初めての、出会い
「…断る?どうして?今まで自分は守られていたんだから、恩返しになると思わない?それに、これは名誉なことなのよ?誰にでも…資質があるわけじゃないわ」
心底不思議そうな表情でいわれるものだから、こちらとしてもそれ以上は言い難い。今まで守られてた…なんて、そんな訳無いじゃない。今まで妖魔の存在すら知らない…というかいない世界にいたのに、いきなり素質があるからって…本当にあの工藤ってやつはバカなんじゃないの?説明って言葉を知らないんじゃないの?
「一度、一緒に戦いにいけば色々分かるわ。その時はちゃんと呼ぶわね。久しぶりの新規メンバーだもの。璃夢ちゃんの能力、楽しみだわ」
ニッコリと美人に微笑まれては、断れない。無意識にコクリと頷いてから、しまった…と後悔した。
緊急時の連絡として東雲会長と携帯番号を交換し、生徒会室から退室する。
「……ふぅ」
どうしてこうなったのか…。どうしてこうなってしまったのか…。ずっとこの一週間、頭から抜いていたけれど、私は帰れないのだろうか。此処で過ごさなければならないの?
「……関係、無かったのに」
ポツリと呟いた言葉が、闇に染まる校舎に吸い込まれた。
チリン……―――
パッと顔をあげる。あの音は。無意識のうちに、足は鈴音を追いかける。
「ねぇ!待って!」
貴方しか知らないのよ?私が異世界から来たなんて!この世界の事情を何にも知らないなんて!
校舎を出て、体育館の裏手に向かう道を走る。部活は無いのか、生徒とすれ違うことも無く枯葉の踏みしだく音だけが壁に反響する。闇の中、視力はほとんど当てにできないし、校舎の裏手だからか電灯の数が少ない。頼りになるのは、彼の鈴音だけ。
「僕を追っているの?」
音を追いかけて校舎裏まで来て。か細い電灯の光に浮かぶ木製のベンチの上で尻尾を揺らしていたのは、三毛猫だった。しかも喋った。
「あ…いや…人…いや猫違いでした…」
「僕が見えるって事は君も祓士なのかな?」
「いえ、まだ…」
三毛猫は嬉しそうに尻尾を揺らす。
「これから妖魔退治するの?」
「正直、よくわかんない…。何でこの街は夜なの?」
「そんな事も知らないの?妖魔のボスが街の下にいるんだ。その影響」
ボスの真上…。経験値ゼロなのに、いきなりラストダンジョン…。呆然とする私に、三毛猫は表情をニヤつかせる。余裕たっぷりに前足で顔を拭っている様子は、何だかこちらの敗北すら感じる。
「祓士としては卵ちゃんか。俺が色々教えてやろうか?」
「いいの?」
とっても偉そうな猫ではあるが、あの工藤のような奴なのだろう。見知らぬ世界で無知は恐ろしいものだ。
「いつからこんな風に?」
尋ねると、一瞬怪訝な空気をまとったが、チリンと鈴を鳴らし、三毛猫は語りはじめた。
ずっと昔。日本がまだ着物を来て雅な趣味が流行っていた時代から、世の中には魑魅魍魎はいた。鬼と呼ばれる存在を筆頭に、人と人じゃないものの戦いはずっと続いた。
大きな戦争をこの国が経験し、敗北した時、外国からたくさんのものが入ってきた。それは、目に見えない妖魔も同じ。
敗北を味わい、混乱に乗じて人に取り付き罪を重ねる妖魔。八百万の神々すらも喰らう妖魔。魑魅魍魎を配下にする妖魔。
そんな存在に立ち向かう為の存在が祓士だ。最初は魑魅魍魎を祓う事がメインだったが、最近は妖魔退治までも仕事だ。
「“闇”という名前の妖魔が、この街の下にいる。闇の力は、土地に流れる龍脈を伝い広がり、龍脈の力を啜る。いつか、この土地は生物の住めない街になるんだ」
「そんな奴が…」
龍脈とは、土地の持つ力の流れ。人の…血管のようなものと考えれば良いよと三毛猫は笑う。
震える。そんな意味わかんない敵と戦っているの。私も、そうするの?
