3.夢魔
夢見蛇のサイファは、自分たちと夢魔との関係をミノリに話し始める。
年の離れたお姉さんのように優しく接するサイファに、ミノリは次第に打ち解け、夢魔との対策を話し始める。
「ええと、シップとか持ってくるよ。打ち身だよね?」ミノリは、体の痛い所を時折よじらせる夢見蛇のサイファに持ちかけた。
「ありがとう。でも、わたしたちにあなたたちのクスリやお医者さんは効き目がないの。だから、気持ちだけでいいわ」
「でも、痛そう。どうすれば治るの?」
「治るまでじっとガマンしているか、好きな夢を観ればすぐに良くなるわ」
「私の代わりに、ケガしてくれたのに、何もして上げられないのってつらい」ミノリはそういいながら、サイファが痛がっているところをそっとなでた。
「気持ちだけでいいわ。後、あなたの夢をまた観させてもらえるだけで。
…ああ、ありがとう。少し、楽になるわ」
「さっき、2年位前から悪夢が多くなってきた、って言ってたよね」
「そう、それ!好きな『ゆめつみ(夢を観ている当事者のこと)』にちょっかい掛けて夢を台無しにする夢魔は、わたしたちの敵!
そういうわたしたち夢見蛇は、あいつら夢魔の天敵なの。
だから、応戦できるかな、と思ったんだけれど、わたしはまだ若くて、あんまり力がないから。
ごめんなさい。かえって迷惑かけちゃったわ」
「そんなことない。それに、恐かったでしょう?」
「正直、とっても」サイファは首をすくめ、上目遣いでミノリを見上げる。
「わたしなんかのために、勇気出してくれて、ありがとう」
「それはお互い様よ。
わたしもあいつを倒すまで後一歩だったけれど、動けなくなってしまって。
あなたが勇気を出してあいつを吹き飛ばしてくれたから、わたしの毒が効くまでの時間が稼げたんだから」
「ええ?じゃあ、あれってわたしがやったの?」
「もちろんよ。あなたは自分の観ている夢の監督さんなんだから、何でもアリ」
「そうなんだ…、へー…。あ、さっきちらっと言った『毒』って?」ミノリは生き物が好きなので、ヘビの中には危険な毒を持つ種類がいることを知っていた。夢見蛇のサイファはミノリに友好的ではあるものの、用心のためにきいてみた。
「これもあなたたち『ゆめつみ』に害はないわ。
そう。わたしたち夢見蛇は、毒を持っている。けれど、それは夢の世界の住民にしか効かないの。
その効き目は、まだ力のないわたしでも、一噛みで相手を消滅させることができるほど。『ゆめつみ』にもちょっとは影響はあるけれど、少しの間眠ってしまうだけ。
もっと成長した夢見蛇だと、色々と特殊ワザが使えるようになるわ。にらんだだけで相手を消滅させる、とか」
「えー!。コワイけどスゴーイ!
えー、じゃあ、サイファって、今何歳なの?」
「それが、わたしたちの世界では、あなたたちの世界で言う時間や空間や重力の縛りがないの。だから、『年をとる』っていう現象がないの。
わたしは確かに生まれてまだそんなにたっていない。でも、いろんな『ゆめつみ』の夢を観た上で考えると、多分20代の後半くらいになると思うわ」
「えー、ちょっとがっかり」
「なぜ?」
「ちょっと上のお姉さんくらいだと思ってた」
その瞬間、『ピシッ』と空気が音を立てて凍った。
「ファン、やめるわよ?」サイファの声は、今までのほがらかな調子から一転して低く沈み込んでいた。
「あーゴメン、サイファ姉さん!ごめんなさい、もう言わない!あんな恐いのがまた出て来られたら、わたし死んじゃうよ」
「うむ、分かればよろしい」サイファはいんぎんに首を反らせた。「まあ、冗談はさておいて。夢魔だけれど、近いうちにまた来るわよ」
「ええ!?。もう、あんな狂暴なサルや、今までに悪夢に出て来た相手に追いかけられたり嫌な目にあわされるのはいやだよ」ミノリはげんなりした。
「その出所も分かっているのだけれど…」サイファは気まずそうに言った。
「じゃあ、その出所をつぶせばいいのね?」
「ええ、そう。そして、それはわたしには不可能、と言っていい」
「ええ?」
「夢魔は、『ゆめつみ』の夢の中から生まれてくるのだから」
「そんなの変だよ」ミノリは、夢見蛇のサイファの言葉を疑った。
「だって、『ゆめつみ』の夢から夢魔が生まれてくるなんてオカシイ!
だって…」ミノリは言葉がなかった。無理もない。小学生では、そんな複雑な思いを言葉に紡ぐことなどムリだ。
サイファは、身を起こして、ミノリの額にキスをした。「『夢って、もっと違うこと、楽しい未来の想像を観ることでしょう?』そう言いたい?」
ミノリは無言でうなずいた。涙を流しながら。
「悲しいことだけれど、ホントウ。
わたしたち、夢の世界の住民は、みんな『ゆめつみ』の夢から生まれてくる。
わたしたち夢見蛇は、明るい夢、未来への希望や楽しかった思い出の回想、困難への挑戦、そんなものから生まれてくる。
そして夢魔は、暗い夢から。破壊への渇望、飢えと憎しみの追体験、絶望からの逃避…。そんな夢を見続けた7日目の新月に生まれてくる。
だから夢魔は、退治しても退治しても、生まれてくる。そして、夢魔を生んだ悪夢の『ゆめつみ』が特に想っている相手に夢魔は取り憑こうとする
だから、わたしたち夢見蛇では、どうすることもできないの」
「じゃあ、じゃあどうするの?どうすればいいの、サイファ?」
「わたしたちは、夢の護り手。では、夢を紡ぐのは?」
「わたしたち?」
「そう、『ゆめつみ』が悪夢を観る『ゆめつみ』を助けてあげるしかないの」
「悪夢を観る『ゆめつみ』を探し出して、悪夢を観ないようにすればいいの?」
「その通り。そして…」
「うん…むずかしいよ。その人が悪夢を観る原因を断ち切らないとならない。これは夢見蛇だけではムリよね…」
「探し出すところだけは、ちょっとだけ手伝ってあげることができる。けれど、その先は、あなたに努力してもらうしかない」
「…わかった、やってみる。もう変な生き物や知らない大人に追いかけ回される夢なんてうんざり」
「できそう?」
「わからない…。けど、ファンのためだもの」ミノリはそっとサイファの頭をなでた。少なくとも、サイファだけは、もう気持ち悪いとも怖いとも感じなくなっていた。
「まだ、少し寝る時間があるわね。夢の中で作戦を練りましょう」
サイファは、ミノリにもう一度眠りに就くよう告げた。
ミノリはこれからのことが不安だったが、サイファを抱いてもう一度布団の中で横になり、何とか眠りに落ちた。