表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見蛇  作者: ニジヘビ
9/10

9.卒業式

ミノリの卒業式。

青山さんは卒業式の後、ミノリの元へやって来て…。



 あれから、青山加代子は、ミノリにちょっかいを出して来なくなった。

 チームはまだ続いているようだったが、以前のようなピリピリした感じがなくなっていた。

 夢見蛇のサイファは、宣言した通り休暇をとっているのか、あの夜以来、姿を見せなかった。

 そうして、ミノリは卒業式の日を迎えた。

 桜のつぼみ。卒業式の立て看板。晴れ姿の同級生たち。

 みんなで修学旅行の思い出を唱和したり、仰げば尊しを歌ったり。

 わたしのこの6年間、なんだったんだろ?

 ぱっとは思い出せない。

 楽しいこともたくさんあったけれど、この2年間の青山さんとの暗い思い出が、全てを覆い隠してしまっている。

 12歳のうちの2年…。

 「大島美野里」ミノリがぼんやりと今までのことを思い返していると、青山さんが、ミノリを呼びながら近付いて来た。

 ミノリは反射的に身を固くする。

 青山さんは、ミノリの前に来ると縦長の封筒を差し出した。

 「今まで、ゴメン」そうはっきり言うと、校門の方へと走って行った。

 青島さんが校門まで近づくと、門の所に立っていた、お母さんらしい女性が近寄って行く。女性は、ミノリと目が合うと、軽く会釈した。そして、青島さんはお母さんと一緒に帰って行った。


 ミノリは家から少し離れた所にある自然公園に立っていた。

 -夢の中に入って行くの、最近楽にできるようになったな。

 ミノリは卒業式から帰ってくると、すぐに部屋で横になり、青山さんから渡された手紙を手に、目を閉じたのだった。

 手には青山さんの手紙を持っている。

 「サイファ、いる?」ミノリは、辺りを見回しながら呼びかけた。

 しばらくすると、ジョギング姿の女性が身軽に走りながら近付いて来た。

 「サイファ?」

 「久しぶりね、ミノリ。卒業、おめでとう」

 「ありがとう…。なんでランニングなの?」

 「ん?この前『大阪国際女子マラソン』で入賞した人の夢を鑑賞して感化されちゃったのよ」

 「あのね、これもらったの」ミノリはあきれながら手紙を出した。

 「もう読んだ?」

 「まだ。…読むのが恐いの。一緒に読んでもらえないかな?」

 「う~ん。個人から個人に宛てられた手紙を、知合いと回し読みするのって、どうかな?」

 「どういうこと?」

 「その人への思いを受け取った人がまず読んで、その上で、読んだ気持ちを知合いと共有するかどうか判断してからの方がいいと思うわ。手紙を出した本人のいない所で陰口するのと同じように、失礼だわ。

 その様子だと、手紙は青山さんからもらったものでしょう?どんなシチュエーションだったの?」

 ミノリは、サイファとベンチに座り、卒業式の後のことを話した。

 「そうか…」サイファは表情を曇らせた。「読む間、横にいてあげる。だから、まずは青山さんの気持ち、例えそれがどんなものであれ、読んであげてもらえる?」

 みのりは、しばらくサイファの顔を見つめ、静かにうなずいた。

 「レターオープナーあるけど、使う?」

 「レターオープナー?」

 「封筒を開封するときに使う…まあ、専用のカッターね」

 「よくわからないから…うん、開けてもらえる?」ミノリはサイファに封筒を渡した。

 サイファは、腰のポーチから横長のステープラーのような道具を出し、封筒の封側の端に当てて横にスライドさせた。サイファは、端だけがキレイに少しだけ切り取られた封筒を返した。

 「へぇ~、オシャレな道具ね?」

 「わたしたちは手紙をもらうことなんてないけれど、ちょっとこういうの使ってみたくなるのよ」夢の世界の住人が手紙をやり取りするというのも、確かにあり得ない話ではある。

 「じゃあ、ちょっと待ってて」ミノリは手紙を広げた。


 大島美野里さんへ。

 あなたは知っていると思うけれど、私はあなたの絵が好きだった。


 手紙はそう書き出されていた。手書きの、それも小学生とは思えない達筆で。


 私はペン字は好きだし、厚生委員も割と好きだった。

 まわりには、ペン字なんてダサいとか、空き缶やごみ拾いなんかやってる委員会なんてとか、散々に言われたけれど、わたしは割と好きだった。

 自分の好きなことや、人にとっても大切なこと。

 やっていて人にバカにされる理由なんて、ない。

 でも担任のあの教師も、あなたの絵をほめるその口で、私のことからかってきた。

 5年生の夏の課題にあなたが描いたあの絵、すごくよかった。

 私のペン字は、コンテストもないし、ただ文字をきれいに書ける技なんて、誰も評価しない。

 私はそんな世界にコンプレックスを持っていた。

 それがなければ、あなたとの関係ももっと違っていたかもしれない。

 ごめんなさい。


 青山 加代子


 ミノリはゆっくりと2回読み返した。そして、もう一度読み返し、真の敵が見え、そして腹が立った。

 「サイファ、読んで。そして、力を貸して」ミノリはサイファに手紙を差し出した」

 サイファは黙って手紙を受け取り、紙面に目を落とした。

 「そっか。青山さんも、犠牲者だったんだ…」サイファは、青山さんの手紙を読み終えるとため息をついた。

 「そう。だから…」ミノリは悔しくて涙をこぼしていた。

 サイファは人差し指を揺らせながら舌打ちをした。「敵討ちとか仕返しなら、協力できないわよ」

 「え~!?」

 サイファは夢見蛇の姿に戻り、ベンチの上でとぐろを巻いていた。

 「ねえ、ミノリ。あなたはまだ子供。だから、大人のズルい立ち回りにだまされ、クラスメートたちの陰口にも気付けずにいた。

 けれど、みんな人間である以上、うまく生きてゆくために仕方のないことなのよ。

 そして、わたしは夢見蛇。

 あなたの悔しさを酌むことは出来ても、人間に危害を加えることはしたくない。

 それは、わたしたちの生き方を否定することになってしまうから。

 わたしは、夢を見られるあなたたちが好き。

 夢に見たものを自分の手で作り上げて、笑って、楽しんで、少しだけ泣いて。

 そんなあなたたちを、夢の世界から見守っているのが好きなのよ」

 ベンチの上で少女を見上げる夢見蛇は、どこか微笑んでいるように見えた。

 「ごめん、サイファ。そうだよね、そんなことしちゃダメだよね」ミノリは涙を拭くと、夢見蛇を抱き上げた。

 「ありがとう、ミノリ。あなたなら、きっと解ってくれると思っていたわ」サイファはミノリに頬擦りした。

 サイファは滑らかで温かかった。

 「さあ、行くといいわ。あなたの世界はまだ明るいから。暗くなる前に、青山さんに会いに行って来るといいわ」

 「うん、そうする!ありがとう、サイファ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