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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第一章 日常と背中合わせに分かつモノ
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第8話 無意味と言う名の動機

樋口カナはどうでもよくなって、ただその場にいた。


 あらゆることに無関心だった。

 

だれが目の前にこようと。

 だれが目の前にいようと。

 だれがなにを言おうと。

 だれが――なにを思おうと。

 

どうでもよかった。

 

彼のいない世界に興味はなかった。

 

ただ、樋口カナはそこにいた。

 

必死にだれかがずっと話かけていたようだったけど、どうでもよかった。

 うっとうしくはなかった。

 

話を聞こうとか、聞きたくないとかそんなことすら思わなかったから。

いようがいまいがどうでもいい。

 

……彼以外は。

 

そうして、彼の葬式を終えた頃、樋口カナにはあるうっすらとある人物が見え始めていた。

 

どこかで見たことあるような顔の、いつも日常的に見ていたような顔の女。

 悲しそうで寂しそうで、自分はまるで孤独だと言わんばかりのその顔が。

 

――樋口カナはなぜか気に入らなかった。

 

まるで自分が被害者で、この世で一番不幸な存在だと思い込んでいるようなその顔が。

 それは自分だった。

 

もう一人の自分がそこにいた。

 

なにを言うでもなく。

 なにかを伝えようとする意志もなく。

 

樋口カナは樋口カナを見ていた。


「アイツ……」


 気に入らない。

 あれはいったい何様なんだ。


 なんのつもりでここにいるんだ?

 だれにも興味はなかったけど、それだけには憎悪をもてた。


 私は私を殺したいと思った。


 そして、きっと。


 そいつもそう思っているんだろうと思った。


 私も私を殺したいんだろうと思った。


 彼と同じだ。

 私もそうなるんだろうと思った。



 *



俺は事務所に入るなり、速攻でソファーに寝そべった。

 頭からコートをかぶり、安っぽい蛍光灯の光が当たらないようにする。

 

ここの事務所のソファーは、金を掛けているのかやけにふかふかしていて寝心地がよかった。


「赤霧、お前はここに寝に来ているのか?」


巫月が特に興味もなさそうな声で言った。

 俺はより深くコートをかぶる。


「……んだよ、悪いかよ」

「いや、問題はない。ただ自分の家があるだろうと思っただけだ」

「最近、うるさくて眠れねぇんだよ」

「うるさい?」


 俺は巫月の言葉を無視する。

 自分の部屋が安らぎからほど遠い場所になっているのは正直、俺からすれば笑えない話だった

 落ち着けるのはここにいる間ぐらいだ。……今のうちに寝ておくしかない。

 なのに、巫月は関係なく俺に話しかける。


「うるさい……ね。誰か来ているのか」


 無視する。

 頼むから……寝かせてくれ。


「お前のマンションは防音設備もよかったからな、隣人の騒音ではないだろう?」


 引き続き無視する。


「環境に問題でもあったか?」


 無視する。


「……プライベートの話なら突っ込みはしないが」


 無視する。


「……確かお前は巳鏡とは仲がよかったはずだが、あれはうるさいという……」

「うるせぇよ! むしろ、アンタがうるせえよ! つか、俺は巳鏡とは仲良くない!」


 つい起き上がって巫月を怒鳴りつけてしまった自分に気付く。

 ……なんでこんなにくだらないことを気にするんだ、コイツは。


「別に……お前に関係ないだろ」

「まぁ、な。ただ体調を崩す要因があるんだったら放ってはおけないだろう」

「……なんだ、アンタは俺の母親か?」

「一応の保護者には違いないが?」


 ……その通りだった。

 俺がこうしてある程度の自由が保証されているのも、巫月が保証者としていてくれているからだ。……猟犬を扱う狩人として。


「いいのか悪いのか、私とお前は年齢もさほど離れていないしな。相談ぐらいならのれるだろう?」

「余計な気ぃ回してんじゃねぇよ」


 そう言って、俺はコートをかぶり直して横になる。

 俺は金さえあれば、一人でも生きていけるつもりだ。

 その自由が保証されていれば、と言う誇れない前提が必要になるのが情けないことこの上ないが。


「なあ……赤霧」

「なんだよ」

「自由になりたいか?」

 

