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銀の弾丸なんてない  作者: 裃 左右
第一章 日常と背中合わせに分かつモノ
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第7話 執着と言う名の欲望

樋口カナは死にたい、と思った。

 それは樋口カナには好きな人がいて。

 その彼が自殺したからだった。

 

そこだけを括れば、わかりやすい、理由だった。

 自分でも、ばかばかしいと思った。

 

男一人、死んだからって自分も死ぬなんて、所詮は自己満足。一時の感情、恋愛という名前の動物のような本能に従うだけだ。

 

そう理屈っぽく自嘲しながらも。

 ……それでもいいと樋口カナは思った。

 

……樋口カナが、ようするに私が。こんな風に死を望むのは。

 

彼を見てしまったからだった。

 目の前で、包丁で胸を引き裂いた彼を。

 彼は笑っていた。

 その、後ろの彼も笑っていた。


「もうすぐオレは死ぬんだってさ」


 そう、笑っていた。

 彼から呼び出されて、学校をサボってその自宅に行った私が見たのは。

 ……そんな光景だった。

 

好きな人が逆手で包丁を持って、自分自身に向け、高らかに笑う。

 悪夢のような光景だった。


「ほら、見えるかカナ。オレ、包丁で裂かれて死ぬんだぜ? 笑っちゃうよな? カナは小学校の頃に話したことないか、苦しい死に方だけはしたくないってな、冗談交じりでさ。交通事故で死ぬぐらいは想像したけどさ、こんな笑える死に方するとは思わなかったわ」


冗談でしょ?

 私はそう言った。

 ばかばかしい、そうじゃないのなんてわかりきってるのに。

 彼に死ぬ理由はあるんだから。


「そうだよ、オレは死にたかったんだ。なぁ、カナ、なんでオレだけ生きてるんだよ?」


 オレだけ。

 オレだけ、だってさ。

 まるでこの世に自分しかいないみたいに。

 私も傍に、こんなに近くにいるのに。


「オレは、オレは汚れてるんだ。そんなオレを……必要と言ってくれてたのに、あいつは死んじまったんだ」


 あいつ。

 憎くて仕方がない。

 あいつ……はもう死んでいる。


 なのに、未だに彼の心をわしづかみにして、そのまま連れ去ってしまった。

 彼の傷は私じゃ癒すどころか、触れることすら許されなかった。


 憎い。


 不条理で、不平等だ。

 私にもチャンスがあってもいいじゃない。

 なんで、アイツだけ?


 でも、もうそのアイツも死んでいる。

 どうしようもない。憎んでも、殺せない。アイツは殺せない。

 彼は止められない。殺しても、彼は私のものにはならない。


 ……ばかばかしいでしょ、死んでも彼は好きなんだって。

 違うか。


 ……その人が死んだら、もう自分には価値がないんだって。

 生きていても、意味がないんだって。


 そんなことをさんざん私にノロケて、そのあげく、彼は……。


「オレは汚れてるんだ、この血も、中身も、腐ってるんだ。臭いんだよ、生臭い、どろどろしてて、気持ちが悪い。どこまでも、這い回ってるんだよ。この血が」


 彼は自分自身を呪ってた。

 自分の血さえ、嫌ってた。

 それから逃れるために。

 彼はその胸を……。

 引き裂いた。


 辺りに塗れる赤い色を憎んで、その色の中に倒れ込んだ。

 それが身体の中から這い出ていくことを喜んで、その色にその身を染めた。


 その後ろに彼は、立っていた。

 その倒れる自分の姿を見下ろして……。


 自分の傍らに立って。

 こう呟いた。


「ああ、これがオレの望みか」


 嬉しそうに、でも寂しそうに彼は言った。

 同じように、胸から血を吹き出して。

 ようやく、彼は私を見て。

 すまなそうな顔で、倒れていった。

 倒れた彼の口だけが動いて。


「ごめんな」


 と、呟いたように見えた。

 樋口カナは生きていても仕方がないと思った。


 好きな人が死んだのに、自分が生きていても仕方がない。


 そう思った。



 *


所長がある見解述べて、ぼく達にあったのは沈黙だった。

 それを五分ほど長引かせて、赤霧先輩は思い出したように言う。


「ああ、そういや、うちの学校にも死んだ奴いたなぁ」


今更だった。

 実は赤霧先輩は先輩と呼んではいるものの、実際は他の学校の生徒である。ともかく他校の情報が手に入るならそれもいい。

 

