5.話合い
ミノリは、気が付くと学校の菜園コーナーにいた。ここはミノリが見ている夢の中。理科の実習でジャガイモやヘチマを育てるところだ。
ミノリは、夢見蛇の姿を探して、辺りを見回した。
もちろん見つからない。
「サイファ、どこ?」
「こっちよ」菜園の隅にあるフジ棚の方から声がした。
5月頃に薄紫の小さな花をブドウの様に咲かせるフジの樹は、程よい木陰を供してくれるため、実習の時には先生やクラスメートたちの休憩に人気だった。
だが、太いツル状の幹が複雑にからまっているため、夢見蛇のサイファの姿は樹に融け込んで見つけられなかった。
ミノリがフジ棚に近付くと、サイファは藤の枝から身を起こして、ミノリの方へ首をもたげて来た。
「こんにちわ、ミノリ」
「こんにちわ、というか、おはよう、というか…。サイファ、怪我はもう大丈夫?
…なんだか、今朝よりきれいになったね。それにちょっと大きくなっていない?」
「まあ、うれしいわね。そう。あなたと知り合ったおかげで、わたしは精霊としての格が上がったの。そのせいね」夢見蛇のサイファは自慢気に身を反らせた。確かに体の色も深みを増し落ち着いた色合いになり、ウロコも昨日よりつややかで張りがあった。
「そして、正式にあなたの夢の護り手に就けることになったわ。
おかげで、こんなこともできるようになった」サイファは樹の枝から飛び降りるようにするりと身を躍らせた。
すると、ミノリの目の前にはビジネススーツをパリっと着こなしたキャリアウーマン風のお姉さんが佇んでいた。
ちょっと日本人に似ているが彫りの深い鼻筋の通った細面の貌付き。キョロっとした目がどこか愛らしく、夢見蛇の時の姿を連想させる。
「わあ、すてき」
「どう?前からちょっとあこがれてたんだ、こういうスタイル」
「いいよ。すごくいい。きれいだしかっこいい!」
「じゃあ、ちょっとお茶しながら作戦会議しようか」サイファが指差す先には見慣れたファミリーレストランがあり、気が付くと二人は、ミノリが暮らす町のビジネス街に立っていた。
二人はレストランに入り、奥の静かなテーブルに案内してもらった。
サイファはハーブティーを、ミノリはミルクティーを頼んだ。
「どうかした?」
「うん。サイファって、どこかで会ったことなかったかな、って。なんだか良く知ってるような気がするんだ」
「わたしのこの姿は、わたしが生まれた夢の『ゆめつみ』をモデルにしているのよ。だから、ひょっとしたら顔見知りなのかもしれないわね」
サイファは懐からシステム手帳サイズのノートパソコンを出すと、ヘッドフォンに似たコードをつなぎ、ミノリにつけてもらうように頼んだ。
「耳に付ければいいの?」
「そう。知合いが『ゆめつみ』と共同開発したもので『セレブロ・リーダー』って言っていたわ。
うまくいけば、そう遠くない未来にあなたの世界でも発明されるはずよ」
ミノリがリーダーを耳に付けると、サイファは画面を操作した。
画面には、なにやらリストが表示される。
06:55 起床
07:15 家族と朝食
~
10:37 いじめタイム
サイファは、「ちょっとイヤな記憶でしょうけど、見させてね」と断ってから、ミノリの体験の再生を始めた。
ミノリの体験が再生されてからしばらくたつと、サイファは顔をしかめた。そして、次第にじっとりと額に汗をかくようになっていた。
「大丈夫、サイファ?」
「後もう少しだから…」
ようやくカヨの捨て台詞が流れ、再生が終わった。
サイファはテーブルに突っ伏し、肩で息をしていた。