なにを言い出すんだ、コイツ。


「そりゃ……そうだろ」

「……そのためにはある程度の実績がなければならない。協会に対し貢献し相応の期間を過ごし、自身を社会の中で安全に生活出来る存在だと示す必要が」

「わかってるよ、何度目の説明だ?」


 ここに来る前にも、来たときにも説明された。

 いつかは自由になれる、巫月がそう言ったから俺はここにいる。


 そうでなきゃ、とうに死ぬ気、いや……殺されてやる気だった。


「……私は」


 ひどくいいづらそうな、切れの悪い調子で巫月は続けようとする。


「もし、お前が……」


 そこまで言っておいて巫月は……。


「……いや、余計なことを言ったという自覚はある。忘れてくれ」


 そうして言葉を切った。

 コイツ、またろくでもないこと考えてやがるな。

 俺はその様子からそう感じ取る。


「巫月」

「……なんだ?」

「恨んでねぇし、後悔もしてねぇよ」


 そのまま言葉は途切れる。

 パタン、と本かなにかを置くような音がし。


「……そうか」と、そう小さな声で返答があった。


 俺はコートをより一層深くかぶり直し、顔を隠す。

 アホだ、こいつ。

 もし、俺がそんな風に思ってるんだったら。


 ……事務所を寝床になんてしてねぇだろうが。


 誰も彼も、気を遣い過ぎなんだよ。

 ……ここは。



 *



「ねぇ、今日も事務所に行くのぉ?」

 ハミがそう聞いてきた。

 ぼくは頷く。


「ああ、行くつもりはあるよ」

「……真面目だねぇ」

「うるさいな」


 ……昨日と変らなくても。

 それでもやれることはやっておきたい。


「ハミ」

「なぁに?」

「昨日の件はさ、今までの事件と関係あると思うか?」

「……ど~だろねぇ、関係なくもないかもしれないけどぉ、でも、もしそこまで深い繋がりがあるなら、昨日のうちに呼び出しかかってるんじゃないかなぁ?……巫月さんだってバカじゃないしさぁ」

「まぁ、確かに」

「どうせ、たいしたことないと思うよぉ? ハミとしては、また食事が出来ればいいけどねぇ」

「……ハミはそうだろうね」

「うん、だいたいハミは困らないよぉ、今さらなにが起ころうとぉ……」


 そこまでハミは言って、ぼくの手元を覗き込む。

 ハミは新しいカレーパンを開けながら言った。


「で、ねぇ、さっきからぁ、いったいなにを読んでるのぉ?」

「なにって……」


 ぼくは自分の手元を返してみせる。

 その表紙がよく見えるように。


「……別に、詩集だよ」

「詩ぃ?」

「……うん、詩」


 なんか、今ひどい顔してみられたような気がする。


「なんかぁ、大量に本が机に載ってるけどさぁ、これはぁ?」


 ジャンルと言う視点で見ると、内容はバラバラに積み込まれていた。

 『近代の超常現象』の解説や、世界各地の古い伝承を集めたもの。

 『すぐに使えるわかりやすい心理学』や心霊現象などの怪談特集もの。

 有名な著作者の小説も何冊か混じっていた。


「……これから読むんだよ」

「全部ぅ?」

「まぁね」

「……本読むの、趣味だったけ?」

「3分以上活字を読むと正直吐き気がする」

「うわあ、……なんでそれで読んでるのかぁ、ハミ、わかんないよぉ」


 ぼくも本気でよくわかんないよ。

 どういう気分でこれ書いたんだ、作者。

 恥ずかしくないのか? 後世の人間にそれも何万程度じゃきかない人数に読まれるんだぞ?


 息子どころか、自作の詩を孫の孫にすら読まれるんだぞ。 ……理解できん。


 ぼくだったら自分の子供にすら読ませたくないな。こういうのは。

 とにかく、あらゆる意味ですごい神経の持ち主だったに違いない。


 その割に、……どうでもいいことで悩んでるよな。 なにこいつら、今朝の夢の内容ぐらいでいちいち一喜一憂しているんだ?


「読んでて……楽しい?」

「……その質問に答えるよりはおもしろいよ。」

「うわぁ……ひどっ」


 いや、その質問する神経の方がひどいから。

 って言うか、楽しいかわかんないから読むんじゃないのか、普通は?