なので、一応聞いておく。


「誰ですか、それ?」

「知らねぇよ、そんなの。興味ねぇよ」


 ……だと思った。

 この人はそうだろうな。


「……でも、自分の学校のことですよね」

「そうだ、つまりたまたま同じ学校に通ってるだけの他人の話だ。他人に興味はねぇよ、その末路や境遇、噂にもな」


 本当に情報収集には不適切で不適当な人間ばかり揃ってるんだなぁ。


「で、巫月。この件にはどういう対応で行くんだ。金にはならねぇだろ?」

「そうだな、一銭にもならないな」

「俺は刀で斬れないモノには興味ないし、な」


 ……刀で斬れないモノね。まあ、ハミは食べられない話なら、興味は持てないだろう。他のメンバーを探しても、おそらくは似たようなものだ。


 所長は頷いた。


「私はこの件には関わらない、あとは個人の自由だよ」

「……そうですか」


 ぼくはそれを聞いてから、とりあえず魚の煮付けでも作ることにした。

 所長の晩ご飯のおかずと、密かにぼくの晩ご飯のおかずになるように。


 翌日、学校じゃ全校集会が開かれて、その後普通に授業があった。

 意外に早く葬儀は開かれることになり、今日の放課後に樋口カナと同じクラスは代表者が出席し、あとは親しい人間のみの出席となった。遺族への迷惑を考慮し、全員が行くと言うことはないらしい。


 それでも、同学年全体の中でも、それぞれ面識のあるヤツは出るつもりらしく、うちのクラスからも、耳に入る限り結構な人数が出ることになったようだ。


 それとは別に、どこのクラスでもショックだとかで寝込んでいる生徒は少なくないようで。

 なんとも細い神経をしているものだ、とそう思う。自分より、神経の細い人間がいることには驚きを禁じ得なかった。


 学校の授業の合間にすら、その雰囲気は教室を支配し続ける。

 同級生が、……人が死ぬって高校生にとってこんなに重いことだったのか。

 相変わらず、サンドイッチやらなにやらを食べているハミにぼくは話しかけた。


「あのさ、樋口カナって」

「んー」

「結構、友達が多かったんだな」


 葬儀に対する参加者だけでなく、学校全体、と言うより学年全体に包まれた雰囲気を指していった。

おそらく、他の学年だともう少し明るく授業をしているのだろう……ひどく言えば、娯楽の一種になっているのかもしれない。ただこの学年ではありとあらゆるクラスで通夜でも行われているかと言う様相だった。


「……多いからぁ、友達っていうんだと思うよぉ?」

「は?」

「だってぇ、ダチ。 だも~ん」

「……そうですか」


 達はまぁ、確かに複数形の意味だろうけどさ。たぶん。

 

……そんなことを言いたかったんじゃないんだけどな、ぼくは。

 と思うと、珍しく小声でハミは言った。


「でもさ、中身が伴っているかは別だよ」

「なにが」

「別に。 葬儀に行く連中でどれだけの人間が、樋口カナがなにに苦しんでいたかを理解しているのかな、と思ってさ」

「そりゃどういう意味だよ」

「所詮、友達なんてそんなもんってこと。 数え切れないほどいるからこその友達、複数形。だとしたら、友達なんて数え切れないほどの人間のうちの一人ってことにしかならない。 それを理解して付き合える人間がどれだけいるのかな、って」

「人間にとって、友達なんて全員がその他大勢ってことか?」

「そうだよ。 その証拠にほら、一人くらいいなくても生きていける。 だいたいさ、本当に相手のことを理解して助けようって言うのが友達なら、この世の自殺する人間は全員友達がいないってことになるじゃないの? でも、実際に彼女は死んだ。自称友達はいっぱいいるけど」

