騎士、それはデティだったのである。

「全く、伯父上も何を思っていらっしゃるのかしら」

《あら、私はあなたがパートナーでよかったわ》

「ありがとう、私もよ」

 笑って答えたデティは、市街地をしばらく行ったところで、フードを取った。

「ふぅ」

 息を付いたデティは、その長い黒髪を惜しげもなくさらけ出した。

「さぁ、お仕事にいきますか」

 そう呟くと、町外れに向かって歩き出した。





 突然、夜の街に獣の遠吠えが響き渡った。

「何なのよ、もう!」

 闇が満ちる大通りを、夜色の外套を纏った少女が、長い黒髪をなびかせて走り抜けていく。

《デティ、来るわ!》

「わかってる!」

 答えた少女――デティは走りながら腰の剣を抜いた。月の光をはじいて白銀に輝く刃が現れると同時に、デティは急に横に跳んだ。次の瞬間、まさにデティがいた場所、その石畳の道に大きな窪みができた。一瞬でも遅れれば、それに巻き込まれていただろう。デティは構うことなく、窪みの中心に目を向ける。その瞳は青く輝いていた。

「敵の姿を暴け!」

 デティの叫びに答えるかのように剣が青白く光り、今できたばかりの窪みを風が駆け抜ける。すると、そこに牙をむく四つ足の獣のようなものが現れた。

「見えたっ!」

 叫んだデティは、飛び掛かって来る獣を避けるように跳び、獣が方向を変えようとする一瞬を狙って、剣を振り下ろした。反撃を受けた獣は、甲高い悲鳴を上げる。足に傷を負った獣は、さっきよりも明らかに移動速度が遅くなった。それでも飛び掛かってくる獣を避けつつ、デティは剣を獣に向ける。

「汝のあるべき姿に返れ!」

 デティの言葉に答えて剣は光を増す。そしてデティは、剣を一閃させた。剣は清冽な風を生む。その風は獣を貫き、獣は悲鳴を上げて倒れた。次の瞬間には、その姿は砂のように崩れ残ったのは手のひらに乗るほどの青く光る玉。

「ふぅ」

《デティ、お疲れ様》

 グロリアスの労いに微笑んだデティは、残った玉を拾い息を吐いた。

「何とか封じたね……」

「確かに、何とかなったみたいじゃな」

 急に声がした。デティは声のしたほうを振り向く。

「ファニス様」

 そこにいたのは不思議な衣装の少年だった。それは、神話に出てくるような長いゆったりしたような服で、所々に金の装飾がついている。デティよりも幾つか年下に見える容姿だが、纏うその雰囲気はどこか不釣り合いな威厳を感じる。月の光に照らされて黄金に輝く長い髪も相俟って、どこか神秘的な雰囲気を持つ少年だった。

「どうしてここに?」

「どうして、ではない。お前がなかなか来んから、様子を見に来たのだが……」

 そう言って少年は、デティが通ってきた後に目をやった。デティもつられて目をやる。そこには、点々とさっきの争いの傷跡が見える。

「あ……」

「まったく、お前の仕事は何なんだ? これでは、街が壊れてしまうだろう」

「わ、わかってますよ。すぐに直しますって」

 デティは、赤くなりながらも、壊れた道路に向かって水平に剣を掲げる。

「時を遡り瑕を癒せ」

 そう静かに唱えて剣を振った。清冽な風が通りを駆け抜け、通りに開いた穴を塞いでいく。

「本当に、お前はまだまだなっとらん」

 修復し終えたデティに、少年は言う。

「お言葉ですが、こちらは命がけなんです。今夜は郊外に出る前に、妖魔が現れるし……」

「それだけ、妖魔の活動が活発化してきてるんだろう」

 妖魔とは先ほど、デティを襲ってきていた獣だ。あれは、死んだ人間の怨念が力を得て実体化したもので、人間を好んで襲う。それを狩るのがデティの、12の騎士の仕事だった。デティは手元に残った青い玉を確かめると、少年に渡す。受け取った少年も、その玉を一通り眺めて確かめる。

「……まぁ、合格じゃな」

 そういって少年はその玉を仕舞う。それを横で見ていたデティは不意に、首をかしげた。

「今まであんまり気にしていなかったけど、その玉ってやっぱり人間の怨念の塊なんですか?」

 人間の怨念が力を得て実体化したものが妖魔なら、それを倒して残るのは人間の怨念だ。そう考えての言葉だったが、少年はデティを呆れたように見返した。

「馬鹿者が。以前説明したのを忘れたのか?」

「え?」

「この玉が人間の怨念だったら、お前の力の意味はないだろう」

 少年の言葉に、それでもデティは首をかしげる。わかっていない様子のデティに、少年はため息をついて言った。

「お前が回収したのは、人間の思念体だ。何の意志も衝動も持たないエネルギーの塊にすぎん。妖魔を狩るのが12の騎士の仕事なのは、妖魔を浄化するお前の力が必要だからだ。それは、聖霊を持つことができる、人間ではない竜の力を持つお前だからできることなんだと、以前説明しただろう」

「……そうでしたっけ?」

 すっかり忘れた様子のデティに少年は、あからさまにため息をついて首を振った。

「首都に妖魔が現れるという王国の危機に、肝心の12の騎士がそんなでは、先が思いやられるのう」

「……ファニス様の意地悪。導師なんですから、私がわからないことを教えてくださるのがファニス様の仕事でしょう」

「……物覚えの悪い教え子などいらん」

「……」

 ああ言えばこう言う。少年の姿をした彼は、その見た目と実質が全く違う。彼は人ですらない。何百年と生き、特別な力を持つ12の騎士を導いてきたモノだった。そんな導師ファニスに、妖魔を浄化し、その核となっていた玉を渡す。それが、デティの、聖十二騎士の“12の騎士”としての役割だった。


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