 ……ぼくは違うけど。


 慣れない作業に諦めずに読み進めるが、ピンと来るものはなにも出て来ない。


「お昼ご飯食べないのぉ? 昼休み終わっちゃうよぉ?」

「……昨日、食べたからいい」

「意味わかんないよ!」


 今それどころじゃない。


「……なんかぁ、今日のいつもよりトオくん変だよぉ? すごい意味わかんないしぃ、いつも意味わかんないけどぉ」


 ……ひどいことを言われたが、今はそれどころじゃない。と自分に言い聞かせる。


「そういえばぁ、さっきの……トオくんの頼みだけどぉ」

「……うん」

「日中は無理かもぉ。他の人の気配が多すぎるしぃ」

「……放課後なら?」

「……それは出来るけどぉ、たぶん、場所も変っていないだろうしぃ」

「頼むよ」


 ぼくがそう言ってもハミは納得していないようだった。


「あのさぁ、今更そんなの見つけてどうすんのぉ?」

「……どうするって」

「たぶん、もう保たないよぉ。あれからもうちょうど一日過ぎるわけだしぃ」

「……なら、今日がぎりぎりってことか」


 急がないと、な。

 そうぼくが言うと、眉間にしわをハミは寄せた。


「だからさぁ、どうすんのぉ? 助ける気なのぉ?」

「……別にそう言う訳じゃ……」

「もしそうならさぁ、そんなの意味ないから。もう手遅れだしぃ」

「わかってるよ、だから今出来ることをするんだ」

「……なにも出来ないよ」


 そんなことを言われる筋合いはない。

 ぼくはノートを広げて、なにかを書き写す。


 書き写しては書き換えて、書き消して、また書き写す。


 ……最悪、授業中にもやればいいか。


 おしゃべりしてるよりはいくらか有意義だろう。


「だからぁ、なにしてるのさぁ?」

「……悪あがき」

「意味わかんないけどぉ」

「ぼくは初デートの時は、プランをきちんと練るタイプでさ」

「……えっ、したことあんの?」

「一度もない」

「……そこまで思いっきり断言する人もぉ、なかなかいないと思うよぉ?」


 好きな子の手を握るどころか、話したこともない。と言っても過言ではない。

 ……格好悪いから、言わないけど。

 ふと思いついて話す。


「ハミはさ」

「……なにさぁ」

「どんな状況なら自殺する?」

「そもそもしない」


 ……ですよね。

 ハミはしないよね。


「強いて言うならぁ、食べるものなくなったらするかなぁ?」

「それ、必然的に死ぬしね」


 参考にはならなかった。

 突然、ハミはぼくの耳元に顔を寄せる。


「え? あ? ……な、なんだよ」

「……いや、ここでキスするつもりはないけど」

「そんな期待はしてない!」


 って言うか、ここでってなんだ。ここでって。


「そういうのが好みなら考えるけど?」

「そういうのがなにを指すかはわからないが、ぼくに妙な性癖はない!」


 たぶん。

 ……今のところ。

 ハミは耳元で小さな声で語る。


「遠野、死ぬ理由なんて人それぞれだよ」


 耳が息に当たって、じゃなく、耳に息が当たってくすぐったい。


「そんなものに絶対的な答えなんかない。 考えるだけ、無駄だよ」

「え~、うん……まぁ、正論だな」


 なぜかな。なんか、頭が回らないんだけど。

 やけに息が当たってるぞ、おい。つか、わざと当ててない? ねぇ?

 うわ、なんかカレーの臭いがする! それとなんかいい匂いと混じってるよ!? そこは統一してよ!?


「……遠野がなにを考えてるのか、私は知らないけどさ」

「……ああ」


 本当に?

 本当は、今現在お見通し気がするんだけど!?


「冷静になりなよ、遠野」

「……ぼくは今現在進行形で冷静です」

「ふうん?」

「……本当に!」

「まぁ、いいけどさぁ、いい? 遠野。 本人に聞くしかないことを考えるなんて、時間の無駄だよ」


 本人に聞くしかない。 それは……。


「そう、だな」

「でしょ?」


 ぱくっ。

 …………。

 ハミは元のように椅子に座り直し、コーヒー牛乳を飲み始めた。

 ……ぱく?


「って、おい、今のなに!?」


 なにかに今、耳を挟まれたぞ。なんか……暖かいなにかに!?


「……なにって……なんだろ、味見?」

「するな! 無断で、こんなところで、しかもいきなり!」

「時と場所を選べばしていいの?」

「じゃなくて!」

「する前に合図は必要ってこと? ……案外、乙女だよね、遠野って」

「違う!」


 そうなんだけど、違う!

 違うとなんか言い切れないけど、違う!


「でも、なんかぁ、そういうところが逆に悪くないっていうかぁ……」

「くそっ、もういいよ!」

 

なんか……未だにドキドキするんですが。

 ……こんなんだから変な噂されるんだ!

 ぼくが悪いのか? ぼくのディフェンスが悪いのか?


でも、まぁ、実際の所。


「……ハミの言うことも一理あるんだよな」

「人前でのプレイに関して?」

「お前はさっきまでぼくにどんな話してたんだよ!?」


 そんなディープな話はしてない! 少なくともぼくは!


「……そうじゃなくて、実際に死んだ理由なんて本人に聞くしかない……んだよな」


 生きてる人間がなに言ったって、それは予測でしかない。


「そうだよぉ、だいたいさぁ……」


 ハミは言う。

 本当の意味での自殺なんて、理由なんかないんだから。

 そう、何でもないことのように、ハミは言った。


「……そりゃ、どういう意味だよ」

「……さぁ、ねぇ」


 にやにやとした顔で、ハミはぼくを見た。

 僕はため息をつく。


 そうやって意味ありげな科白で、意味もなくぼくを惑わすのは、いい加減やめてくれ。


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