「……大切に思われていても、きっと死を選ぶことだってあるさ」

「そうだね。 でも、相手を大切に思ってると思い込んでるだけかもしれないよ? そこに理解はあるの?」

「……お前」

「人が死のうとしてるのに、その苦しみを理解も出来ない、助けることもない。それが友達なんだよ。たまたま一番近くにいた赤の他人」


 ぼくも、他人に対しては距離をとっている方だけど。

 ハミはそれ以上に、拒絶感が強い。


「そうじゃなくてもさ、本当に樋口カナがかけがえのない友達なら、自分も後を追って死ねばいいんだよ。かけがえのない、ならね。 でも実際は、生きていくうえで換えが利くでしょ」


 かけがえのない存在なら、いなくなれば生きてはいけないだろう。

 ハミはそう言う。

 ぼくはその言葉に答えられず、それから逃げるように言う。


「……お前、とことん人間不信なんだな」

「違うよ、知ってるだけ。 百人の人間に百人分の愛情と友情与えられる人間なんていないってことをさ。 人間一人が持てるのはその人一人分の愛情と友情だけ 。万人を愛せる人なんてだからいない。 ……人間だけじゃなくカミサマにも」

「……そうかもな」


 それはずいぶん寂しい話だとは思うけど。

 ……でも、たぶん事実なんだろう。常に友達同士で助け合いっていうのが行われてるなら、皆無ってことはなくてもそうそう死人なんてでないだろう、今回みたく。


 でも、もしこの事件の真相が怪異だとしたら……どうだろうか。


「でも、私は思うんだ。本当に大事なモノは護るもんだって」

「……確かにそうあるべきだな、一般論だけど。 ただ、人一人護るなんてのすら難しいにもほどがあるけどな」

「それはそうだよ、だいたい二人も三人も救えたらスーパーマンでしょ。 少なくとも私には無理」


 まぁ、ぼくにも無理だ。


「だから私は……たった一つがあればいい、そう思う」


 だち、と言う複数ではなく。

 たった一つの護りたいもの。かけがえのないもの。


 そんなものはぼくにはないから、ぼくにはそのハミの言葉と真剣なその眼差しがまぶしすぎた。


「……へえ、お前って意外と情熱的だったんだな」


 ぼくがそう茶化して言うとハミはニヤッと笑って、いつものトーンで言った。


「だけどぉ、ほかの人と違ってハミはぁ、百の食べ物にぃ、百の愛情と食欲を与えられるからねぇ」

「やっぱ食べ物の話かよ」

「……まぁ、そんな感じの話だったよねぇ?」


 そんな話した記憶はねぇよ、って言うか、本当に朝からよく食うヤツだよな。

 ……なんか見てると幸せそうで、たまに羨ましくなるな。


「って、そういや、あれからなんか変ったことあった?」

「あれからぁ? 変ったことぉ?」

「いや、電話したじゃん」

「……あー、まだ言ってたんだぁ」

「おい、昨日の今日だぞ?」


 もし、それでぼくが忘れてるとか、もうどうでもいいなんて風に意見が変わってたらいい加減にもほどがあるだろうが。


「なんにもないよぉ、あったら話してるってぇ」

「……それに関しては信用してないから」


 なんかあっても一人で黙々と食べて終わりそうなんだよ。

 ハミがわざとらしく泣きそうな顔をする。


「う~、信用されてないんだぁ、ハミ。ちょっと傷つくなぁ」

「傷ついてないで反省してろよ」


 ぼくにじゃなくて、この場合本人に問題があるだろう。

 ……ハミと話すよりは、大神さんに真意を問いただせばいいんだろうけど、その本人が今日はいないし。

 そう、なぜか今日、大神さんは学校を休んでいた。


 ……樋口カナの件なのか、純粋に体調を崩してなにかはわからないけど。


 ハミは会話の内容に関してはそうそう本音を話してくることって多くないから、なんか信用できないんだよな。

てか、さっきまであんなやりとりをしておいて、次の瞬間にはなんか普通に食ってるし。

 

でもまぁ、それは別にいいか。

 本音を話してくれなくても、傍にいることには変わりない。


話は変わるけどぼくは、人が生きていく上でなにか執着できるモノがあると言うことは、とても素晴らしいことなんじゃないか、とは思っている。


 それはおそらく生きているこの世界への執着になる。


 それは言ってみれば、充実した生活への繋り、生きる上での活力、原動力になるんじゃないだろうか。


 で……まぁこのように言うまでもなく、ハミは食べることにすごく執着しているわけで。

 だけど、それで全部チャラになるわけではないと言うか、ハミの場合その欲求を優先にして、全てをないがしろにしそうなイメージがあるのが問題だよな。食欲を理由に、会話の中で嘘を吐く理由にすらなり得るくらいだし。