「そうならないよう戦うのが祓士でしょ?」
「みたいだね…。実感沸かない」
不安でたまらないのに。どうしたらいいのか分からないのに。いきなり異世界だなんて、祓士なんて、妖魔なんて。
「良い力を持っていそうだね、君」
「え?」
「きっと、訓練したら脅威になるんだろうなぁ」
違和感。言葉に、いや言葉の違和感。この三毛猫が…喋る猫が…。
いつ…私の味方だと言った?
「祓士として未熟だと、妖魔を感知する事もできないんだぁ?」
頭で考えるよりも、身体が反射的に振り向き走った。あいつを追いかけていた時よりも早く。
早く
早く!
早く!!
逃げなくちゃ。助けを呼ばなくちゃ。あいつは、よくわかんないけどヤバい。私じゃ、どうする事もできない。
バンッ
酷く打ち付けたおでこに手をあてながら周囲を見渡すが、何も無い。私は…何にぶつかったの?
ぶつかった拍子に尻餅をつき、呆然とする。
「結界の概念も無いのか」
ちりん、と恐怖が忍び寄る。
背後にいるであろう、猫。ただの猫ではない。喋る猫、とかそんな程度の不思議さでは無い。あいつは…殺気を持っている。
だめだ、恐さでどうする事もできない。
恐怖が涙を呼ぶ。
――呼べ
「え?」
「あぁ?」
――呼べ 名を
「名…前?」
「はぁ?何言ってんだお前」
――呼べ 我が名を
「あなたの?」
「何、無視してんだよ!」
猫の怒鳴り声に、思わず後ろを振り向けば。三毛猫の小さな身体から、ぶわりと闇が溢れ出す。闇をまとった猫は、吸い込むような金色の目を、私から離さない。
感情を表していた尻尾は、二つに裂け、それぞれが意思を持ったかのようにうねる。
――呼ぶんだ!我が名を!
――名前!教えて!助けて!
「すざくーー!!」
叫んだ瞬間、ガラスが割れるような音がした。
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突然巻き上がるような、まるで台風のような妖気が、書類の整理をしていた東雲まほろの身体に電流を走らせる。
普段この学校は結界がはってある筈だ。最近は、結界を維持している人物の力が弱ってはきているが、そこは腐っても鯛。彼女は、現在最も力の強い祓士でもある。いくら弱っているとは言え、並みの妖魔が近づくことは出来ない筈だ。
「まほろさん」
「高良田くん、今のは・・・?」
「分かりません・・・が、かなり強力な妖気でした・・・」
生徒会室の中で共に作業をしていた高良田が、不安そうな表情をしている。あのレベルの妖気は、めったにお目にかかれないものだ。
「誰か確認しに行っているの?」
「あ・・・はい。名里瀬さんが行ったそうです」
「芽衣が?なら・・・報告を待つわ。彼女なら大丈夫でしょうね」
そうは言ったものの、どこか落ち着かなさそうにまほろは窓辺に近づく。
学校内で妖魔関連の問題が起こったときに対処をするのが、生徒会の裏の目的だ。それは全校生徒周知の事実。
学校組織の生徒会としては、会長の東雲まほろ(しののめまほろ)、副会長の高良田夕也、書記の名里瀬芽衣、会計の須磨奈雪、副会計の矢咲誠刀の五名で成り立っているが、裏の生徒会としては更に十名の生徒が存在している。璃夢は十一人目だ。学校内はそうやって守っていて、街自体は大人が作った組織によって同じように守られている。
現在、七道市の祓士を統括しているのは、土御門という人物だ。闇の勢力を抑える要ともいえる人物だから、皆尊敬の意味も込めて“帝”と呼んでいる。
芽衣は、その帝の弟子の一人だから、実力は十分ある。