10.仲間の姿
ミノリと青山さんは、お互いを許しあうことができた。
そして、新しい約束をして、二人は分かれた。
ミノリは、自分の部屋で目を覚ました。まだ昼下がりの時分で、時計は3時少し前だった。
ミノリは普段着に着替えて支度をすると、娘の卒業式休暇を取ってキッチンでのんびりくつろいでいるお父さんとお母さんに夕方までには帰ってくる、と出かけた。
午下がりの町並み。
ミノリは青山さんの家へと、急ぎ足で歩いていた。
そして、コートのポケットに手を入れて、寒そうに歩いている青山さんとばったり出会った。
「青山さん」ミノリは思わず声をかけた。
青山さんは一瞬相手が誰なのかわからない様子だった。「あ…大島さん…」
「手紙、読んだよ。あなたの家に行くところだったの。…絵のことほめてくれて、ありがとう」ミノリは複雑な心境だった。別に夢見蛇のサイファに口止めされていたわけではなかったが、夢の中での出来事をおおぴらに話したくなかった。人の夢の中に勝手に入って行ってしまったこともあり、何だか気が引けるのだった。それで、夢の中の出来事に関係のない話題を必死でひねり出した。
「…いいよ。わたしこそゴメン」青山さんは、どこかさびしげだった。「ねえ、よかったらお茶していかない?」以外にも、青山さんからミノリを誘って来た。
そこで二人は、近くのハンバーガーショップに入った。
「…ミルクティー?」
「え?」青山さんともう少し話をしてみたいミノリだったが、まだ話題が思い浮かばない。ぼんやりしているところへ青山さんが何を頼むのか訊いてきたのだった。
「好きじゃなかったっけ?ミルクティー。違っていたらゴメン」
「ええ、好きだけど、何で知ってるの?」
「…さあ。何でだろう?なんとなく、かな?」
「うん、それでいい。好きなんだ」
二人はそれぞれカップを手に、2階席へ上がって来た。
2階の席はどこもがらんとしていたので、窓際のボックスに入った。
窓からは、夕映えに金色に染まる町並みが見えた。
「さっき、二人にさよならを言ってきたんだ」青山さんから話し出した。
「二人って、いつも一緒にいるあの子たち?どうして?」
「わたし、明日引っ越すんだ」
「引越し?」
「うん…」青山さんはしばらくの間、何かを考え込むように黙った。「そうね、あなたにも話すわ。
わたしの家ね、母さんと父さんが仲が悪くてね。離婚したんだ」青山さんは声が震えていた。
「わたしは母さんと一緒に、明日引っ越す。何もかもやり直す。
そんなこと言い訳にはならないけど、わたしは、そんなこともあって大島さんにあたっていたんだと思う。
ごめん…」そうして青山さんは静かに泣き始めた。
ミノリは、青山さんが泣き止むまで静かに見守り、そして、冷たくなったミルクティーを二人で飲んだ。
味は、悪くなかった。
店を出ると、町は薄暗くなり、看板のいくつかに明かりが灯もっていた。
「送って行こうか?」ミノリは、青山さんが気がかりになって訊いた。
「大丈夫。もう」
「…ねえ、明日、何時?」
「え?」
「出発は何時なの?」
「ええと、9時くらい」
「わかった、じゃ、明日ね!」そう言うと、ミノリは手を振って走り出した。背中から「来なくていいよ。だいたいあんたわたしの家知ってるの?」と声がしたが、ミノリは聞こえないフリをした。
次の日。ミノリはトートバッグを抱えて、青山さんの家へと急ぎ足で歩いていた。
空は花曇り。
少し肌寒かった。
時折やってくるこんな肌寒い天気と温かい日和を繰り返し、これから季節は春を迎えて過ぎて行く。
青山さんの家はすぐに判った。
夢の中と同じ場所だったし、家の前にはちょうどコンテナのドアを閉めようとする引っ越し会社のトラックが止まっていたから。
そのトラックの側で、家の玄関をみつめながら青山さんが立っていた。
「青山さ~ん!」ミノリは青山さんに走り寄った。
「ホントに来てくれたんだ。よく分かったね」
「うん。これ、お別れに、プレゼント」ミノリはバッグを渡した。
「…でも」
ミノリはバッグを青山さんの手元に持って行った。
青山さんはバッグを受け取り、中の品物を取り出した。
「これ!!」それは一枚の額縁。そこには5年生のときに夏休みの課題にミノリが描いた鳥の絵が収まっていた。
「餞別っていうの?気に入ってくれていたみたいだから」ミノリは思い出していた。おととしの夏の終わり。展示コーナーの一角に佇み、長い間一枚の絵を眺めていた青山さんの姿を。その絵は、今青山さんが手にしている絵の前だった。
青山さんはミノリにハグして来た。
「2ヶ月くらい前、夢を見たわ。お母さんとお父さんが大ゲンカしていた時の夢。そこへ、あなたがやって来て、悪夢を消してくれたのよ。
その時、あなたが言ったの。『わたしもミルクティー派よ』って。
こういうの、正夢っていうのかしらね?」
「ああ、たまにあるそうね、そう言う話って」
「わたし今まで超能力とか超常現象とか信じなかった。あんなの子供用のヤラセだって。
でも今は違う。
人って、心のどこかが夢を通じてつながっているんだと思う。
大島さん。ありがとう、許してくれて。そして、この絵まで」
「仲直りできて、よかった」
「わたし、あなたのこと忘れない。手紙を書くわ」
「あなたの字、とてもきれいよ。手紙、待っているから。だから、引越し先は訊かないことにするわ」
「あら、仲好いのね。お友達?」玄関から青島さんのお母さんが姿を現した。手にはポーチを持っている。
「あ。はじめまして、大島です」
大島さんはミノリから離れた。
「そう…。今までありがとう…」お母さんは、青島さんが手にしている絵に目を落とし、目を見開いた。「これ、どうしたの?ステキな絵じゃない?」
「大島さんが、記念にって、くれたの」
お母さんは少し表情を曇らせた。「ごめんなさい。なんだか、引き離しちゃうなんて」
「ううん。わたしたち、これからなんだから」
「さ、加代子。行きましょう」
「うん、大島さん。元気でね、また会おう」手を振る青山さんの微笑みは、この冬までは想像もつかなかった明るいものだった。
「手紙、待ってるからね!」ミノリも手を振り返した。
青山さんたちは、トラックに乗り込むと、そのまま走り去った。後には何も残らなかった。
ミノリは、強烈に絵が描きたくなった。
鳥の絵、それも、家族が飛び立って行く姿。新しく出来た友だちが新天地に旅立って行く姿を。
見送る自分から見た、仲間の姿を。
この2年間の出来事を、思い出の記念に残したくなったのだ。
-了-
夢見蛇が観ていた夢は、これでひとまず終わり。