 ……でも、もしモノへの執着が生への欲求になるんだとすれば。

 もしかしたら、自殺(?)した彼女には、樋口カナにはそれがなかったということなんだろうか。

 いや、なにか違うような気もする。

 

もしかしたら、ハミと同じように全てをないがしろにしてしまうような、欲求、衝動があったのかもしれない。逆に、執着が強すぎたのかもしれない。

 

まぁ……確証がある訳じゃないけど。

 それでも、なにか、ぼくの見えていないモノが、まだどこかにある。そんな気がするのだ。

 なにが起きたのかわかっても、それがなぜ起きたのかわからなければ理解したと言えない。


 ぼくは探偵じゃない、事件の犯人がわかったから追い詰めて終わり。と言うことが目的なんじゃない。


「なぁに?」


 突然、ハミがぼく尋ねる。

 ……なんだ?


「いやさぁ、さっきからトオくん、ハミのこと見てるからぁ」

「……見てたかな」


 ぼくは、意識はしていなかったけど。


「見てた」


 そう、ハミが断言する以上はそうなのだろう。

 ぼくは仕方なく、場をしのぐために先ほどまで考えていたことの一部を、ハミに話し始める。


「いや、ハミはさ、そうやって食べ物を食べてる時って幸せなの?」

「……なに、いきなり」

「いや、なんとなくだけどさ」

「んー、たぶん。幸せだと思うよ、満たされてるって感じはする……よぉ」


 そう、か。

 まぁ、ぼくだって美味しいものを食べている時はそうかもしれないけど。


「それってどう、幸せなことなのかな? いいことだと思う?」

「なんかぁ、変な質問するねぇ」

「うん、ちょっと妙な考えごとにはまっててさ」

「楽しいのぉ、それぇ。 すごくめんどくさそうだけどぉ。 まぁいいかぁ……ハミとしてはさぁ、どちらかと言えばよくないのかなって思う」

「へぇ……? ……そうなんだ」


 これは意外だ。

 ハミも授業中とかに食事をしていてよくない、みたいな考えがあったってことだろうか。


「たぶん、トオくんが考えてるのはぁ、また……別のことだよぉ」

「別のこと?」

「うん、ハミはぁ、食べてると幸せ……だけどぉ。それもちょっとの間でさぁ……すぐお腹が空いちゃうんだぁ」

「その食欲は本気で謎に値するな」


 栄養はどこに行ってるんだ?

 頭と身体の発育には供給されていないと思うけど。


「でも、結局さぁ、食べても完全には満たされないわけでしょお? 延々と満たそうとすんだけど、また満たされなくなる。なんか意味はないことを延々とやってる気がするんだよねぇ」

「人間が生きてるなんてそんなもんだろ」

「まぁねぇ、でもさぁ、もっと満たされる方法があるのかなぁ、とは思うよぉ」

「なに、それ?」

「……それは内緒だねぇ」


 そうですか。

 手がかりになりそうな、ならなそうな。

 ……まぁ、ならないな。


 普通の人とハミを比較するのが間違ってるのかもなぁ。

 なんとか情報を集めるのだとしても、その方向性がわからないとどうしようもない。


 現場百回……にしても、日中に普通に立ち入ったところでなぁ。

 ……いや、現場か。


 その方がてっとり早いかな。


「あのさ、ハミ」

「んー? なぁにぃ?」

「ハミに探して欲しいモノがあるんだけど」

「……なにを?」

「なにをって言うか……あってはならないもの」


 きょとん、としたようにハミは首を傾げる。

 まずはこれで、とっかかりは出来るだろう……けど。

 ぼくはそのこと自体にはどうでもいいと思ってて。


 世の中の大半の問題は問題そのものを発見するよりも、どうそれと接していくかの方がよほど問題なわけで。

 どうしたものかなぁ。


 ぼくが人と関わることを避けていることの理由の一つが、その人と関わる以上、その人間を理解できなければ意味がない、と思っているからでもあった。

 でも、まったく持ってそんなことは面倒くさいわけで。

 本当にどうしたらいいんだろうか。



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