4.学校
冬の抜けるような青さが心に痛い。
ミノリは、憂鬱な気持ちで、学校に向かっていた。
今日は木曜日。ようやく一週間が折り返したところだ。
二度寝の中で、ミノリは夢見蛇のサイファから、夢魔を生み続ける悪夢を観ているのが、クラスメートのコだと教えてもらった。
青山加代子。ペン字クラブで厚生委員。どちらも超絶不人気で、惰性で流れ着いた感じ。得意な科目がある訳でもなく、ただ授業に出て、漫然と座っている。
ミノリは今さらながら、青山さんに無関心だったな、と気付いた。
だが、ミノリはそんなことを言っていられない関係だった。青山さんのいじめられっこなのだ。
ただ、目を付けられた。
それだけしか解らない。
途中からミノリも応戦するようになった。
けれど、加代子は仲間が2人いる。
3対1で勝ち目がある訳もなく、他のクラスメートは知らん顔。先生は、昔の教師ドラマのファンだとか言っていたけれど、『先ずは話し合ってみることね』と突き放された。
後2ヶ月くらいで卒業式。
なんだか、この2年棒に振っちゃったな。
学校の校門前。
ミノリは、今日何度目かのため息を付いた。
サイファは、「いじめてくる子に、あなたの正直な気持ち、というかまごころをぶつけてみて。そうして出かたを見てみましょう」とアドバイスをくれた。
「それじゃ、先生やお母さんと言ってること同じだよ」
「そうよ。けれど、わたしには作戦があるの。
大切なのは、自分がいじめられていると言うところで一歩引いて『人や動物をいじめるのは、あなたのためになっているの?』と訊いて、その答えを引き出すこと。さっき言ったまごころの部分ね。人間の大人たちは『誠意』と言うわ」
確かに、サイファは先生やお母さんと違い、どういうふうに話を進めて行くか具体的に考えてくれている。
「つらいでしょうけれど、一歩ずつ、相手の青山さんの心の中を知って行くしかないわ。
でも、ミノリは、あの夢魔をはねのけた心の強さがある。
そんな所が有るから、ミノリのファンなのよね。ここ一番、と言うところをしっかり頑張るもの。
そういう人間て、好きよ」
「その後は?」ミノリは照れ隠しに質問を重ねた。
「相手の事を否定しない。
ケンカの最中にこれは難しいでしょうから、心掛けて。
けれど、無理なことを言って来たら、断るの。『それはできない』って。相手の言い分を否定するのではなくね…」
ミノリは校門をくぐり、サイファのアドバイスを思い返していた。
やっていることは、何だか普通に友だちとの会話とそれほど変わりない。不安はあるものの、何だかやれそうだ。
ミノリは、ランドセルをゆすって背負い直し、昇降口へと入って行った。
授業は2時間目までは何事もなく過ぎた。
3時間目の前の休み時間に、青山加代子がいつもの取り巻きを連れて、ミノリの机を取り囲んだ。
ミノリはサイファのアドバイスをさっとおさらいして、今までとちょっと接し方を変えてみた。
「どうよ、こいつまた来てる」青山さんはいつもの調子だった。いつもの、。
「そう、授業があるからね」ミノリは席を立ち、青山さんに向き直った。
「なによ、生意気に」青山さんはミノリを突き飛ばした。
しかしミノリも慣れたものなので、あらかじめイスに手をかけておいた。ミノリはちょっと後ろに下がっただけだった。
「青山さん?」ミノリは相手の目を見て訊いた。「あなたがやっていること。それは、あなたの『ため』になることなの?」
「ああ、楽しいね」
「良く考えてみて。あなたはホントウに、そんなことを望んでいるの?」ミノリは、青山さんの目を通して、その奥を見ようとした。
「ふん、あんたキモい」青山さんは、ミノリから目を反らした。そうして、ミノリに平手打ちを仕掛てきた。
これもよくあるパターンなので、ミノリは手を上げて簡単に防げた。
いつもなら、まともに食らっているけれど、今日は心に余裕があるせいなのか、なんとか対応できた。
「よく考えて。あなたは、ホントウは何がしたいの?」なんだか、相手が哀れに思えてきて、ミノリは青山さんに問いかけた。「中学に行っても同じように私の代わりを見つけて、同じように生きていくつもり?高校でも?大学なり社会人になっても?」
そこで、チャイムが鳴った。
「どうする?続ける?」
青山さんは、鼻を鳴らすと自分の席へ戻って行った。
ミノリも席に着いた。そしてため息を一つついた。
青山さんが、はじめて哀れに思えた。




