2.夢見蛇
ミノリが目を覚ますと、夢の中で襲い掛かってきたサルからミノリを助けてくれたヘビさんも一緒にいた。
ヘビさんは、年上のお姉さんが小学生に話しかけるように少し戸惑いながら、夢見蛇のサイファと自己紹介を始める。
「ああっ!」ミノリは布団から飛び起きた。
そこは、自分の部屋。
冬の夜気が染み込んだ冷えた空気。
カーテン越しの窓は夜明け前の薄暗い空。
勉強机。
使い始めて6年目になるランドセル。
壁に貼られた学校の時間割表。夏休みの自由課題で銀賞をもらったサイチョウのイラストの額。
ふと、手にビニールホースのようなものを持っていることに気付き、枕もとのスタンドを灯け、布団から手を出してみた。
そこでは、さっき出会った薄緑のヘビさんがぐったりしていた。
そこでミノリは、ようやくさっきまでの出来事が夢だと分かった。
夢?
ミノリは手からだらんと伸びている生き物を見下ろした。
まだかすかに温かい。
「しっかり」ミノリはヘビさんの頭をそっとなでてみた。サカナのようにまぶたがない目は、丸くキョロッとしている。瞳は鈍い金色でてろんと下の方に垂れ下がっていた。ヘビって気を失うと瞳が下に下がるのかな?そう思う一方で、なでたヘビの肌はビニールレザーのようなしなやかなさわり心地で、なんとなく気に入った。「しっかりして…」ミノリは祈るようにつぶやいた。
するとヘビさんは気が付いたのか、「いたた…、ケガはない?」と首を持ち上げミノリを見上げた。すると、ぎょっとしたように、辺りをキョロキョロと見回した。
「やだ、連れてこられちゃったのね?」
「ええと…、さっき助けてくれたの、あなた?」ミノリはこの不思議な生き物に、恐る恐る話し掛けた。
「…ええ、そうよ。ええと、ミノリちゃん?みのりさん?」ヘビさんは、ミノリの呼び方を問いかけているようだった。なんだか年上のお姉さんが出会ったばかりの小学生にはじめて話しかけてくるときと似た、少しあわてたような雰囲気。
「うん、『ミノリ』でいいよ。あなたは?」
「ええー『ゆめつみ』になんだか恐れ多いけれど、じゃあ、ミノリと呼ばせてもらうわね。
はじめまして、ミノリ。わたしはサイファ。夢見蛇のサイファ」
「サイファ、って名前?夢見蛇って?」
「そうね、とんでもないハプニングだけど、説明するわ。けれど、その前にあなたの手から下りてもいいかしら?まだ体が痛くて。全くあの夢魔…」
ミノリは枕をとり、その上にサイファをそっとおろした。
「あら、ありがとう。うん、まだ温かいわね、この枕」サイファは、まだミノリの体温の残っている枕に体を伸ばした。
「寒い?」
「ガマンはできるけれど…」
「ちょっと待ってて」ミノリは身を起こすと、部屋の隅のストーブに火を灯けた。「じきにあったかくなるわ」
「ありがとう。しかし、感激だわ。あなたと話ができるなんて」
「どういうこと?わたしを知っているの?」
「ええ、もちろん。あなたのファンだから」
「ええ?」
「わたしたち夢見蛇はね、夢の世界に住んでいるの。エサは『夢を鑑賞する』こと。
そして、わたしは、あなたが見る夢のファンなのよ」
「ファン?わたしの夢の?」
「解りやすく言うと、あなたは映画の監督さん。わたしは、あなたの映画のファン、というところね」
「ええと、それは…どうも」
「ふふ。小学生の女の子が突然夢の中から連れてきた生き物に『監督、あなたのファンです!』なんていわれても戸惑っちゃうわよね。
でも、心配しないで。
わたしたちは、『ゆめつみ』が夢を通じて経験する『楽しい』とか『うれしい』とかそういった感情の光を浴びているだけ。それがわたしたちの食事になるの。
熱心なファンだと、『ゆめつみ』にコンタクトして、今のわたしとあなたのような関係を持つこともあるわ」
「ええと、『ゆめつみ』って?」
「ええ。日本語で表現すると『夢』を『紡』ぎ『見』る者という意味。つまり、夢を見ることができるものたち全てが『ゆめつみ』よ」
「動物にも夢を見るコたちがいるけれど、そういったコたちもなの?」
「ええ、そのコたちも『ゆめつみ』。もちろん、わたしたちの中にはそういった夢のファンもいるわ」
「ふうん…。じゃあ、わたしが最近見る悪夢には、あなたたちは関係ないのね」
「ないわ。全く」サイファは不機嫌そうに首を反らせて言い切った。
「だってそうじゃない?ファンが監督困らせて、つまらない映画を作ってもらうと思う?」
「それもそうね」
「それに、わたしも気になっていたのよね、あなたの悪夢のこと…。2年位前から」
「2年前?」
「そう。そのころを境に、あなたの夢に悪夢が多くなってきたの。特に最近になってそれが多くて。だから、ガマンできなくなって、あなたの夢に取り付こうとしていた夢魔にケンカ売ったのよ。
ボロ負けになっちゃったけどね…」サイファはそう言うと、まだ痛む体を少しよじらせた。




